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第三章 王立学院中等部二年生
129 寝惚けたアシェルは素直③
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Side:アシェル13歳 春
目覚まし時計が鳴ってから今まで、寝惚けてはいたもののしっかりと記憶には残っている。
ようやく、何度と知れず絶頂を迎えて抜けていた力が戻ってきた。
過ぎる快楽はある意味恐怖だ。
そして一種の中毒性があるようにも感じる。
自分が自分でなくなってしまうような、ふわふわと意識が飛んでしまいそうな快楽が絶えず襲ってきたのだ。
この脱力感にも頷ける。
ただ、アークエイドに常に主導権を握られていたのだけは悔しい。
今こうして身体を預けざるを得ない状況もだ。
「ありがと、もう大丈夫。」
アシェルがそう告げると、シャツ越しに背中と銀髪を撫でていた手が離れた。
「そうか、残念だが。」
言いながら、アークエイドからチュッと額にキスされる。
こういうキスをしょっちゅうしてくるようになった。
これがアークエイドの愛情表現なのだろうか。
ゆっくりと身体を起こすと、身体の中からアークエイドの吐き出した白濁が流れ落ちるのを感じる。
とりあえず『クリーン』を掛けて立ち上がった。
立ち上がったアシェルは、背後からアークエイドに抱きしめられる。
「もういっぱいイチャイチャしたでしょ。」
「シャワーを浴びるんだろ。一緒に——。」
「入らないからね。」
「残念だな。」
相変わらず熱の籠った瞳のままアークエイドが笑う。
これは拒否されるのが分かっていて聞いてきたのだろう。
「タオルとかはいつもの場所にあるから、アークは応接間寄りの方を使ってね。」
するりとアークエイドの腕の中から抜け出して、『クリーン』をかけて脚に伝うものを綺麗にしながら浴室へと向かった。
シャワーを浴びしっかり中も外も洗ってから、一人の時のお手軽魔法『乾燥』を全身にかける。
イザベルがいたらお手入れ云々で怒られるが、一人の時はわざわざタオルで身体を拭いてドライヤーで髪を乾かすのも煩わしい。
銀髪はお尻まで長く伸びているので、乾かすのにも時間がかかるのだ。
首元で簡単に髪を纏め、革製の胸潰しと外出用の私服に腕を通す。
今日着る服は冒険者活動の時よりも上質なものだ。
ベストホルスターにも少しだけ刺繍が入っている。
実験室から必要な書類だけを持ち応接間に行くと、アークエイドは既にソファに座っていた。
アシェルが外出するのを察していたのか、アークエイドも華美過ぎない外出用の私服だ。
その隣に腰を降ろすと、アークエイドが紅茶を淹れてくれて、サンドイッチを差し出される。
具は卵やベーコンで、朝食を意識しているのだろう。
アークエイドは自分で珈琲を準備していた。
この一幕だけを見たら、とても王子様だとは思えないだろう。
「ありがとう。朝ご飯まで用意してくれてたんだね。」
「アシェがどれくらい籠るか分からなかったからな。それが仕様書か?」
「うん。最終チェックだけして、馴染みの鍛冶屋に持って行こうと思って。術式はもう少し見直して改良しないとだけど、術式を刻む形状はほぼ確定だね。こっちを使うつもりだけど、念のためもう一つの形状も作ってもらう予定。完成は鍛冶屋のスケジュール次第かな。」
中身の最終チェックを終えた資料を、アークエイドに手渡す。
ぺらぺらと中身を確認された資料が手元に戻ってきたので、『ストレージ』に仕舞いこんだ。
「思ったよりも小さいんだな。」
「許可証のサイズがそこまで大きくないからね。許可証をセットして魔力で印字するから、大きい機械は要らないよ。」
魔力だけで記せば、見えないインク代わりになる。
それを蜜柑の汁で描かれた絵の炙り出しのように、一時的に見えるようにするブラックライトの様な魔道具を作る予定だ。
「だが、術式を刻むにはサイズが必要だろ。」
「そんなのスペースの無駄じゃん。大きくても、商業ギルドの受付カウンターサイズまでだよ。今まで無かったものを導入するなら、置き場所も考えないとだしね。後日商業ギルドから出店位置の区分の資料ももらうから、術式を組んでも少し修正するかもだけど。しっかり決め直すから、少し時間がかかるみたい。」
アシェルが考えるのは簡単な出店位置を示す地図と、黒塗りの該当位置で、視覚的に不正出店ではないかを確認できるようにするつもりだ。
そして必ず通路なり広場なりの空きスペースがあるので、そこに日付と時間を印字できるようにする。
そのためには透明な魔力を印字するための術式と、映したい画像を選択して読み取る術式に、電源のための魔力タンクの術式が最低でも必要だ。
一つ目の案ではタッチパネルのように画面を操作しての入力を想定していて、二つ目の案では、ハンコのパーツのようなものを組み替えて入力する方法を想定している。
これについては、試作品が完成した時に商業ギルドに確認するしかない。
「許可証を確認する方は、描いた魔力が見えるようになれば良いだけだから、懐中電灯みたいなのを作る予定。最後の資料がそれだね。」
「懐中電灯?」
「えっと、持ち運びできる筒状の灯かな。こっちじゃ生活魔法のライトで事足りるから、懐中電灯なんて要らないもんね。ライトが必要なのが分かってたら、ランプ持っていくし。まぁ、光を当てる機械かな。騎士団は帯剣しているから、反対側の腰にぶら下げられるくらいが良いかなって思ってる。だから、術式を刻めるぎりぎりから一回りだけ大きいサイズにしてるよ。急にいつもと違う重心になると、動きにくくなっちゃうでしょ。僕が作って納品なら最小サイズにするけど、一応商業ギルドが作ることを考慮してる。こっちの形状と術式はもう決まってるよ。シンプルだしね。」
「そういえばアシェの元居た世界には、魔法が無いんだったな。」
「そうそう。その代わり科学っていうのが発展してて、雷のような電気エネルギーを作って、それを利用してたんだ。魔力タンクみたいな電池っていうのがあって、懐中電灯は家の灯がつかない時とか、外に持ち運ぶための非常用ランプって感じ。家とかに流れる電気エネルギーには使った分だけお金がかかってたから、施設では如何に節電するかって工夫してたなぁ。」
割とお金にはシビアな児童養護施設だったので、消灯時間もかなり早かったし、陽が出ている時間に電気を付けるのは禁止だった。
その代わり採光のために大きな窓が付いていたし、光熱水費で浮いた予算は食事に割り当ててくれていた。
施設を出てから知ったことだが、施設長の奥さんの計らいだったようだ。
「節電とか、節水とかには厳しかったけど、独り立ちした時に節約できるのって大事だし、浮いた予算は食事にまわしてくれてたんだ。従来の予算じゃ育ち盛りは足りないからってね。施設長の奥さんは良い人だったなぁ。いつも優しかったし、サーニャみたいな感じだった。でも、施設長は……いたっ。」
思い出そうとしてズキンと頭が痛くなった。
思わず頭を抑えたアシェルを、アークエイドが抱きしめてくれる。
「大丈夫か?頭痛だろ、無理に思い出すな。」
「うん、ごめんね。なんだろ。奥さんは顔は分からなくても、雰囲気とか覚えてるのに。施設長の方が関わりがあった気がするんだけど……。あれ?そういえばなんで施設長??ちっさい時はあんまり見たことないよね……でも……っ、ダメだな。小学校くらいまでが限界みたいだ。それ以上は頭痛いや。」
「良いから無理するな。別に覚えてなくても問題ないだろ。」
アークエイドは心配して言ってくれるが、どうもアシェルの記憶に多くの蓋が見られるのは、中学生以降の記憶なのだ。
それも一部だけに蓋がある。
それがどうにも気持ち悪い。
幼稚園から小学校低学年の記憶にも蓋はあるのだが、そこは小さい時の記憶過ぎて忘れている可能性の方が高いので、あまり気にしないようにしている。
今のアシェルだって、記憶があるのは2歳の途中からだ。
アレリオンとアルフォードが時間を見つけてはアシェルに会いに来てくれていたという、嬉しくて温かい記憶だ。
「そうなんだけどさ。自分の記憶に穴があるって気持ち悪くない?これでも物覚えは悪くないって自負してるんだけどなぁ。昔の僕もそうだったってことは覚えてるんだよね。勉強以外に初めてできた趣味らしい趣味が、親友の持ってきた小説や漫画で、そこから性技を磨きだしたのは面白かったけどね。」
ふふっと笑いを漏らすと、アークエイドが「なんでそうなる。」と呟いた。
「前にティエリア先輩かカナリア嬢の部屋で読める、ファンクラブ【シーズンズ】が発行してる書籍があるって話したの覚えてる?」
アークエイドが頷いたのを確認して続きを話す。
「親友がそういう発行物みたいな小説や漫画も持ってきてね。剣や魔法の空想世界から、同性婚に至る前の状態の二人や男女で絡みのある、成人指定で本来なら読めない類のものまでね。あ、漫画ってのは、小説での表現を絵にしたものだよ。女の子の親友の方が、その漫画を描いてたんだ。主に成人指定のやつ。経験がないと良いモノが描けないからって、私と女の子の親友と、男の子の親友とで色々試したってわけ。男女の絡みから、女同士、男同士を想定した絡みまで、それこそ色々。その女の子が喜ぶのが嬉しくて、ついつい頑張っちゃった。」
「それはいい思い出……で良いのか?」
「良いんじゃない?少なくともその時の私は楽しかったから。私にとって、その二人は今のアーク達みたいな大切な幼馴染で、一緒に生活する家族だったんだよね。幼馴染や家族が喜んでくれるのは嬉しいでしょ。って言っても、顔も思い出せないから笑顔を見れたって記憶だけで、肝心の笑顔が思い出せないんだよね、残念。」
思い出せないという単語に、少し緩んでいたアークエイドの腕にまた力が入る。
「あぁ、大丈夫だよ。頭痛は起きてないから。親友二人のことは思い出そうとしても思い出せないだけで、頭痛がしたことはないんだよね。本当になんなんだろ。一回痛み止めを飲んでみたけど全く効果なかったし、やっぱり心因性かな……。はぁ、これが僕自身のことじゃなければ、喜んで実験と研究するのにな……。薬も効かないし頭痛すぎて、途中で投げ出しちゃったんだよね。」
「一人でどうにかしようとしたのか?せめてアベル医務官長か長兄に相談しろって言っただろ。それにどうせ、薬も強いのを飲んで効いてないんだろ?一人の時に無理をしないでくれ。」
そうは言われても相談しにくいのだ。
特に二人は王宮勤めで忙しい上に、上手く説明できる自信もない。
「そうは言っても、相談しにくいよ。“授け子”じゃないのに記憶持ちって……。自分の子供や兄妹が、自分の知らない知識を持ってるって気味が悪いって思われそうじゃない?アーク達はリリィを間近で見てるから、記憶持ちが珍しいとしても話に違和感はないだろうけどさ。だからこそ言っても良いかなって思ったんだけど。」
「そんなこと気にしなくて大丈夫だと思うぞ。一人でどうにかしようとするくらいなら、せめて長兄に相談しろ。というか、この冬休みの間に相談するぞ、魔道具の件が終わったら。長兄の予定を空けさせておくから、相談するつもりでいてくれ。」
「その口ぶりだと、アークも立ち会うつもり?施設育ちの人生なんて、聞いてて楽しいことは無いと思うけどな。」
全てがそうだとは言わないが、大抵孤児と言うのは周りとは差別されるものだ。
アシェルは感性もズレていたし、親友達と同じ施設の出身者がいたから寂しいなどと思ったことは無いのだけが救いだが。
「言っただろ、アシェが違うところを見てたら、俺が連れ戻してやるって。俺が思うに、その頭痛がしてる間は、思い出そうとしすぎてアシェの意識が違うところを見ている気がする。」
「うーん、そこまで言ってくれるなら。アークからの特別な好きを考えるためにも、なんで子供を産んで育てるってことに忌避感があるのかも分からないと、対応のしようもないしね。まぁ、思い出せるかもわからないし、原因があるかも分からないけど。少なくとも思い出せた範囲ではよく分からなかった。」
「もしかして、一人で思い出そうとしたのは俺のせいか?」
「ううん。言ったでしょ。自分の記憶に穴があるのは気持ち悪いって。その穴を埋めたいだけ。さ、そろそろ鍛冶屋に依頼出しに行かないと。アークも付いてくるんでしょ?」
当然のように外出着を着ているので、付いてくると確信を持っていながらも、空気を変えるために聞いてみる。
「あぁ、付いていく。」
アシェルはアークエイドと連れ添って、工業エリアにある馴染みの鍛冶屋に依頼を出して、また寮へ戻った。
急ピッチで仕上げてくれた鍛冶屋と、早くに議会で出店エリアの配置図を決めてくれた商業ギルドのお陰で、想定よりもかなり早い一週間で全てが片付いた。
採用されたのは、操作パネルで配置図や日時などを編集できる魔道具だった。
アシェルはその後のことは知らないが、これでかなりの数の屋台が摘発され、十分に国庫から予算を出したかいのある取り組みとなったのだった。
目覚まし時計が鳴ってから今まで、寝惚けてはいたもののしっかりと記憶には残っている。
ようやく、何度と知れず絶頂を迎えて抜けていた力が戻ってきた。
過ぎる快楽はある意味恐怖だ。
そして一種の中毒性があるようにも感じる。
自分が自分でなくなってしまうような、ふわふわと意識が飛んでしまいそうな快楽が絶えず襲ってきたのだ。
この脱力感にも頷ける。
ただ、アークエイドに常に主導権を握られていたのだけは悔しい。
今こうして身体を預けざるを得ない状況もだ。
「ありがと、もう大丈夫。」
アシェルがそう告げると、シャツ越しに背中と銀髪を撫でていた手が離れた。
「そうか、残念だが。」
言いながら、アークエイドからチュッと額にキスされる。
こういうキスをしょっちゅうしてくるようになった。
これがアークエイドの愛情表現なのだろうか。
ゆっくりと身体を起こすと、身体の中からアークエイドの吐き出した白濁が流れ落ちるのを感じる。
とりあえず『クリーン』を掛けて立ち上がった。
立ち上がったアシェルは、背後からアークエイドに抱きしめられる。
「もういっぱいイチャイチャしたでしょ。」
「シャワーを浴びるんだろ。一緒に——。」
「入らないからね。」
「残念だな。」
相変わらず熱の籠った瞳のままアークエイドが笑う。
これは拒否されるのが分かっていて聞いてきたのだろう。
「タオルとかはいつもの場所にあるから、アークは応接間寄りの方を使ってね。」
するりとアークエイドの腕の中から抜け出して、『クリーン』をかけて脚に伝うものを綺麗にしながら浴室へと向かった。
シャワーを浴びしっかり中も外も洗ってから、一人の時のお手軽魔法『乾燥』を全身にかける。
イザベルがいたらお手入れ云々で怒られるが、一人の時はわざわざタオルで身体を拭いてドライヤーで髪を乾かすのも煩わしい。
銀髪はお尻まで長く伸びているので、乾かすのにも時間がかかるのだ。
首元で簡単に髪を纏め、革製の胸潰しと外出用の私服に腕を通す。
今日着る服は冒険者活動の時よりも上質なものだ。
ベストホルスターにも少しだけ刺繍が入っている。
実験室から必要な書類だけを持ち応接間に行くと、アークエイドは既にソファに座っていた。
アシェルが外出するのを察していたのか、アークエイドも華美過ぎない外出用の私服だ。
その隣に腰を降ろすと、アークエイドが紅茶を淹れてくれて、サンドイッチを差し出される。
具は卵やベーコンで、朝食を意識しているのだろう。
アークエイドは自分で珈琲を準備していた。
この一幕だけを見たら、とても王子様だとは思えないだろう。
「ありがとう。朝ご飯まで用意してくれてたんだね。」
「アシェがどれくらい籠るか分からなかったからな。それが仕様書か?」
「うん。最終チェックだけして、馴染みの鍛冶屋に持って行こうと思って。術式はもう少し見直して改良しないとだけど、術式を刻む形状はほぼ確定だね。こっちを使うつもりだけど、念のためもう一つの形状も作ってもらう予定。完成は鍛冶屋のスケジュール次第かな。」
中身の最終チェックを終えた資料を、アークエイドに手渡す。
ぺらぺらと中身を確認された資料が手元に戻ってきたので、『ストレージ』に仕舞いこんだ。
「思ったよりも小さいんだな。」
「許可証のサイズがそこまで大きくないからね。許可証をセットして魔力で印字するから、大きい機械は要らないよ。」
魔力だけで記せば、見えないインク代わりになる。
それを蜜柑の汁で描かれた絵の炙り出しのように、一時的に見えるようにするブラックライトの様な魔道具を作る予定だ。
「だが、術式を刻むにはサイズが必要だろ。」
「そんなのスペースの無駄じゃん。大きくても、商業ギルドの受付カウンターサイズまでだよ。今まで無かったものを導入するなら、置き場所も考えないとだしね。後日商業ギルドから出店位置の区分の資料ももらうから、術式を組んでも少し修正するかもだけど。しっかり決め直すから、少し時間がかかるみたい。」
アシェルが考えるのは簡単な出店位置を示す地図と、黒塗りの該当位置で、視覚的に不正出店ではないかを確認できるようにするつもりだ。
そして必ず通路なり広場なりの空きスペースがあるので、そこに日付と時間を印字できるようにする。
そのためには透明な魔力を印字するための術式と、映したい画像を選択して読み取る術式に、電源のための魔力タンクの術式が最低でも必要だ。
一つ目の案ではタッチパネルのように画面を操作しての入力を想定していて、二つ目の案では、ハンコのパーツのようなものを組み替えて入力する方法を想定している。
これについては、試作品が完成した時に商業ギルドに確認するしかない。
「許可証を確認する方は、描いた魔力が見えるようになれば良いだけだから、懐中電灯みたいなのを作る予定。最後の資料がそれだね。」
「懐中電灯?」
「えっと、持ち運びできる筒状の灯かな。こっちじゃ生活魔法のライトで事足りるから、懐中電灯なんて要らないもんね。ライトが必要なのが分かってたら、ランプ持っていくし。まぁ、光を当てる機械かな。騎士団は帯剣しているから、反対側の腰にぶら下げられるくらいが良いかなって思ってる。だから、術式を刻めるぎりぎりから一回りだけ大きいサイズにしてるよ。急にいつもと違う重心になると、動きにくくなっちゃうでしょ。僕が作って納品なら最小サイズにするけど、一応商業ギルドが作ることを考慮してる。こっちの形状と術式はもう決まってるよ。シンプルだしね。」
「そういえばアシェの元居た世界には、魔法が無いんだったな。」
「そうそう。その代わり科学っていうのが発展してて、雷のような電気エネルギーを作って、それを利用してたんだ。魔力タンクみたいな電池っていうのがあって、懐中電灯は家の灯がつかない時とか、外に持ち運ぶための非常用ランプって感じ。家とかに流れる電気エネルギーには使った分だけお金がかかってたから、施設では如何に節電するかって工夫してたなぁ。」
割とお金にはシビアな児童養護施設だったので、消灯時間もかなり早かったし、陽が出ている時間に電気を付けるのは禁止だった。
その代わり採光のために大きな窓が付いていたし、光熱水費で浮いた予算は食事に割り当ててくれていた。
施設を出てから知ったことだが、施設長の奥さんの計らいだったようだ。
「節電とか、節水とかには厳しかったけど、独り立ちした時に節約できるのって大事だし、浮いた予算は食事にまわしてくれてたんだ。従来の予算じゃ育ち盛りは足りないからってね。施設長の奥さんは良い人だったなぁ。いつも優しかったし、サーニャみたいな感じだった。でも、施設長は……いたっ。」
思い出そうとしてズキンと頭が痛くなった。
思わず頭を抑えたアシェルを、アークエイドが抱きしめてくれる。
「大丈夫か?頭痛だろ、無理に思い出すな。」
「うん、ごめんね。なんだろ。奥さんは顔は分からなくても、雰囲気とか覚えてるのに。施設長の方が関わりがあった気がするんだけど……。あれ?そういえばなんで施設長??ちっさい時はあんまり見たことないよね……でも……っ、ダメだな。小学校くらいまでが限界みたいだ。それ以上は頭痛いや。」
「良いから無理するな。別に覚えてなくても問題ないだろ。」
アークエイドは心配して言ってくれるが、どうもアシェルの記憶に多くの蓋が見られるのは、中学生以降の記憶なのだ。
それも一部だけに蓋がある。
それがどうにも気持ち悪い。
幼稚園から小学校低学年の記憶にも蓋はあるのだが、そこは小さい時の記憶過ぎて忘れている可能性の方が高いので、あまり気にしないようにしている。
今のアシェルだって、記憶があるのは2歳の途中からだ。
アレリオンとアルフォードが時間を見つけてはアシェルに会いに来てくれていたという、嬉しくて温かい記憶だ。
「そうなんだけどさ。自分の記憶に穴があるって気持ち悪くない?これでも物覚えは悪くないって自負してるんだけどなぁ。昔の僕もそうだったってことは覚えてるんだよね。勉強以外に初めてできた趣味らしい趣味が、親友の持ってきた小説や漫画で、そこから性技を磨きだしたのは面白かったけどね。」
ふふっと笑いを漏らすと、アークエイドが「なんでそうなる。」と呟いた。
「前にティエリア先輩かカナリア嬢の部屋で読める、ファンクラブ【シーズンズ】が発行してる書籍があるって話したの覚えてる?」
アークエイドが頷いたのを確認して続きを話す。
「親友がそういう発行物みたいな小説や漫画も持ってきてね。剣や魔法の空想世界から、同性婚に至る前の状態の二人や男女で絡みのある、成人指定で本来なら読めない類のものまでね。あ、漫画ってのは、小説での表現を絵にしたものだよ。女の子の親友の方が、その漫画を描いてたんだ。主に成人指定のやつ。経験がないと良いモノが描けないからって、私と女の子の親友と、男の子の親友とで色々試したってわけ。男女の絡みから、女同士、男同士を想定した絡みまで、それこそ色々。その女の子が喜ぶのが嬉しくて、ついつい頑張っちゃった。」
「それはいい思い出……で良いのか?」
「良いんじゃない?少なくともその時の私は楽しかったから。私にとって、その二人は今のアーク達みたいな大切な幼馴染で、一緒に生活する家族だったんだよね。幼馴染や家族が喜んでくれるのは嬉しいでしょ。って言っても、顔も思い出せないから笑顔を見れたって記憶だけで、肝心の笑顔が思い出せないんだよね、残念。」
思い出せないという単語に、少し緩んでいたアークエイドの腕にまた力が入る。
「あぁ、大丈夫だよ。頭痛は起きてないから。親友二人のことは思い出そうとしても思い出せないだけで、頭痛がしたことはないんだよね。本当になんなんだろ。一回痛み止めを飲んでみたけど全く効果なかったし、やっぱり心因性かな……。はぁ、これが僕自身のことじゃなければ、喜んで実験と研究するのにな……。薬も効かないし頭痛すぎて、途中で投げ出しちゃったんだよね。」
「一人でどうにかしようとしたのか?せめてアベル医務官長か長兄に相談しろって言っただろ。それにどうせ、薬も強いのを飲んで効いてないんだろ?一人の時に無理をしないでくれ。」
そうは言われても相談しにくいのだ。
特に二人は王宮勤めで忙しい上に、上手く説明できる自信もない。
「そうは言っても、相談しにくいよ。“授け子”じゃないのに記憶持ちって……。自分の子供や兄妹が、自分の知らない知識を持ってるって気味が悪いって思われそうじゃない?アーク達はリリィを間近で見てるから、記憶持ちが珍しいとしても話に違和感はないだろうけどさ。だからこそ言っても良いかなって思ったんだけど。」
「そんなこと気にしなくて大丈夫だと思うぞ。一人でどうにかしようとするくらいなら、せめて長兄に相談しろ。というか、この冬休みの間に相談するぞ、魔道具の件が終わったら。長兄の予定を空けさせておくから、相談するつもりでいてくれ。」
「その口ぶりだと、アークも立ち会うつもり?施設育ちの人生なんて、聞いてて楽しいことは無いと思うけどな。」
全てがそうだとは言わないが、大抵孤児と言うのは周りとは差別されるものだ。
アシェルは感性もズレていたし、親友達と同じ施設の出身者がいたから寂しいなどと思ったことは無いのだけが救いだが。
「言っただろ、アシェが違うところを見てたら、俺が連れ戻してやるって。俺が思うに、その頭痛がしてる間は、思い出そうとしすぎてアシェの意識が違うところを見ている気がする。」
「うーん、そこまで言ってくれるなら。アークからの特別な好きを考えるためにも、なんで子供を産んで育てるってことに忌避感があるのかも分からないと、対応のしようもないしね。まぁ、思い出せるかもわからないし、原因があるかも分からないけど。少なくとも思い出せた範囲ではよく分からなかった。」
「もしかして、一人で思い出そうとしたのは俺のせいか?」
「ううん。言ったでしょ。自分の記憶に穴があるのは気持ち悪いって。その穴を埋めたいだけ。さ、そろそろ鍛冶屋に依頼出しに行かないと。アークも付いてくるんでしょ?」
当然のように外出着を着ているので、付いてくると確信を持っていながらも、空気を変えるために聞いてみる。
「あぁ、付いていく。」
アシェルはアークエイドと連れ添って、工業エリアにある馴染みの鍛冶屋に依頼を出して、また寮へ戻った。
急ピッチで仕上げてくれた鍛冶屋と、早くに議会で出店エリアの配置図を決めてくれた商業ギルドのお陰で、想定よりもかなり早い一週間で全てが片付いた。
採用されたのは、操作パネルで配置図や日時などを編集できる魔道具だった。
アシェルはその後のことは知らないが、これでかなりの数の屋台が摘発され、十分に国庫から予算を出したかいのある取り組みとなったのだった。
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