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第三章 王立学院中等部二年生
155 中等部二年の野外実習日②
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Side:アシェル13歳 夏
「『ウィンドカッター』。」
ディアナの放った風の刃がフォレストウルフに襲い掛かり、絶命させる。
無詠唱だと威力が落ちるらしいのと、アークエイドに何を使うのか伝えるためにも一節詠唱をしてもらっている。
ディアナは今回の実習に来ている高位貴族の中では、伯爵家の二人に次いで下から数えたら一番目だ。
今日の実習で少しでも経験を積んでもらえたらと思っている。やはり上達するには、ひたすら練習するしかないのだから。
「一番左いきます。『アースランス』。」
アシェルが相対するフォレストウルフも、イルマのアースランスで下から貫かれる。
順位や授業中から予想した通り、イルマは魔力の扱い方が上手な方で、綺麗に突き出た地面がフォレストウルフの首を貫いた。
器用に魔法を使うほうなので探査魔法担当だ。
アシェルが相対する魔物には、イルマは出来たら攻撃してもらう形なので、どの個体をやるのかまで口にしてくれる。
アシェルはアークエイド達の担当する群れの数に合わせて、一体ずつフォレストウルフの頭を切り落として、胴体だけ『ストレージ』に仕舞っていく。
イルマが倒したものも、今のように首を貫いて絶命させたものだけ仕舞いこむ。
最初はイルマもウィンドカッターを使っていたのだが、売り物にならなそうなフォレストウルフは魔石だけ抜いて燃やしてしまったので、気にしてくれているようだ。
アークエイドも自分で倒したフォレストウルフは、きっちりストレージ行きだ。
ようやく群れの最後の一体を倒し終わり、レッグホルスターのダガーで、ディアナの倒したフォレストウルフの魔石を回収する。
その間にアークエイドは落っこちている頭と、魔石を抜き終わった身体ををひとまとめにしてくれる。
これを燃やすのはディアナの担当だ。
「『ファイア』。……ふぅ。皆様凄いですわ。わたくしは皆様のように、綺麗に倒せませんわ。」
「ディアナ嬢、気にしないで。こういうのは経験を積むことで上達するし、そのための野外実習なんだから。魔物の数が多いから、精度を狙うよりは威力を落とさないことを意識してね。精度は余裕が出来たらで良いから。」
ディアナは落ち込んでしまっているが、精神状態は魔法の使用に影響を与えやすい。
特に魔法に不慣れなほど、その影響は顕著だ。
優しく微笑んでフォローを入れる。
これでダメだったらどうしようかと悩んでいると、ディアナは「ありがとうございます。」と微笑んでくれた。
「そうですわね。足手まといにならないように頑張りますわ。」
「うん、やっぱりレディは笑顔が一番素敵だね。さぁ、進もうか。」
「こんなところで口説くな。」
素直な感想を口にしただけなのに、何故かアークエイドから突っ込みが入る。
最近デューク化してきているのは気のせいだろうか。
「別に口説いてなんかないでしょ?僕の素直な気持ちを伝えただけだよ。」
「それが口説いているように聞こえるんだ。ぐるっと円を描きながら、最終的に三の森手前の川まで出るんだろう?早く行かないと日が暮れるぞ。」
アシェル達はまた歩き始めながら、ざっくりと予定していた通りに歩みを進める。
小道のほぼ終点で森に入ったので、真っすぐ川まで出ると早く着きすぎてしまう。
そのため、弧を描くようなルートで進んでいた。
「もう、解ってるってば。今のはウルフが10体……先週は多くても、どの群れも二桁まではいってなかったんだけどなぁ。今日はどの群れも大所帯だね。」
「アシェル様はずっと、実習日には同行されていたんですよね?これが普通じゃないんですか?」
イルマに問われるが、確かに初めて魔の森に入った人間は、これが普通だと思うだろう。
「今では普通になりつつあるけど、少なくとも去年の夏は、フォレストウルフの群れは多くても7体。多いのは3~5体の群れだったかな。フォレストベアだって2体一緒にいるのが珍しいくらいで、大体そういう時は番なんだ。でも、最近では3体以上とかざらだからね。あと、ちょっとだけ硬くなってる。相対的に見て、だけどね。だから、ディアナ嬢の無詠唱は通りにくかったでしょ?普段なら、あれで十分だったんだけどね。」
「そうだったんですのね。でも、確かに組み慣れてないなら、一節は詠唱したほうが安全ですし、全く通用しないわけじゃなくて良かったですわ。」
「皆様、敵影ありです。進行予定のルートで鉢合わせますわ。中型が複数体いるらしいことだけ分かります。」
少しだけイルマが緊張した面持ちで伝えてくれるが、アシェルもアークエイドも神経を集中させるが、必要以上に緊張したりしない。
力みすぎると動きに影響が出るからだ。
「ありがとう、イルマ嬢。中型ってことは、オークかもしれないね。ジェネラル以上居るかな?ジェネラル美味しかったよね。」
「確かにアレは美味かったな。ただ、二の森にジェネラル以上が居たら、状況は良くないぞ。」
「まぁね。オークにはメイジやシャーマンは居ないんだっけ。ジェネラルの上位種はキングとクイーンだけか。食べてみたいけど、確かに出てきてほしくはないね。」
「魔法を使う上位種が出現するのは、ゴブリンやコボルトだな。……居たな。右5貰う。」
アークエイドの言う通り、オークたちの群れが見えてきた。
言い終えたアークエイドは駆け始め、アシェルも同時に走り出す。
「僕が左4だね。ふふ、ジェネラルもいるね。君には真っ先にお肉になってもらおうね。」
小さく3体のオークとオークジェネラルを切りつけ、アークエイドから少し距離を取って惹きつける。
あまりに近いと、ターゲットが変わる恐れがあるからだ。
盾役が二人以上居る場合は、こうやってタゲ飛びしないように、少しだけお互いの対象を離す。
その方が自分の受け持った個体の動きに注意して捌くだけで良いし、余計な混乱が起こらない。
美味しい獲物を目の前にすると楽しみたい欲が湧いてくるが、今日は遊びに来ているわけではない。
しっかりオークたちの注意を惹き付けた上で、トンと地面を蹴り一直線にオークジェネラルの胸元に飛び込む。
彼らの持っている剣は、どうやって生成されているのだろうか。
魔素から作られるはずのない物質に、帰ったら調べようなどと思いながら、ブロードソードを往復させる。
左右の頸動脈を切り裂き、返り血を浴びながら、後方に戻るためにオークジェネラルの胸を足場にして蹴る。
あとは失血死を待つだけで良いし、血抜き作業も時間が短く済むしで一石二鳥だ。
「ジェネラルにはこれ以上、何も要らないから。」
イルマに聞こえるように少しだけ声を張り上げ、そのままオークたちの攻撃を捌いていく。
受け流して避けては、アシェルの得意分野だ。
正しくは力で負けないために、アシェルにも出来るそこを磨くしかなかったのだが。
アークエイドの様子を横目に見ると、アークエイドも頸動脈から噴き出す血の雨を浴びながら、4体のオークを相手にしている。
2体は血を噴き出していて、命の輝きを燃やしている最中だ。
1体はもういないので、食用になるオークはずたずたでもストレージにしまったのだろう。
残りの2体はディアナ用だ。
アークエイドに合わせるのと、終わるタイミングを合わせるために、一体の首はしっかりと左右の頸動脈を切り裂き、残り2体は様子を見ることにする。
イルマがタイミングを見て、魔法を撃ってくる可能性もあるからだ。
「ふふ、やっぱり上位種は良いね。すっごく強く輝くのに、一瞬で燃え尽きたりしないから。」
オークジェネラルの猛攻を捌き、避けながら、アシェルは笑みを崩さない。
それどころかアシェルを良く知る人物なら、アシェルが心の底から楽しんでいることが分かるだろう。
アークエイドの無表情と一緒で、アシェルは微笑んでいるのが当たり前だ。
その中にある感情にきちんと気付くことが出来るのは、やはり同じように幼馴染達や家族だけだ。
「一番左オーク、首いきますっ。『アースアロー』。」
イルマの張り上げた声と共に、アシェルの近くを鋭い岩の塊が飛んでいき、5本全てが綺麗にオークの首に突き刺さった。
このオークは程なくして倒れるだろう。
血液や酸素が循環しなくなるのだから。
「最後のオークも僕が貰っちゃおうかな。ジェネラルはもう少し。一体目はもう終わりだね。」
未だ無事なオークの首を切りつけ血の雨を追加して、倒れた一体目のオークを『ストレージ』に仕舞いこむ。
そのあとは、攻撃を捌くだけで戦闘は終わった。
アークエイドの方も、ウィンドカッターは2、3発必要だったようだが、無事に終わったようだ。
血塗れの二人の為にイルマが『クリーン』をかけて、綺麗にしてくれる。
そんな二人に、アシェルは『ストレージ』から出したマナポーションを手渡す。
「お疲れ様。そろそろ飲んでおいた方が良いと思うから。あとは、このまま川の方へ向かおうか。戦闘回数が多かったから、そろそろ向かわないと真っ暗になっちゃうからね。」
お礼を言ってくれた二人から空瓶を受け取りながら、歩いてきたルートと方角から、川のある方角を指し示す。
「地図上では真っすぐこっちで良いはずだよ。探査魔法は使ってないから、少しずれてるかもだけど。」
「木々が途切れている場所が、少し遠くにあるので、川か広場にはなっているはずですわ。それと少し進んだ先に、今度は大型が数体……その奥に中型?っぽいのもいます。」
「ありがとう。進もうか。」
大型は間違いなくフォレストベアだろう。
一の森と二の森の中だけで見れば、大型に分類されるのはフォレストベアだけだ。
フォレストベアですら魔物の中では小型から中型の間くらいに位置するのだが、彼女たちは知らなくても良いことだ。
4体のフォレストベアの群れを倒し終え、『ストレージ』に仕舞いこんだころ、イルマが声を張り上げる。
「中型が急速にこちらに向かってますわ。一体だけのようですけど、今までこんな動きは……。前方、すぐ出てきます!」
前方から確かに魔物が姿を現し、スピードも速い。
そして、その姿はポイズンビーを一回りも二回りも大きくした姿だ。
さらに空気がぐにゃりと歪むような、違和感を感じる。
アシェルとアークエイドに緊張が走り、アシェルは『探査魔法』を使いながら、後衛の二人に近づいて『攻撃力向上』と『防御力向上』をかける。
「僕が指さす方に真っすぐ!走って!!ハチの特殊固体と地形変化っ!!」
叫ぶアシェルの声に、緊急事態だと気付いた二人が、アシェルの言った方角へ走り出す。
気のせいじゃなければ、この辺り一帯の魔素が薄くなってきている。
今アシェルが言ったのは、一番安全に川に辿り着ける、魔素に影響がないエリアだ。
「アーク、魔素が薄く——っ!!」
アークエイドに加勢するために振り返れば、速さに翻弄されつつも、二人を逃がしたアシェルと合流するために後退してきたアークエイドの姿があった。
そしてそこに毒を含んだ針先を向ける、紫色の大きなポイズンビーの姿も。
咄嗟に自分に『速度向上』をかけて、アークエイドとポイズンビーの間に入り、アークエイドを抱きしめる。
攻撃を捌くには時間が足りなさ過ぎた。
背中に焼けるような痛みが走り、それと同時に体内魔力が解毒しようと動き出す。
「アシェっ!?」
「っ、僕は大丈夫だから。ここから動かないで。」
確実にアークエイドは、紫ポイズンビーの動きについていけてない。
この瞬くような間にも空気中の魔素がどんどん薄くなり、地形も変わっていっているのが分かるが、まずは目の前のNMをどうにかしないことには逃げることも敵わない。
だが嫌なことは続くもので、気のせいでなければアシェル達のいる地面は陥没し、大きな渓谷を築こうとしている気がする。
アークエイドを毒牙にかけようとしたNMをじろりと睨みつけ、そいつを確実に殺すための手段を頭の中で組み立てながら、次の一手をブロードソードで弾いた。
——アークエイドを傷つけようとしたコイツが許せない。
そのまま弱点である継ぎ目に刃を滑らせるが、相手も上手く重心を移動して力を逃がしたため、致命傷とは程遠い。
魔法を使って確実に仕留めたいところだが、この後のことも考えると、恐らくバインドを持続できるだけの魔素は残っていないだろう。
重たく感じる空気の中、地面を蹴りNMに肉薄し、何度もブロードソードを振るう。
相手がアシェルの動きに対処してくるのなら、対処できないくらいの攻撃を繰り出せば良いだけだ。学習能力があるのなら、それはアシェルの勝機の一つだ。
アークエイドはその眼で追えない戦いを、ただアシェルの鋭すぎる殺気と、剣と針が奏でる甲高い音を感じながら、ただ待っていることしかできなかった。
手伝いたくてもアシェルの言う通り、魔素が薄くなっているどころか、以前の衝動暴発の時のように、魔素が枯渇しているのではないかと思うくらい重苦しい空気になってきている。
体内魔力だけでは身体強化も使えないようで、周囲の変化していく地形を見ることしかできない。
そして魔道具の信号を出したくても、青も赤もアシェルの腰だ。
もう一つの赤はイルマが持っている。
アシェルの動きもポイズンビーの動きも規則的になってきたころに、アシェルはそれまでとは違うタイミングで突きを出す。
「死んでくれる?」
冷たい響きを持ったアシェルの声と、NMが真っ二つにされるのは同時だった。
他の虫と同じように、いくらNMといえど生命力そのものは強くないようだ。
「『ウィンドカッター』。」
ディアナの放った風の刃がフォレストウルフに襲い掛かり、絶命させる。
無詠唱だと威力が落ちるらしいのと、アークエイドに何を使うのか伝えるためにも一節詠唱をしてもらっている。
ディアナは今回の実習に来ている高位貴族の中では、伯爵家の二人に次いで下から数えたら一番目だ。
今日の実習で少しでも経験を積んでもらえたらと思っている。やはり上達するには、ひたすら練習するしかないのだから。
「一番左いきます。『アースランス』。」
アシェルが相対するフォレストウルフも、イルマのアースランスで下から貫かれる。
順位や授業中から予想した通り、イルマは魔力の扱い方が上手な方で、綺麗に突き出た地面がフォレストウルフの首を貫いた。
器用に魔法を使うほうなので探査魔法担当だ。
アシェルが相対する魔物には、イルマは出来たら攻撃してもらう形なので、どの個体をやるのかまで口にしてくれる。
アシェルはアークエイド達の担当する群れの数に合わせて、一体ずつフォレストウルフの頭を切り落として、胴体だけ『ストレージ』に仕舞っていく。
イルマが倒したものも、今のように首を貫いて絶命させたものだけ仕舞いこむ。
最初はイルマもウィンドカッターを使っていたのだが、売り物にならなそうなフォレストウルフは魔石だけ抜いて燃やしてしまったので、気にしてくれているようだ。
アークエイドも自分で倒したフォレストウルフは、きっちりストレージ行きだ。
ようやく群れの最後の一体を倒し終わり、レッグホルスターのダガーで、ディアナの倒したフォレストウルフの魔石を回収する。
その間にアークエイドは落っこちている頭と、魔石を抜き終わった身体ををひとまとめにしてくれる。
これを燃やすのはディアナの担当だ。
「『ファイア』。……ふぅ。皆様凄いですわ。わたくしは皆様のように、綺麗に倒せませんわ。」
「ディアナ嬢、気にしないで。こういうのは経験を積むことで上達するし、そのための野外実習なんだから。魔物の数が多いから、精度を狙うよりは威力を落とさないことを意識してね。精度は余裕が出来たらで良いから。」
ディアナは落ち込んでしまっているが、精神状態は魔法の使用に影響を与えやすい。
特に魔法に不慣れなほど、その影響は顕著だ。
優しく微笑んでフォローを入れる。
これでダメだったらどうしようかと悩んでいると、ディアナは「ありがとうございます。」と微笑んでくれた。
「そうですわね。足手まといにならないように頑張りますわ。」
「うん、やっぱりレディは笑顔が一番素敵だね。さぁ、進もうか。」
「こんなところで口説くな。」
素直な感想を口にしただけなのに、何故かアークエイドから突っ込みが入る。
最近デューク化してきているのは気のせいだろうか。
「別に口説いてなんかないでしょ?僕の素直な気持ちを伝えただけだよ。」
「それが口説いているように聞こえるんだ。ぐるっと円を描きながら、最終的に三の森手前の川まで出るんだろう?早く行かないと日が暮れるぞ。」
アシェル達はまた歩き始めながら、ざっくりと予定していた通りに歩みを進める。
小道のほぼ終点で森に入ったので、真っすぐ川まで出ると早く着きすぎてしまう。
そのため、弧を描くようなルートで進んでいた。
「もう、解ってるってば。今のはウルフが10体……先週は多くても、どの群れも二桁まではいってなかったんだけどなぁ。今日はどの群れも大所帯だね。」
「アシェル様はずっと、実習日には同行されていたんですよね?これが普通じゃないんですか?」
イルマに問われるが、確かに初めて魔の森に入った人間は、これが普通だと思うだろう。
「今では普通になりつつあるけど、少なくとも去年の夏は、フォレストウルフの群れは多くても7体。多いのは3~5体の群れだったかな。フォレストベアだって2体一緒にいるのが珍しいくらいで、大体そういう時は番なんだ。でも、最近では3体以上とかざらだからね。あと、ちょっとだけ硬くなってる。相対的に見て、だけどね。だから、ディアナ嬢の無詠唱は通りにくかったでしょ?普段なら、あれで十分だったんだけどね。」
「そうだったんですのね。でも、確かに組み慣れてないなら、一節は詠唱したほうが安全ですし、全く通用しないわけじゃなくて良かったですわ。」
「皆様、敵影ありです。進行予定のルートで鉢合わせますわ。中型が複数体いるらしいことだけ分かります。」
少しだけイルマが緊張した面持ちで伝えてくれるが、アシェルもアークエイドも神経を集中させるが、必要以上に緊張したりしない。
力みすぎると動きに影響が出るからだ。
「ありがとう、イルマ嬢。中型ってことは、オークかもしれないね。ジェネラル以上居るかな?ジェネラル美味しかったよね。」
「確かにアレは美味かったな。ただ、二の森にジェネラル以上が居たら、状況は良くないぞ。」
「まぁね。オークにはメイジやシャーマンは居ないんだっけ。ジェネラルの上位種はキングとクイーンだけか。食べてみたいけど、確かに出てきてほしくはないね。」
「魔法を使う上位種が出現するのは、ゴブリンやコボルトだな。……居たな。右5貰う。」
アークエイドの言う通り、オークたちの群れが見えてきた。
言い終えたアークエイドは駆け始め、アシェルも同時に走り出す。
「僕が左4だね。ふふ、ジェネラルもいるね。君には真っ先にお肉になってもらおうね。」
小さく3体のオークとオークジェネラルを切りつけ、アークエイドから少し距離を取って惹きつける。
あまりに近いと、ターゲットが変わる恐れがあるからだ。
盾役が二人以上居る場合は、こうやってタゲ飛びしないように、少しだけお互いの対象を離す。
その方が自分の受け持った個体の動きに注意して捌くだけで良いし、余計な混乱が起こらない。
美味しい獲物を目の前にすると楽しみたい欲が湧いてくるが、今日は遊びに来ているわけではない。
しっかりオークたちの注意を惹き付けた上で、トンと地面を蹴り一直線にオークジェネラルの胸元に飛び込む。
彼らの持っている剣は、どうやって生成されているのだろうか。
魔素から作られるはずのない物質に、帰ったら調べようなどと思いながら、ブロードソードを往復させる。
左右の頸動脈を切り裂き、返り血を浴びながら、後方に戻るためにオークジェネラルの胸を足場にして蹴る。
あとは失血死を待つだけで良いし、血抜き作業も時間が短く済むしで一石二鳥だ。
「ジェネラルにはこれ以上、何も要らないから。」
イルマに聞こえるように少しだけ声を張り上げ、そのままオークたちの攻撃を捌いていく。
受け流して避けては、アシェルの得意分野だ。
正しくは力で負けないために、アシェルにも出来るそこを磨くしかなかったのだが。
アークエイドの様子を横目に見ると、アークエイドも頸動脈から噴き出す血の雨を浴びながら、4体のオークを相手にしている。
2体は血を噴き出していて、命の輝きを燃やしている最中だ。
1体はもういないので、食用になるオークはずたずたでもストレージにしまったのだろう。
残りの2体はディアナ用だ。
アークエイドに合わせるのと、終わるタイミングを合わせるために、一体の首はしっかりと左右の頸動脈を切り裂き、残り2体は様子を見ることにする。
イルマがタイミングを見て、魔法を撃ってくる可能性もあるからだ。
「ふふ、やっぱり上位種は良いね。すっごく強く輝くのに、一瞬で燃え尽きたりしないから。」
オークジェネラルの猛攻を捌き、避けながら、アシェルは笑みを崩さない。
それどころかアシェルを良く知る人物なら、アシェルが心の底から楽しんでいることが分かるだろう。
アークエイドの無表情と一緒で、アシェルは微笑んでいるのが当たり前だ。
その中にある感情にきちんと気付くことが出来るのは、やはり同じように幼馴染達や家族だけだ。
「一番左オーク、首いきますっ。『アースアロー』。」
イルマの張り上げた声と共に、アシェルの近くを鋭い岩の塊が飛んでいき、5本全てが綺麗にオークの首に突き刺さった。
このオークは程なくして倒れるだろう。
血液や酸素が循環しなくなるのだから。
「最後のオークも僕が貰っちゃおうかな。ジェネラルはもう少し。一体目はもう終わりだね。」
未だ無事なオークの首を切りつけ血の雨を追加して、倒れた一体目のオークを『ストレージ』に仕舞いこむ。
そのあとは、攻撃を捌くだけで戦闘は終わった。
アークエイドの方も、ウィンドカッターは2、3発必要だったようだが、無事に終わったようだ。
血塗れの二人の為にイルマが『クリーン』をかけて、綺麗にしてくれる。
そんな二人に、アシェルは『ストレージ』から出したマナポーションを手渡す。
「お疲れ様。そろそろ飲んでおいた方が良いと思うから。あとは、このまま川の方へ向かおうか。戦闘回数が多かったから、そろそろ向かわないと真っ暗になっちゃうからね。」
お礼を言ってくれた二人から空瓶を受け取りながら、歩いてきたルートと方角から、川のある方角を指し示す。
「地図上では真っすぐこっちで良いはずだよ。探査魔法は使ってないから、少しずれてるかもだけど。」
「木々が途切れている場所が、少し遠くにあるので、川か広場にはなっているはずですわ。それと少し進んだ先に、今度は大型が数体……その奥に中型?っぽいのもいます。」
「ありがとう。進もうか。」
大型は間違いなくフォレストベアだろう。
一の森と二の森の中だけで見れば、大型に分類されるのはフォレストベアだけだ。
フォレストベアですら魔物の中では小型から中型の間くらいに位置するのだが、彼女たちは知らなくても良いことだ。
4体のフォレストベアの群れを倒し終え、『ストレージ』に仕舞いこんだころ、イルマが声を張り上げる。
「中型が急速にこちらに向かってますわ。一体だけのようですけど、今までこんな動きは……。前方、すぐ出てきます!」
前方から確かに魔物が姿を現し、スピードも速い。
そして、その姿はポイズンビーを一回りも二回りも大きくした姿だ。
さらに空気がぐにゃりと歪むような、違和感を感じる。
アシェルとアークエイドに緊張が走り、アシェルは『探査魔法』を使いながら、後衛の二人に近づいて『攻撃力向上』と『防御力向上』をかける。
「僕が指さす方に真っすぐ!走って!!ハチの特殊固体と地形変化っ!!」
叫ぶアシェルの声に、緊急事態だと気付いた二人が、アシェルの言った方角へ走り出す。
気のせいじゃなければ、この辺り一帯の魔素が薄くなってきている。
今アシェルが言ったのは、一番安全に川に辿り着ける、魔素に影響がないエリアだ。
「アーク、魔素が薄く——っ!!」
アークエイドに加勢するために振り返れば、速さに翻弄されつつも、二人を逃がしたアシェルと合流するために後退してきたアークエイドの姿があった。
そしてそこに毒を含んだ針先を向ける、紫色の大きなポイズンビーの姿も。
咄嗟に自分に『速度向上』をかけて、アークエイドとポイズンビーの間に入り、アークエイドを抱きしめる。
攻撃を捌くには時間が足りなさ過ぎた。
背中に焼けるような痛みが走り、それと同時に体内魔力が解毒しようと動き出す。
「アシェっ!?」
「っ、僕は大丈夫だから。ここから動かないで。」
確実にアークエイドは、紫ポイズンビーの動きについていけてない。
この瞬くような間にも空気中の魔素がどんどん薄くなり、地形も変わっていっているのが分かるが、まずは目の前のNMをどうにかしないことには逃げることも敵わない。
だが嫌なことは続くもので、気のせいでなければアシェル達のいる地面は陥没し、大きな渓谷を築こうとしている気がする。
アークエイドを毒牙にかけようとしたNMをじろりと睨みつけ、そいつを確実に殺すための手段を頭の中で組み立てながら、次の一手をブロードソードで弾いた。
——アークエイドを傷つけようとしたコイツが許せない。
そのまま弱点である継ぎ目に刃を滑らせるが、相手も上手く重心を移動して力を逃がしたため、致命傷とは程遠い。
魔法を使って確実に仕留めたいところだが、この後のことも考えると、恐らくバインドを持続できるだけの魔素は残っていないだろう。
重たく感じる空気の中、地面を蹴りNMに肉薄し、何度もブロードソードを振るう。
相手がアシェルの動きに対処してくるのなら、対処できないくらいの攻撃を繰り出せば良いだけだ。学習能力があるのなら、それはアシェルの勝機の一つだ。
アークエイドはその眼で追えない戦いを、ただアシェルの鋭すぎる殺気と、剣と針が奏でる甲高い音を感じながら、ただ待っていることしかできなかった。
手伝いたくてもアシェルの言う通り、魔素が薄くなっているどころか、以前の衝動暴発の時のように、魔素が枯渇しているのではないかと思うくらい重苦しい空気になってきている。
体内魔力だけでは身体強化も使えないようで、周囲の変化していく地形を見ることしかできない。
そして魔道具の信号を出したくても、青も赤もアシェルの腰だ。
もう一つの赤はイルマが持っている。
アシェルの動きもポイズンビーの動きも規則的になってきたころに、アシェルはそれまでとは違うタイミングで突きを出す。
「死んでくれる?」
冷たい響きを持ったアシェルの声と、NMが真っ二つにされるのは同時だった。
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長身の王女レオーネは、侯爵家令息のアリエスに会うたびに惹かれた。だが、守り役に徹している彼が応えてくれたことはない。彼女が聖獣の力を持つために発情期を迎えた時も、身体を差し出して鎮めてくれこそしたが、その後も変わらず塩対応だ。悩むレオーネは、彼が自分とは正反対の可愛らしい令嬢と親しくしているのを目撃してしまう。優しく笑いかけ、「小さい方が良い」と褒めているのも聞いた。失恋という現実を受け入れるしかなかったレオーネは、二人の妨げになるまいと決意した。
アリエスは嫌そうに自分を遠ざけ始めたレオーネに、動揺を隠せなくなった。彼女が演技などではなく、本気でそう思っていると分かったからだ。
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