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第三章 王立学院中等部二年生

125 初めての商業ギルド①

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Side:アシェル13歳 春



王城の東門から出て、冒険者エリアにある商業ギルドへと向かう。

「なぁ、俺の聞き間違いじゃなかったら、アークがアシェの部屋に勝手に入るって言ってた気がするんだが……。いくらオートロックエリアとはいえ、人の少ない寮で鍵の開けっ放しは危なくないか?誰も知らないから大丈夫だとは思うが、一応……。何もしないし、アシェが良いなら、応接室でアークが来るまで待機してるぜ?」

一応の先は、女だからというのを濁してくれたのだろう。
エラートらしい心配に、アシェルは歩きながら微笑みを返す。

「ありがとう、エト。でも、アークは僕の部屋の鍵持ってるから、ちゃんと施錠はしておくし大丈夫だよ。気持ちだけ貰っとくね。」

「合鍵持ってるのか?……アシェはアークを振ったとか言ってたよな。付き合いだしたのか?」

「ううん。ベルにお休みを出す交換条件に、アークに合鍵渡すことが入ってたんだよね。というか、気付いたら渡されてた。僕が薬の味見するのに、今は実験室が寮にあるからさ。ベルがいないと誰もいないから、危ないって言われて。味見する時は、アークに言ってからしか実験室に籠っちゃダメだって言われちゃった。アークもしょっちゅう来るし、毎回見送って施錠しなくて良くなるし。まぁいっかって。」

「待て待て、アシェもイザベルもそれで良いのか??曲がりなりにも、アークはアシェに告白してるんだよな?しかも、普段からアシェは夜一人だろ。鍵を開けれるってことは、その……。」

エラートは心配しながらも、小麦色の肌を赤く染めて言い淀む。

「ふふ、夜這いを恥ずかしくて口に出来ないなんて、エトは初心だね。ねぇ、マリク。」

「だねー。やっぱり、人族と獣人族の感覚は違うんだなーって思うねー。」

アシェルとマリクが笑いながら揶揄う。

「俺らは違いますみたいに言うけど、アシェも人族だからなっ。つっても、薬を作るためとはいえ、マリクの相手してたんだったな……。アークが勝手に部屋に入れるのを気にしないのは、アシェの感覚も、どっちかっていうと獣人寄りな考えなのか?一応、捉え方が違うって事だけは知ってるんだが。」

「んーどっちかって言われたら、獣人寄りかもね。少なくとも貞淑な貴族子女の考え方はしてないかな。なに、エトもそういうことに興味あるの?僕が丁寧に教えてあげようか?」

「冗談でもマジで止めてくれ。アークに殺されたくねぇ。」

「ふふ、さすがに冗談だって分かったか。残念。」

エラートを揶揄ってクスクス笑っていると、商業ギルド前に到着する。

中に入れば、真っ白な壁と天井に大理石の床の、綺麗で品のある空間が出迎えてくれた。

受付の一つにマリクが進み出る。

「こんにちはー。アポなしなんだけど、ニクス・テイルに取り次いでいただけますかー?マリク・テイルとアシェル・メイディーが来たって言ったら分かると思うー。」

「商談室にご案内いたします。そちらで少々お待ちくださいませ。」

受付嬢に連れられて、個室になっている商談室に通される。

ソファに座ると同時に紅茶が出てきた。

「ねぇ、この部屋。かなり調度品とか豪華なんだけど……商談室ってこんなものなの?」

綺麗で派手すぎないが、どう見ても高級品が部屋を彩っている。
エラートも気付いているようで、落ち着かなさそうだ。

こそっとマリクに聞くと答えが返ってくる。

「ここはVIP用の部屋だねー。多分、アシェが来たら通すようになってたんだと思うよー。」

「いやいや。マリクが居るからでしょ?」

「きょーの俺は、オマケだからねー。」

コンコンと扉が叩かれマリクが返事をすると、ここまで案内してくれた受付嬢と、三人の男性が入ってきた。

「お初お目にかかります。私、商品開発部部長のネルトと申します。ニクスギルド長はもう少しで参りますので、今しばらくお待ちください。」

立ったまま深々と頭を下げられ、慌てて立とうとすると座ったままでいる様にと言われてしまう。

「私の隣から、マーリンとアスラになります。私は主に製品の有用性や、販売経路などの試算を担当しておりますが、この二人は持ち込んでいただいた魔術式の確認を主に担当しております。前の席に失礼させていただきますね。」

そう言って、三人共が目の前のソファーに腰掛ける。

だが、真ん中に座っているアシェルの目の前は空席のままだ。
恐らくニクスがここに座るのだろう。

腰掛けた三人の前に紅茶が運ばれてきたタイミングで、コンコンとまたドアが叩かれる。

今度は受付嬢が扉を開けて、ニクスを招き入れた。

「やぁ、アシェル殿。来ていただけて嬉しいよ。顔見知りだが、一応ギルド長としての挨拶もしておこうかね。お久しぶりです、アシェル様。商業ギルドのギルド長を務めさせていただいております、ニクスです。今後もご贔屓にしてくださいませ。」

綺麗な所作で深々と頭を下げられる。
ここでもやっぱり、立つのは制止された。

ニクスがアシェルの前に座り、商談が始まる。

といっても、今回の話は既に軽くしてある。

「早速だけれど、現物を見せて貰えるかい?」

「はい。何処に出したら良いですか?」

「出したらマリクに渡しておくれ。」

『ストレージ』から取り出した魔道コンロを一台、マリクに手渡すとひょいっと抱えて、そこに椅子があればお誕生日席だろうという位置に置かれる。

「さて、現物を見ながら説明をしてもらってもいいかい?私は既にマリクから聞いているけれど、三人は初めて見るからね。それと、術式についても簡単に説明してもらえると助かるね。」

「分かりました。失礼します。」

立ち上がり魔道コンロの傍に寄ると、ニクス達四人も立ち上がり魔道コンロを囲む。

「全体の構造としては、一般的なコンロと酷似しています。ですが、構造の違いとして、この底に見える部分は三重構造になっています。」

本来であれば火を熾した炭を入れている部分を指さす。

「メンテナンスが出来るように分解できるので、一旦開けますね。」

上に乗せている網プレートをテーブルに避け、中にある金具を外していく。

「まずはこの一層目ですが、上面は汚れやすいので洗うことを考慮して、裏面に術式が刻んであります。必要魔力量と仕組み的に、ここにクリーンは仕込めませんでした。」

くるりとひっくり返した一層目の裏には、まるで繊細な柄を描いているように刻まれた術式が見える。

「金属に術式を刻むので、少し手間なのですが……。プレートに溝を掘って、そこにだけ魔力を通した釉薬を詰めて、一旦焼きあげています。その上で、このガラスがスライドでハマるようになっていて、術式をカバーしています。ガラスカバーの術式に面している面には、衝撃緩和の術式を刻んでいます。」

プレートの背面を覆うガラスカバーは、錬金の器具にも使われているかなり割れにくい素材のものだ。

「大量生産なら一つずつ刻むより、一枚に術式の穴を開けたものを用意して、もう一枚と張り合わせてから釉薬を流した方が早いと思います。刻むのに時間がかかりますので。プレートの方には、中央の術式ですが。中心部分は熱量が多く、外周へ向かうにつれ保温程度まで温度が下がり、食材を加熱しすぎないようにしています。この部分が加熱の術式で、ここからここまでが範囲の指定の術式、ここが温度が上がりすぎないように調整するための術式で、ここは発火を検知して強制シャットダウンさせる術式と冷却させるための術式を組んでます。この安全装置の術式から伸びているのが、コンロのスイッチと魔力回路を兼ねた部分です。……一層目の説明はこれで大丈夫でしょうか?」

すっすと指さしながら、本当に簡単に説明したアシェルは、反応を伺う。
そもそも人に見せるつもりでは作ってないので、どう説明して良いのかも分からないのだ。

四人がそれぞれにメモを取って、真剣にアシェルの話を聞いてくれている。

「次の説明に移ってくれて構わないよ。全体を見てからの方が、質問もしやすいからね。」

ニクスに促されて二層目を取り外す。

「二層目は三層目の後の機能なので、先に三層目……コンロ本体の底面の説明をしますね。少し見にくいですが覗き込んでください。」

斜めに魔道コンロを傾けて、少し迷路のようになっている壁で区切られた術式を、また指をさしながら説明していく。

「一番底面は吸い込んだ煙や匂いを、清浄な空気に戻す役割の層です。吸気口は後程説明しますが、ここが吸気をするための術式で、こちらが煙や匂いなどの不純物を検知するための術式。その隣のここは、検知した不純物量で吸気量を調整するための術式。それから、吸い込んだ空気を綺麗にするためのクリーンの術式と、そのエリアを指定する術式になっています。それから、ここが二層目と繋がる術式で、ここには排気の術式を組んでいます。中央に来るまでに必ずクリーンのエリアを抜けてから辿り着くので、排気口に不純物が混ざることは無いです。ですが、もしものための術式は二層目に組んでいます。」

三層目の説明を終えたアシェルは、もう一度取り外した二層目を手に取る。

「三層目の排気口から繋がっているのは、二層目のこの中央の穴です。ここにある術式は、三層目の中央の排気エリアの不純物を感知するための術式と、感知した場合にのみクリーンが二層目全体にかかるように指定している術式です。基本的には感知の術式しか動いてないので、魔力の消費を抑えられます。二層目からの排気は特に空気の流れはいじらずに、この出っ張った側面の筒が三層目の側面に空いている穴とつっかえになる部分にはまるので、ここから自然に出て行くようになっています。で、もう一度組み立てますね。」

二層目をのせて、一層目をのせたあと金具をしっかり閉める。

「一層目の外周と一回り小さいプレート部分の間は、大きな網状にしています。この隙間から、三層目に吸気されていきます。そして汚れが落ちないように、この上に網プレートを乗せると、隙間が隠れるようになっています。」

一番上に網プレートを乗せる。
周囲のプレート部分の幅を広めにとっているので、上で焼き肉をしても、余計な汚れが三層目まで落ちることは無い。

「それと、本体と網プレートの間にもわずかに隙間が空くようにしています。これは煙や匂いを逃さないための仕組みです。吸気自体は全部三層目に術式があるので、網プレートは他の形状に交換しても問題ないです。ただ、この縁部分の幅だけは維持してもらわないとですが。」

それから側面のでっぱりの、スイッチ部分を説明する。

「ここが魔道コンロのスイッチと、エネルギータンクになっています。魔道ドライヤー程度の魔力を流してもらえれば、ここに魔力を蓄積して、中の術式に魔力を供給するようになっています。安全装置も兼ねているここのつまみを、まずは上に上げてから魔力を流すと、消えている状態から赤へ、赤いランプから緑のランプに変化します。緑になるまで魔力を流せば十分です。逆に使用中に赤になったら、魔力残量が減ってきているので追加してあげてください。電源を切りたい時は、このつまみを下げて貰えば十分です。魔力タンクに魔力が残っていても、一旦電源が落ちた後は再度満タンにするまで稼働しないので安心してください。この魔力を流す指を置く窪みの下が魔力タンクで、ゴブリンの魔石と術式を組み込んでいます。」

窪みが付いた部分のカバーを外せば、中には小ぶりな魔石と術式が見える。

次いでランプとは逆にある、その隣のカバーをあける。

「こっちは魔石から魔力を供給するためのタンクです。こっちには魔石から魔力を引き出すための術式を刻んでいます。長時間使用する場合は、こっちに魔石を入れてもらったら良いのですが、魔石を入れると、つまみが上がっている状態では魔石の魔力が無くなるまで電源が入った状態になります。消し忘れにだけは注意してください。一応、発火で強制終了させた場合は、このタンクの底面にあるつまみが動いて、タンクからの魔力回路を切断するようになっています。もし魔石を使わないって場合は、最初からこのつまみを切断に入力しておいてもらうと良いと思います。」

持ち上げてスイッチ部分の底面にあるスイッチを見せる。
分かりやすく入切がかかれたところがスライド式のスイッチだ。

「以上が、この魔道コンロの説明になります。……いかがでしょうか?」

「想像以上に素晴らしいね。少しじっくり見せて貰ってもいいかい?あ、アシェル殿は座っててね。」

「はい、ごゆっくりどうぞ。」

アシェルがソファに戻り、喋って乾いた喉を紅茶で潤している傍ら。大人四人で魔道コンロを囲んであーだこーだと言っている。
魔道コンロの術式にはダミーも入っているので、登録するならと綺麗な術式や構造を書き留めた資料も用意しておいた。
それと見比べながら議論しているようだ。

「アシェ、せつめーお疲れ様ー。」

「お疲れ。もう何言ってるのかさっぱりだったわ。」

「二人ともありがとう。術式に関しては勉強しないと分からないしね。ただ、作りたいものに合わせて術式を組み上げていくのは、パズルみたいでとても楽しいよ。ねぇ、今日話してた魔道具の構想を練りたいから、ニクス様達が満足したら教えてもらっていい?多分分からなくなるから。」

『ストレージ』から新しいノートと万年筆を取り出す。

「いいぜ、肩叩いてやるから。」

「せっかくだから、アシェがしゅーちゅーしてる間に、さっきの話もしとくねー。」

「ありがとう、よろしくね。」

アシェルはノートを手に万年筆を滑らせ、新たな魔道具を作るための構想を書き込んでいった。
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