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第五章 【アンブロシア】

301 薬草園④

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※前話で簡単に済ませた、乱入者前後のお話



Side:“アンブロシア”アシェル



出会いにあたる初めての非公式お茶会のことを話し終えた。
特別話すようなエピソードでもないのだが、物語において登場人物たちとの出会いのシーンは大事だろう。
現に咲の表情は楽しそうで満足そうだ。

「非公式お茶会って皆が集まるのは年に一度、10月だけだったんだけど。王都組だけは毎月会ってたんだ。」

「うんうん。王都組っち、アシェルと、第二王子様と、ライトな狼獣人君と、第一騎士団副団長の息子君よね。アシェルの幼馴染と家族については、髪色とか身長とか、ざっくりした容姿までバッチリ把握しとるばい。流石に家名までは覚えられんかったけど、愛称と名前もね。」

逆に何故そんな細かいところまで把握しているのかと聞きたい。
間違いなく生命の神様が喋ったからで、咲に問われるままにべらべら喋ったのだと思うが。

「うん、まぁそうなんだけど。名前もあいしょーも知ってるならいあいしょーで話しちゃうね。とりあえず、その四人で毎月会ってたんだけど。午前中はサロンでお茶しながらお喋りして、お昼ご飯食べて、午後は自由時間だったんだ。すぐに冬になっちゃったから、僕は書庫を使わせてもらってたんだけど、アークも一緒でね。室内は空調の魔道具が効いてるけど、外は寒かったから。それ自体はとーぜんと言うか。むしろエトとマリクはよく毎回外で遊んでたなって思うよ。ぐちょぐちょで怒られて以来、雨と雪の日は大人しくしてたけど。それ以外はずっと外で遊んでたから。」

「あぁぁ、そっちも気になるけど。まずはアー……王子様の話を聞こうか。」

「言いにくいなら、好きに呼んで良いんじゃないかな?僕に伝わればいいし。普段ママとパパがどんな話を聞いて、どう呼んでたか知らないけど。ママ達からしてみれば、物語の中の人物でしょ?世界も違うから、不敬にはならないだろうし。」

「あはは、まぁね。んじゃ、好きに呼ぶね。」

「うん。書庫には色んな本があってね、読んでるとあっという間に時間が過ぎちゃうんだ。離れとはいえ流石は王宮の書庫で、きょーみ深い色々な本が置いてあったんだよ。」

「薫は読み終わるか声かけんと、全然周りのこと目に入ってなかったもんねぇ。」

図書館で借りてきた本を読みふけっている姿を知っている咲は、当たり前のようにその光景が目に浮かんだようだった。

「転生してもいつもどーりだった。でね、二回目の11月は普通にソファの隣に座るだけだったんだけど、三回目の時はアークがぴったりくっついて座ってきてね。空調の魔道具が効いてたんだけど、寒いのかなぁって思って。聞いても何も言わないんだけど、別にひっついてても暑くないからいいかなって。気付いたら冬が過ぎて夏になっても、書庫で過ごしてるとそうやってひっついて座ってたんだけど。なんか当たり前になっちゃったし、近くに居てくれた方が守りやすいから、まぁいいかって。今でも座る時はくっついて座るのが当たり前だし、皆不思議に思わないみたい。」

「守るって……そりゃあアシェルの家がちょっと特殊なことは聞いとるばい?でも、守るとかの前に友達やろ。なんで守りやすいからいっかになるんよ。お茶会っち遊びやないけど、アシェル達の場合お茶会っち名目の遊ぶ日やし。」

咲が盛大に呆れているが、護衛対象を守りやすい状態であるかはとても大事なことだ。

「友達だけど、僕にとってアークは大事な主君だよ。アークの安全に配慮するのは当たり前のことだよ。」

「僕らっち……王都組はっちこと?それとも幼馴染全員??」

「皆守ろうとすると思うよ。それはアークだけじゃなく、被害を被るのが他の幼馴染だったとしてもね。ただ僕ら王都組は毎月会ってたし、それとは別に冒険者活動もしてたけど。もし何かあれば僕は真っ先にアークを守るし。例え自分の命がかかっているとしても、一番大切なのはアークの安全だよ。間違いなくエトもマリクも同じこと言うと思う。いくら遊ぶ日でも、知らない人が多い場所に行くんだもん。警戒は怠らないよ。ママだって、沢山の人が守ってくれてるでしょ?それと一緒だよ。」

「あーはいはい。どーせうちらは付け焼刃の国王夫妻ですよーだ。でもさ、そんだけくっついて座っとるなら、少しくらい意識せんかったわけ?引っ付いて座っとるのは、見た目が薫好みのイケメン王子様ばい?」

「意識って……だんそーしてて、男の子同士だと思ってるのに。なにをどう意識するのさ。実は最初から女だって知ってたらしいけど、アークは僕と男同士だと思ってると思ってたんだよ?最初はちょっとドキッとしたけど、ビックリしたドキッとな気がするし。僕が意識しちゃうとおかしいでしょ?」

「いやいや。男同士でも、クール系イケメンとアシェルみたいな線の細い中性的イケメンならありやろ。むしろ発展しろっち思うやろ!?」

「そもそも五歳児がどう発展するのさ。力説されても、そんなこと思うのはママくらいだよ。……多分。」

メイディー三兄弟とアークエイドを加えた四人のファンクラブ【シーズンズ】に所属する会員達は、間違いなく咲と同じ感想を抱く人々だ。
少なくとも同性婚について知っていながらBLを描く人達である。
それを空想上の産物と割り切っていればいいが、咲のようにリアルで起きて欲しいと思っている可能性も捨てきれなかった。

そこからは特に面白いエピソードもないが、非公式お茶会にご令嬢達が押し寄せてくるようになったことも話した。
恒例になった差し入れについてもだ。

咲の感想は。

「流石イケメンとボンボンの集まり。キャーキャー騒がれるのも分かるばい。ところで、男の子はおらんかったん?男の娘でもいいんやけど。」

である。
居なかったし、そもそも男の娘という概念はあちらにあるのだろうか。

あとは普段どんな風に過ごしていたかも含めて、時系列順にかいつまんで話す。

「8歳の時の非公式お茶会で、義妹のメルが初めて参加した時にね。女ったらしって言われちゃって。僕はそんなことないって思ったんだけど、アークもエトも、僕がご令嬢達をたらしこんでるって言うんだ。メルまで同意しちゃうし。そんな話をしてたら、いきなりアークが僕の言葉だって、ご令嬢達に言った言葉を言いだしたんだよね。そのあと二人になった時は、何個か台詞繋げたのを喋ってたし。それ聞いた時は、そんな恥ずかしい台詞言ったっけ?って思ったけど……言ってた。レディ達に言った言葉も、抜粋した言葉も。一言一句たがわず記憶にあった。いつ言った言葉か分からなかったから思い出すのには時間かかったし、ほんとにすっごくバラバラにだけど、確かに僕が口にしたことのある言葉だった。」

ぷくっと頬を膨らませて不服そうなアシェルを見て、咲は苦笑を漏らした。
一体何を言われたのか気になるところだが、周囲がアシェルを女ったらしだと言った意味は分かる気がする。

2歳の幼児であるにも関わらず、既にアシェルは優しく耳にいい言葉をさらっと言う。
それが身内だろうと、使用人だろうと。一見すれば気障に見える仕草も交えながら、心の底から可愛いだとか綺麗だとか言ってのけるのだ。
それはもう、息を吐くように自然に。
しかも見た目が良く、男装にしろ女装にしろ洗練された仕草と立ち居振る舞いだ。全く嫌味でないのである。

いつまでこちらに居られるのか分からないが、もし男装で貴族の前に出ることが増えたら、間違いなく令嬢からの婚約申し込みが増えるだろう。
既に子息からの釣り書は届いているが、2歳の誕生日パーティーの状況を見て様子見をしている貴族も少なくない。
今の調子で愛想を振りまいていたら、男女問わず大人気になる予感しかしない。

「でもさ。アークだって人見知りじゃなかったら、絶対女ったらしの才能あると思うんだよね。いくら僕に女ったらしを自覚させるためとはいえ、相手を抱き寄せて、すっごい色っぽい声で囁かれたんだよ?8歳児なのに、どこでこんなこと覚えたのさって感じだった。」

「へぇ。アシェルが恥ずかしがるほどやったとか、ばり気になるんやけど。ねぇね、それさ。うち相手に再現とかできんの?」

あまりアシェルを知らない人間が見れば、今の会話から恥ずかしがっているという感想は出てこなかっただろう。

しかし家族同然の咲である。
見れば大体どんな感情を抱いているかは分かるし、もっと表情の変化が乏しい薫の感情を読み取っていたのだ。
感情表現の幅が広がったアシェルの感情は手に取るように伝わってくる。

咲の提案を聞いたアシェルは、僅かに眉根を寄せた。

こちとら2歳のドチビである。
咲に手を繋いでもらって歩く時だって。咲が少し腰を曲げて、アシェルもブーツで底上げをして、精一杯腕を伸ばして何とか手を繋いでいる状況だ。
それもこれも、放っておくと引きこもり生活をするアシェルの運動量を確保するためだけにである。

「元の身体ならできるけど、出来るわけないじゃない。そもそも、ママを抱き寄せる事すらできないのに。」

「じゃあ、元くらいの成長した姿なら実演オッケーっちことやね?」

「うん?それはまぁ。」

「なら問題ないばい。短時間しか効果ないけど、いい魔法があるきね。アシェル、目ぇ閉じて?んで、ここに来る前の自分の身体とか年齢とか、可能なら能力も思い浮かべてくれん?別に具体的にじゃなくてもどーにかなるんやけど、しっかり思い浮かべた方が成功率高いきね。アシェルならすんなり思い出せるやろ?魔法に気ぃとられすぎんとってよ。」

コクリと頷いて目を閉じる。
具体的にとはどこまでだろうかと思いつつ、服を仕立てるために計測してもらったデータも思い浮かべる。
スリーサイズだけではなく腕回りや太腿周り、その他諸々細かく採寸されたものだ。
貴族のドレスや下着はオーダーメイドなので、定期的に採寸されるのだ。

「思い浮かべた?そのままイメージしっかり持っとってよ。……万物を司る神の奇跡。理を越え混じり合うもの。異なる存在に調和をもたらせ。『デュアルリンク』。連なる力はここに。集いし水よ。大気に潜む煌めきよ。幻影の形を与え給え。『束の間の蜃気楼フィーディングミラージュ』。連なる力はここに。全てを育む大地よ。時空の先にある姿よ。かのものを育み給え。『成長促進グロウアップ』。全てはここに調和する。」

どれもがアシェルには聞き覚えのない呪文だった。
身体を膨大な魔力が包んだことは分かったが、魔法陣を見ることが出来なかったので詳細は分からない。

分かるのはメイン属性が『束の間の蜃気楼フィーディングミラージュ』が水魔法、『成長促進グロウアップ』が土魔法がメインであること。
あくまでもメインであり、呪文的に属性は複合の可能性が高い。

それから『デュアルリンク』の詠唱は四節だったが、残りは五節で、最後に至っては一節だ。
五節の最初はどちらも《連なる力はここに》。これは恐らくだが、デュアルリンクの効果を及ばせる魔法だという力を持たせた枕言葉なのだろう。
最後の《全てはここに調和する》というのは、デュアルリンクの締めの言葉だ。

締めの言葉で、大気中に渦巻いていた魔力が整ったのを感じた。
失敗していたら霧散していたのだろうが、暴発する可能性もあったのかもしれない。
そもそも、もしデュアルリンクを完結させなかったらどうなっていたのだろうか。
少し。いや、かなり気になる。

「もうっ。成功したき良かったけど、魔法に気ぃとられんすぎんとってっち言ったやろ?らしいと言えばらしいけど、相変わらず考えが駄々洩ればい。それより、目ぇあけてみぃ?」

どうやら独り言をぶつぶつ言っていたらしい。

咲に促されるまま瞳を開くと、ソファに腰掛けていたアシェルの視線は明らかに高くなっていた。
眼下に広がるのは、久しぶりに見る成長した自身の手足。

「この服ってどこから来たんだろ?すっぽんぽんじゃなくて助かったけど。」

「いや、アシェル。なんでそこなんよ?アシェルの知らん魔法使ったはずやき、もっとなんかリアクションあるやろ!?きゃーかっこいい!っち言い損ねたやん!?」

「でもママが言ったんじゃない。短時間だけど、思い浮かべた姿になれるって。自分が思い浮かべたままの姿なのに、どうして驚くの?それより、これはどのくらい?違いは?能力は?脱いだら?」

とても短い問いの連続。
これが他の相手であれば一つ一つ丁寧に質問する。
しかし咲ならば分かるだろうという意識が根底にあるからか、まるで薫のような問いかけを口にした。

そんなアシェルに相変わらずだと苦笑しながら咲は答えを返す。

「今回はお試しの30分やね。リアルアシェルの姿に興味あったし、出来るだけ長くおっきいアシェルと一緒におりたいなーっち思うけど、どういう影響があるか分からんき。魔法自体の時間は魔力を沢山籠めると、Maxが12時間かな。解除自体はいつでもできるんやけど、同一個体に頻繁にかけると失敗率があがるっち報告聞いとるけ、使うとしてもたまにかな。んで、成長前との違いやけど。肉体的には単純に成長した形になっちょるばい。アシェルがちゃんと自分の身体の動きとかも思い浮かべたなら、同等の動きは出来ると思う。筋力とかも思い浮かべた通りについとるきね。……実際に成長した姿から大きく離れた想像しても無駄ばい。普通は単純に未来の形に近づける魔法やきね。」

もし願えば念願の筋肉を手に入れられたのだろうかと思っていると、しっかり咲から訂正が入った。
そう都合よくはいかないらしい。

「但し、魔力量は増えてないき。下手に身体強化は使わん事。魔力が豊富やった元の感覚で使ったら、間違いなく枯渇で倒れるけね?えぇと能力は……『ステータスオープン』。えーっと……。」

咲はすっとアシェルの胸元に人差し指を伸ばし、ファンタジー物語ではありがちな台詞を口にした。
咲の目の前には何か見えているのだろう。
時々指が空をスライドしながら、アシェルには何も見えない場所を見つめている。

「体力や筋力、魔力については実験しとったけ間違いないし、ステータス的にもあっとるんやけど。んん……これはどう解釈したらいいんやろ?こっち来た時からスキルはいくつも生えとるんやけど、全部使えん状態やったんよね。本来白文字なら問題なく使えるんやけど、横線が入っとるっちことは封印とかと同じ状態、なんやと思う。線の数自体は減っとるき、多分魂の問題なんやろうね。ただ、毒素分解だけは真っ赤なんよ。線は入っとるき、気にせんでもいいんかもやけど。今言えるのは、剣を使うのはスキルの補助が働くかなっち感じやね。服は脱いだら消えるばい。肉体自体は成長しとるけど、今着とるのは魔素と想像力で作られた偽物やきね。」

「中途半端な感じってことか。ステータスは見れないし、こっちの仕組みは良く分からないけど。ママと自分の身を守れるなら良いかな。服は……ママかパパの服借りたら良いか。急に消えちゃうと困るもんね。で、ママに僕が女ったらしって言われた時のことを再現すればいいんだよね?」

咲は思った。
考える人の銅像のような悩むポーズ。
すらりと長い脚を組んではいるが、イケメンはどんなポーズでも様になるのだなと。
ついでに、超絶美形からママと呼ばれる背徳感と罪悪感と、それらを越える違和感。

「アシェル。おっきい見た目の時は、ママは止めよ?なんちいうか……すっごい違和感。昔みたいに呼んでほしいかも。」

「分かったよ、咲。ふふっ。また名前を呼ぶことが出来て嬉しいよ。僕より咲の方が小さいのは、少し違和感があるけどね。咲の匂いだ……良い匂い。」

アシェルは女性としては背が高く育ったので仕方ないかと思いつつ、前世の時とは視線の交わり方の違う咲を抱きしめた。
咲の肩に顔を埋め、ようやく胸に抱くことの出来た大切な家族の香りを堪能する。
昔とは違い、香油の華やかな匂いがする。しかしそこに隠れる咲自身の香りは、世界が違っていて同じだった。

とても嬉しそうに微笑むアシェルとは反対に、咲は突然の出来事に顔を真っ赤にして叫び声を上げる。
隣りに腰掛けている超絶美男子。もとい男装女子の腕が腰に回されたと思うと、右手は絡めとられ、重たくならないように配慮された体重がかけられた。
その上肩にはイケメンの顔があるのである。

「あ”ぁぁぁ!!?そういうとこばい!?絶対それ!しかもこれ、力入れたら押し倒せるやろ!?」

「くすっ。顔が真っ赤で可愛いね。押し倒してほしいの?」

上げられたアメジスト色の瞳が、目と鼻の先で咲の黒い瞳を覗き込んだ。
神秘的な瞳は咲の望むままに動こうと、咲の真意を探ってくる。

咲が答えるより早く、バァァン!と大きな音を立てて、子供部屋の扉が開かれた。

「妃殿下っ王女殿下っ、ご無事ですか!?」

「無事!無事だから!ついでにこれ、アシェルやから!!ストップ!ステイ!!」

飛び込んできた近衛騎士達が魔法陣を展開し始め、その光を見た咲は慌ててそれを制した。
きゃーという侍女達の叫び声も上がったのだが、それらはどう聞いても緊迫したものではなく黄色い声だった。

「グロウアップ使っただけ。初回やし、30分以内に元に戻るけ。」

「ですが……。」

咲が騎士達を宥めてくれている間に、アシェルは両手を上げて立ち上がる。
魔法が使える世界ではあまり意味が無いことだが、一応敵意はありませんというアピールだ。

言い淀んだ近衛騎士団長は、そのまま口を閉じた。
のだが、咲が罰しないから思っていることを言えと促す。

「王女殿下は、女性ではございませんでしたか?もしや男性だったのかと思ったのですが、身体つきは女性ですし、男装をなさっていることは分かります。そこまで考えて、成人済みと思われる成長を果たしていらっしゃいますので……その。だったのかと……。申し訳ございません。」

「あぁ、そういう……。言ったでしょ、罰しないって。それより、やなくてで良かったっち言えば良いんかな。判別方法が変態臭溢れるけど、団長はやったら求婚しとったやろ?」

アシェルには胸のサイズの話をされていることは分かる。
分かるが、何故咲達は性癖について語り合っているのだろうか。
友人ではなく、自分を護衛する立場の近衛騎士団長と。

「当たり前です!でも申し込みたいくらいですのに。グロウアップを使ったということは、それはいずれ来たる未来!女性であり、子を産めるようになりながらも発達す——。」

「あーはいはい。また今度聞いてあげるき。うちのアシェルの傍で止めてくれる?」

「はっ、これは失礼いたしました。」

この人が近衛騎士団長で大丈夫なのだろうかと心配になるが、確かに実力は申し分ないのだ。
オンオフの切り替えがしっかり——していると現状は言えないが、本当に敵襲であれば冗談を言ったりはしていないだろう。

「ねぇ、そもそも。僕はですらないんだけど。この姿は男装で胸潰しつけてる姿だから。」

胸潰しを外せば求婚される可能性を回避できるだろうかと、背中に手を回して気付く。
中身だけを脱いで、中身だけが消失してくれるだろうか。全て消えてしまうのだとしたら、アークエイド以外の男性に胸を晒してしまうことになる。
アシェル自身は見られてもなんとも思わないが、きっとアークエイドは嫌がるだろう。

クローゼットから健斗が寒い時に羽織るガウンを取り出し、着こんでから胸潰しを外した。
素っ裸コースだった。
我ながら良い判断だったと言わざるを得ない。

「これでいい?僕としては邪魔で邪魔でしょうがないんだけどね。」

近衛騎士団長の表情がショックで青褪めている。
つい先ほどまで理想近かったものが、正反対の巨乳だったのだ。ショックを受けるのも分からないでもない。
しかも身長が高いのでそこまでアンバランスではないが、邪魔になるレベルの質量があるのは分かっている。
可哀想ではあるがこれが現実だ。

「王女殿下……決して、副団長の前でそのお姿を晒されないようにお願いします。」

「うん?咄嗟にガウンを着ただけだし、そもそも咲、じゃなくてママに魔法をかけて貰わないと駄目だから。こんな格好で人前に出ないけど。」

「そういう意味ではございません。副団長のフェチは私とは正反対ですので。では、護衛任務に戻ります。お邪魔をしてしまい申し訳ございませんでした。扉の前に控えておりますね。」

さっと頭を下げた近衛騎士団長が退室した。
アシェルの中で落とされた爆弾の処理が追いつくまでの時間に、侍女達がささっとアシェルのサイズを測って退室していく。
何故測る必要があったのかすら謎である。

「あー近衛騎士団長と副団長っち、よくオウトツコンビっち言われるんよね。二人の性癖が、片や胸が無ければ無いほどいい。片や胸はデカければデカいほどいい。形が良ければなおよしみたいな。びっくりしたやろうけど、割と周囲が性癖とか知っとるんはおかしくないことやき。気にせんといて。」

「えっと、うん。分かったよ。で、話の続きする?お開きにする?アークの仕草付きで知りたいなら、急がないとタイムリミットきちゃうけど。」

「そんなん、続きに決まっとるやろ?まだまだ話しは始まったばっかりばい!」

「咲ならそういうと思った。」

アシェルと咲はソファに腰掛け直し、アークエイドの抱き寄せられたところから耳元で熱っぽく囁かれたことも再現した。
慣れないことを見慣れない人間にされて照れる咲は、健斗にも見せてあげたいくらいとても可愛かった。
すぐに妄想の世界に飛び立ってしまったのも咲らしくて、妄想に耽る笑顔はとても魅力的だ。

その後すぐにタイムリミットが来て2歳児に戻ってしまったが、上がった咲のテンションは落ち着かない。
アシェルが成長した姿を見せたので、その姿で妄想しながら話を聞いていることは容易に想像できた。

時間とアシェルの思い出している記憶の都合で、今日話せたのはレストラン【ウォルナット】で起きた事件までのことだった。
しれっと一つ下の“授け子”であるパトリシアとの出会いイベントも話しておいた。
前に“地球”で異世界転生物がかなり流行った時代があってと、概要を聞いた事があるからだ。

咲はパトリシアの今後の動向も気になるようだが、実際はただの友人である。
咲の期待するようなイベントは何一つとして起きない。
それでも咲は、次の話を聞くまで楽しく妄想することが出来るだろう。
妄想の燃料を投げ込んだだけである。

翌日、帰宅した健斗に恨み言を言われた。
曰く、アシェルの成長した姿を見たかったし、ハグしたかったし、アークエイドとの馴れ初めも聞きたかったのだと。
それ以後“古都”についてのお喋りは、できるだけ三人揃っている時にするようにした。


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