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第三章 王立学院中等部二年生

189 後期は申し込みの季節②

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Side:アシェル13歳 秋



寮の自室の鍵を開け扉を開けると、イザベルとマルローネがサッと立ち上がって出迎えてくれる。

遅くなると伝えていたので、二人でお茶でもしていたのだろう。

「お帰りなさいませ、アシェル様。お客様ですね。」

「ただいま。そうだけど、僕達は実験室に行くから。二人はゆっくりしてて。」

「分かりました。ごゆっくりなさってくださいませ。」

「ありがとう、お邪魔するわね。」

「イザベル、お茶も要らないからな。」

アビゲイル、アルフォードが挨拶の後、応接間を通り過ぎて奥へと続く扉へ向かう。
先頭は勝手知ったる顔で無言のままのアークエイドだ。

アシェルはキッチンで人数分のグラスに果実水を注いで、その足で実験室に向かう。

実験室に籠ることとお茶の用意は要らないと伝えたので、イザベルもマルローネも内密の話があることは分かったようだ。

「あ、ベル、マルローネ。そろそろ夕飯の準備も始めてくれる?今年はあまり遅くならないっぽいから、これくらいかもう少し遅いくらいに帰りつくと思う。」

「了承しました。キッチンの扉は閉めておきますね。」

「ありがとう、ベル。」

イザベルなりに気遣ってくれていて、アシェル達の意図は伝わったという意思表示だ。



アシェルが実験室に入ると、アルフォードが呪文を唱え始める。

「空気を震わす音よ。風の囁きよ。我が言の葉を守り給え『防音サイレス』。これで大丈夫だぞ。」

「別に無詠唱でも良かったのよ?わざわざ四節詠唱なんて。」

「でも、この方が安心だろ?大事な話の時は、こうするって決まってるしな。」

アビゲイルは大袈裟だと言いたそうだが、アシェルが防音サイレスを唱えたとしても、アルフォードと同じように四節詠唱しただろう。

四節詠唱は詠唱によって決まった効果を保証し、その詠唱文と魔法名を公言することで、余計なことはやっていないというアピールにもなる。
要人が居る場所で魔力が動けば、要らぬ疑いを掛けられる可能性もあるからだ。

リクライニング椅子にはアビゲイルが、その隣に引っ張ったアークエイドがいつも座る椅子にはアルフォードが。アシェルとアークエイドは机に腰掛ける。

「わざわざ時間を取ってもらってごめんなさいね。話しておかないといけないけれど、何処でもできる話じゃないから。」

「別に良いって。必要な事なんだからさ。な?アシェ。」

「えぇ、アビー様が気になさることじゃありませんよ。国賓ですから、もしアビー様から話が無くても、いずれお父様から話が来た可能性もありますし。」

「ふふ、そうね。でも、ありがとう。まずは国賓なのだけれど、アスラモリオン帝国は分かるわよね?」

「ヒューナイトのアスノーム地方。南のマーモン大海の向こうにある島国だ。魔族たちが暮らしている。」

アビゲイルの言葉に、アークエイドが特に必要ない補足をしてくれる。
他国のことを学ぶ授業は無いので、念のため教えてくれたのかもしれない。だが、邸でのほとんどを家庭教師の授業か実験室で過ごしてきたアシェルは、きっちり基本的な他国のことは勉強済みだ。

「その帝国の第二皇子と第一皇女が、今年の学院祭の学術発表を見に来る……というのが名目よ。もしかしたら、来年留学してくるかもという話も上がっているけれど、こちらは確定ではないわ。」

「名目ってことは、本音は別にあるって予想か?」

「えぇ。ヒューナイトより魔術の発達しているアスラモリオンが、わざわざ学生の書いた論文を見に来るかしら?こちらの論文は、大半が如何に魔力消費量を抑えて威力を保つかに重点を置いてるわ。魔力量は度外視に、効果だけを突き詰めたようなものはあまりないのよ。あちらは皇族も平民も、侯爵家くらいの魔力量を等しく皆持ってるのよ?不要だと思わない?」

「確かに違和感があるな……。」

アシェルも学んで知っているが、アスラモリオン帝国は魔族が住んでいる。
魔族は平均して保有魔力量が多いため、誰でも魔法やスクロールを使うし、新しい魔術を開発するための専門機関もあるはずだ。

対してヒューナイト王国は平民はほとんど魔力を持っていないことが前提で、魔力消費量の少ない魔道具か、魔石を電池として動く魔道具が主流だ。
仮に平民が魔力持ちだったとしても、専門的に学ぶこともない上に、冒険者にでもならなければわざわざ魔法が使えるか試そうという人間も少ないだろう。
魔法が使えるレベルの魔力持ちだと知らずに、自身の生涯を終える者も多いのではないだろうか。

アスラモリオンが開発しているのは攻撃魔法ではなく、普段使いのモノから、例えば花火のような演出や観賞目的の魔術の開発最先端だ。
マーモン大海を越える必要はあるが、常夏のアスラモリオン帝国は観光地になっている。見た目が派手で人に迷惑を掛けない魔術は、観光客の目を楽しませてくれるらしい。

論文だって毎年それなりの数を世界に向けて発表している。何人もの人間が知恵を集めて作った、大がかりな術式だ。

その発表された術式は自由に使え使用料もかからず、寄付を受け付けている程度だ。
だが、魔導士数人が魔力を供給しないといけないようなものがほとんどなため、基本的には目を楽しませるものとして国内で使われているだけなのではないだろうか。
少なくとも個人で使うような術式ではない。

アシェルは毎年、その論文を全てチェックしている。術式に興味を示したころから毎年、実家がアシェルの為に取り寄せてくれているのだ。

「魔族の術式は観賞用や実用的なものばかりが発表されてますが、どれも消費魔力量が多いんです。どうも3年前に開発機関のトップが変わったみたいで、特に今年発表された術式は、消費魔力にも術式自体にも無駄が例年より多かったです。もしかしたら、その無駄を無くすための手がかりを知りたいんですかね?我が校の学術発表を見ても、無駄は無くせないと思いますけど。」

「アシェ。なんでトップが変わったと思う?そういったことは機密事項だから、どこにも発表されてないはずだが?」

アシェルの感想に、アークエイドが首を傾げる。

確かに重要な人物の生死は他国に伝わらないだろう。
全てが友好国で平和な世界だとはいえ、何がきっかけで国同士の争いになるのか分からないのだ。

他国に伝わるとしたら、国の王族・皇族の生死、後継者、嫁ぎ先くらいだろうか。
それ以外は各個人や部署と交流がある人たちだけが、内々に知っているだけだろう。

「論文を見てたら判るよ。ああいうのって、グループで開発やブラッシュアップしてるでしょ?三年前の論文から、明らかに能力が高かった人が欠けてるんだよ。あの人の繋ぎ方はなかなか面白かったのに、もう見れないのは残念だよね。そして多分だけど、その欠けた人がチームを引っ張っていたんじゃないかな?今年にかけて、少しずつ術式に歪みが出てたから。あまり統率が取れてないんだろうね。きっと今年の術式みたいに、継ぎ接ぎだらけでなんとか体面を保ってるだけじゃないかな。」

三人が驚いているが、そんなに驚くような事だろうか。

術式とは個性が出るのだ。
特徴的な書き方をする癖があれば、それだけで個人の特定だって出来てしまう。

論文の場合は無駄のないスッキリとした術式だが、それだって沢山の術式を組み合わせて繋ぎ合わせた結果だ。
同じ効果を得るにしても、一つ一つのピースの選択にも、その繋ぎ合わせ方にも個性は現れる。

アシェルの知識欲を満たしてくれ、無限の可能性のある学問だ。

「アシェが言ってることが本当だとしたら、学生の論文でも見る価値はある……のか?」

「さっきも言ったでしょ。うちの学術発表を見ても、あのレベルで大きな術式の無駄は無くせないよ。個人で研究しているから、ヒントになるようなものもないと思う。ってなると、目当ては論文そのものって言うよりも、人材じゃないかな。皇子と皇女が来るんでしょ?わざわざ男と女を揃えて他国に行かせる理由と留学するかもって考えると、目ぼしい人材を結婚で引き抜きたい。が一番有力かなって思うんだけど。」

アスラモリオンの第一皇子はアシェルの二つ上、第一皇女は同じ年、第二皇子は一つ下のはずだ。

年齢的にも外交的にも第一皇子が国賓として来てもおかしくないのだが、敢えて第二皇子なのだろう。

国際結婚させるなら、国の跡継ぎは避けるはずだ。

「アシェルの言うことは一理あるわね。まさか論文からそこに辿り着くとは思わなかったけれど。あとは、わたくしかアークとの婚姻を望んでいる可能性ね。はぁ……気が重いわ。」

「姉上……。でも、今年国賓としてくるのは避けられない。陛下はスタンピードを理由に一度は断りを入れたらしいが、それでもと相手方が望んだからな。」

「分かってるわよ。ここで愚痴を言っても仕方のないことくらい。でも、ココでくらい良いでしょう?向こうの本音が分からない以上、下手を打たないように予想して、出来る限りの対応をするしかないのだから。」

表面的に平和に、だがヒューナイト王国に不利になることが無いように、気を遣って王族は立ち回らなくてはいけないのだろう。
その心労は、アシェルには推し量ることが出来ない。

「まぁ、愚痴くらいいつでも聞いてやるから。さすがに皇族相手に俺達は出しゃばれないから、そこはアビーに頑張ってもらうしかないけどな。」

「それも分かってるわよ。こっちが来てもらう側だから贅沢は言えないけれど、外交って面倒よね。」

「顔を付き合わせた外交と言えば、各国の中心にあるヒューナイトの王都に集まって、パーティーがメインだからな。あとは書簡のやり取りくらいだ。危険な大魔素溜まりを抜けて来てもらう以上、あまり文句も言えない。」

「そんな感じなんだ。外交はよく分かんないけど、大変なんだね。」

「アシェ、他人事のように言ってるけど、アシェもデビューしたら関係あることだからな?国同士でどうにかしようという人間は少ないけど、敢えてその時に狙おうとしてくるやつらもいる。だから、俺達の役割は結構重要なんだ。」

「食事や飲み物ですぐに反応できるのは、メイディーだけ、だからですか?」

「あぁ。幸い個人狙いだが、今までにそういったケースもある。もしアスラモリオンの皇族が留学なんてことになったら、パーティーにもちょくちょく出るだろうから、アシェのデビューは早めにしないと不味いだろうな。」

今年のデビューが流れたので、あわよくばこのまましばらくデビュタントは無しにならないかと思っていたが、そういう訳にもいかないらしい。

「アークは心配だけど、女装しないといけないんですよね?……憂鬱です。」

「はは、まぁアシェはそうだろうな。でも、大事な事っていうのも分かってるだろ?」

「はい。他国の皇族がパーティーに出るなら、アークがそれを避けることは難しいですもんね。リスクが増大するのに、僕の目の届かないところでアークに手を出されるのは癪ですから。」

「良い子だ。」

正しく意図を受け取ったアシェルの頭を、アルフォードは優しく撫でてくれる。

それを見ているアビゲイルとアークエイドは苦笑した。

「全く。だからメイディーは過保護なのよ。そんなこと、アルやアシェルの義務じゃないんだから、気にしなくて良いのよ?」

「アシェは社交界に出るのは嫌がってただろ。俺は王族の務めだが、アシェは無理をしなくて良い。」

「だから、何度も言ってるだろ。大切なモノに自分達の手の届かないところで何かあるのは、自分に何かあるよりも嫌なんだよ。」

「僕だって嫌です。出来ることをしないで、後から後悔したくありませんから。」

「はぁ、護衛としては確かに優秀だけれど、この揃って過保護なのがどうにかなればねぇ。ノア様がアルには敵わないからって、未だに返事を先延ばしにされて、ラストダンスだってなかなか頷いて下さらないのよ。婚約は抜きにしても、後夜祭のラストダンスくらいノア様と踊りたいわ。」

アビゲイルの盛大なため息に、アルフォードはよしよしと、今度はアビゲイルの頭を撫でてやる。

「それって俺のせいなのか?そもそも、皇族がいつまでいるかも問題だろ。ノアールとゆっくりする時間なんて取れるのか?」

「取れるかじゃないわ、取るのよ。最悪アークに押し付けてでも、ノア様との時間は確保するわ。」

「……俺だってアシェと居たい。」

「アークは毎日アシェルと一緒に居るから良いじゃないの。わたくしだって、毎日でもノア様のところに押しかけたいのに。たまにご一緒できる夕食だって、お部屋じゃなくてレストランなのよ?二人っきりになりたいわ。」

ノアールは真面目な性格なので、きちんとアビゲイルと婚約するまでは二人っきりになることは無いだろう。

アシェルよりもずっとずっと先で何年も前から悩んでいるのだから、いい加減覚悟を決めればいいのにと思う。

だが危ない辺境の領地にアビゲイルを連れて行きたくないという気持ちも、分からなくは無い。
アビゲイルの方は、とっくの昔に覚悟できているみたいなのだが。

そこからしばらく、アビゲイルのノアール愛が語られる。

ノアールのどこが可愛いとか、ここがカッコイイとかそういう話しだ。
そしてやっぱり、二人っきりになりたい、もっと一緒に居る時間が欲しい、早くノアールが返事をくれたら良いのにで締めくくられる。

きっとこれが恋バナというやつなのだろう。

「……アークも早く返事が欲しい?」

王族としての血がそうさせるのだろうが、アビゲイルがこうしたいと愚痴った部分は、アークエイドにも共通する感情なのだと思う。

親世代のするグリモニアの昔話でも、同じような内容が沢山出てきていたからだ。
グリモニアの場合は行動力も伴っていたみたいなので、アンジェラはとても苦労したようだが。

王族の恋愛話しか知らないので、これが一般的な恋愛感情なのかどうかまでは分からない。

「焦って出した答えじゃ意味がない。アシェが納得できる答えじゃないと、俺には何の意味もないからな。こうしてアシェと居られるだけでも、俺は恵まれている。」

アシェルの問いに隣のアークエイドは優しく微笑み、チュッと頬にキスをされる。

「殿下……せめて、俺のいないところでやってくれないか?」

「アーク、それはわたくしへの当てつけかしら?」

アルフォードとアビゲイルからジトっとした視線が飛んでくるが、アークエイドはあまり気にした様子はない。

それどころか抱き寄せようと手が動いたのを見て、アシェルはその手をペシンと叩き落した。

頬へのキスなら親しい友人と挨拶ですることもあるが、兄の前でそこまでするのを許してやるつもりはない。

「やっぱりこれはダメか。」

「分かってるならやらないでよ。」

「もし付き合っていれば良いのか?」

「なんでそうなるの?どっちにしてもダメに決まってるでしょ。」

「それは残念だな。」

「残念じゃないわよ。アーク、わざとでしょう?わたくしへの嫌がらせでしょう?」

くくっと笑ったアークエイドの胸ぐらが、アビゲイルに鷲掴みにされてぶんぶんと振られている。

「さぁな。」

「良いじゃないの、少しくらい執務を押し付けたって。スタンピードのせいで、ノア様と一緒に過ごせなかったのよっ。わたくしだって、もっとノア様と一緒に居たいわ。でも、だからと言ってお父様みたいに夜這いしたら、はしたないって思われてしまうかもしれないでしょう?何もかもほっぽり出したい気分だけど、そういう訳にもいかないし。もう、どうしたら良いのよっ!」

何故一緒に居たい話から夜這いの話になったのかは分からないが、アビゲイルは相当鬱憤が溜まっているようだ。

確かにアークエイドも後処理だなんだと忙しそうにしていたし、それはアビゲイルも同じだったのだろう。

そしてそのアビゲイルの仕事の一部がアークエイドに押し付けられていて、その意趣返しというところだろうか。
アシェルを巻き込まないでいただきたい。

「あの、アビー様。そろそろ夕飯ですし、ノアも誘ってみましょうか?アビー様もアル兄様も、皆で夕飯を食べていけば良いんじゃないでしょうか。レストランよりプライバシーは確保できますし。」

それにいい加減、アークエイドをぶんぶん振るのも止めてあげて欲しい。
いつもぴったり傍に座っているので、振動がアシェルまでやってくるのだ。

「良いの?……ノア様は来てくれるかしら?」

「アビー様のお誘いですから、誘ったら来てくれますよ。そうと決まれば、ベルに伝えてきますね。」

「ありがとう、アシェル。あ、洗面台をお借りしても良いかしら?ノア様にお会いするなら、身だしなみを整えたいわ。」

パッとアークエイドを離したアビゲイルは、小麦色の頬を朱に染めてそわそわとしだす。
とても可愛らしい恋する乙女だ。

「えぇ、寝室に近いほうの浴室の洗面台を使ってください。」

「話しはついたか?これで終わりなら、防音サイレスをキャンセルするぞ?」

「えぇ、良いわ。ありがとう。」

「『解除キャンセル』。お疲れ様。人数が増えるなら、人手が足りないだろ。ベルには俺から伝えるし、ノアールに連絡したついでにアイザックも連れてくるよ。」

「アル兄様、お願いします。」

アビゲイルに続いてアルフォードも実験室を出て行く。

イザベルに人数が増えることを伝えてくれるということは、少しアークエイドと二人でゆっくりしろということだろう。

アビゲイルも鬱憤が溜まっているようだったが、それはアークエイドもだろう。

アビゲイルとノアールほどではないが、アークエイドとアシェルも二人だけになる時間は最近取れていない。
短い夏休みの間に、数度泊りに来て一緒に寝たくらいだ。

新学期になってからも後処理に忙殺されているアークエイドは、放課後も寮で執務をしているようで一度も泊りに来ていない。

しかも、夕食が終わったらさっさと帰るのだ。
隙あらばアシェルの部屋で過ごそうとする、あのアークエイドがだ。

「これは次兄のお許しが出た、ということで良いのか?」

「アビー様のように爆発しないように、だろうね。だからってぇっ!?」

何でもしていい訳じゃないと注意しようとしたアシェルの身体は、テーブルの上に押し倒される。

今のところアシェルの上に覆いかぶさって抱きしめてくるだけなので、無理にどかす気はない。だが、アシェルの返事を待てないほど鬱憤が溜まっていたのだろうか。

「何もしない。何もしないから、もう少しだけこうしててくれ。」

「それなら別に良いけど……そんなに辛かったなら、寝に来ればいいのに。さすがに睡眠時間は取れてるでしょ?」

「その日の執務を終わらせてから押しかけたら、アシェを起こしてしまうだろ。ただでさえ日中は、アシェの盾になってやれないんだ。夜くらいゆっくりしてほしい。」

「そんなの気にしなくて良いのに。アビー様もだけど、王族ってそんなに一目惚れ相手の傍に居たいものなの?アビー様があんなに無茶苦茶なこと言うところも、取り乱しているところも初めて見たよ。」

アビゲイルは普段はおしとやかで、落ち着いている女性というイメージだ。素顔はどうであれ、外では王女らしく振舞っている。
そんなアビゲイルが周りに人が居ても気にせずに少し激しい言動や行動をする時は、必ずノアール絡みだ。

「そうだな……普通はどうか知らないが、王族はなんとしてでも惚れた相手の傍に居たいと思う。可能な限り視界に入れておきたいし、出来れば触れていたい。……傍に居ると落ち着くんだ。自分の中の足りない部分を埋めてくれる存在、と言えば良いのか……。王族に伝わっている神話があるんだ。」

「神話?」

この世界の神話と言えば、世界創造の話があるくらいだ。

各神様の司るものについては知られているのに、その神々の話は見かけない。
神の名前もなく、加護のある家の名前は、神々の名前が由来なのではないかと言われているだけだ。

他に唯一神話のような話があるのは、生命の神が前世の記憶を持つ魂を、授け子としてこの世界に産ませるというくらいだ。
それすらも、何故そうなったのかという背景的な神話は無い。

「我々王族に加護を授ける夜と安らぎの神は、他の神々や地上の子供達に安らぎを与える。だが、その夜の神自身は眠ることも、安らぐこともない。与えるだけの存在だ。だから自身を癒してくれる存在を、安らぎを与えてくれる存在を強く求めている。神自身にその存在が見つかったかどうかは分からない。だが、その性質が王族にも受け継がれていると言われている。俺達王族は、民たちに安らぎを与える存在だからな。」

「それが一目惚れ相手って事?」

「あぁ。一目惚れの理由付けで生まれた神話なのか、本当にその神話通りに一目惚れするのか分からないけどな。ただ一つ分かってるのは、王家の直系は揃って、一目惚れ体質で執着心が強いってことだ。俺はアシェの傍に居ると居心地がいい。いつもより少ない睡眠でも疲れが取れる。逆に近くに居ないと不安で寂しい。相手の身に何かあれば、心が引き裂かれたように辛い。……愛しい人の生活を守る為なら、どれだけ多忙でも耐えられる。その後にこうして、僅かでも一緒に居られるなら。」

「そういうものなの?なんだか、僕らが王族のエネルギー源魔石みたいだね。」

アシェルに覆いかぶさっているアークエイドの表情は分からない。

今の話が本当なら尚更、忙しい今こそアシェルのところに寝に来れば良いのにと思ってしまう。
少しでも疲れが取れやすくなるなら、身体のためにはその方が良さそうだ。

新学期が始まってから欠席こそしないものの、アークエイドはいつもお疲れ気味だ。
イレギュラーの後処理で一次的にとはいえ仕方ないことなのかもしれないが、学業と執務の両立は身体が辛いのだろう。

「くくっ、魔石か。そうかもしれないな。ありがとうアシェ。十分充電できた。頭打ったりしてないか?」

「それ今更聞くこと?大丈夫だけどさ。」

チュッと充電完了のキスを貰うが、それは唇じゃなくて頬で良いのにと思う。

起き上がったアークエイドの顔色が少し良くなっているようなので、不問にしておくが。

「アビー様も少しは充電出来たら良いね。」

「そうだな。」

リーンリーンと呼び出し音が鳴る。

アルフォードかノアールが来たのだろう。
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