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第二章
29話
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言いたいことを全て言い切って一度深く呼吸をすると、彼は私の方を見て心底嫌そうな顔をした。
「お前は本当に気持ちが悪い。お前みたいな人間がいるから不幸になる人間が現れるというのに……全く図々しい」
彼はそう言った後、歪んでいた顔を何故か驚きを纏った表情に変えた。
「もう大丈夫とはどういうことだ!お前には私が必要だろう?!」
急に視線が空を彷徨いだした。私に言っているわけではないのは見ていればわかる。だとしたら……もしかして、リリーちゃんに向かって話しているの?
「こいつが憎くないのか?殺したいだろう?私がそれを叶えてやると」
もう大丈夫、ということはリリーちゃんは彼に一方的に取り憑かれたわけではないのだろうか?もしそうだとしたら、その上で彼女は今、彼との決別を望んでいる、ということ?
考え事をしていると、彼は苦しそうに「うっ」と声を漏らす。そしてその一方で遠くから複数の足音が響いて聞こえてきた。
「……バレたか」
彼は小さく呟いた。その顔はもう一切の感情を伴っていないように思えて、何を考えているのか読み取ることができなかった。扉が勢いよく開く音がする。
「フィリア嬢!」
最初に入ってきたのはルーク様だった。それに続いて他のみんなもやってくる。ルカルド様もその中にいたので気絶はしていたものの無事だったらしい。どうやらメルルやラズリアさんが灯りを持っていたみたいでこの暗い空間の中でみんなの顔がはっきりと視界に映った。それがひどく心を落ち着けてくれるのを実感する。
「ここまで来たら潮時か。どうせ居心地も悪くなってきたところだ。離れてやろう」
そう言いながら彼は両手を上げて降参を意味する体勢をとった。どこかに隠し持っていたらしい短刀も床に投げ捨てている。カイ様がそれをすかさず拾い、彼の両手を拘束した。それを見てルーク様やレオン様がこちらに来て私の拘束を解いてくれた。メルルがその手元を灯りで照らしている。そしてラズリアさんはカイ様の方の手元を照らしている。ルカルド様は何を考えているのか分からないけれど彼もしくはリリーちゃんの様子を何を言うこともなく見ていた。
とりあえず事態が収束したと思い少し肩の力が抜けた。しかしまだリリーちゃんの中には彼がいる。また一つ深呼吸をして彼に対峙する。ルーク様が隣にいてくださるので少し勇気をもらって口を開いた。
「オルコックさんから離れると言っていたけれどそれは本当?」
「ああ、間違いない。離れよう」
その言葉に少しだけ安心する。これでリリーちゃんは解放される。
「ただ……」
彼がそう付け加えると肩に力が入った。それは他のみんなも同じだったらしい。すると彼はルーク様の方に視線を移した。そしてそれをまた私の方に戻す。
「私はな、先ほども言ったがお前みたいなやつが大嫌いなんだよ。だから……少しくらい、どうにかしてやらないと気が済まない。それに、随分と居心地が良さそうだ」
そう言ってひどく歪んだ笑顔を見せるとその表情から、いや、体全体から力が抜けていった。倒れ込んでいく体をカイ様とルカルド様が支える。もうその体はリリーちゃんなのだろう。そしてその頭上に黒い靄のようなものが見えた。私は思わず身構えた。あれがきっと本来の「澱み」の姿なのだ。ルーク様は私を庇うように私の前に立ってくださる。しかしそんなことは関係ないように、その靄はルーク様に向かって進んだ。何だかとても嫌な予感がする。もしかして、さっきの視線はルーク様を標的に決めたものなのではないだろうか。私は靄に向かって手を伸ばした。どうにか邪魔できないか、そう思ってルーク様の前に身を乗り出す。ルーク様は驚いたように目を見開いたけれど、それが視界の端に映ったと思えば私はその靄に吸い込まれるように飲まれてしまった。辺りが全て歪んで見えて耐えきれずに目を瞑る。少ししてから目を開けて見えたものはどこまでも広がる暗闇で、それは今までいた場所ともまた違った。
「お前は本当に気持ちが悪い。お前みたいな人間がいるから不幸になる人間が現れるというのに……全く図々しい」
彼はそう言った後、歪んでいた顔を何故か驚きを纏った表情に変えた。
「もう大丈夫とはどういうことだ!お前には私が必要だろう?!」
急に視線が空を彷徨いだした。私に言っているわけではないのは見ていればわかる。だとしたら……もしかして、リリーちゃんに向かって話しているの?
「こいつが憎くないのか?殺したいだろう?私がそれを叶えてやると」
もう大丈夫、ということはリリーちゃんは彼に一方的に取り憑かれたわけではないのだろうか?もしそうだとしたら、その上で彼女は今、彼との決別を望んでいる、ということ?
考え事をしていると、彼は苦しそうに「うっ」と声を漏らす。そしてその一方で遠くから複数の足音が響いて聞こえてきた。
「……バレたか」
彼は小さく呟いた。その顔はもう一切の感情を伴っていないように思えて、何を考えているのか読み取ることができなかった。扉が勢いよく開く音がする。
「フィリア嬢!」
最初に入ってきたのはルーク様だった。それに続いて他のみんなもやってくる。ルカルド様もその中にいたので気絶はしていたものの無事だったらしい。どうやらメルルやラズリアさんが灯りを持っていたみたいでこの暗い空間の中でみんなの顔がはっきりと視界に映った。それがひどく心を落ち着けてくれるのを実感する。
「ここまで来たら潮時か。どうせ居心地も悪くなってきたところだ。離れてやろう」
そう言いながら彼は両手を上げて降参を意味する体勢をとった。どこかに隠し持っていたらしい短刀も床に投げ捨てている。カイ様がそれをすかさず拾い、彼の両手を拘束した。それを見てルーク様やレオン様がこちらに来て私の拘束を解いてくれた。メルルがその手元を灯りで照らしている。そしてラズリアさんはカイ様の方の手元を照らしている。ルカルド様は何を考えているのか分からないけれど彼もしくはリリーちゃんの様子を何を言うこともなく見ていた。
とりあえず事態が収束したと思い少し肩の力が抜けた。しかしまだリリーちゃんの中には彼がいる。また一つ深呼吸をして彼に対峙する。ルーク様が隣にいてくださるので少し勇気をもらって口を開いた。
「オルコックさんから離れると言っていたけれどそれは本当?」
「ああ、間違いない。離れよう」
その言葉に少しだけ安心する。これでリリーちゃんは解放される。
「ただ……」
彼がそう付け加えると肩に力が入った。それは他のみんなも同じだったらしい。すると彼はルーク様の方に視線を移した。そしてそれをまた私の方に戻す。
「私はな、先ほども言ったがお前みたいなやつが大嫌いなんだよ。だから……少しくらい、どうにかしてやらないと気が済まない。それに、随分と居心地が良さそうだ」
そう言ってひどく歪んだ笑顔を見せるとその表情から、いや、体全体から力が抜けていった。倒れ込んでいく体をカイ様とルカルド様が支える。もうその体はリリーちゃんなのだろう。そしてその頭上に黒い靄のようなものが見えた。私は思わず身構えた。あれがきっと本来の「澱み」の姿なのだ。ルーク様は私を庇うように私の前に立ってくださる。しかしそんなことは関係ないように、その靄はルーク様に向かって進んだ。何だかとても嫌な予感がする。もしかして、さっきの視線はルーク様を標的に決めたものなのではないだろうか。私は靄に向かって手を伸ばした。どうにか邪魔できないか、そう思ってルーク様の前に身を乗り出す。ルーク様は驚いたように目を見開いたけれど、それが視界の端に映ったと思えば私はその靄に吸い込まれるように飲まれてしまった。辺りが全て歪んで見えて耐えきれずに目を瞑る。少ししてから目を開けて見えたものはどこまでも広がる暗闇で、それは今までいた場所ともまた違った。
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