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第三章 王立学院中等部二年生

158 中等部二年の野外実習日⑤

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Side:アシェル13歳 夏



リリアーデの声が聞こえたような気がして、重たい瞼を持ち上げると、背後でアークエイドが叫んでいる。

「リリィか!?聞こえている!」

少し意識が戻ればとてつもなく喉が渇いていて、重たい腕で何とか革袋から水を飲む。

どうやらもう真っ暗だというのに、危険を冒してまで助けに来てくれたようだ。

「アークもいるのね!助けたいんだけど、そっちの状況を教えてくれるかしら!?ロープがあれば登れる!?」

「いや、無理だ!俺が登れてもアシェが登れない!」

アークエイドの言う通り、アシェルはロープを垂らされても、校舎より高く見えるこの絶壁は登れないだろう。

それどころか、腕一つ動かすのでさえ億劫だ。
辛うじて耐え難い口渇感があるので、なんとか動かしている。

アークエイドの言葉に返事はない。
何人かで来ていて、相談しているのかもしれない。

「アシェ、聞こえているか?救助が来た。……この檻は壊せるか?」

またギュッと繋いだ手が握りこまれた。

「うん……聞こえてる。リリィが来たんだよね。ランプ側の足元。向こうから5本は、押せば崩れるよ。かがめば出れるはず。」

手が離れ、アークエイドが移動したのが分かる。

アースプリズンの構築は出来ても崩すことは出来ないだろうと思っていたから、最初からアークエイドの脱出口は作っていた。

身体強化が無くても、脆いそこだけは崩れるはずだ。

「くそっ。最初からここだけ脆かったのか。アシェ、大丈夫か?途中意識を失ってただろ。抱えたら立てるか?」

アシェルの顔を覗き込んだアークエイドの表情が、泣きそうに歪む。
アシェルの顔色は、そんなに悪いのだろうか。

「無理……かな。ねぇ、リリィは誰と来てる?」

「待ってろ、聞くから。」

アシェルの手を握ったアークエイドは上に向かって叫ぶ。

「リリィ!誰が来ている!?」

「わたくしとデュークとエトとマリクとアレリオン様よ!アシェの意識はあるのね!?そこから上がるために、何かアイディアはあるかしら!?」

無くはないが、リリアーデは上手く魔力を使えるだろうか。
アシェルとアレリオンが補助をすれば。そしてデュークも居るなら、リリアーデが潜在消費をするかもしれなくても良いのであれば、可能かもしれない。

「アーク。アン兄様と僕がリリィの魔法を補助するから……僕らの足元に小さい足場を作って、エレベーターの様に持ち上げるイメージで……魔法を使ってもらって。多分、上も魔法が使いにくいと思うから。潜在消費してしまうリスクも伝えて。コントロールはなるべく僕とアン兄様で、リリィは足場の維持を。」

「リリィ!アシェとアレリオン殿の補助があれば、魔法は使えるか!?潜在消費のリスクはあるが、出来るなら俺とアシェの脚元だけに足場を作って、エレベーターのように持ち上げて欲しいらしい!アシェとアレリオン殿がコントロールに魔力を割いて、リリィは足場の維持を意識してほしいそうだ。」

アークエイドが叫べば、少しだけ間があって、アレリオンの声が聞こえる。

「僕が補助するのは問題ないけれど、アシェは補助できる状態なのかい!?難しいようなら僕だけでやってみるよ!」

その声に答えて貰う為に、アークエイドに言葉を伝える。
アシェルには声を張り上げる元気は残っていない。

「こっちは魔素が薄すぎるだろうから、僕の補助もいる。そう伝えて。」

「恐らくこちらの魔素の方が薄いから、アシェの補助も要るそうだ!」

またしばらく間が空く。

「分かったわ!良い?今から使うわよ!」

アークエイドがこくんと頷いて、目印になっているであろうアルコールランプを慎重に持ち、なるべく魔力の消費を少なくさせるためにアシェルに跨り、その身体をアークエイドに預けさせた。

ぐったりしているアシェルはアークエイドのなすがままだ。

「足場出来た。アーク。動いちゃダメだよ。」

「そんなこと分かってる。」

リリアーデの膨大な魔力が込められた小さな足場が消えてしまわないように、アシェルも魔力とかき集めた魔素を詰め込んでいく。
その全てを、上へと上昇させるためのコントロールに注ぐ。

ゆっくりと、でも確実にアシェル達の身体は持ち上がっていく。

瞳を閉じてコントロールだけに意識を割いていたアシェルには、どれくらいの時間がかかったのか分からないが、不意に身体が誰かに抱き寄せられた。

瞳を開けば、そこにはアレリオンがいる。

「アシェ。背中の傷は毒を受けたんだね。血に混じってるみたいだ。今診ても良いかい?」

アレリオンの言葉にふるふると首を横に振る。

「今は、ダメです。ここじゃ。戻ってから。」

「分かった。殿下は歩けますね。戻りましょう。」

「あぁ。早くアシェの治療をしてやりたい。」

「俺が背負うよー。皆身体強化が使いにくいなら、俺が一番力があるからねー。アシェー乗れるー?」

マリクが目の前で背を向けてかがんでくれて、そこにアレリオンが乗せてくれた。

「……リリィは?」

「デュークに熱烈なキスをお見舞いしてる最中だぜ。良いからアシェはそんなこと気にすんな。しんどいんだろ?少し寝てろ。」

「だめ……水ちょうだい。」

アークエイドが革袋をアシェルの口に当ててくれたので、そこから数口水を貰う。

「潜在消費までしたんだね。マナポーションは?」

「たくさん飲んだので、僕は要らないです。アン兄様とリリィが飲んでください。」

「もう僕らも飲んでいるよ。デューク殿もね。リリアーデ嬢が落ち着いたら出発しようか。殿下はお怪我はありませんか?」

魔力を使うのが分かっていたので、きちんとアレリオンが双子にもマナポーションを飲ませてくれたようだ。
アレリオンも革袋から水を飲んでいるので、潜在消費してしまっているのだろう。

「俺は大丈夫だ。」

「そうですか。不幸中の幸いですね。アシェ、移動中も時々水分を摂らせるからね。マリク殿も、その時は協力してください。」

「分かってるよー。ちゃんとかがむからねー。」

「回復したみたいだぜ。」

エラートの言葉に、二人分の気配が近づいてきたのが分かる。

「待たせちゃったわね。わたくしはとりあえずギリギリ大丈夫よ。もしかしたら、また途中でデュークから貰わないといけないかもしれないけれど。アシェの治療は戻ってからなのよね?なら、早く戻りましょう。」

「かなり魔力を吸われたのに、これでギリギリなのか……。」

デュークの声が心なしかぐったりしている気がするが、全員揃ったことで一行は川へ向かって歩き出す。

アシェルというお荷物が居るので、時間をかけながら。
それでも着実に帰路につく。

途中アシェルとリリアーデの衝動の為に、休憩も何度か挟んだ。
アレリオンは歩きながら自分で水を飲んでいる。

リリアーデのギリギリ大丈夫は、きっとある程度自制が出来て暴発しないという意味の大丈夫だったのだろう。

アレリオンが魔物の居ない歩きやすいルートを探してくれて、川沿いへ辿り着いた。

そこからは全員走ったので、キャンプがあった場所まではあっという間だった。

マリクはなるべく揺れないように配慮してくれてたが、それでも振動が背中の傷に響いた。
だがアシェルは抱えて貰っている立場なので、そこまで望むのは我儘だろう。



アシェルは馬車の中に座るアルフォードに向き合う形で、マリクの背中から降ろされた。
アシェル自身は動けないので、今回もアレリオンが補助してくれる。

6人掛けの大きな馬車だが人数が多いので、マリクとエラートは御者席に座り、残りは馬車に乗り込む。

ガタゴトと揺れ出した馬車の中で、アシェルはアークエイドに介助してもらってまた水を飲む。

「アシェ、潜在消費してるんだな?俺の魔力分けてやる。」

「僕よりリリィを。」

リリアーデも相変わらずデュークと濃厚なキスをして魔力を補充しているが、あれは暴発させないために時間を置いて魔力を貰っているだけで、全然足りていないのだろう。

一度に吸いすぎてデュークの魔力を枯渇させないように、魔力の回復を待っているのもあるかもしれない。

「わたくしは良いわよ。最悪戻ったらデュークを襲うわ。デュークには悪いけれど、お父様曰くエッチした方が早く沢山回復するらしいから。」

「なんでそこで僕に悪いになるんだ。婚約者なんだから良いだろう。それと、そういうはしたないことは口にするな。」

「もう、何よ。だって、ちゃんとどうするつもりか教えてないと、アシェが納得しないわよ?」

「そうだけど……。」

デュークはどんな時でもデュークで、そんな二人の変わらない言い合いに苦笑する。
無事に戻ってきたんだなと、これだけで思ってしまう。

「らしいぞ。二人にはマナポーション押し付けとくから、大人しく魔力を貰ってくれ。俺の魔力だけで足りるか分かんないけどな。」

「アン兄様の後で、潜在消費分だけで良いです。あとは回復すると思うので。」

「そうは言っても、解毒にも魔力は必要だろう?僕はそろそろ潜在消費分は回復するし、大人しくアルから貰っておきなさい。それと、背中の傷を診せて貰うよ。さすがにこれ以上後回しにはしないからね。」

出来ればアークエイドが見ていないところで処置をしてもらいたかったのだが、仕方がない。

アルフォードの肩に頭を預けたまま頷けば、ダガーか何かで羽織っていたシャツが引き裂かれた。

その間にもアルフォードは、アシェルの手を握って魔力を渡してくれる。

「これは……解毒はほとんど進んでないのかい?潜在消費したからって魔力を絞ってたんじゃないよね?」

アレリオン達の眼前には、背中に大きく斜めに走るどす黒くなってしまった切り傷があった。
その傷はまだ少しずつ、じくじくと出血もしている。

「違います。魔素が少なかったせいかと。」

「想像以上に酷いじゃないかっ!それなのに、なんであんな無茶したんだっ!」

アークエイドが怒っているが、アシェルの中ではあれが最善だったのだから仕方がない。
予想していたより早く救助隊が来てくれただけなのだから。

「無茶はしてない。僕が出来ることをしただけ。」

「それが無茶をしたって言ってるんだっ。」

「まぁまぁ、殿下落ち着いて。アシェの言い分も分からないでもないしね。……アシェ。壊死している組織は切除しないといけない。恐らくヒールで傷自体は塞がると思うけど、解毒が済んでいない現状じゃ、何度か繰り返す必要があるだろう。かと言って解毒が終わるまで待っていると、傷が渇いてヒールを使っても跡が残りやすくなる。アシェは多分、分かってると思うけど。」

アレリオンが傷を見て、的確に必要な処置を伝えてくれる。
それはアシェルにも分かっていたことだ。

「分かってます。そうなるだろうと思ってたので。本体は丸まるストレージですが、毒だけレッグホルスターに。解毒剤用です。」

優しく頭を撫でられる。
アルフォードの両手はアシェルと繋がっているので、アレリオンの手だろう。

「ちゃんと解毒剤用に採取したんだね、偉いよ。すぐに処置を始めても良いかい?馬車はこのまま王立病院まで行くけど、早めに処置したいんだ。」

「……病院は嫌。処置が済んだら寮に戻ります。処置お願いします。」

リリアーデも救急セットを広げて、アレリオンの介助につく準備をする。

「アレリオン様。オペ室付ではなかったけど、は看護師の経験があるから、処置の補助をします。一通り滅菌処置をした道具や薬品は揃ってますので。今開いた包装紙の中身は滅菌されています。他の人はここに触らないでね。」

「なるほど。無菌操作の知識と経験があるのは助かるよ。」

アシェルの背中に遠慮なく消毒液をぶっかけて『クリーン』を使ったアレリオンは、リリアーデの差し出した滅菌手袋を身に着ける。

それからリリアーデの膝の上に広げられた、滅菌済みだという用具の中からメスを取り出す。

鑷子せっしはあるかい?」

「はい。」

リリアーデが個包装の袋を破ってバナナの皮のように剥いた大きいピンセットを、アレリオンに向かって差し出せば、中のピンセットだけをアレリオンは取り、メスと鑷子を用いてアシェルの背中の壊死した組織を切り出していく。

その使い物にならない組織は、デュークの持っている膿盆に捨てられる。

「ガーゼ。」

「はい。」

滅菌されたガーゼも、やはりリリアーデが包装を剥いて、中身をアレリオンだけが取る。

アレリオンの手は滅菌済みで、触れて良いのは滅菌されているものだけ。
リリアーデはその滅菌物に触れないように包装を開いて、きちんと中身だけにアレリオンが触れるようにして必要な物品を手渡していく。

時折そんな風にリリアーデから必要なものを貰い、手を動かしながら、アレリオンは痛みに耐えるアシェルに声を掛ける。

「麻酔が無いから、壊死していない部分は痛いだろう。ごめんね。でも麻酔をかけても効くまでに時間がかかるし、本当に王立病院に行く気が無いなら、麻酔をかけるわけにはいかないからね。」

「っ、そんなの……分かってます。」

「ここまで言えば入院する気になるかと思ったけど、麻酔が無いほうを選ぶんだね。」

「……病院は嫌。痛いの我慢したほうが、っ、何倍もマシでです。」

肉を切り取られるのは気の遠くなりそうな痛みだが、ヒールをかけるまで耐えれば、また残った毒で組織が壊死するまでは、我慢の出来る程度の痛みになるはずだ。

「悪いけど、一人で部屋に籠るつもりなら寮には帰さないよ。しただろう?」

と…っつ…。条件が違います。」

あれはアシェルが嫌な気分で落ち込んでしまっている時の話のはずだ。
怪我や病気療養は含まれていない。

「やっぱり一人で過ごすつもりなんだね。少し違うかもしれないけど、アシェが辛い時にっていうだから、あながち間違っていないだろう?」

「そんなのこじつけです。」

「こじつけでもなんでも良いんだよ。」

「嫌です。必要になったら、邸に処置してもらいに行きますから。」

「それだと本当にぎりぎりまで来ないだろう?アシェのことだから。」

「処置が必要ないのに、アン兄様達のお手を煩わせるわけにはいきません。同じ理由で、病院に入院する必要性もありません。」

一歩も引き下がる気のないアシェルに、アレリオンは苦笑する。

「全く……僕らの妹は本当に頑固だね。少しは甘えたり、頼って欲しいって言ってるだろう?」

「今十分頼ってます。背中は自分で処置が出来ないので。アル兄様に抱えて貰って、魔力も分けて貰って、十分甘えてます。」

「うーん……それは甘えたり頼ってるって言わないんだけどなぁ。ねぇ、アル。」

「そうだな。アシェは昔から甘えてこないし、頼ってくれないもんな。」

「お兄ちゃんたちは少し寂しいよ。」

「二人がかりなんてズルい……。でも、二人がかりでも、僕は絶対に病院に行きませんからね。」

身体に籠った熱と痛みで眼に涙を浮かべながらも、頑なに病院を拒否するアシェルに、アレリオンとアルフォードがどうしたものかと顔を見合わせる。

壊死した部分だけなら痛みはないが、綺麗に治すためには少なからず健康的な肉の部分にまで、触れたり切ったりしなくてはいけない。
ただでさえ広範囲の傷なので、かなり痛いはずだ。

馬車が止まったので、病院の停留場所に着いたのだろう。
御者台と繋がる小窓が開いて、エラートとマリクが中の様子を伺う。

「ねぇ、アシェ。処置はココでも出来るし、やりかけだからやってしまうけど……病院に行こう?」

「めちゃくちゃ痛いんだろ?我慢せずに、麻酔かけて寝てたらいい。ヒールをかけたって、表面的には治っても、その傷じゃ痛みはしばらく続くんだからな。」

「嫌です。」

「アシェ……俺も病院に居たほうが安心だと思うぞ。解毒できてないんだろう?俺のせいで……。」

「アークのせいじゃないし、アン兄様の処置が終わったら、僕は寮に戻る。」

アレリオンは丁寧に処置をしてくれているようで、痛いけれど耐えれば済むだけなのだ。

寮に戻れば自分で鎮痛剤も用意できる。
きっと熱だって引いてくれる。

アークエイドだって、こんな治る傷のことなど気にしなくて良いのだ。

「ねぇ、アシェはどうしてそこまで病院が嫌なのかしら?確かに病院が好きな人は居ないと思うけど、アシェの嫌がり方は好きとか嫌いとかいう次元じゃないわよね?」

それまでアレリオンの介助だけをしていたリリアーデから問いかけられる。

「……病院は嫌。」

「アシェルと薫は、病院のどういうところが嫌なのかな。消毒薬の匂い?それとも嫌な思い出でもあるのかな?どんなことが嫌なのか私に教えてくれる?」

リリアーデの声が、大人びた落ち着いたものになる。
きっと看護師が、駄々をこねる子供の理由を聞きだそうとしている感じなのだろう。

そう思うが、この声のリリアーデの問いに答えるのは嫌な感じではない。
熱で少しぼぅっとした意識のまま、問いに答えるために口を開く。

「匂いは、大丈夫。嫌な思い出は……ある。けど、僕の思い出じゃない。僕は……自分が病院にかからなくて良いようにしてるから。」

「どんな思い出なのかな?話すのも嫌なくらい、良くない思い出?それとも、話しても良いけど嫌な思い出なのかな?思い出以外に、何か入院したくない原因はあるのかな?」

疑問だらけだが、問いただされているというより、優しく言葉が出るのを促されている感じだ。
落ち着いた声も相まって、嫌な感じはしない。

まるで咲が、パニックを起こした薫を宥めてくれている時のようだ。

「……話せる……けど、それだけじゃない。」

「じゃあその嫌な思い出は、思い出したくも口にしたくもないほど嫌じゃないんだね。それ以外の原因って、なんなのかな?」

「……知らない場所と、人が嫌……。それに……。」

「それに?」

言い淀んだアシェルの言葉の先を促しながら、なかなか喋り出さないアシェルを待ってくれる。

「……病院の真っ白な部屋は……怖い。」

「そっか……アシェルも薫も、知らない人と病院のお部屋が怖いのね。病院は汚れが目立つように真っ白なお部屋なんだけど……。真っ白なお部屋のどんなところが怖いのかな?」

まるで小さな子供から話を聞くかのように、優しく、少しずつ話の核心へリリアーデは近づいてくる。

熱に浮かされた意識は、リリアーデの問いに答えを出そうと記憶を引き出しているせいか、先程からアシェルと薫が混じっている。

「……が違うって、言われた……。色のない世界に、戻りたくない……。」

「そうなんだね。病院で嫌なことを言われたんだね。それにアシェルも薫も、知らない人が居て、また昔みたいに色のない世界に戻ってしまう感じがするのが怖いのね。」

「……うん。だから、病院は嫌。」

「そっか……じゃあ、寮のお部屋かお家で、知っている人に付いててもらいましょう?そうすれば、皆病院に入院しろなんて言わないから。」

「……ほんとに?」

「えぇ、私が約束してあげるから。どっちがいい?」

「寮のお部屋……あそこが一番落ち着く……。」

「じゃあ、寮のお部屋でゆっくり療養しようね。付添ってる人も、寝てる間に無理やり病院に連れていったりしないから、ゆっくり休んで。今は回復するために寝たほうが良いから。」

「お部屋に帰してくれるって……約束してくれる?」

「えぇ、約束するわ。」

「……分かった。身体、辛いから寝るね。おやすみなさい。」

「おやすみなさい。」

優しい言葉を聞きながら、重たかった瞼を閉じる。

すぐにアシェルのすぅすぅという寝息が聞こえ始めた。

「……よし、コレで良いわね。ということで、寮に向かってくれるかしら?きっとアシェは、病院に入れても抜け出しちゃうわよ。それに約束しちゃったし。」

リリアーデが声を潜めて、いつもの感じで喋る。

「よくアシェからあんなに聞きだせたな。」

「デューク、わたくしが元看護師だってこと忘れてないかしら?世の中には病院嫌いの子供も大人も居るのよ。別にこの世界は入院してないと治療が出来ないような環境でもないんだし、付添いを条件に入れたんだから良いでしょう?」

「感心したんだよ。リリィってちゃんと、精神年齢大人だったんだなって。」

「それどういう意味かしら?騒いだらアシェが起きちゃうから、これ以上は言わないけど、後で覚えてなさいよ。」

ふんっと顔をそむけたリリアーデに、デュークは苦笑する。
こういうところが子供っぽく見えてしまうのだが、分かっているのだろうか。

「リリアーデ嬢は凄いね。僕らでも聞けなかったことを聞いて、アシェに付き添いまで納得させたんだから。」

「だな。多分俺達が誰か傍に置いておけって言っても、さっきみたいに嫌がられただろうしな。」

「一番嫌なことを聞いて、それを引き合いに交換条件を出しただけだわ。嫌がる治療を受けさせるための常套手段ですわね。普段のアシェならのらりくらりと言い訳したかもしれないけれど、今は傷の侵襲で熱も出ているでしょう?丁度いい条件が揃っていただけだわ。」

「そうだとしても、とても有り難いよ。アシェは約束は絶対に破らないし、嘘もつかないからね。『創傷治癒ヒール』。これで恐らく数日は大丈夫だと思うよ。体内の魔力は働いてるはずだけど、毒を受けて長かったら体内で上手く魔力が解毒してくれないかもしれない。早めに解毒剤を作って飲ませないとだね。それにしても……前世の色のない世界は、よっぽど味気なかったんだね。てっきり知らない人にお世話されたくないからだと思っていたよ。」

「俺のせいでアシェに傷を負わせた。すまない。」

「別に殿下のせいじゃないだろ。」

「そうだね。アシェだからこの程度で済んだし、もし殿下が傷を負ってたら、それこそアシェの心に消えない傷が出来るところだったよ。心の傷はこんな風に治療できないからね。」

「そうね。身体に出来た傷は治療のしようがあるけれど、心の傷は簡単には癒えないわ。」

「あー……なんか葬式ムードのところわりぃんだけど、馬車の行き先はどうしたらいい?」

少ししんみりした空気の中、小窓から様子を伺っていたエラートが声をかける。

「学院に行ったらいいのかなー?動かしたらアシェ起きちゃうー?」

「いや、多分アシェは起きないから、学院へ向かってくれるかい?」

「承りました。」

御者が返事をし、またガタゴトと馬車は動き始める。
アシェルのことを考慮してか、ゆっくりと進み始めた。

「アシェに付いていても良いか?」

「それはこっちからお願いすることだよ。僕とアルは、アシェの実験室をお借りしないとだしね。」

「だな。イザベルにも早めに知らせてやりたいが……リリアーデ嬢。悪いけどイザベルの部屋に伝言頼めないか?さすがにこんな時間に、俺が女子寮に入るわけにはいかないからさ。」

「えぇ、わたくしが行くわ。ただ……良かったらマナポーションを分けて貰えないかしら?出来たらデュークの分も。」

「リリィ……もしかしてまだ回復してないのか?」

「……仕方ないでしょう。魔力をごっそり持っていかれたんだもの。今だって雰囲気をぶち壊しにしないために、我慢してるのよ。デュークもだけど、アシェも魔力を満たしたからか凄くいい匂いがしてるし、わたくしはこの空間で正気を保ってるのがやっとなんだからね。」

たっぷりと魔力を吸われたデュークだが、リリアーデにはまだまだ足りていないらしい。

アレリオンから有り難くマナポーションを受け取って二人は飲み干す。

そして暴発を防ぐためにも許可を得て、リリアーデはデュークに口付けて魔力を少しだけ分けて貰った。

馬車が王立学院に着いてからは、リリアーデはイザベルに声を掛けに行き、アシェルを抱えたアルフォード達は寮へと戻る。

イザベルが来るまでにさっさとアシェルの部屋の鍵を開けたアークエイドが、二人の兄から小言を言われたのは言うまでもない。
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