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第二章
39話
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「枷……?」
我に返ってから気がつくとルーク様は目を見開いていた。
「どうしてそんなことを思ったんだ?」
そう言われて自分でも少し混乱した。決してルーク様にそう言われたわけでもないし言動がそれを示していたわけでもない。ただ、今脳裏に浮かぶのは……。
「私のせいでたくさん辛い思いをさせてしまっているから……私ばかりが忘れて楽になって、貴方にばかり重い荷物を背負わせてしまったから、私はもはや枷でしかないのかもしれないと……」
そこまで言うとルーク様の方から大きなため息が聞こえてきた。それに驚いて体がびくりと跳ねる。俯いていた顔を恐る恐るルーク様の方に持っていくと、ルーク様は頭を抱えていた。
「俺は本当に間違いばかりだな」
「どうしてそんな……」
「君にそんな思いをさせていること自体が間違いだ。俺が背負っているものは、あくまで俺が背負いたくて背負っているものだ。だから君が気にする必要なんてない。君が何度も危ない目に遭っているのは俺の立場のせいでもある。それに俺は……っ」
この方は本当に責任感が強いお方だ。生まれつきの立場でそこまでの重荷を背負う必要なんてないはずなのに。そんなことを思いながらも不自然に途切れた言葉が気にかかった。ルーク様のお顔を覗くとふいと逸らされる。髪の隙間から見える耳はまた赤くなっていた。しかし先程のようにそれに対して微笑ましい気持ちにはなれない。何故だか落ち着かない気持ちでいると、ルーク様は一つ大きく深呼吸をした後、私の両肩に手を置いてグイッと動かした。私の体は横向きになって、正面にはルーク様がいた。つまり私たちは向き合う形になっていた。抗いようもなく美しい相貌が目に飛び込んでくる。けれどよく見ると深い青の瞳はどこか不安げに揺れているようだった。
「俺ももう、逃げるのはやめる。だから君も、枷だとか、重荷だとか、そういうものを全て取り払って考えてみてほしい」
「えっと……?」
肩に置かれた手に少し力が入る。揺れていた瞳は気付けば真っ直ぐに私をとらえていた。
「……俺は、君のことが好きだ。ずっと前から、君だけが好きだ。君じゃなければ、こんなに無様に取り乱したり、うまく言葉も言えなくなったりなんてしない。君のことで抱える荷物なら、それは俺にとって何よりも大切なものなんだ。……本当に、ずっと君だけなんだ」
ゆっくりと、誠実に紡がれていく言葉が、耳に強く響いた。いや、きっとそれは耳だけじゃなくて、心の奥に、澄んだ音色で響いた。その言葉の意味を噛み締めると、一気に顔が熱くなるのがわかる。言葉が何も出てこなくて、唇だけがハクハクと動く。壊れた機械のような私の様子に、ルーク様は優しく笑みを溢した。
「君の気持ちを今すぐ聞かせろなんて言わない。ゆっくり考えてくれ。その後で君が考えたことを、君の言葉で聞かせて欲しい。きっと俺たちが話すべきなのはこういうことだ」
笑みを深めてそう言うと、私の頭を軽く撫でて、ルーク様は先に帰ってしまわれた。私はわなわなと震えてその場に崩れ落ちた。
ちゃんと、逃げずに考えて向き合おうと思ってここに来たのに、いざちゃんと向き合おうとすると何も言えずに終わってしまった。心の準備はしていたはずだ。いや、結局分かっていなかったのだろう。自分にとってルーク様がどんな存在なのか。とても大事な人なのだという枠組みだけを作って、その中身をちゃんと確かめようとはしなかったのだろう。……なんて愚かなのだろう、私という人間は。
「ちゃんと、考える。……はぁ」
彼がちゃんと言葉にして、不安もあったのだろうけれど、私に伝わるようにして想いを届けてくれたのだ。そのことに歓喜している自分がいるのがわかる。答えはもう出ているのかもしれない。でも、これがちゃんと自分の中で消化しきれて、言葉にして形にできるようにならなければ、彼の精一杯の気持ちに対して不誠実だ。今は勇気と、背中を押してくれる言葉が必要かもしれない。
一つため息を吐く。結局私は、何事においても一人では上手くいかないみたいだ。ふと空を見てみるとすっかり明るくなっていて、もう始業の時間が近い。少しおぼつかない足取りでなんとか校舎まで戻った。
我に返ってから気がつくとルーク様は目を見開いていた。
「どうしてそんなことを思ったんだ?」
そう言われて自分でも少し混乱した。決してルーク様にそう言われたわけでもないし言動がそれを示していたわけでもない。ただ、今脳裏に浮かぶのは……。
「私のせいでたくさん辛い思いをさせてしまっているから……私ばかりが忘れて楽になって、貴方にばかり重い荷物を背負わせてしまったから、私はもはや枷でしかないのかもしれないと……」
そこまで言うとルーク様の方から大きなため息が聞こえてきた。それに驚いて体がびくりと跳ねる。俯いていた顔を恐る恐るルーク様の方に持っていくと、ルーク様は頭を抱えていた。
「俺は本当に間違いばかりだな」
「どうしてそんな……」
「君にそんな思いをさせていること自体が間違いだ。俺が背負っているものは、あくまで俺が背負いたくて背負っているものだ。だから君が気にする必要なんてない。君が何度も危ない目に遭っているのは俺の立場のせいでもある。それに俺は……っ」
この方は本当に責任感が強いお方だ。生まれつきの立場でそこまでの重荷を背負う必要なんてないはずなのに。そんなことを思いながらも不自然に途切れた言葉が気にかかった。ルーク様のお顔を覗くとふいと逸らされる。髪の隙間から見える耳はまた赤くなっていた。しかし先程のようにそれに対して微笑ましい気持ちにはなれない。何故だか落ち着かない気持ちでいると、ルーク様は一つ大きく深呼吸をした後、私の両肩に手を置いてグイッと動かした。私の体は横向きになって、正面にはルーク様がいた。つまり私たちは向き合う形になっていた。抗いようもなく美しい相貌が目に飛び込んでくる。けれどよく見ると深い青の瞳はどこか不安げに揺れているようだった。
「俺ももう、逃げるのはやめる。だから君も、枷だとか、重荷だとか、そういうものを全て取り払って考えてみてほしい」
「えっと……?」
肩に置かれた手に少し力が入る。揺れていた瞳は気付けば真っ直ぐに私をとらえていた。
「……俺は、君のことが好きだ。ずっと前から、君だけが好きだ。君じゃなければ、こんなに無様に取り乱したり、うまく言葉も言えなくなったりなんてしない。君のことで抱える荷物なら、それは俺にとって何よりも大切なものなんだ。……本当に、ずっと君だけなんだ」
ゆっくりと、誠実に紡がれていく言葉が、耳に強く響いた。いや、きっとそれは耳だけじゃなくて、心の奥に、澄んだ音色で響いた。その言葉の意味を噛み締めると、一気に顔が熱くなるのがわかる。言葉が何も出てこなくて、唇だけがハクハクと動く。壊れた機械のような私の様子に、ルーク様は優しく笑みを溢した。
「君の気持ちを今すぐ聞かせろなんて言わない。ゆっくり考えてくれ。その後で君が考えたことを、君の言葉で聞かせて欲しい。きっと俺たちが話すべきなのはこういうことだ」
笑みを深めてそう言うと、私の頭を軽く撫でて、ルーク様は先に帰ってしまわれた。私はわなわなと震えてその場に崩れ落ちた。
ちゃんと、逃げずに考えて向き合おうと思ってここに来たのに、いざちゃんと向き合おうとすると何も言えずに終わってしまった。心の準備はしていたはずだ。いや、結局分かっていなかったのだろう。自分にとってルーク様がどんな存在なのか。とても大事な人なのだという枠組みだけを作って、その中身をちゃんと確かめようとはしなかったのだろう。……なんて愚かなのだろう、私という人間は。
「ちゃんと、考える。……はぁ」
彼がちゃんと言葉にして、不安もあったのだろうけれど、私に伝わるようにして想いを届けてくれたのだ。そのことに歓喜している自分がいるのがわかる。答えはもう出ているのかもしれない。でも、これがちゃんと自分の中で消化しきれて、言葉にして形にできるようにならなければ、彼の精一杯の気持ちに対して不誠実だ。今は勇気と、背中を押してくれる言葉が必要かもしれない。
一つため息を吐く。結局私は、何事においても一人では上手くいかないみたいだ。ふと空を見てみるとすっかり明るくなっていて、もう始業の時間が近い。少しおぼつかない足取りでなんとか校舎まで戻った。
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