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第五章 【アンブロシア】

300 薬草園③

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Side:“アンブロシア”アシェル



薬草園の散歩を切り上げて、咲と共に子供部屋に戻ってきた。
ピッチャーにおかわり用の果実水まで用意してくれた侍女達は既に下がらせていて、アシェルと咲の二人っきりだ。

最近の健斗は忙しいとかで、泊りがけの出張に行っているらしい。今夜も戻らない予定だ。
仕方ないこととはいえちょっぴり寂しい。
それは咲も同じようで、一時期は止めていた一緒に寝る日が続くようになった。

本来であれば薬草園を見た後は、研究棟を見学できると聞いていた。
しかしアシェルはそれよりも、この感動を咲に話したくて仕方なかったのだ。
喋る練習ついでと思ったことは口に出すように心がけた弊害というべきか、成果というべきか。
咲も健斗もしっかり話を聞いてくれることもあり、夕食時やちょっとした時間に思うままにお喋りをしている。

居住エリアの手前まで送ってくれた魔導士には、後日お伺いしますと言われた。
その時には魔導士の塔に連れて行ってくれ、魔導士達に顔見世をする予定だ。
アシェルが気に入った魔導士が居ればその人が担当になるが、特に希望が無ければ今日の魔導士がアシェル担当になるそうだ。

一応アシェルは神様と関わっていることは知られているし、研究棟や魔導士の塔には“古都”から呼び寄せた魂と記憶の持ち主が多いらしい。
しかしアシェルには徹底的に、こちらでの文字や特殊な情報はシャットアウトされているのだ。
全てが前世の記憶を持った人ではないだろうし、アシェルが持つ“古都”を特定できるような情報は、なるべく咲と健斗の二人にだけ話した方がいいだろうと思っている。
アシェルに情報規制されているように、この世界の人間も“古都”については情報規制されている可能性が高いからだ。

咲とソファで隣り合って座り。
今日の薬草園を見た感動を語る。

「うちの庭よりも一つ一つの範囲は狭いけど、うちと変わらないくらい色んな種類の薬草が植わってたんだ。しょくせーはあんまり変わらなさそうだけど、見たことない植物も植わってて。すっごく味見したかったけど、約束したからちゃんと我慢したよ。味見でびっくりさせちゃったよね。心配かけてごめんなさい。うちではふつーのことだったから、あそこまで驚かれると思ってなかったんだ。味見できなかったのは残念だけど、やくそーえんを見れて楽しかった。今日見ただけでも15種類も知らないのがあって、温室まで行ったらもっとあるんだろうなぁって。色々薬草見てたら、錬金の手技も思い出したよ。魔法だけで作る方法。ずっとやり方が思い出せてなかったんだ。戻ったら錬金の許可貰わないとな。あ、でも薬草の方は、見たらそれがどんなものか分かるのに、時間が経つと薄れちゃうんだよね。レシピ通りに作るなら全く問題ないんだけど、ダメって言われちゃうかな……。僕の乳兄妹がね、すっごく過保護で。器具を使ったやり方じゃなくて、魔法を使ったいつものやり方を思い出さないと、実験部屋に入っちゃダメって言うんだよ?作業してたら思い出すこともあるかもしれないのに。」

きっと咲は興味の欠片も無い話しのはずなのに、アシェルが長々と話す内容を笑顔で聞いてくれる。
前世とは逆の立場になったようで不思議な感覚だ。

「ふふっ、よっぽど楽しかったんやね。実験っち、誤ってぼんっち爆発するんやない?乳兄妹っち家族同然なんやろ?心配されとるんよ。」

「うん。楽しかった。それと、普通は爆発なんてしないからね?化学の実験じゃあるまいし。ちょーっと世間様には出せないのが出来ちゃうかもしれないけど。それくらいだよ?」

「うん?それっち逆に宜しくない気がするばい?」

「外に出さなければ問題ないから。理想通りに毒薬が出来上がった時は嬉しいし、その解毒剤が出来た時はすごく楽しいよ。はぁ……あの見たことのない薬草……どんな味がするんだろ。」

うっとりと未知の薬草に想いを馳せるアシェルを見て、咲は苦笑する。

「ぱっと見は恋してる子やのに、中身がぜんっぜん可愛くないわ。今楽しいこともいいんやけどさー。どうせならアシェルのボーイフレンドのこと教えてよー。婚約したんやろ?」

「まだしてないよ。向こうに戻ってからになると思う。お兄様達と義妹の婚約式が続いたから、ある程度時期をずらしてしないといけなくて。伝言した後すぐこっちに来たから。」

「うちらからしたらだいぶ昔に貰った伝言やけど、まだっち言とったもんね。まぁ、なんにせよボーイフレンドには変わりないやんね。」

「こっちのことはともかく、僕の話をしてだいじょーぶなの?ママ達が神様から聞いてるような、大雑把な話なら問題ないんだろうけど。」

「うちら二人は大丈夫ばい。他の人にはダメやけどね。っちいうか、聞いても大丈夫な事しか聞いてないっちほうが正解やね。駄目なことはこっちで止めるけ気にせんでいいよ。欲を言えば、アシェルの覚えとる限りの出来事を聞きだして、イケメンの濃厚な絡みを描きたいよ?今ならキャラデザ修正までついてくる特典付やしねっ。聞いても問題はないけど、それには時間もないし、気になることだけにしろっち言われてさー。というわけで、彼氏のこと聞いとこうかなっち。大事な家族の旦那さんになる人やけね。幼馴染やし、イベント盛りだくさんやろ?」

頑張って喋る練習はしたものの、そういえばアシェル自身のことをお喋りしていなかったなと思う。
許可を貰っていたのであれば、咲はいつ聞けるかと心待ちにしていたに違いない。
大抵はその日見聞きしたことについてや、進捗の報告がお喋りの内容だった。

“古都”の話はしない方がいいと思っていたので、特別思い出を振り返ることも無かった。
記憶の戻り具合は術式に触れているほうが実感しやすかったので、特に思い出を振り返る必要もなかったのだ。

「イベントは色々ある……けど、全部は言えないかも。その、魂に傷がついたせいで。アークとのこと、ほとんど思い出せてなかったから。」

「……へ?それ王子様の名前やろ?ほとんどっち……。」

「うーん。なんて言ったら良いのかな。なんとなくこんなことあったなーとかっていうのは覚えてた。でもそれがいつのことか分からなくて。何を話したのかも覚えてなくて。小さい時のことは思い出して覚えてるし、起きたらいつも僕より早く起きてるなとか。そういうのは覚えてるけど、それがいつなのか何故なのかまではって感じ。……今なら、もう少し思い出せてるかもだけど。原因の魔法の効果が切れた後に、魔法のことと、錬金のことと、アークのことだけがちゃんと思い出せなかったんだ。錬金のことなんて、何回教えて貰っても覚えられなかった。」

「うーん。普通はちょっとくらい分からんくても気にせんけど、アシェルやきねぇ。傷のせいとはいえ、アシェルにとっては覚えてて当たり前やき、思い出せんと気持ち悪いか。今は魔法のこととかだいぶ思い出してきたっちいっとったよね?彼氏のことは??」

咲の質問に思い出を辿ってみる。

「前より、思い出してるみたい。付き合う前からエッチなことはしてたけど、そういう話が聞きたい?時期が分からなくても良いなら、そういうエピソードは分かるよ。」

「うちのこと、ただのエロ好き変態やと思ってない??え、違うの?みたいな眼でみんといて、悲しくなるわー。」

「って、笑いながら言われても説得力ないけどね。で、何処から話したら良いの?」

「口調が変わっても、その素っ気なさは変わらんねぇ。もうちょいリアクションとかさー?」

そう口にする咲の瞳に不快な色は見られない。
単純に揶揄ってきているだけだ。

「残念ながら。いいリアクションの参考資料が無いから。」

「うーん、それもそうやね。オーバーリアクションするお嬢様なんておらんか。じゃあ小さい時から、アシェルがちゃんと思い出しとるっち思ったことを話してもらおうかな。そしたらアシェルの記憶の戻り具合が分かるし、どれくらい回復したかも分かるやろ?アシェルがどう思ったかは置いといて、うちが萌えそうなことを教えてよ。あ、他の幼馴染付きでもいいきね。っちいうか、大歓迎!ライトなモフモフ様が絡めばなおよし!」

伝言でも言っていたが、よっぽど獣人がお気に召しているらしい。
“アンブロシア”はファンタジー世界だと言っていたが、こちらに獣人はいないのだろうか。
アシェルの活動範囲が狭いこともあるが、未だに人族の見た目の人間しか見ていない。

「分かったよ。……ふふっ。また二人に会えたらって思ってたことが叶って、僕が楽しく暮らしてるよって伝えたいって思ってたことまで叶っちゃった。じゃあ非公式お茶会の頃から話すね。アークと初めて会ったのは非公式お茶会だから。」

アシェルはゆっくりと咲の好みそうなエピソードを話していく。

ちょっとドキッとしたことから、皆でお昼寝したことなどの些細なことまで。割と細かく話した。

咲は雑食過ぎて、萌えることに絞っても割と該当するのだ。

途中乱入者があったものの、それ以外は二人だけで夕食の時間までお喋りしていた。
この日話すことが出来たのは、ちゃんと覚えているレストランでの事件までだった。
そこから先は思い出すことが出来たら適宜話すことになる。

終始キャーキャー騒ぎながら聞いている咲が楽しそうなので我慢して、後程護衛についている近衛騎士にこっそりと打ち身を治してもらったが。
楽しむのはいいが、バンバン背中を叩くのだけは辞めて欲しかった。一歩間違えば虐待である。

次からは咲の膝の上を確保してから思い出話を聞かせようと、密かに心に誓うのだった。


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