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第三章 王立学院中等部二年生

144 メルティーのクラスメイト②

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Side:アシェル13歳 春



寮の自室に戻ったアシェルは、着の身着のまま寝台に身を投げる。

ユリアナ・ノートンの、メルティーに向ける嫌な眼が頭から離れない。

薫の記憶を思い出したお陰で、アシェルに向けられる負の感情を孕んだ嫌な眼なら、もうパニックを起こさない自信はある。

嫌なものは嫌だが、大抵はにっこり笑って優しい言葉をかけてやれば、途端にその眼から嫌な色は消えるのだ。
本当に、顔が良いのは便利だと思う。

薫の場合、自分を見下ろす傍観者になることで、パニックを避けていた。
自分に向けられていないのだから、関係ないのだと思い込むようにしていたのだ。

だが、大切な人に向けられるのは話が違ってくる。

大切な人達を無遠慮に傷つけてしまうあの眼は嫌いだ。

明らかにメルティーを利用してアシェル達に近づいて来ようとしている、あの醜い心が大嫌いだ。

「僕がメルに構いすぎなのかな……。でも、近くに居なくて守れないのも嫌……。」

あの手合いは間違いなく、メルティーが公爵家の養子だと言うだけでも気に入らないだろう。

その上アシェルもアルフォードも目に見えて溺愛していて、生徒会役員にまでなっている。
だが生徒会執行部にメルティーが入ったことで、一定数はメルティーに手を出すことを躊躇っただろうから、所属したメリットも大きい。

「血の繋がりは無くても、メルは僕らの大切な義妹なのに……。メル……あの眼に気付いたかな……。気付いてないと良いな……。」

例え理由があったとしても、誰だって他人から不快な眼を向けられるのは、そんな感情を持たれるのは嫌なはずだ。

アシェルの様子がおかしいことには気づいていたが、出来ればあの眼を直接感じ取っていないで欲しい。

しばらくイザベルをメルティーに預けて、アシェルが学院から離れれば何かが変わるだろうか。
お昼もイザベルにお願いして、一緒に食べて貰えばいい。

前世の時むかしそうしていたように、枕を抱きしめて、頭から掛け布団を被って丸まる。

瞼を閉じても眠れるわけではないが、何も考えなくて良いようにギュッと瞳を閉じた。

そうしていれば、アシェルには何も見えないのだから。





========



Side:アークエイド13歳 春



明らかに不機嫌だったアシェルに拒絶され、その後ろ姿を追うこともできずに、アークエイドは一人で五階の大講堂に入る。

金曜日午後一番の結界学の授業は、アシェルが毎回楽しみにしていた授業だ。
リリアーデの衝動暴発事件が起きる前も、その後も、きらきらと瞳を輝かせながら一生懸命に話を聞いていた。

最近は自分で結界の術式を組んでいたので、前程興味が沸かないだけなのかもしれない。

でも今までが楽しそうだった分、今日欠席するほど辛い状態なのかと思うと。それなのに拒絶されてしまったことを思って、少し落ち込んでしまう。

「アークエイド様。アシェル様とご一緒ではないのですか?」

大講堂の一番後ろの席に幼馴染達は固まって座っていて、半ば固定席のような感じだ。

いつものようにイザベルから一つ分空けて席に座ったアークエイドは、イザベルの問いに頷いた。

「今日は寮に戻ると言われた。あとイザベルに伝言だ。今日はメルティーの部屋でご飯にするようにと。」

様子のおかしいアークエイドとイザベルに、目の前の席のリリアーデとデュークは振り返り、それより前に座る四人は立ち上がって、話を聞くためにアークエイド達の周りに寄ってくる。

「アシェル様がそうおっしゃったんですね?……理由をお聞きしても?」

恐らく、いや、確実にあのユリアナが原因だとは分かる。
だがアシェルはあの時の貴族たちを、それほどまでに気にかけていただろうか。

イザベルの問いに黙り込んでしまったアークエイドの肩に、エラートがのしかかる。

「おい、アーク。黙ってちゃ分かんねぇだろ。何でもいいから心当たりを言え。」

「今日もメルティーと一緒に食事をした。その時にクラスメイトを連れてきたんだ、二人。ユリアナ・ノートン伯爵令嬢と、エスカ・トリスタン侯爵令嬢だ。恐らく、そのユリアナ嬢が原因だとは思う。その後にパトリシア・スターク子爵令嬢も一緒に席を囲んだが、パトリシアが来る前から機嫌は悪かった。……そのノートンは、レストランでの加害者である、貴族の一人の娘だ。」

ぴくりとイザベルの眉が上がる。

アークエイドから簡単に話を聞いていたデュークも顔色が変わるが、それ以外には何のことだか分からず首を傾げている。
とにかく、アシェルの不機嫌の原因がユリアナと分かっただけだ。

王立学院は身分による差別が禁止な事と、学内に同性が他に居ることもあり、王族だろうが商家出身だろうが、基本的に自己紹介が終われば名前呼びで問題ない。
元々の付き合いがある生徒同士だと家名で呼ぶこともある、くらいなものだ。
そのため学外と違い、相手が馴れ馴れしく名前を呼んできた、というのは不愉快になるポイントではない。

「それで。何かその時の話題にでもなりましたか?が思うに、アシェル様は、加害者のことなど全く気にされておりませんでしたが。」

「アシェとメルティーの仲が良くて羨ましいと言われて、アシェが兄弟は居るのか聞いた。歳が離れて仲が良くないという返答に、既に当主だから忙しいのだろうと。……恐らくユリアナ嬢は事件のことを聞かされていない。俺が、当主が早くに引き継がれていると言われるまで、気付かなかったのも悪いんだが……。ただ、その話をしたから不機嫌になったというわけでもないんだ。その前にエスカ嬢と、その後に来たパトリシアとも表面上は穏やかに雑談している。その後は、さっさと食事を終えて席を立った。」

「流れは大体分かりました。ちなみに、メルティー様はその方達のことを、何かおっしゃっていましたか?それとメルティー様からアシェル様に、何かおっしゃられませんでしたか?」

イザベルの言葉に、メルティーと今日会ってからのことを反芻しながら答える。

「誘いを受けて、クラスメイトと一緒だと言っていた。紹介もユリアナ嬢に促されて、本人達にさせていた。……恐らくだが、紹介し忘れていたんじゃなくて、紹介したくなかったんじゃないかと思う。エスカ嬢はティエリア嬢とカナリア嬢とは旧知の仲らしくて、迷惑をかけたくなかったのに断れなかったと言っていた。ユリアナ嬢が強引に、メルティーについてきたんではないかと思う。最後にメルティーとパトリシアとエスカ嬢に、彼女とは友人にならない方が良いとアシェが言ったら、メルティーがイザベルを呼んでくるか聞いていた。……大丈夫だと答えていたが、三人の姿が見えなくなった途端、部屋に戻ると言いだした。」

「アークエイド様っ!どうしてアシェル様をお一人でお部屋に戻されたんですかっ!クラスメイトと紹介したのならメルティー様のご友人ではありませんし、メルティー様がわたくしを呼ぶか聞いたのですよね!?原因に事件は関係ありませんわっ。わたくし、今からアシェル様の元に行ってまいります。」

声を荒げて席を立とうとするイザベルの腕を、咄嗟に掴む。

「なんですかっ、離してくださいませっ。授業なんてどうでもいいです!!」

「待て。俺だって引き留めなかったわけじゃない。でも明らかに怒りを含んだ声で拒絶されたんだ。イザベルに伝言を頼むように言われて、俺にも来るなと。それなのに無理矢理押しかけたら……。」

アークエイドの言葉を聞いて、力の抜けたイザベルの表情が泣きそうに歪む。

「でも、どうしたら……。きっとアシェル様は、今夜お眠りになりません……。せめて、エッグノッグだけでもお作りしてあげたいのに……。」

「つまり、アシェはユリアナ嬢から嫌な眼を向けられていたってことだな?」

アシェルが眠れなくてエッグノッグが必要なのは、義母であるメアリーから嫌な眼を向けられた日だと言っていた。

アークエイドの言葉に、頷きで返事が返ってくる。
涙を止めるのに必死で、あまり喋りたくないらしい。

「アシェがアークを怒って拒絶するなんてー。多分、俺らが行っても追い返されるよねー。」

「インターホンもだけれど、わたくしがドアを叩いても出てきてくれないでしょうね。怒ったってことは、嫌な眼で前世の記憶がフラッシュバックしたとか、パニックを起こしたわけじゃないのよね?」

マリクがへにょりと耳と尻尾をうな垂れさえ、リリアーデも沈んだ表情を見せる。

「あぁ。そういう訳じゃなさそうだった。ただ、無理やり付いていったりすれば、間違いなく殺気を飛ばされてたとは思う。」

あの冷え切った声はまだ警告だった。
手を放してこれ以上構うなという、明確な拒絶を含んだ警告だ。

「あーもう……なんでアシェの地雷踏むんだよ、そのノートン嬢。」

「トワ……そうは言っても、多分ノートン嬢は全く、アシェの機嫌の悪さなんて気づいてなかったんじゃないかな……。アシェは特に嫌な人には、絶対にそんなこと感じさせないように振舞うから。」

「だろうな。僕らだって、アシェの目の前からそいつらが居なくなって、はじめて気付くこともあるんだ。相手に気付かれているとしたら、よっぽどだぞ。」

「デュークの言う通りだぜ。でも、どうするかなぁ……。アシェが落ち着くまで、待つしかないよな……。」

「それって、僕が行っても怒られちゃいますかね?」

浮かない表情を浮かべるアークエイド達とは反対に、明るい声が聞こえた。

「シオンか……。どういう意味だ?」

「アシェル様が居ないし、ただごとじゃなさそうなので、お話聞いちゃいました。アークエイド様が拒絶されて、イザベル様もお部屋に行っちゃダメで、その話を絶対聞いているであろう他の皆様もアシェル様には会えないだろう。そういう話ですよね?」

人懐っこい笑みを浮かべているシオンに頷く。

「でしたら、とっても仲が良いわけでも、全く知らないわけでもない僕なんてどうですか?まぁ、自分で言ってて少し悲しいですけど、知人友人レベルには思っていただけてると思うので。僕だったら、アシェル様も顔くらいは見せてくれるかもしれませんし。行くんだったら、この授業の後は空いてるので行ってきます。あくまでも余所行きのアシェル様の様子で良いのなら、生徒会室でお伝えしますよ?」

確かにシオンであれば、それなりに仲は良いが、アークエイド達ほど仲が良いというほどでもない。

「シオン様、お願いできますか?放課後に生徒会室までお伺いします。」

「アークエイド様も良いですか?」

イザベルに頭を下げられたシオンは、一応アークエイドにも同意を求めてきた。

他にアシェルの様子を知る術はないので、アークエイドも渋々ではあるが頷く。
できればシオンとアシェルを二人っきりにさせたくないのだが、そんなことを言っているような状態ではないのも確かだ。

「分かりました。皆様も気になるようでしたら、放課後に生徒会室に来てくださいね。教室の広さだけは十分ですしね。あとイザベル様。アシェル様に、エッグノッグを作ってあげればいいんですよね?」

「作れますか?作れるのでしたら是非。キッチンの冷蔵庫の隣にある下の戸棚に、いくつかリキュールを用意しています。他の材料は揃っているはずですし、必ずリキュールを入れて召し上がられるので、一緒に並べてあげてください。恐らくご自分で好きなものを、好きなだけ入れられますので。」

「分かりました。あ、そろそろ授業が始まりますね。ではまた放課後に。」

ぺこりと頭を下げたシオンは、自分の席へと戻っていく。

時計台の鐘の音と共に始まった授業の中、ぼそりとイザベルに話しかける。

「……アシェは、シオンを部屋に入れると思うか?」

「それはわたくしには分からないことですわ。ですが……アシェル様は絶対に、わたくし達にだけはお会いしてくれません。それだけは確実です。」

「だよな。」

隣にいつものようにアシェルが居ない。

それと先程の拒絶が、アークエイド達を不安にさせる。

早く放課後になれと祈りながら、アークエイドは午後の二科目の授業を受けた。
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