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第三章 王立学院中等部二年生

176 スタンピードに備える④

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Side:アシェル13歳 秋



夏休みに入って一週間。

アシェル達王都組とシルコットの双子、そしてイザベルは、寮のアシェルの私室で寝泊まりしていた。

アシェルはイザベルとリリアーデと一緒に自分の寝室で寝て、マリクとデュークが持参した大きなベッドは応接間の空いているほうの部屋へ置かれて、男性陣がそこで寝ている。

お風呂やトイレも寝室寄りが女性用で、応接間寄りが男性用だ。

「さすがに暇だわ。こういう時、ゲーム機やパソコンが欲しいわね……。スマホゲームでも良いけど、どれもないのよね。」

応接間のソファで、リリアーデが盛大なため息を吐く。

確かに最初の内は合宿っぽくて楽しい気持ちもあったが、一週間も経つとやることがなくなってしまう。

特に身体を動かしたいメンバーが多いので、こうやって引きこもっているのはストレスだろう。

「リリィは昔からそう言ってるけど、無いものは仕方ないだろ。文献には残ってるのに普及してないってことは、こっちには合ってないってことなんだから。」

「分かってるわよ。これでも前世は引きこもりだったんだけど、あれは娯楽が溢れてたから出来たことだったんだなって実感してるだけよ。」

こちらには漫画だって一般普及はしていないので、アシェルの書斎の本棚にあるのも活字ばかりだ。
それも基本的には魔術の術式に関係する物や、錬金の素材に関する物や他者の作った公開されているレシピなど、皆の興味が無さそうなラインナップになっている。

「来ないのが一番だけど、確実にスタンピードは起こるって言われてんのに、こうやって待つだけもしんどいな。」

「だよねー。体力も温存しないといけないから、暴れられないしねー。たしか、時計台が鳴るんだっけー?」

エラートとマリクもジッとしているのは苦手だが、この一週間は比較的大人しくしている。

というよりも、この時間が有り余っている間にと、エラートとリリアーデにデュークから課題が出されて勉強会になっていた。
マリクもそこに加わって教える側に回ることで、どうにか時間を潰していた感じだ。

アシェルもアークエイドも本を読みふけることで時間を潰せるので、勉強会には参加していない。

イザベルは家事をこなしながら忙しくしているが、暇になってしまうからと手伝いは断られている。

「そう聞いている。時計台の鐘の音は王都全体に届くからな。魔の森を監視している騎士から信号が上がったら、時計台に配置されている魔法庁の人間が鐘を鳴らす手はずになっている。普段のような数回で終わりじゃなく、しばらく鳴らし続けるから分かるはずだそうだ。」

その鐘の音がなってすぐに移動すれば、余裕をもってスタンピードに備えられる、予定だそうだ。

なんせ魔の森は記録上今までスタンピードが発生したことが無いので、あくまでも理論上はという話しになる。

「俺はてっきり、もう予定地に待機でもするのかと思ってたんだけどな。」

「基本的に魔物は、産まれたエリアを出ることは無いからな。最初は数匹溢れ出してきて、それが続くと一斉に魔物達が、人の多い場所を目掛けて移動を始めるんだ。だから合図があってから移動しても、僕らは十分間に合うはずだ。集合位置だって、門からは少し離れるけど、防壁にぶつかっても被害を受けるとしたら冒険者エリアと学院エリアだし。わざとそこに戦闘員を集めることで、誘導してるんだと思うよ。」

単純に魔の森から近い位置に配置しているのかと思っていたが、どうやら経験者から見るときっちり考えられた配置らしい。

結局退屈を紛らわすためにお茶の時間にしてお菓子を摘まみながら、シルコット領での冒険譚を聞く時間となる。

リリアーデは社交界について聞きたそうだったが、現状最低限しか出席していないアークエイドは、特に面白い話題を持ち合わせていないそうだ。

やはり魔物の討伐に関しての話題は盛り上がるようで、皆楽しそうに話している。

アシェルは口出しせずに耳を傾けながら、のんびりおやつを口に運ぶ。

いつも通り隣にはピッタリと寄り添うようにアークエイドが座っているのだが、そのぽかぽかとした体温が伝わってきて、物凄く眠たいのだ。

夜はしっかり寝なくてはと思うのだが、どうも何度も目が覚めてしまう。

ずっと誰かと寝るのがダメなのだと思っていたのだが、アークエイドと寝ても問題なかった。

だから三人で寝てもきっと夜は眠れるだろうと思っていたのに、この一週間まさかの寝不足だ。
ずっと眠りが浅い状態なので、朝も怠いながらイザベルに迷惑をかけない程度には目覚めている。

イザベルと一緒に並んで寝る時は、赤ちゃんの頃にイザベルがあまりにも動いて危なかった時と、喋れるようになってからはイザベルが落ち込んだりしている時だ。

アークエイド以外だとイザベルとしか一緒に寝たことがないが、その時は大体何度も目が覚める。もしかしたら赤ん坊の頃からイザベルが動いたら様子を見ないと、という刷り込みみたいな状態になっているのかもしれない。

皆の話題とは全く関係のない考察をしながら、眠気を飛ばすためにもぐもぐと口を動かしていると、肩がトントンと叩かれる。

「大丈夫か?眠そうだぞ。」

盛り上がった話しに水を差さないようにか、アークエイドが小声で話しかけてくれる。

「見ただけで分かる?凄く眠たいんだよね。今お昼寝したら、ぐっすり寝れそう。」

「昼寝してきたらどうだ?」

自分の部屋ではあるが、お客さんを招待している立場なのに、一人で昼寝をしてしまうのはどうなのだろうか。
さすがに一週間も一緒に生活をしていると、お客さんというよりもシェアハウスで一緒に住んでいるような感じだが。それこそ、学校の合宿やキャンプの行事に行っているという気分だ。

「さすがに僕が居ないのは不味くない?いや、別に何もないから、実験部屋以外は好きに漁ってもらっていいんだけど。」

勝手に部屋を物色する人が居ないのは分かっているが、実験室は現在鍵をかけて封鎖中だ。

中で何かをしようにも、以前アベルたちが当面必要そうな素材は持って行っているので、汎用性の高い素材がない。
錬金をするのも難しいし、保存してある素材は貴重だったり毒物だったりの割合が高いので施錠することにしたのだ。

既に女だということも伝えているので、仮に寝室の衣裳部屋の両方に入られたとしても何も問題はない。

「アシェが気にしないのなら、別にほっといて良いと思うぞ。イザベルは今洗濯室に行ってるから、俺がここで留守番をしておけば良いだけだ。」

何故留守番?と思っていると、どうやらアクティブ組は今から演習場で身体を動かすことにしたようだ。
さっき体力を温存すると言っていた気がするが、温存しすぎてストレスが溜まるより良いと判断したのだろう。

「アークとアシェはどうする?俺達、今から演習場に行ってくるけど。」

「俺もアシェもパスだ。別にエトたちと違って、室内でゆっくりしていても退屈だと思わないからな。」

「アークはよくアシェの書斎の本を読めるわよね。これが物語なら読めるのに、わたくしに学術書はさっぱりだわ。二人の持ってる本も分厚いし難しそうだわ。」

アークエイドもアシェルも、応接間に読みかけている本を持ってきている。

二人とノアールは読みかけの本をそのままにしているのが嫌なので、大体一冊読み始めると読み終わるまでは暇を見つけてはページをめくっている。

皆それを知っているので、こうやって皆で集まっている中で本を小脇に抱えていても、何かを言われることは無いのだ。

「まー二人が残るなら、ベルちゃんが心配しなくて良いんじゃないー?帰ってきてもぬけの殻だったら、きっとびっくりしちゃうからねー。」

「だな。もし鐘がなったら校門に向かうから、そこで落ち合おう。少し身体を動かしてくる。」

「皆、行ってらっしゃい。」

「ほどほどにな。」

わざわざ着替えなくても、皆冒険者らしい動きやすい格好をして待機している。

アシェルとアークエイドは、今回は魔道具無しだ。
僅かにでも長時間魔力を消費するのは勿体ないし、きちんと王族や貴族が戦闘に参加して民を守っているというアピールのためでもある。

演習場に向かった幼馴染達を見送って、鍵だけかけておく。

「……ごめん、寝てきていい?皆居なくなったら、思ったより限界っぽかった。」

少し気を張っていたのだろうか。
皆を見送ると一気に倦怠感に襲われ、寝室へ向かう為にふらふらと扉へ向かう。

そんな重たい身体がふわりと抱かれた感覚があり、いつものように寝室へと運ばれる。

今日は抗議する元気もないどころか、アークエイドの体温が温かすぎて、すぐにでも寝落ちしてしまいそうだ。

「皆が帰ってきたら起こしてやるから、ゆっくり寝てろ。」

優しく寝台の上に寝かされて、掛布団までかけられる。

こうやってると、幼い時に眠気の限界まで活動しすぎて、アレリオンが部屋まで連れて帰ってくれてお昼寝した時のようだ。
小さな身体の稼働時間を把握するまで、度々アレリオンに運んでもらっていた。

「うん。ベルが帰ってきたら起こして。おやすみ。」

言うが早いか、ふかふかの布団に身体を預け瞼を閉じる。

すぐに眠りの中へ意識が落ちたアシェルは、アークエイドがおやすみのキスをしてくれたことにも気付かなかった。





========



Side:アークエイド14歳 秋



アシェルを抱えて移動すると、いつもなら少なからず文句を言われるのに、今日はただただ眠たそうに身体を預けてくれていた。

布団をかけてやれば直ぐに寝入ったアシェルの額におやすみのキスを落とし、静かに寝室を出る。

静かになった応接間で食器を下げて簡単な片付けだけして、自分用に珈琲を淹れ、ソファに腰を落ち着ける。

その時ちょうどコンコンと扉が叩かれ、イザベルが戻ってきた。

「イザベルです、ただいま戻りました。……アークエイド様だけですか?」

静かすぎる室内に、イザベルが首を傾げる。

洗濯室に行っていたはずだが、仕上げた洗濯物はストレージに仕舞っているのか手ぶらだ。

「退屈すぎるから、演習場で身体を動かしてくるそうだ。アシェは昼寝中だ。イザベルが帰ってきたら起こしてと言っていたが、別に起こさなくて良いだろう?」

「お昼寝……やっぱり、あまりお眠りになれてないのですね。でも、皆様がいらしてるのに、お昼寝されるなんて……かなり無理をされていたんでしょうか。」

しゅんと肩を落としたイザベルを、ソファに座るように促す。
大人しく座ってくれたので、少しは本音で話してくれるかもしれない。

「聞いたら眠たいとは言っていたが、昼寝をすると言ったのは、皆が演習場に行ってからだ。本人は、無理をしているとは思ってなかったと思うぞ。」

少しだけぼんやりしているように見えたがいつものように笑っていたし、焼き菓子を食べながら時々頷いたりしていた。頷くタイミング的に、話はあまり聞いていなさそうだったが。
アークエイドだっていつものようにくっついて座っていたから、その違和感にたまたま気付けただけだ。

前にイザベルから、一緒に寝ている時は眠りが浅いようだという情報を聞いていなければ、何か考え事をしているだけだと思ってしまっていたかもしれない。

誰も気づかなかったら、きっとアシェルは眠気を隠し通していたのだろう。

「アシェル様はとリリアーデ様と、一緒に眠りたいと言ってくださいましたけど……やっぱり寝床を分けるべきかしら。朝もいつも通り起きていらっしゃるから、アークエイド様と同衾されて、誰かと眠るのに慣れたのかと思ってましたのに。」

いつも通りとは、朝大体同じくらいの時間に目を覚ました時のことを言っているのだろう。

仮に起きても寝不足の時はまだ寝たいと言うし、動きも喋りもぼんやりしていて可愛い感じだ。

対して普段通りなら、目を覚ましてしまえばしっかり喋るし、動きもする。
寝惚けているところは見たことがないかもしれない。

「俺と一緒の時は本当にすぐに寝るし、朝まで起きる気配もないから半信半疑だったが……。あの様子だと熟睡は出来てなさそうだな。かと言って、寝床を分けるのは反対されると思うぞ。」

「どうしてそう思うのかしら?アシェル様はお一人で眠られる方がお好きだし、反対されないと思うのだけれど。」

「アシェは戻ってきてから何も言ってないみたいだが、イザベルが今回のスタンピードに参加することを知っているぞ。かなり心配していたが、イザベルの意思を尊重するために何も言わないことにしたらしい。きっとアシェから声をかけても反対の言葉しか出てこないからと。……どっちで参加するんだ?そこまでは知らないみたいだった。」

冒険者ギルドからの帰りに辛うじてアシェルから聞き出したのは、何も言わないことにしたという結論と理由だけだ。

戻ってからは出来るだけイザベルの近くに居ようとしているし、あの夜にアレリオンが持ってきたケーキを、メルティーにしてやるように食べさせようとしたりしていた。
イザベルが断ると今度はアレリオンが同じようにイザベルに食べさせようとし始めたので、仕方なくアシェルの手から食べさせてもらっていたが。

配置されている人員的にも大丈夫だとは思いつつも、やはり不安感は拭えないのだろうと思う。

いつもはイザベルが侍女としての対応を貫いているので、アシェルもやたら滅多らイザベルに構おうとしない。
だがこの一週間は、明らかにイザベルに絡みに行っているアシェルを見かける。
イザベルはアシェルが暇つぶしをしているとしか思っていないのかもしれないが。

「アシェル様は反対すると思ったから、内緒にして言いませんでしたのに。参加は戦闘員ですわ。といっても簡単な護身術程度の能力しかないから、後方から魔法を撃つだけだけれど。もし補給の人員が足りなければ、状況を見てそちらに回るかもしれないけれど……それをするなら、せめて魔力を使い切った後だわ。」

「反対されると思ったのに、何故参加することにしたんだ?アシェに言ってないってことは、メイディーの家は知らないんだろう。王立学院の有志も居るが、イザベル以外全員が侯爵家以上で、野外実習経験者だ。元の魔力量や基礎の教育も、かなり変わるだろ。」

高位貴族は幼少のころから戦う術を叩きこまれることが多いだろう。
特に四つの辺境地方であれば辺境伯爵家だけでなく、侯爵家も討伐に参加していたり戦力を提供していることが多い。それくらい大魔素溜まりは脅威だ。

民の税で暮らしている分、その民たちが安全に暮らせるように守る為に武術や魔法について学ぶのは、ある意味貴族の義務と言っても良いかもしれない。
特に高位貴族は元々持っている魔力量が多いので、魔法での応戦には適任だと言える。

普段は魔物討伐などしていなくても野外実習で経験を積み、今回のようにイレギュラーなことが起これば、民を守る為に戦う。
そのために貴族は全員、授業で魔法や武術で戦う術を学ぶのだ。

だが正直なところアークエイドは、今回こんなに有志で生徒達が参加してくれるとは思っていなかった。

前代未聞の魔の森のスタンピードで、辺境に比べてスタンピードそのものに慣れていない上に、連携することにも慣れていない騎士や冒険者たちが戦うのだ。

生徒の人数が多かったから、なるべく貴族たちで戦力を十分にした前線に配置できたのだと思う。
いきなりその辺の冒険者と連携しろと言われても、魔法使い自体をあまり見たことのない冒険者と一緒に戦うのは、認識に違いがありすぎて難しかっただろう。

「確かにできることは、アシェル様や高度な教育を受けた方々には大きく劣りますわ。それでも、旦那様やアシェル様たちご兄弟全員が出陣なさるのに、わたくしだけ守られた壁の中で待つのは嫌ですわ。アシェル様たちが大切な誰かが傷つかないように出来ることをするように、わたくしだって大切な方を守る為に出来ることはしたいんです。」

アシェルの実験小屋で、イザベルが少しだけ気になることを言っていたのを思い出す。

イザベルの大切な方とは、一体誰のことなのだろう。アシェルかもしれないし、兄妹の誰かなのかもしれない。
だがそれは、アークエイドが知らなくても良いことだ。

「イザベルがそう思っていることを、アシェに伝えたら良い。何故参加するのかが分からないままより、アシェは安心すると思う。常に前線に居たい訳でもないんだろう?」

「わたくしには、常に前線で戦うだけの技術も体力もありませんわ。……アシェル様は、納得してくださるかしら?」

「アシェが納得しようとしまいと、参加の意思は固いんだろう?それなら戦場に出る前に、しっかりとアシェと話した方が良い。特に魔力を使い切った後は補給地点に戻るつもりなら、アシェが姿を探さなくても良いようにな。」

「それは……大切ですわね。声を掛ける暇なんてないかもしれないから、アシェル様に余計な心配をかけてしまいそうですわ。」

「だろう?戦力も、アシェの作った結界も数を用意してある。大丈夫だとは思うが、多分皆不安なんだ。命に別状はなかったとしても、少なからず負傷する恐れはあるしな。ゆっくりと話せるときに、しっかり話しておいた方が良い。」

「……ありがとうございます。お昼寝の後か、夜寝る前にでもお伝えしてみますわ。それにしても……アークエイド様は、アシェル様と二人っきりになろうとしないんですのね?お昼寝だって、隙あらば一緒に横になられていると聞いているのですが。」

イザベルはアシェルから一体どんな話を聞いて、アークエイドを何だと思っているのだろうか。

確かにアシェルが横になる時は抱きしめて一緒に寝ていたいし、実行しているので間違ってはいない。

だが、それはあくまでも二人っきりで居られる時だからだ。
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