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第三章 王立学院中等部二年生

163 解毒剤を待ちわびる⑤

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Side:アシェル13歳 夏



アシェルの治療が終わってから一週間後。

リリアーデが様子を見にやってきた。

「いらっしゃい、リリィ。本当にありがとうね。」

アークエイドに脇をホールドされたまま応接間に向かえば、リリアーデが笑顔を向けてくれる。

「気にしなくて良いのよ。歩くのもだいぶ様になってきたわね。少しわたくしと、リハビリの最終確認をしましょうか。アーク、替わってくれる?二人も付き添いは要らないから。」

大人しく場所を引き渡したアークエイドに代わり、リリアーデに脇をホールドされる。

「ねぇ、もう大丈夫だよ?こけそうにもなってないし。……トイレの介助が、すっごく恥ずかしいんだけど。」

「廊下に出るわよ。そして大丈夫って思っている時が、一番転倒率が高いのよ。歩いてみてまだダメだと判断したら、もうしばらくその生活が続くからね。」

「それは嫌だな。」

苦笑したアシェルを伴って、リリアーデは廊下に出る。

「わたくしはこけそうになった時の支えだから、ここから真っすぐ。オートロックの扉の前まで歩いて、Uターンして戻ってきてちょうだい。」

「分かった。」

目覚めてすぐよりもしっかりとした足取りでアシェルは歩いて、また戻ってくる。

「こんな感じなんだけど……どう?」

「これならもう心配は要らないわね。あとは、背中を見せてちょうだいね。」

脇の腕が外されアシェルの部屋へと戻り、応接間のソファに座る。

それから、またアシェルがシャツを脱ぎ去ったことで、アークエイドに小言を言われる。

「だから、全部脱ぐなって言ってるだろ!恥じらいや慎みを持て!」

「もう、別にいいじゃん。別に見られて減るもんじゃないんだし。むしろ減って欲しいくらいだよ。」

発育の良いアシェルの胸を隠すために、アークエイドにタオルをかけられる。

その間にもリリアーデは背中をぺたぺたと触り、時折押さえたりしながら確認していく。

「特に触った感じ、中で膿んでいるような感じも握雪感もないわね。アシェ、今触ってて痛いところはあったかしら?」

「ううん。触られている感じはしっかりあるし、痛みも痺れもないよ。」

「良かったわ。もう完治で良いと思うわよ。お疲れ様、アシェ。」

「ありがとう。早く皆にも、元気な姿を見せないとだね。」

「授業も良いけれど、そろそろメイディー家からお呼びがかかるんじゃなくて?アシェが大丈夫なら、皆を呼んでくるわよ。アルフォード様とメルちゃん、シオン君とカナリアさん、イザーク君も心配してたから、その五人も。」

アシェルが寝込んでいる間、沢山の人に心配をかけてしまっていたらしい。
それが心苦しい。

「もう、そんな表情しないの。元気になったんだから、いつもみたいに笑ってちょうだい。」

「うん。じゃあ、お願いできる?ベルは沢山人が来るから、お茶と茶菓子の準備をしてくれるかな?」

「かしこまりました。」

「じゃあ行ってくるわね。アークは、男子寮の人達に声を掛けてちょうだい。アークが居れば、チャイムを鳴らさなくて良いから。アシェの傍を離れたくないっていう我儘は聞かないわよ。」

アシェルがシャツを着直している間に、アークエイドはリリアーデに引っ張っていかれる。

「アシェ、分かってると思うが、胸潰しはちゃんとつけろよ。」

「……忘れてた。思い出させてくれてありがとう。」

確かにシオン達も来るのなら、胸潰しは着けておかなくてはいけない。
アシェルは一応、表向きはメイディー公爵家の三男なのだから。

久しぶりに胸潰しをつけるので、イザベルに手伝ってもらう。

「また少々きつくなってまいりましたね。そろそろ、肩まで覆うものに変えたほうがいいかもしれません。」

今はビスチェのような脇下までの胸つぶしをつけているが、たしかにそろそろ、潰したところで肉がはみ出てきてしまっている。

「そうだね……申し訳ないけど用意してもらえる?こんなに成長しなくて良いんだけどな……来年ドレス着る時に、女だってこと、隠し通せるかな?」

「成長具合にもよりますね……。アレリオンお義兄様は詰め物をして、お肉も寄せて見える部分に谷間の様なものを作っていらっしゃったので……。少しであれば、誤魔化せるとは思いますが。」

「そうなんだ……これ以上成長しないことを祈るしかなさそうだね。しっかり運動して、余計な脂肪つけないように気をつけなきゃ。」

「アシェル様は少々細すぎるので、もう少し脂肪があっても良いくらいなんですけれどね。はい、出来ました。」

後ろの編み上げをイザベルが調整してくれて、完了を告げられる。

シャツを羽織り直してイザベルと共に客人を迎え入れる準備をしていると、扉から訪室を告げるコンコンという音がした。



「アシェ。思ったより元気そうで良かったよ。」

「もう痛くないー?」

やってきた幼馴染達は、アシェルをハグして背中にもペタペタと触ってくる。

「エト、マリクありがとう。救助にも来てくれてたし。」

「気にすんなって。」

「そーそー。リハビリで身体動かすなら、相手になるから言ってねー。」

「無事でよかった。」

普段は絶対ハグなんてしないであろうデュークも、アシェルを抱きしめてくれる。

「デュークもありがとう。リリィを長く借りちゃってごめんね。」

「気にするな。僕だって知識と技術があれば、リリィと同じようにしてたと思う。」

「僕らは何の役にも立てなかったよ。アシェが辛い時にごめんね。」

「俺らも救助に行けたら良かったんだけどな。」

ノアールとエトワールからも交互にハグされる。

「ううん。二人も伝達に走ってくれたんでしょう。思ってたよりも対応が早かったから。ありがとう。」

「お元気そうでなによりです。お姿を見るまで心配でした。」

「アシェル様っ、本当にご無事そうで良かったです。」

流石にイザークはハグしなかったが、シオンはアシェルの胸に飛び込んでくる。

大きな瞳が、演技ではなくうるうるしている。

「二人も心配かけてごめんね。シオン君の泣き顔は見たくないな。シオン君は笑ってるほうが可愛いから、ね?」

「はい、大丈夫です。アシェル様がこうして無事だったので。本当に良かったです……アシェル様が居なくて、僕寂しかったんです。またいっぱい僕を可愛がってくださいね。」

「ふふ、可愛いお願いだね。うん、いいよ。」

「やったぁ。」

チュッとアシェルの頬にキスしたシオンは、名残惜しそうに離れていく。
そのままアークエイドに捕まっていたが。

「アシェ。もうなんともなさそうだな。」

「アル兄様もありがとうございます。もうリリィからも、大丈夫のお墨付きをもらいましたよ。」

「リリアーデ嬢が言うなら安心だな。少し充電させてくれるか?」

「勿論です。」

ぞろぞろとソファに座り、アシェルはアレリオンに膝の上に乗って抱きしめられる。
充電するのも久しぶりだ。

そうやってアレリオンとお互いに充電していると、また扉が叩かれた。

「アシェル様っ!お加減はいかがですか!?」

バンッと開かれた扉から、カナリアが駆け寄ってくる。

「こんな格好でごめんね。もう大丈夫だよ。心配してくれてありがとう。」

「いいえ、お元気そうで何よりですわ。それに眼福ですので、お気になさらないでくださいませ。」

眼福なのは、アシェルとアルフォードが充電している姿を見てだろう。
いつもと変わりないカナリアに笑っていると、メルティーに背中から抱き着かれ、サンドイッチにされる。

「アシェ義兄様……お元気そうで良かったです。」

「メルもありがとう。ふふ、アル兄様とメルに充電されて、僕ばっかりズルいって、アン兄様が拗ねちゃいそうだね。」

「でしたら、夏休みにこうすれば良いだけですわ。もう少しだけ、わたくしにも充電させてくださいませ。」

さすがに全員はソファに座れないので、ダイニングチェアまで持ってきてお誕生日席が作られる。

イザベルは全員に希望を聞いて、紅茶と珈琲を並べてくれた。

しばらく三人で充電しあって、お互いに充電完了のキスをする。

アルフォードとアークエイドの間の席が空いていて、そこに座ってメルティーを膝の上に座らせた。

「アシェ義兄様……わたくしも椅子に座りますわ?」

「メルが傍に居ないと寂しいよ。それとも僕の膝の上は嫌?」

「嫌ではありませんけれど……恥ずかしいですわ。」

「ふふ、恥ずかしがっているメルも可愛いね。」

すっかりいつもの調子のアシェルに、周囲は苦笑すると同時に安堵する。

「折角回復したところ悪いんだけど、そろそろ邸から呼び出しがかかりそうなんだよな。素材もだいぶ集まって、大量制作の目途がたったらしくてな。」

アルフォードが申し訳なさそうに言ってくるが、それは元より分かり切っていたことだ。
それにアルフォードのせいではない。

「僕はいつでも大丈夫ですよ。……メルはどうするの?」

「勿論わたくしも帰省して、お義兄様達のお手伝いをしますわよ。開発となるとわたくしには無理ですけれど、レシピ通りに作るだけなら出来ますわ。」

アシェルの腕の中で胸を張るメルティーが可愛くて頬擦りする。

メルティーはレシピ通りに作る手技も、タイミングを見極めるのもとても上手だ。
十分に戦力になってくれるだろう。

「そうだね。メルは錬金がとても上手だから。でも、授業は大丈夫?」

「邸で習った以上のことをしている授業はありませんもの。しばらくお休みを頂いても大丈夫ですわ。」

「メルもテストの点は良いみたいだしな。もし授業に遅れるようなら、俺らが教えるから言ってくれよ?」

「僕も教えてあげる……と言いたいところだけど、上手く教えられるかな。」

ちょっぴり眉根を下げたアシェルに、アルフォードとイザベル以外が首を傾げる。

「アシェなら教えられるだろ。頭良いんだから。」

アークエイドはそう言ってくれるが、解かることと教えることは別問題なのだ。

アルフォードとイザベル以外は、アークエイドと同じ意見を持っているのだと思う。

「……理由言っても、嫌な奴だって思わない?」

「思うわけないだろ。」

伺うようにアシェルが言えば、少し食い気味にアークエイドが返事をしてくれる。

深呼吸して、アシェルは口を開く。

「その……勉強の分からないところが、僕には解らないんだよね。」

アシェルの言葉に、やはりほぼ全員がきょとんとする。

どう説明したものかと考えていると、アルフォードが助け舟を出してくれる。

「アシェは勉強で躓いたことが無いんだよ。だから勉強が出来ない分からない人が、何処で躓いて、何を理解できてないのかが分からないんだ。頭が良いが故の弊害ってやつだな。はっきりと何処が分からないのか伝えれば、しっかり解説してくれるんだけどな。大抵勉強できないやつって、何処が分からないのか、からだろ。」

アルフォードの説明で、ようやく全員が納得のいった表情をした。
特に高位貴族なのにテストの点数が芳しくない面々は、うんうんと頷いている。

「だから、僕じゃ教えるのには役に立てないかなって。」

「なるほどな。」

「……ちょっと待ってくださいませ。アシェル様は勉強で躓いていらっしゃらないんですよね??ですがテストの順位は、いつもわたくしが一番ですわ。もしかして……。」

声を上げたカナリアに、ジトっとした眼で見られる。

それに苦笑だけで返しておく。
それだけで十分伝わったようだ。

「やっぱり、順位を調整していらっしゃいますのね。」

「えっと……まぁ。ノアよりちょっと良いくらいにしたら、入学時の首席がカナリア嬢だったから。大体ノアが9割、カナリア嬢が95%の正答率ってところでしょ。高位貴族があまり順位が低いとおかしいし、かと言って全部満点だと、要らぬ疑いをかけられるかなって。」

苦笑しながら言えば、カナリアは悔しさと好奇心の入り混じった表情をしている。

「当たってますわ。その正答率をどう導いたのかは気になりますけれど。頭が良いのは勉強に関してだけですの?記憶力も??」

「よっぽどのことが無い限り、思い出そうとすれば思い出せるし、大抵のことは覚えてるよ。」

「そうなんですのね!これは情報共有しなくてはいけませんわ!」

先程までの悔しそうな表情はどこへやら。
カナリアの表情が輝いて、どこに情報提供するのかを知っているイザークは苦笑する。

「僕の正答率も当たってる。っていうか、頭のいい部類なら、アークもはいるでしょ。まさか、アークまで調整してないよね?」

アークエイドにまで飛び火するが、アークエイドは素知らぬ顔で「さぁな。」とだけ答えた。

「それより、高位貴族なのに点数の低い面々の心配をするべきだけどな。ね、リリィ。」

「ちょっと、なんで今の流れでわたくしに飛んでくるのよ。」

「9位に伯爵子息が居るんだよ?少しは頑張ってよ。」

「頑張ってるわよ。」

「前世は頭良かったんでしょ。」

「今が頭悪いみたいに言わないでちょうだい。それに、別に頭が良かったわけじゃないわ。なんとなく国家試験に受かった、なんちゃって看護師よ。」

「リリィ……それは自慢するところじゃないからね?」

シルコットの双子がいつも通りの掛け合いを繰り広げ、それに皆で笑う。

「まぁ、なんにせよ。メルの勉強は俺が見てやるから、アシェは心配しなくて大丈夫だぞ。」

「うん。お願いします、アル兄様。」

「アルフォード様!アシェル様はご幼少の頃から、頭が良かったんですよね?是非、アシェル様の小さな頃のお話をお聞きしたいです!」

カナリアの熱い気迫を受けて、アルフォードはにっこりと微笑んだ。

「アシェは小さい時から可愛かったぞ。でも大人しかったから、大抵イザベルに庭に連れ出されてたな。アシェのお義姉ちゃんしてるイザベルがお転婆だったから、ちょうど良いくらいだったんだよ。メルが来てからは、二人とも凄く世話を焼いてくれてな。可愛い天使が二人から三人に増えたんだ。」

「天使!分かりますわ。それにしても、イザベル様がお転婆って言うのは、少々想像がつきませんわね。」

イザベルがアルフォードに非難がましい眼を向けているが、アルフォードは笑っている。

「イザベルは赤ん坊の頃から、よく動き回る子だったからな。兄上と一緒に面倒を見てたから。イザベルも俺達にとって、可愛い義妹だよ。今もこうやって、アシェの面倒を見てくれてるしな。アシェだけだと大人しくて、大体本を読んでるか実験室に籠ってたよ。いい意味でも悪い意味でも手のかからない子供だったし、今もそうだな。」

カナリアは眼をキラキラと輝かせながら、アルフォードの話を聞いている。

だが、聞き捨てならない言葉が混じっている。

「アル兄様……悪い意味ってどういう意味ですか。」

「手がかからなさすぎるんだよ。もっとアシェのお世話をしたいのに、させて貰えないんだぞ?寂しいだろ。」

「いっぱいお世話は焼いてもらいましたよ。食事の時だって僕が一人で上手く食べられるようになるまでは、アン兄様もアル兄様も、僕に付きっきりでお世話してくれてたじゃないですか。それに、子供なんて手がかからない方が楽でしょう?」

メルティーが来るまでは、両サイドに兄達が座っていた。左右からお肉を切ってくれたり、口に物を運んでくれたり、口元を拭ってくれたりしていたのだ。

メルティーが来てからは二人を間に挟んで、アシェルのお世話をアレリオンが、メルティーのお世話をアルフォードがしていた。

あれがお世話じゃなかったら、一体何だというのだろうか。

「アシェがお世話させてくれたのは、食事の時くらいだろ?今だって、父上が嘆いてるんだからな。こんなに早く独り立ちしようとしなくて良いのにって。一杯お世話してやりたかったのに、なかなか甘えてもくれないし。」

ぷくぅとアルフォードが頬を膨らませる。
それにカナリアが無言でテンションを上げている。きっとこれも情報共有されるのだろう。

「いつもいっぱい充電させてもらってますから。それに僕はお世話をやかれるより、やいてあげたいですし。」

「俺だってアシェの世話をやいてやりたいの。お願いだから、卒業したらさっさと家を出たりしないでくれよ?」

「それは婚姻次第じゃないですか?僕は跡取りじゃありませんし。一応、独身のまま邸に居座るつもりですけどね。色々考えると、邸の薬草園から離れるのは惜しいです。」

真面目な表情で答えるアシェルに、アルフォードは苦笑する。

「家族と離れたくないじゃなくて、薬草園の方が目当てなんだな。アシェらしいと言えば、アシェらしいが。少し寂しいぞ。」

「アシェ義兄様らしいですわよね。薬草園もですけど、アシェ義兄様は実験室から離れるのも嫌がりそうですわ。」

「あーそれは思うかも。今は寮の実験室が落ち着くけど、卒業したらまた邸の実験室に道具を戻すだろうし。」

なんせアシェルのためだけに建てられた、立派すぎる小屋なのだ。
もし実家を離れなくてはならなくなったら、アベルかアレリオンに使ってもらいたいほど立派すぎる実験室だ。

「ずっと邸に居てくれて良いんだぞ?」

「それはお父様が許してくれないんじゃないですか?一応貴族なので。」

「うちは大丈夫だろ。当主じゃなければ結婚の義務もないし、独身であちこちうろうろしてる直系も多いしな。」

アルフォードの言う通り、メイディー公爵家の子孫は、その有り余る知的好奇心を満たすためとまだ見ぬ素材を求めて、各地を転々とする者も少なくない。

会ったことのない叔父は、フレイム地方で医師をしながら、転々としているらしい。

「まぁどちらにしても、まずはアン兄様の婚約者探しですよね。アン兄様を差し置いて、僕らが婚約者を決めるわけにもいきませんし。」

「だな。俺の場合はノアール次第だけど、別に結婚したい令嬢が居る訳でもないしなぁ。」

「うっ……すみません。」

アルフォードはアビゲイルの婚約者候補なので、ノアールがアビゲイルを拒絶するか、このままアビゲイルの卒業まで答えを出さなければ、アビゲイルと婚約することになる。

「良いって。こういうもんは、直ぐに決めれるもんでもないだろ。それに、アビーは今の状況も楽しんでるみたいだしな。ただアビーのためにも、卒業までには答えをだしてやれよ。どっちつかずで俺と婚約だと、諦めつかないだろうしな。」

アルフォードも、ノアールがアビゲイルとの婚約に前向きなことは知っている。

だが、肝心のノアールはいまいち決心がつかないようだ。

卒業までの期限はアークエイドからアプローチされているアシェルにもあるのだが、アシェルも少しは焦った方が良いのだろうか。

ちらりとアークエイドを見ると、少しだけ不機嫌そうだ。
アシェルが独身のつもりだと言ったからかもしれない。

「さて、結局俺らだけで話してしまったけど、そろそろお暇するな。アシェも病み上がりなんだから、無理はすんなよ。」

アルフォードの言葉に、沢山の見舞客がぞろぞろと立ち上がる。

「皆、本当にありがとう。メイディーへの依頼次第では、また休むかもだけど。もう僕は元気だから。また学院生活でもよろしくね。」

それぞれの返事を聞き見送れば、先程まで賑やかだった応接間が静かになる。

イザベルもメルティーを送っていかせたので、居座ったアークエイドと二人っきりだ。

「やっぱり、アークは帰らないんだね。」

アシェルは苦笑しながら、いつものようにぴったりと隣に腰掛ける。

先程までは少し取り繕っていたが、今は不機嫌さが丸出しだ。

「帰らなかったら悪いか。」

「別に、予想通りだなぁってだけ。」

冷めてしまった紅茶を飲みながら答えれば、グイっと抱き寄せられる。

「また、こうやって抱きしめられなくなるのか。せっかくアシェが元気になったのに。」

それはメイディーへの依頼のことだろうか。
邸に帰るのであればかなり大忙しになるのは確実だし、しばらく学院も休むことになるだろう。

「まぁ、依頼は間違いなく大量発注だから、しばらく会えなくなるかな。お父様が言ってた内容的にも、数日中には呼び出しがかかると思うよ。」

「それまで……アシェと二人っきりで過ごしたい。」

「それって、まだ学校休むって事?まぁ、別に僕は良いけど……。とりあえず今からどうこうは止めてよね。」

少し熱っぽさを持つ声色とサファイアブルーの瞳に見え隠れする嫉妬の色に、念のため釘を刺しておく。

「分かってる。イザベルは、メルティーを送ったら戻ってくるんだろ。」

「なら良かった。」

アシェルを抱きしめた腕は離れることなく、イザベルが戻ってくる。

「ただいま戻りました。……お邪魔だったでしょうか?」

「別に邪魔じゃ——。」

「アシェが邸に戻るまでの間、二人っきりで過ごしたい。」

アシェルの言葉に被せるようにして、アークエイドが答える。

「そうでございますか。アシェル様の了承を得ていらっしゃるのであれば、私から言うことはございませんが。」

イザベルがアシェルの顔色を伺ってきたので、それに苦笑を返す。

「僕は構わないよ。中途半端に授業に出ても、どうせまたすぐ休むことになるしね。」

「そうですか。邸に戻る際には、必ず私にもご連絡ください。」

「ベルが嫌だって言っても連れて帰るから。」

「分かりました。アークエイド様。くれぐれもアシェル様に無理はさせないで下さいね?病み上がりですし、依頼が入れば寝不足になるのは分かり切っていますので。」

「分かってる。」

アークエイドの返事を聞いたイザベルは、ぺこりと頭を下げて部屋を出て行った。
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