上 下
52 / 117
番外編

裏ではこうなっていた

しおりを挟む
(カイ視点)



 今日はフィリア嬢が、生まれたばかりの妹、レイチェルを見にいらっしゃる日だ。そう思うと今朝は早く目が覚めた。朝稽古を早めに済ませて準備をする。あのフィリア嬢が我が家にいらっしゃるのだと思うと変に落ち着かない気分になった。

「おはよう、レイチェル」

 妹の部屋に行き、まだ喋ることもままならない彼女に挨拶をすると、彼女はもう起きていたらしく「うー」と挨拶らしきものを返してくれた。賢い子だと我が妹ながらに思う。なぜか最近は遠い目をしているように見えるが、それでも彼女はいつも何やらこちらの言葉を理解しているような反応をするのだ。

「今日は大切なお客様がいらっしゃるからよろしく頼む」

「うー」



 そんなやりとりをして少し経った後、フィリア嬢がいらっしゃった。普段よりも目を輝かせたその姿からレイチェルのことを楽しみにしてくださっていたのがよく分かって、俺は少し頬が緩んだ。彼女のことをよく知らない人は、凛として見える姿からは予想もつかないこんな可愛らしい姿なんて見ることもできないのだろう。そう思うと得をした気分だ。


「か、か、可愛いぃ……」

 妹との対面を果たすとフィリア嬢はそうこぼした。それを聞くと部屋にいた者は全員笑顔になる。しかし……

「うっ、うっ、うああああああぁ」

 いつも大人しいレイチェルが泣き始めてしまった。予測していなかった事態に慌ててしまう。せめてもとかけた言葉はむしろフィリア嬢を落ち込ませるものになってしまった。どうにかできないものかと頭の悩ませていたその時だった。


ボンッ


 悪夢の始まりを告げるその音がなったのは。

 音からして屋敷の敷地内のどこかが爆破されたことが予想できたので、俺は急いでその現場を探した。そしてそれはすぐに判明した。屋敷の門だ。よくも武術で名を馳せる我がアルブラン家の敷地を堂々と表から攻撃してくれたものだ。俺は怒りに震えながらも怪我人がいないかの確認、鎮火の指示を速やかに行なった。爆破だけが犯人の目的とはどうにも考えづらい。次の襲撃がある可能性も考えて行動を急がなければならなかったのだ。

「カイ様!二階の方から煙が!」

 言われるがままに二階を見ると確かに煙が上がっていた。ただ炎があがっているようには見えない。目眩しか?だとしたら……二階といえばレイチェルの部屋がある。つまりフィリア嬢がいらっしゃる場所だ。生まれたばかりのレイチェルに狙われる理由はない。……そうか、狙いはフィリア嬢だったのか。俺は急いで二階に向かおうとした。


「おっと……二階には行かせねぇよ?」

「っ何者だ!」

 振り向いた先にいたのは体のほぼ全体が黒いローブに覆われた見るからに怪しい男だった。

「何者だろうとあんたには関係ないね」

 嫌味ったらしい笑みを浮かべると男は俺に向かって襲いかかってきた。少しだけできた隙で周りの様子を伺うと同じような格好の男たちが屋敷の者に襲いかかっている。くそ、足止め要員か。一刻も早くフィリア嬢のもとへ行かなくてはならないというのに。

 それから十数分。なかなか決着がつかない。もうとっくにフィリア嬢は攫われてしまっているかもしれないというのに。早く助けに行かなければ、早く早く……そう思うたびに神経が削られていくような感覚だった。援護などろくに無い状態が続き、正直限界も近かった。何か……この状況を変えるものは何かないのか……?





「よく耐えたカイ。衛兵、この者たちを早急に捕らえよ!」

「「「「はっ」」」」

 響き渡る声に振り向けばそこにいたのは衛兵を引き連れたルークベルト王子殿下だった。


「……で、殿下。なぜ、ここに」

「クライン家に用があったのだがその帰りにアルブラン家の方角から煙が上がっているのが見えたんだ……無事で良かった」

「無事……いえ!フィリア嬢が攫われてしまった可能性が高いです!」

「っフィリア嬢が……?」


 殿下と共に急いでレイチェルの部屋に上がると我が家の侍女たちが気を失っており、フィリア嬢の侍女は大量の血を流して倒れていた。レイチェルは顔に布がかけられた状態でずっと泣いている。そしてそこにはもうフィリア嬢の姿はなかった。

「くそ!カイ、すぐに医者を呼べ!応急処置は俺がしておく」

「はい!」

 爆破の時点で医者を呼ぶように指示は出しておいたのでそう時間はかからなかった。しかし……

「フィリア嬢は一体どこに……」

「それなら心当たりがある」

「本当ですか、殿下!」

「ああ。これがあの伯爵の企てだとするなら、奴の性格からしても連れて行かれる場所はただ一つ、伯爵の母方の実家の屋敷だけだ」

「確かあそこは……」

「もう没落した家だ。だが屋敷だけは残っている。誰も使うことなく、な」

「つまり人攫いには最適な場所、ということですね」

「ああ。俺はすぐにそちらに向かう。お前にはここの後始末を頼みたい」

「かしこまりました。くれぐれもお気をつけて」

「ああ」



 それから数時間後、ルークベルト殿下は確かにフィリア嬢を連れて帰ってきた。ただ俺はどうしてもフィリア嬢の顔を見ることができなかった。俺がもっと適切な行動をとれていたなら、あの時部屋を離れなければ、こんなことにはならなかった。その思いが消せるはずがないのだから。



「……カイ様?」

「俺の、せいですね」

 こちらの様子を伺うその姿に返せた言葉はそれだけだった。

「……私は、そうは思っていません。カイ様は必死にお屋敷を守ろうとしていらっしゃいました。それをどうして責めることができるでしょうか」

「ですが」

「ではまたいつか、私が同じような危機に陥った時に助けてください。私もこんな目には合わないように気を付けますが、もしもの時には」

 その言葉と共に浮かべられた儚い笑顔に誓った。二度とこの人を危ない目になんか遭わせやしないと。


 それから俺は毎日の稽古をさらに厳しいものにした。ただ闇雲に剣を振るうではなく、目指すものがあるおかげで、目の前の霧が晴れたようにただ強さだけを追い求めることができる。だが、そうやって身につけた力によって俺がルークベルト殿下の護衛に任命されたというのはまた別の話になる。



○○○○○○○○○○○○○○○○○○


 ルーク様はルーク様で毒入りのお茶事件からずっと情報をかき集めていました。それ自体はゲームの世界でも変わらないので、やっぱりレイチェルとラナのファインプレーは大きかったりします。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢は処刑を回避するために領地改革に奔走する

同画数
恋愛
ある日自分の前世の記憶がフラッシュバックし、自分が前世の乙女ゲームの悪役令嬢ベアトリーチェ・D・チェンバレンに生まれ変わったことを知る。 このまま行くと1年後の断罪イベントで私は処刑コース。どうにかして回避しようと奮闘して生存ルートに突き進もうと思ったら、私の無実の理由か実力を示さなければ処刑は回避できないそうようだ。 他領で実力を見せなければならなくなりました。 ゼロどころかマイナスからの領地経営頑張ります。

素材採取家の異世界旅行記

木乃子増緒
ファンタジー
28歳会社員、ある日突然死にました。謎の青年にとある惑星へと転生させられ、溢れんばかりの能力を便利に使って地味に旅をするお話です。主人公最強だけど最強だと気づいていない。 可愛い女子がやたら出てくるお話ではありません。ハーレムしません。恋愛要素一切ありません。 個性的な仲間と共に素材採取をしながら旅を続ける青年の異世界暮らし。たまーに戦っています。 このお話はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。 裏話やネタバレはついったーにて。たまにぼやいております。 この度アルファポリスより書籍化致しました。 書籍化部分はレンタルしております。

今さら、私に構わないでください

ましゅぺちーの
恋愛
愛する夫が恋をした。 彼を愛していたから、彼女を側妃に迎えるように進言した。 愛し合う二人の前では私は悪役。 幸せそうに微笑み合う二人を見て、私は彼への愛を捨てた。 しかし、夫からの愛を完全に諦めるようになると、彼の態度が少しずつ変化していって……? タイトル変更しました。

私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。

木山楽斗
恋愛
伯爵令嬢であるアルティリアは、婚約者からある日突然婚約破棄を告げられた。 彼はアルティリアが上から目線だと批判して、自らの妻として相応しくないと判断したのだ。 それに対して不満を述べたアルティリアだったが、婚約者の意思は固かった。こうして彼女は、理不尽に婚約を破棄されてしまったのである。 そのことに関して、アルティリアは実の父親から責められることになった。 公にはなっていないが、彼女は妾の子であり、家での扱いも悪かったのだ。 そのような環境で父親から責められたアルティリアの我慢は限界であった。伯爵家に必要ない。そう言われたアルティリアは父親に告げた。 「私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。私はそれで構いません」 こうしてアルティリアは、新たなる人生を送ることになった。 彼女は伯爵家のしがらみから解放されて、自由な人生を送ることになったのである。 同時に彼女を虐げていた者達は、その報いを受けることになった。彼らはアルティリアだけではなく様々な人から恨みを買っており、その立場というものは盤石なものではなかったのだ。

噂好きのローレッタ

水谷繭
恋愛
公爵令嬢リディアの婚約者は、レフィオル王国の第一王子アデルバート殿下だ。しかし、彼はリディアに冷たく、最近は小動物のように愛らしい男爵令嬢フィオナのほうばかり気にかけている。 ついには殿下とフィオナがつき合っているのではないかという噂まで耳にしたリディアは、婚約解消を申し出ることに。しかし、アデルバートは全く納得していないようで……。 ※二部以降雰囲気が変わるので、ご注意ください。少し後味悪いかもしれません(主人公はハピエンです) ※小説家になろうにも掲載しています ◆表紙画像はGirly Dropさんからお借りしました (旧題:婚約者は愛らしい男爵令嬢さんのほうがお好きなようなので、婚約解消を申し出てみました)

自称ヒロインに「あなたはモブよ!」と言われましたが、私はモブで構いません!!

ゆずこしょう
恋愛
ティアナ・ノヴァ(15)には1人の変わった友人がいる。 ニーナ・ルルー同じ年で小さい頃からわたしの後ろばかり追ってくる、少しめんどくさい赤毛の少女だ。 そしていつも去り際に一言。 「私はヒロインなの!あなたはモブよ!」 ティアナは思う。 別に物語じゃないのだし、モブでいいのではないだろうか… そんな一言を言われるのにも飽きてきたので私は学院生活の3年間ニーナから隠れ切ることに決めた。

所詮、わたしは壁の花 〜なのに辺境伯様が溺愛してくるのは何故ですか?〜

しがわか
ファンタジー
刺繍を愛してやまないローゼリアは父から行き遅れと罵られていた。 高貴な相手に見初められるために、とむりやり夜会へ送り込まれる日々。 しかし父は知らないのだ。 ローゼリアが夜会で”壁の花”と罵られていることを。 そんなローゼリアが参加した辺境伯様の夜会はいつもと雰囲気が違っていた。 それもそのはず、それは辺境伯様の婚約者を決める集まりだったのだ。 けれど所詮”壁の花”の自分には関係がない、といつものように会場の隅で目立たないようにしているローゼリアは不意に手を握られる。 その相手はなんと辺境伯様で——。 なぜ、辺境伯様は自分を溺愛してくれるのか。 彼の過去を知り、やがてその理由を悟ることとなる。 それでも——いや、だからこそ辺境伯様の力になりたいと誓ったローゼリアには特別な力があった。 天啓<ギフト>として女神様から賜った『魔力を象るチカラ』は想像を創造できる万能な能力だった。 壁の花としての自重をやめたローゼリアは天啓を自在に操り、大好きな人達を守り導いていく。

異世界ゆるり紀行 ~子育てしながら冒険者します~

水無月 静琉
ファンタジー
神様のミスによって命を落とし、転生した茅野巧。様々なスキルを授かり異世界に送られると、そこは魔物が蠢く危険な森の中だった。タクミはその森で双子と思しき幼い男女の子供を発見し、アレン、エレナと名づけて保護する。格闘術で魔物を楽々倒す二人に驚きながらも、街に辿り着いたタクミは生計を立てるために冒険者ギルドに登録。アレンとエレナの成長を見守りながらの、のんびり冒険者生活がスタート! ***この度アルファポリス様から書籍化しました! 詳しくは近況ボードにて!

処理中です...