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第三章 王立学院中等部二年生

198 獣人の好き②

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Side:アシェル14歳 冬



二限目の経済学は幼馴染達もイザベルも一緒の授業だったので、9人揃ってぞろぞろと食堂へ移動する。

二限目に全員が一緒の授業を受けるのは、週に一度の月曜日だけだ。

「あ、アシェ義兄様。皆様。こちらに席をとっていますわ。」

それぞれ食事のトレイを持ち、目当ての人物を探していると先にそのメルティーから声がかかった。

メルティーはパトリシアと、以前ユリアナ・ノートンの巻き添えを喰らったエスカ・トリスタンと仲が良くなったようで、よく一緒に居るようだ。
昼食の時も必ず三人揃っている。

アシェルはメルティーの居るテーブルにトレイを置いて、席を確保してくれた三人にお礼を言う。

アシェル達は大所帯なので、メルティー達が居なくても二つはテーブルが必要だ。
それを分かっていて、月曜日には必ずこうやって、メルティー達が先に来て席の確保をしてくれている。

「ありがとうメル。それにパティ嬢とエスカ嬢も。」

「いえいえ、お構いなくですぅ。わたしも皆様と一緒の方が、ゆっくりご飯を食べれますからぁ。」

「アシェル様はお気になさらないでくださいっ。わたくしとしましても、ご一緒出来て嬉しい限りですので。カナ様から羨ましがられてるくらいですし。」

いつもと変わらないどこか間延びした喋り方をするパトリシアは、初めて同席した時と違って、本当にのんびりと食事を楽しんでいる。

エスカも遠慮しがちではあるが、何度か席を一緒にして、ようやくこれだけしっかり受け答えをしてくれるようになった。
どうやら人見知りらしい。

「ふふっ。カナリア嬢らしいね。今度カナリア嬢をお昼に誘ったら、喜んでくれるかな?」

「カナ様なら、二つ返事でご一緒させていただくと思いますわ。最近また、供給不足だって嘆いておられましたから。」

「供給不足って、アシェ達の事でしょ?ねぇ、アシェ。またファンサービスしてあげたらいいんじゃないの?確か、水曜日はミルトン先輩が絡んでくるって言ってなかった?」

パァっと表情を輝かせたエスカの隣で、席を譲ってもらっていたリリアーデが言う。

確かに毎週水曜日の昼食は、毎回と言っていいほどクリストファーに絡まれていた。

その度に無下に追い返すのだが、クリストファーはめげるどころか、それすらも楽しんでいるように見える。
アシェルは密かに、クリストファーはドМなんじゃないだろうかと思っている。

「んークリストファー先輩かぁ。リリィは、カナリア嬢はどんなので喜んでくれると思う?」

「そうねぇ。シオン君との会話よりも腹の探り合い感が強いんだっけ?」

「うん。シオンとは言葉遊びって感じだけど、先輩とはお互い笑顔の下で主導権を取り合ってる感じ。」

しばし腕を組み悩んだリリアーデは結論を出す。

「多分、いつも通りで良いと思うわ。少し会話が長いと、カナはより喜んでくれるだろうって感じかしら?」

「そっか。じゃあ今度お誘いしてみるね。」

「カナ様はきっと喜ばれます。」

話がひと段落したアシェル達に、エスカが可愛らしい笑みを浮かべてくれる。

そして隣の席では、アークエイドがジトっとした眼を向けてくる。

「お誘いしてみるねって……俺の意見は聞いてくれないのか?」

「どっちにしても、メルやパティ嬢以外とほとんど喋らないじゃない。ようやくエスカ嬢の話に、相槌打てるようになったのに。それに、水曜日なら一人分席が空いてるし、カナリア嬢なら知ってるし良いでしょ?」

「うっ……まぁいいが。ただ、ここでクリストファーとスキンシップはしないでくれよ。」

「するわけないじゃん。じゃあ、皆ご飯食べようか。」

それぞれがいつもの席に着いたのを確認して、アシェルは食事の開始を告げる。

アシェルの左右にはアークエイドとメルティー。
向かいにはパトリシアにエスカ、そしてイザベルだ。

それぞれ「いただきます。」の号令で食事に手を付け始め、アシェルもアークエイドとメルティーの食事から味見して、自分の食事に手を付ける。

わいわいと賑やかに時間は過ぎ、そろそろお開きという頃。

アシェルはここに来た時から、少しそわそわとしているマリクが気になった。
特別きつい香水の匂いはしないが、もしかしたら発情期中で感覚が鋭くなっているのかもしれない。

「マリク。お薬飲んでても、流石に人が多いところは辛い?ごめんね、何も考えずに連れてきちゃった。もふもふしとく?」

「アシェ、気にしないでー。人がおーいのは大丈夫なんだけど……なんか、メルちゃんから凄くいー匂いがしてる気がしてー。でも、さすがに匂いを嗅ぎに行くとダメかなーって。」

いつもならへにょりと耳と尻尾が垂れていそうな表情と声で、でも発情期中でピンと立ったままマリクが言う。

「メルから?ねぇ、メル。少しこっちに来てくれる?」

マリクの傍まで来るように言われたメルティーが、下げようとしていたトレイを置いて、アシェル達の元までやってくる。

その間に、何故かマリクの左右にエラートとエトワールが移動してきた。

「どう?これくらい近かったら分かる?」

「うんー。やっぱりメルちゃんからいー匂いがしてるー。」

クンクンと鼻を鳴らして確認するように言うマリクに、メルティーはクスクスと笑った。

「もう、マリク義兄様ったら。いつもアシェ義兄様のことをいい匂いだと言っているし、薬草の匂いじゃないかしら?わたくしの一限目は、錬金の授業だったから。」

「違うよー。確かにやくそーの匂いもするけど、メルちゃんがいー匂いなの。かーさんが言った意味がよく分かるよー。」

「マリク。お願いだから、それ以上メルに近づくなよ?」

「マリク止めるのもだけど、それ以上に、俺達じゃアシェを止められないからな?」

マリクのいい匂い発言に、左右を固めていたエラートとエトワールが、何故かマリクを止めようとしている。

だが、それが何を止めようとしているのかが分からず、アシェルもメルティーも首を傾げた。

「分かってるよー。アシェも、アシェのおにーさんたちも怒らせたくないしー。」

「ねぇ。僕らにも分かるように説明してくれる?マリクが動いたら、僕らが怒っちゃうようなことが起きるの?」

首を傾げたまま問うアシェルに、エラートとエトワールが「どうするかはマリクが決めて言え。」と耳打ちしているが、距離が近いのでバッチリ聞こえている。

「えっと……。メルちゃんをお嫁にちょーだいっていったら、アシェは怒るー?」

様子を伺うように言われた言葉に、一瞬理解が追い付かない。

アシェルの隣で、メルティーも驚いて目が点になっている。

「えっと。いい匂いからどうしてそんな話になるのか分からないけど……とりあえずここで話す話じゃないよね。とりあえず、三限目までもう少しあるし、僕の部屋に行こうか。」

話しが終わるのを待ってくれていたパトリシアとエスカに別れを告げ、アシェルの部屋へと移動した。



アシェルの部屋の大きな応接セットにそれぞれ腰掛ける。

メルティーはもちろん、アシェルの隣だ。

「で、さっきの求婚と、いい匂いは何か関係があるの?」

イザベルが淹れてくれた紅茶を前に単刀直入に聞くアシェルに、マリクがビクッと身体を震わせた。

今日は王都組と辺境組で分かれて座らずに、アシェルの目の前がマリクだ。

「えっと、俺ってハーフなんだけど、獣人の血が濃いらしくってー……。それで、かーさんから、番にしたいって思うメスからは、はつじょーきちゅうに我慢できないくらいのいー匂いがするから。俺がいー匂いだって思ったメスには求婚していいって聞いてるんだけど……。そのいつもと違ういー匂いがメルちゃんからしたんだよねー……。でも、メルちゃんに求婚したら、アシェが嫌がるかなって思ってー……。」

しょんぼりと怯えながら、それでもマリクが理由を語ってくれる。

「つまるところ、メルから襲いたくなるくらいいい匂いがして、それは獣人が本能的に番を選ぶシステムってわけだね?」

「うん、そーなるかな……。」

恐らくその話を知っていて、エラートとエトワールは何かが起きないようにマリクを止めようとしてくれていたのだろう。

「ねぇ、マリク。確かにメルの同意無く襲ったりしたら、僕はマリクを許さないと思うけど。そうじゃないなら、確認を取るのもお嫁にしたいって言うのも、僕にじゃないでしょ?そういうのは、ちゃんと当事者のメルに言ってあげてよ。」

溜息と共にアシェルが口にした言葉に、慌ててマリクがメルティーに向き直る。

「その、じゅーじんの番にしたいって本能は、人族にはわからないらしーけど。でも、俺はメルちゃんを番にしたいと思ってます。お嫁に来てもらえませんか?」

「アシェ義兄様。わたくしは隣で聞いていたから大丈夫ですわ。マリク義兄様も、お気持ちは分かりましたわ。でも……本当にわたくしで良いのかしら?」

まだ戸惑うようなメルティーに、頭ごなしに拒絶されなかったことにマリクが胸を撫で下ろす。

「俺はメルちゃんがいーの。じゅーじんやハーフは、旦那さんにしたくないかなー?」

「あっ、マリク義兄様が嫌いとか、獣人がダメとかではありませんわ。わたくしから見たら、家柄も今後の職業的にも願ってもいない相手ですもの。ただ……わたくしは今は公爵家だけれど、ご存知の通り養子だわ。血筋的には伯爵家の子。それにお母様は子爵家出身だわ。ご家族が嫌がるんじゃないかしら?」

「そんなのかんけーないっ。俺はメルちゃんがいーの。それにかーさんもとーさんも、俺が選んだ子なら身分とか気にしなくていーよって言ってたし。それに、メルちゃんがお嫁にきてくれたら、かーさんも喜ぶと思うー。」

「でも、匂いのことも含めて、一度ご両親と相談していただけないかしら?それにわたくしの方も、わたくしが良いと言っても、お義父様やお義兄様達に確認も必要だわ。お母様も、恐れ多いからって反対しそうな気がするし……。ねぇ、アシェ義兄様。わたくしに政略結婚のお話が来ているとか、聞いているかしら?」

静かに二人のやり取りを見守っていたアシェルに話を振られ、アシェルは首を横に振る。

「僕はそんな話は聞いていないし、多分だけどメルに政略結婚なんてさせないと思うよ。仮にお父様が話を持ってきても、僕もお兄様達も反対するだろうしね。僕としては、メルの相手が信用のおけるマリクだとしたら嬉しい限りだけど……。急な話なのに無理してない?こんなにすぐ結論出さなくて良いんだよ??」

「アシェ義兄様。それじゃマリク義兄様が可哀想ですわ。それに、わたくしは自分で相手を選んで嫁ぐとしたら、メイディーの為になる方の元へと思っていましたの。わたくしの身分では、豪商辺りでも捕まえられたら御の字と思ってましたけれど……。マリク義兄様なら、条件的にも申し分ないどころか、こちらが申し訳なくなるレベルですわ。」

「メル。家のためなんて考えなくて良いんだよ?メルはまだ若いんだし、恋愛結婚で良いんだよ?我が家はメルに無理させてまで、繫栄なんて望んでないんだから。」

「心配性ですわね。無理なんてしてませんわ。それに、政略結婚だと、お付き合いしてから相手を知って好きになるものだと、お母様からは聞いていますもの。その点、マリクお義兄様なら良い方ですし、好ましい方ですわ。これがお義父様以上年齢が離れた相手に嫁げと言われたら悩みますけれど……マリクお義兄様なら、何の問題もありませんわ。」

「本当に良いの?……メルがそう言うなら、もしお父様やお義母様が反対しても、僕だけは賛成してあげる。必要なら、テイル家がメルが嫁ぐのには十分だって資料も揃えるし、説得もしてあげる。もし勝手にしろって言われたとしても、相手が公爵家でも持参金も準備金も僕が用意してあげられるから、メルは心配しないで。最後に確認するけど……本当に、相手がマリクで良いんだね?僕が昔いた国とは違って、こっちはお付き合いに婚約も結婚もセットだから。やっぱり嫌です、とは言えないよ?」

メルティーはどこまでも過保護すぎるアシェルに苦笑を返す。

アシェルの前世にいた国がどんな国だったのかまでは分からないが、その辺りはみっちりとメアリーに仕込まれたのだ。

「えぇ。それも分かっていますわ。その上で、マリク義兄様からの求婚を受け容れたいと思いますの。」

「分かった。テイル家から話しが行くより、先に伝えたほうが衝撃が少ないだろうから。僕からお父様とアン兄様に手紙を書いておくよ。マリクもそれでいい?」

大人しく成り行きを見守っていたマリクは、ぶんぶんと首を縦に振る。

「絶対にメルちゃんの嫌がるようなことはしないからー。だから、メルちゃんをお嫁に下さいっ。」

「それは僕じゃなくて、お父様たちに言ってよね。僕に決定権は無いんだから。皆も巻きこんじゃってごめんね。三限目の授業がある人は移動しなきゃかもだけど、そのままここでゆっくりしてもらっても良いから。ベル。お菓子を追加しておいてあげて。それと、お父様に手紙を書くから準備をお願いできる?」

「話しの流れ的にそうなるかと思って、お菓子の方は先程追加いたしました。お手紙ですね。準備いたします。二通分でよろしいですか?アルフォード義兄様には……。」

「アル兄様には出来たらあんまり早く教えたくないけど……。ベルがそろそろ良いだろうってタイミングで教えてあげてくれる?多分どこかの週末に、全員邸に呼び出されるだろうから。だから、二通で良いよ。」

「……それは御命令でしょうか?」

「うん、命令。だから、ちゃんと邸に帰ることになる前には、アル兄様に教えてあげてね。それと、メルとマリクのところに突撃しないでねって言っておいて。」

「……承りました。まずはお手紙の準備をしてまいります。少々お待ちくださいませ。」

珍しく命令だと言い切ったアシェルに礼をして、イザベルが奥の部屋へと消える。

「アシェ義兄様……アル義兄様には、わたくしからお話しますわよ?イザベルに命令なんてしなくても……。」

イザベルを心配してくれるメルティーの頭を撫でてやりながら、アシェルは笑う。

「今のベルには、これくらいの方が良いんだよ。命令って言わないと、理由を付けて回避しそうだったからね。」

「よく分かりませんが、大丈夫ですのね?」

「うん。メルは何も心配しないで。さっきベルにも言ったけど、恐らく近々呼び出されると思うから。その時は一緒に帰ろうね。」

「えぇ、もしそうなればわたくしは構いませんわ。でも、皆呼ばれるのかしら?」

「お父様なら、間違いなく全員集めると思うよ。あ、アーク。申し訳ないんだけど、この後使用人を一人借りてもいい?メイディー公爵邸に手紙を届けて欲しいんだ。」

多分イザベルが持って行こうとしてくれるだろうが、生徒は外出手続きやらなんやらで色々と面倒だ。
三限目は無いはずだが、五限目に授業が入っているはずなのでイザベルに無理はさせたくない。

「あぁ、それくらいお安い御用だ。いつでも頼ってくれて良いって言ってるだろ。」

「ありがと。じゃあ、手紙書いてくるね。」

応接間の奥へと消えたアシェルを見送って、アークエイドを始め、幼馴染達はほっと息を吐いた。
話しの内容的に、物理か魔法でやり合う修羅場に発展してもおかしくなかったのだ。

「マリク。とりあえず、メルの了承が貰えて良かったな。俺とトワはこれから授業だけど、メルを襲ったりするなよ?」

「アークとデュークが隣に座ってくれる?ノアじゃマリクを止められないだろうから。エト、走るぞ。ぎりぎりだ。」

「おぅ。じゃあ、また明日な。」

時計を見て慌てて二人は部屋を出て行く。
三限目が始まるギリギリなので、きっと身体強化も使って走っていくのだろう。

エトワールに言われた通り、席順が変わる。

「もー。俺だって命知らずじゃないから、いきなり襲ったりしないよー。」

「保険だ。」

「だね。抑制剤が効いてるなら大丈夫だろうけど、万が一があっても困るし。」

「それにしても、アシェったら凄いわね。あれって、メルちゃんの相手がマリクじゃないとしたら、確実に相手の家を調べ上げて、大丈夫って確信が持てるまでOK出してないと思うわよ。まぁ、可愛い妹に恋愛結婚をして欲しいって気持ちは分かるけどね。ねぇ、メルちゃん。マリクがダメって訳じゃないけど、本当にマリクで良いの?クラスに気になっている男の子とかいない?メルちゃんなら可愛いし若いし、婚約者も居ないし選り取り見取りでしょ。」

「ふふっ、リリィお義姉様も心配性ですわね。特別お慕いしている方は居ないから、問題ありませんわ。それにアシェ義兄様も若いっていってらっしゃったけれど、わたくしの年齢なら、もう婚約者が居てもおかしくない年齢ですわ。アン義兄様より先に婚約をすることになりそうなのには少し抵抗がありますけど……気になるのはそれくらいですわ。」

「そういえば、こっちって婚約は小さな時からしてたりするのよね。わたくしとデュークの婚約も、そんなに早くないって言われちゃったし。そうだ。アシェから抑制剤作ってた時の話は聞いてる?獣人とのエッチは人間のとは違うから、一般的な閨教育じゃ足りないと思うのよね。」

いつもの調子でデリケートな問題を口にしたリリアーデに、デュークの叱責が飛ぶ。

「リリィ!そういうはしたないことは、口にするなって言ってるだろ。」

「なによ、デューク。だって必要な事でしょう?そもそもこっちの性教育って、親がするから絶妙に足りてないことが多いのよ。避妊具だって無いし、だからと言って薬が流通しているわけでもないし。それに女性への性教育って、基本的に男に任せろって言われるのよ?大人しくしてたら終わるからって。男が下手だったり、痛かったりしたらそれに抗議してもいいとか、エッチって本来二人で寄り添って行うものなのに、そういう説明ってないんだから。いい、メルちゃん。もし閨に誘われても、気分が乗らない時や月の物の時はちゃんと断るのよ。女性にはその権利があるんだからね。」

「ねえさん!メル嬢が困ってるだろっ。」

「あ、あの。リリィお義姉様。そういう話は殿方のいらっしゃらないところで……。さすがに閨教育に関してここでは……。」

顔を真っ赤にしてうつむいてしまったメルティーに、リリアーデは流石に口をつぐんだ。

「そうね。……じゃあ、マリクと婚約云々の前に、一度女子会をしましょう?アシェなら抑制剤を作る前に獣人の生態も調べていたみたいだから、特殊なことはアシェに聞けばいいと思うわ。」

「あ、はい。それでしたら大丈夫ですわ。」

当事者であるはずのマリクは置いてけぼりに、話しがどんどん進んでいっている。

「ねぇ、俺ってそんなにしんよーないー?」

「別にマリクが悪いんじゃなくて、運悪くメルティーの相手がマリクだったと言うだけだ。きっと相手は関係ないから気にするな。それより……メルティーの身体で、獣人の発情期に耐えらえるのか?」

「よくせーざいが効いてるから、りせーをそーどいんすればー。ただ、俺閨きょーいくって受けたことないんだよねー。ほんのーで分かるからーって。アークから見て、俺のやり方じゃむりそー?」

「……今度人族用の閨教育をしてやる。前と違って、アシェなしで口頭説明だからな。」

「それは分かってるよー。」

二人はこっそりと話しているつもりだが、その左右に居るデュークとノアールには内容が丸聞こえだ。

幸い、この話題で騒ぎそうなリリアーデは、メルティーとどこの洋服が可愛いとか、デートスポットがどこだとかいう話しに華を咲かせている。
相変わらず、女性は話題の移ろいが早い。

「僕は何も聞いてない。聞いてないからっ。」

「おい、アーク。今の話の内容は、誰がどう聞いてもそうだと受け取るぞ。リリィが聞いてなかったから良かったようなものの……聞かれてたら、間違いなく洗いざらい吐かされたからな。」

「すまない。今後は気を付ける。」

「すまないじゃなくて……。はぁ。僕にはなにがどうして、そんな状況に至ったのか、謎で仕方ないよ。あ、説明しなくて良いからな。聞いたところで、どうせ理解不能だと思うから。」

「進んで名乗り出たのではないことだけ言っておく。」

「それも分かってるよ。」

こそこそとやり取りをしていると、応接間の扉が開いた。

「皆、お待たせ。アーク。これお願いしていい?」

アシェルから手渡された二通の封筒には、アシェルの個人名も入った封蝋が使われていた。
それだけアシェルの中では、大事な話しだということだ。

「あぁ。直ぐに頼んでくる。返事は一旦こちらで預かってから、アシェに渡しても良いか?ずっと部屋に誰か居る訳じゃないだろ。」

「うーん……そうだね。それもお願いしていい?ごめんね、僕の使用人じゃないのに手間かけさせて。」

「これくらい構わない。」

「アークエイド様。」

手紙を片手に部屋を出て行こうとするアークエイドを、イザベルが引き留めた。

「本来であれば週末しか許可しておりませんが、本日は手間賃代わりに泊まっていっていただいて構いません。それと、メルティー様のためにも全員お引き取り下さいませ。メルティー様は、私が責任をもってマルローネのところまで送り届けますので。」

「ちょっと、ベル!」

「先程ご命令いただいたことは、きっちりとこなしますので。さぁ、メルティー様。お部屋へ戻りましょう。それとマリク様。発情期中はメルティー様と二人っきりにならないように、ご注意くださいませ。それでは、失礼いたします。」

ニッコリと微笑んだイザベルが、メルティーを連れてアークエイドよりも先に退室した。

「俺、アシェのほーが怒るかもって思ってたけど、ベルちゃんの方が怖いかもー?」

「……さっき、仕方ないことだけど少しは意見を聞いてくれって、怒られた。獣人との性行為について、メルが知らない可能性もあるだろって。……家族での話し合いの前に、ちゃんと教えとくね。」

アシェルが手紙を書いている傍らで、お嬢様言葉で散々叱られた後だ。
アルフォードへの言付けを命令したせいで、八つ当たりも含まれていた気がしないでもないが。

「あ、それに関しては、今度女子会をしましょうって話をしたわ。こっちって性教育は口頭でしょう?もし必要だったら、パティさんに図説用の資料を描いてもらうわよ?」

「そうだね。僕から頼むのも変だし、お願いできる?」

「えぇ、勿論よ。女の子も身を守る術を知っているのは大切なことだわ。さぁ、帰りましょう。アークも、手紙を届けて貰うんでしょう?」

空気を変えるようにリリアーデがパンッと両手を叩き、お開きの合図にする。

「あぁ。アシェ、また戻ってくる。」

「アシェー時間取ってもらってごめんねー。とーさんとかーさんに、俺からもお知らせしておくよー。」

「邪魔したな。リリィが迷惑かけるかもしれないが、よろしく頼む。」

「ちょっと、迷惑ってなによっ!アシェ。女子会楽しみにしているわ。」

「お邪魔しました。マリクとメル嬢の件が落ち着いたら、僕もまた相談に来ていい?」

「僕に答えられることならいつでも良いよ。また五限目に。マリクはまた明日ね。」

全員を見送れば、応接間の中は静かになる。

そんな誰もいないソファに身を預け、メルティーの言葉を思い返した。

マリクの感じた匂いは、きっと王族の一目惚れに近いものだと思う。

でも、メルティーが即決するとは思わなかった。

きっとマリクならメルティーを幸せにしてくれると思うが、メルティーは本当にそれで良いのだろうかと考えてしまう。
少し条件の良い政略結婚位の認識で割り切っているのだろうか。

でもきっとマリクならメルティーのことを大事にしてくれるだろう。
その点についてだけは安心だ。
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