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第一章
18.5話①
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(ルカルド視点)
「うっ……」
次の瞬間バタンッと大きな音を立てながら向かい側に座っていたはずの兄上が床に倒れた。血を吐いて苦しむその姿はきっと永遠に僕の頭から消えることはないだろう。
人間とは汚い。それは誰も口に出しては教えてくれないけど確実に学んでいくことだ。僕はそれを、兄上が毒に倒れたあの事件から学んだ。
僕と二つ上の兄上は異母兄弟だ。兄上のお母様は兄上の出産で命を落としたらしい。そしてその後に王である父上に嫁いだのが僕の母上だったのだが母上も流行病で亡くなってしまった。その後父上が誰かを妃として娶ることはなく、必然的に父上の子供は僕と兄上だけとなった。兄上のお母様は由緒正しきお家柄の方だったけど、母上はあまり権力のない伯爵家の出身で、兄上が王位を継承することがどう考えても真っ当な話なのだが、母上の実家はそうは考えなかった。母上は至って善良な方だったけど、その実家は卑しい考えで溢れかえっていた。「第二王子が王になれば権力を持つことが出来る」。これが彼らの行動の軸だ。だからこそあの日の事件も起こった。
「兄上、今日もお話できますか?」
「ああ。あとでお前の部屋に行こう」
僕は毎日兄上を部屋に呼んでは兄上といろんな話をしていた。何でもそつなくこなす兄上は僕の憧れで、僕は兄上にたくさん質問をした。兄上は嫌がる素振りもなくそれに答えてくれた。
その日も少し小さめのテーブルを挟んで向かい合って座り、お茶を飲みながら語らうはずだった。しかし、いつもと違って兄上はお茶に口をつけると表情を変えた。
「ルカルド、お前は飲むな」
冷静な声でそう言った後、兄上は血を吐いてその場に倒れて動かなくなってしまった。僕も兄上もこんな時のために毒に慣らされてはいるが、まだ完全に耐性ができていたわけではなかった。だから兄上が死んでしまう可能性は大いにあった。兄上がすぐに運ばれていったところまでは覚えているけど、それ以降のその日の記憶はもう無い。
後日父上が調べさせた結果、毒はカップのほうに仕込まれていて、兄上だけを狙った犯行だったことがわかった。犯人は下っ端の侍女で、そいつは自殺してしまったらしい。兄上だけを狙った犯行だと聞いて僕は確信した。黒幕は母上の実家だと。しかし犯人である侍女が身元不明で自殺してしまったためにそれを証明できはしなかった。
兄上は命は助かったものの何日も目を覚まさなかった。僕がいなければこんなことは起きなかったのに……。僕は自分が生まれたことを憎んだ。兄上に危害を加える要因になったまま何もできないでいる自分の弱さを憎んだ。
「殿下、第一王子殿下が目を覚まされました」
そう執事に言われた瞬間、僕は走り出していた。早く兄上の顔が見たかったのだ。
「兄上!」
「……ルカルド」
急いで向かった先にいたのはひどくやつれた兄上だった。僕はそれが目に映った瞬間動けなくなった。見開いた目からは涙が溢れた。
「ルカルド?どうした?」
心配そうにこちらを窺う兄上の顔を見ると余計に涙が止まらなくなった。
「…っ、申し訳ございませんっ……。僕が、僕がいなければ、こんなことにはならなかったのに……。兄上は苦しまなくて済んだのに……!」
「……何を言っているんだ、この馬鹿が」
「っ!馬鹿って……」
「馬鹿は馬鹿だ。お前がいなかったら俺はお前の兄にはなれないじゃないか」
「え?」
「だから気にするな。お前は何も悪くない。毒に気付けなかった俺が未熟だったんだ」
兄上はそう言うと優しい手つきで僕の頭を撫でてくれた。その温かさに胸が締め付けられるような気がした。
******************
次の日、母上の父親、つまり僕の祖父にあたる人が僕のもとを訪ねてきた。
「お久しぶりです、殿下」
「そうですね、お元気なようで何よりです」
「それはこちらの台詞ですよ、殿下!第一王子殿下がお倒れになったそうではないですか!良かったですよ、殿下が無事で」
そう言ってその人はニヤリと笑った。よくもここまで気持ちの悪い笑顔ができるものだ。兄上が無事だったことには一切触れずに僕のことだけ良かった良かったと言う。それも気持ちが悪くて僕は思わず顔に嫌悪感が出てしまいそうなのを何とか抑えた。
その後もその人は僕をひたすらに褒めて王の器だ何だと気分の悪いことばかり並べてきたので用事があると言って無理やり追い出した。さっきまで目の前にいた人間が兄上の命を奪おうとした人間なのだと思うと寒気がした。あいつは自分の私利私欲のために兄上を殺そうとしたのだ。権力を持つ器もない人間が何とも不愉快甚だしい。
「なんて汚い」
思わず口をついて出た言葉はそれだった。人間というものはなんて汚いのか。ただそれと同時に僕は決心した。強くなろう、と。あいつらが僕を理由に兄上を傷つけようというのなら僕がそれをさせないくらい、あいつらをおとなしくさせるくらいの力をつければいいんだ。
決意と共に握りしめた拳で僕は思い切り壁を殴った。
「うっ……」
次の瞬間バタンッと大きな音を立てながら向かい側に座っていたはずの兄上が床に倒れた。血を吐いて苦しむその姿はきっと永遠に僕の頭から消えることはないだろう。
人間とは汚い。それは誰も口に出しては教えてくれないけど確実に学んでいくことだ。僕はそれを、兄上が毒に倒れたあの事件から学んだ。
僕と二つ上の兄上は異母兄弟だ。兄上のお母様は兄上の出産で命を落としたらしい。そしてその後に王である父上に嫁いだのが僕の母上だったのだが母上も流行病で亡くなってしまった。その後父上が誰かを妃として娶ることはなく、必然的に父上の子供は僕と兄上だけとなった。兄上のお母様は由緒正しきお家柄の方だったけど、母上はあまり権力のない伯爵家の出身で、兄上が王位を継承することがどう考えても真っ当な話なのだが、母上の実家はそうは考えなかった。母上は至って善良な方だったけど、その実家は卑しい考えで溢れかえっていた。「第二王子が王になれば権力を持つことが出来る」。これが彼らの行動の軸だ。だからこそあの日の事件も起こった。
「兄上、今日もお話できますか?」
「ああ。あとでお前の部屋に行こう」
僕は毎日兄上を部屋に呼んでは兄上といろんな話をしていた。何でもそつなくこなす兄上は僕の憧れで、僕は兄上にたくさん質問をした。兄上は嫌がる素振りもなくそれに答えてくれた。
その日も少し小さめのテーブルを挟んで向かい合って座り、お茶を飲みながら語らうはずだった。しかし、いつもと違って兄上はお茶に口をつけると表情を変えた。
「ルカルド、お前は飲むな」
冷静な声でそう言った後、兄上は血を吐いてその場に倒れて動かなくなってしまった。僕も兄上もこんな時のために毒に慣らされてはいるが、まだ完全に耐性ができていたわけではなかった。だから兄上が死んでしまう可能性は大いにあった。兄上がすぐに運ばれていったところまでは覚えているけど、それ以降のその日の記憶はもう無い。
後日父上が調べさせた結果、毒はカップのほうに仕込まれていて、兄上だけを狙った犯行だったことがわかった。犯人は下っ端の侍女で、そいつは自殺してしまったらしい。兄上だけを狙った犯行だと聞いて僕は確信した。黒幕は母上の実家だと。しかし犯人である侍女が身元不明で自殺してしまったためにそれを証明できはしなかった。
兄上は命は助かったものの何日も目を覚まさなかった。僕がいなければこんなことは起きなかったのに……。僕は自分が生まれたことを憎んだ。兄上に危害を加える要因になったまま何もできないでいる自分の弱さを憎んだ。
「殿下、第一王子殿下が目を覚まされました」
そう執事に言われた瞬間、僕は走り出していた。早く兄上の顔が見たかったのだ。
「兄上!」
「……ルカルド」
急いで向かった先にいたのはひどくやつれた兄上だった。僕はそれが目に映った瞬間動けなくなった。見開いた目からは涙が溢れた。
「ルカルド?どうした?」
心配そうにこちらを窺う兄上の顔を見ると余計に涙が止まらなくなった。
「…っ、申し訳ございませんっ……。僕が、僕がいなければ、こんなことにはならなかったのに……。兄上は苦しまなくて済んだのに……!」
「……何を言っているんだ、この馬鹿が」
「っ!馬鹿って……」
「馬鹿は馬鹿だ。お前がいなかったら俺はお前の兄にはなれないじゃないか」
「え?」
「だから気にするな。お前は何も悪くない。毒に気付けなかった俺が未熟だったんだ」
兄上はそう言うと優しい手つきで僕の頭を撫でてくれた。その温かさに胸が締め付けられるような気がした。
******************
次の日、母上の父親、つまり僕の祖父にあたる人が僕のもとを訪ねてきた。
「お久しぶりです、殿下」
「そうですね、お元気なようで何よりです」
「それはこちらの台詞ですよ、殿下!第一王子殿下がお倒れになったそうではないですか!良かったですよ、殿下が無事で」
そう言ってその人はニヤリと笑った。よくもここまで気持ちの悪い笑顔ができるものだ。兄上が無事だったことには一切触れずに僕のことだけ良かった良かったと言う。それも気持ちが悪くて僕は思わず顔に嫌悪感が出てしまいそうなのを何とか抑えた。
その後もその人は僕をひたすらに褒めて王の器だ何だと気分の悪いことばかり並べてきたので用事があると言って無理やり追い出した。さっきまで目の前にいた人間が兄上の命を奪おうとした人間なのだと思うと寒気がした。あいつは自分の私利私欲のために兄上を殺そうとしたのだ。権力を持つ器もない人間が何とも不愉快甚だしい。
「なんて汚い」
思わず口をついて出た言葉はそれだった。人間というものはなんて汚いのか。ただそれと同時に僕は決心した。強くなろう、と。あいつらが僕を理由に兄上を傷つけようというのなら僕がそれをさせないくらい、あいつらをおとなしくさせるくらいの力をつければいいんだ。
決意と共に握りしめた拳で僕は思い切り壁を殴った。
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