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第二章 王立学院中等部一年生

105 依頼達成報告とお祝い③

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Side:アシェル13歳 冬



「アシェル様。折角お綺麗なんですから、笑ってください。」

実家の化粧台にはむすっとした表情のアシェルが映っている。

「なんでドレスじゃないとダメなの。」

「旦那様からの御命令ですので。それに、皆様に女性であるとお伝えしたのはアシェル様ですよ。諦めてください。」

「旦那様は綺麗に着飾ったアシェル様を見たいんですよ。」

イザベルの言葉にサーニャがフォローを入れる。
アベルからの指示であれば、イザベルやサーニャが逆らえないのは仕方ない。

それにしても、やはりアシェルの吊り目はドレスが似合うとは言い難い。
これで扇を持って、うふふっとすれば、立派な悪役令嬢になれる人相だ。

確実に男装の正装の方が似合う自信がある。

「さぁさ、サーニャに全身を見せてくださいませ。」

サーニャに促されて姿見の前へ移動する。

今日はしっかりと化粧を施され、銀色のまつ毛にも灰色のマスカラが塗られていて、いつもより存在感がある。
リップは桜色の口紅で、淡い色合いで目立ちすぎないようにしてくれている。
この国の化粧品は、髪色に合わせてかなりカラフルだ。

ドレスはデコルテのしっかり開いたオフショルダーのドレスだ。

上から黒、足先へ向かうにつれて濃紺から青へとグラデーションになっている。
重ねられているスカートには青や水色の寒色系で、くるりと回れば青い綺麗な花が咲くスカートだ。
そこかしこに綺麗なビジューが縫い付けられていて、キラキラと星空のように輝いている。

確かに黒が上半身に来ることによって銀髪は映えるが、今日はフルアップだ。あまり関係がない。
肌とのコントラストは確かに綺麗だが。

それにラピスラズリのような、キラキラと輝く青も好きだ。
紫色に並ぶくらい好きではあるが。

「ねぇ、なんでこの配色なのか、説明が欲しいんだけど。」

「アシェルお嬢様、言葉遣いに注意してください。」

「うっ……ねぇ、ベル?わたくしのドレスは、どうしてこの配色なのか聞いても良いかしら?」

「アシェル様にお似合いになりますし、お好きな色でしょう?というのは建前で、明らかに社交界で、アークエイド様の隣に立つことを前提に作られていると思います。」

今日のドレスや装飾品はアベルが用意してくれたものだ。

ネックレスには大ぶりのサファイアが付いている。ピアスもサファイアだ。

髪飾りにはサファイアとアメジストを中心に小さめな色々な宝石が付いていた。
恐らく小さめの宝石は、代表的な家の色と言える宝石だと思う。

そして相変わらずヒールの高いミュールだ。

「やっぱりそうだよね……。真っ黒も、こんなに鮮やかな青も、アークの色だもんね……。しかも、盛装レベルで派手。キラッキラしすぎじゃない?一体総額いくらするんだろ……あまり考えたくないな。」

「お・じょ・う・さ・ま?言葉遣いには注意してくださいと、申し上げておりますよね?」

「ごめんなさい。」

「まぁまぁ。アシェルお嬢様に良くお似合いですよ。さぁ、お客様が来る前に、旦那様や坊ちゃま方に見ていただきましょうね。」

苦笑するサーニャに促され自室から出る。

扉の前にはキッチリ正装しているアレリオンが立っていた。

「アシェ、すごく綺麗だよ。ふふ、普段のカッコイイ姿からは想像もつかない姿だね。」

エスコートしてくれるようで腕を絡める。
流石にヒールが高すぎて、アレリオンの背丈を越してしまっている。

家族の中でアレリオンが一番背が高いのだが。仮にギリギリ並ぶレベルにしようと思ったら、5cmくらいの低いヒールじゃないと無理だ。
しかしイザベル的に低いヒールはアウトなのだろう。
いつも少し高いくらいのヒールの靴を差し出してくるのだから。

「わたくしとしては、ドレスじゃなくてお兄様達のような正装を着たかったですわ。ドレスよりも似合う自信がありますもの。」

「アシェならどちらも似合うだろうね。でも今日は、こうやってアシェのエスコートが出来て嬉しいよ。男の子の格好じゃエスコートできないからね。」

ゆっくりと別館のホールへ歩いていく。
普段は使うことがない場所だが、こういった邸で行うパーティーの為に大きなホールがあるのだ。

「もう……。アン兄様にそう言われたら、ドレスの文句言えなくなっちゃいます……。」

「クスクス。きっと父上もアルも楽しみにしてると思うよ。」

「わたくしはメルのドレス姿の方が楽しみですわ。メルは可愛いから、明るい色がとても似合いますもの。」

「そうだね。メルも飛びっきり可愛くしてもらってると思うよ。」

ホールまで辿り着くと、使用人がサッと扉を開けてくれる。

中に入れば、家族は全員揃っていた。

あとはお迎えに出している馬車がお客様を連れてくれば、すぐにでもパーティーを始められそうだ。

「アシェ、すごく綺麗だよ。私の贈ったドレスは気に入ってくれたかい?」

普段のアシェルとあまり背の変わらないアベルを少し見下ろすという。いつもと違う視界に違和感を感じつつも、アシェルは素直に答える。

「色やデザインは確かに好きですわ。でも、この配色は流石に狙いすぎではないかしらと思ってしまいましたわ。」

「ふふふ、そういうこともあるかもしれないと思ってね。まぁ、アークエイド殿下は、まだ最低限の公務や社交にしか出ておられないけどね。」

「わたくしはデビュタントもまだですのに。」

「どうしようかなと思ってるけど、こうやって依頼も来たことだし、来年にはデビューしても良いんじゃないかと思ってるんだ。グレイニール殿下の付き添いで、アンが女装して近くに控えていることもあるしね。その恰好でアークエイド殿下の隣に立っても、誰もメイディー公爵家のであることを疑わないよ。」

ということは、アシェルはドレスで社交界に出なければいけないということだ。
それもアークエイドのパートナーとして。

「アン兄様、本当に女装して殿下とパーティーに行ってらっしゃったのね。」

アレリオンも女性パートのダンスは出来るが、まさか本当にドレスでパーティーに参加しているとは思っていなかった。
だがパーティー中の毒見や身辺警護のことを考えると、一番合理的な方法である。

「僕だけじゃなくて、昔は父上も陛下のパートナー役をしてたんだよ。だから、ある意味伝統みたいな感じかな。」

国王陛下もそこそこ身長はあるはずだし、アベルはアルフォードと同じぱっちり垂れ目の可愛い顔をしている。
想像は出来ないが、若い時のアベルなら女装も有りなのかもしれない。
少なくとも、アシェルがドレスを着るより似合うはずだ。

「アシェは可愛いが、俺はアビーの婚約者で良かったって思ってしまうな。」

「アル兄様……どう考えても、わたくしよりアル兄様の方がドレスが似合いますからね?踊れなくてもいいから、アル兄様も女装をしてみればいいと思いますわ。」

「そうだね。ドレスは重いし、ヒールは高くて足が痛くなりやすいしで、グレイの近くに居れる以外のメリットは無かったからね。」

「それ聞いて、着たいと思えないからな。」

軽口に皆で少し笑う。

「アシェル……とても綺麗よ。似合っているわ。」

「ありがとうございます、メアリーお義母様。メアリーお義母様も、とてもお綺麗ですわ。」

メアリーは太陽のようなオレンジのドレスを着ている。
親子そろって童顔なので、若く見えるそのドレスの色合いがとてもよく似合っていた。

今日のメアリーの瞳は、やはりドレス姿のアシェルだと見受けられる嫉妬の混じった嫌な瞳だ。
依然として何に嫉妬をしているのか解らないが、負の感情の一つが嫉妬だと判明しただけでも少し心が軽くなった気がする。

「アシェ義姉様、とても綺麗ですわ。お義姉様は大人っぽい色が似合って羨ましいですわ。」

「ありがとう、メル。メルもとっても可愛いわ。ドレスじゃなかったら、真っ先にメルをダンスにお誘いしたいくらいよ。」

メアリーと同じ亜麻色の髪に赤茶色の瞳をしたメルティーは、小柄で童顔な彼女に似合う、ピンクを基調としたフリルのあしらわれたドレスを着ている。

写真や動画に収めたいくらい可愛い。
そういう魔道具もあるのだが、普段使わないので購入するには至っていない。

家族で談笑しているとスッと執事のウィリアムがやってきた。

「旦那様、お客様が到着されたようです。」

「あぁ、通してあげておくれ。」

「かしこまりました。」

アシェル達が入ってきたのとは別の入り口の方で、馬車の音が聞こえ始めた。






続々と招待客が入ってくる。

幼馴染達に王家の三兄弟、テイル公爵家は夫婦揃って参列した。
そしてアビゲイルの予測通り、国王陛下と女王陛下も参列して王家が揃ってしまった。
その二人の護衛として、騎士団の赤服を着たロバート・カドラス侯爵まで来ているので、王都組の親は全員揃ったことになる。

逆に、双子達の親は辺境の領地に居るので呼んでないだけだ、と言われても納得できるかもしれない。

「皆様、本日は忙しい中ご足労頂きありがとうございます。本日はアシェル・メイディーの初依頼完了のお祝いとしてパーティーを開きましたが、ゆっくり楽しんでいただけたらと思います。」

アベルが『拡声』しながら挨拶をし、すぐに自由時間になる。

大人達は大人達で集まってお酒を飲みながら会話するようだが、真っ先にテイル夫妻がアシェルの元へやってくる。

「アシェル殿……いや、この場合アシェル嬢の方が良いのかな?お久しぶりだね。今回はマリクの抑制剤を作ってくれてありがとう。どうしても身体に合ってなかったみたいで、私じゃ手に負えなくなってしまうし、本当に助かったよ。」

「テイル卿、お久しぶりでございます。以前は面白い話を沢山聞かせていただけて、とても楽しませていただきましたわ。殿、の方が嬉しいですわね。抑制剤については、わたくしは依頼をこなしただけです。きっと、お父様やお兄様達でも同じようにお薬を作れたと思いますわ。」

マリクの父親のニクス・テイルは柔和な表情の男性だ。
獣耳はないが、遺伝で猫のようなほっそりと長い尻尾が付いている。
尻尾はゆらゆら揺れていて、マリクやキルルとも違う良さがある。

「わたくしからも改めて礼をさせてちょうだい。アシェルのお陰で本当に助かったわ。お願いした身で聞くのは変かもしれないけど、身体は大丈夫なの?痛かったわよね、ごめんなさい。それに人族で避妊薬を飲んでるのは少数でしょう……その辺りも大丈夫かしら?」

後半は少し声を潜めてキルルにお礼をされる。

「傷は綺麗さっぱり消えてますので大丈夫ですわ。その心配も……まだ月の物が来てないので心配要らないです。」

アシェルも少しだけ声を潜めるが、キルルの三角耳がぴくぴくと動いているので、しっかり声は拾えてるはずだ。

「人族の成長が分からないから何とも言えないけど、それはそれで大丈夫なのかしら?」

「成長が遅い方なのだと思いますわ。……高等部に入るまで無ければ、お父様に相談しようと思ってますの。」

「父親に相談するのははずかしいかもしれないけど、そうした方が良いと思うわ。仮に、としたら、引き取るから無かったことにしないでちょうだいね?」

少し念を押すように言われ、アシェルは頷く。
流石のアシェルも、仮に子供が出来ていたとしたら堕ろすつもりは毛頭ない。
シングルになったとしても、十分に養えるだけの資産はあるのだ。

タイミング的に父親がどっちなのかという問題はあるかもしれないが。

「無いと思いますが、心の片隅に置いておきますわ。」

テイル夫妻は最後にもう一度頭を下げてくれ、アベル達の元へと去っていく。

入れ替わりで幼馴染達がアシェルを囲んだ。

「アシェ、依頼完了おめでとう!しっかり休んだかしら?今日のドレス姿もとっても綺麗だわ。」

「ありがとう、リリィ。リリィもとっても可愛いわ。あぁ、本当になんでわたくしがドレスを着なくてはいけないのかしら……。綺麗な花を咲かせる方じゃなくて、咲かせてあげたいのに。」

リリアーデの彩度が違う様々な緑を使って仕立てられたドレス姿を前に、アシェルは小さく溜め息を吐く。

「でもきょーは、アシェのドレスはきれーな花が咲くと思うなー。アシェ、ホントにありがとうねー。すっごく身体が楽だよー。」

きっちり正装を着こなしているのに、やっぱりマリクのふさふさの尻尾はぶんぶんと揺れている。
ミルルがパーティーではピンとした耳と尻尾だと言っていたが、やっぱりイメージではない。

「マリクのお役に立てて良かったわ。来年からの分はお父様が処方してくれるから、ちゃんと飲んでね。もしどこかおかしいところがあったら、いつでも言ってちょうだい。お父様ほどじゃないけれど、診察もお薬の調整も出来るからね。」

「分かったー。」

「改めて、依頼完了お疲れ様、そしておめでとう。仮に踊るんだとしても、リリィの相手はお勧めしないぞ。」

デュークのお勧めしない理由は、前にノアールの足を踏みまくったことだろうか。

「ふふ。わたくしのダンスの先生が言うには、男のリードが上手で我慢強ければ、ダンスは無事に終えることが出来るらしいわ。つまるところ、女性は男性の足を踏もうが何をしようが、身体を委ねて床に足さえつけてくれてれば良いのよ。如何にダンスの苦手なレディの花を綺麗に咲かせられるか……とても楽しそうだと思わない?」

口元を手で隠しながらクスクスと笑うアシェルに、デュークは溜め息を吐く。

「凄い先生だな。足を踏まれてもなんて、僕には無理だ。一緒にレッスンを受けたはずなのに、リリィの動きに慣れるまで、何回足を踏まれたか分からないからな。」

「僕が言うのもなんだけど、本当にリリィとは踊りにくいよ……。デュークが綺麗に踊ってるのが不思議なくらいだもん。あまりのリード出来なさに、ちょっとへこんじゃったくらいだからね。」

「ノア様、今日はわたくしと踊っていただけますわよね?」

「勿論と言いたいところなんですが……ねぇ、アシェ。今日って踊るの?」

小さな音で音楽は流れているが、踊るという雰囲気の音量ではない。
アビゲイルは今日ノアールと踊らないと、中々次の機会に恵まれないだろう。

「暫く談笑の時間で、少ししたらダンス用に音楽が変わるはずだわ。その時に踊ってもらったらいいわよ。お父様が踊るも食事を楽しむも、会話を楽しむのも自由にしてって言ってたわ。今日は無礼講だからって。」

現に国王陛下がいるはずの大人達は、お酒を片手に会話に花を咲かせているようだ。
全員が王立学院では同学年か近い歳だったらしいので、とてもフレンドリーな雰囲気だ。
——ロバートは騎士団の仕事で来ているようなのだが、しっかりワインを飲んでいる。

最低限の探査魔法サーチしかかけていないので、もう少し密度を上げようとしたところで声を掛けられる。

「アシェはそのままで良いよ。切ってしまっても良いくらいだ。今日の主役なんだから、しっかり楽しみなさい。そのためにアシェに警備情報は教えてないんだから。」

「俺らがしっかりおいてやるし、父上もるからな。アシェまでガッツリ使うと、逆に解りにくいからな。」

「アン兄様、アル兄様……混ざるかなと思って最低限だったんですけど、ありがとうございます。お言葉に甘えさせて頂きますね。」

アレリオンとアルフォードは、グレイニールとアビゲイルがいるから。アベルはグリモニアが居るから、それぞれ警戒態勢なのだろう。

恐らく見えない護衛もそこかしこに居るのだろうが、アシェルが女だというのはバレても良いのだろうか。
それとも想像より護衛が少ないのだろうか。
どちらにしても、今のままでアシェルが知る術はない。

「アシェ、依頼お疲れ様。なぁ、ご飯って食べていいんだよな?パーティーじゃあんまり食べちゃ駄目だって言われてるけど。」

「えぇ、トワのお腹がいっぱいになるまで食べてちょうだい。さっきチラッと見えたけど、どれも美味しそうだったわ。」

「やった。なぁ、エト、マリク、食べに行こう。」

エトワールは二人を引き連れて食事の置かれているテーブルへ向かう。
この三人は男性陣の中でも食事が大好きなタイプだ。

「アシェ、すごく綺麗だな。だが、その色は……。」

「私もそれは気になったけど、メイディー卿はアンと同じことをさせようとしてるんだろうね。」

「だと思うわよ。前例があるから誰も違和感を持たないと思うわ。」

少し戸惑い気味のアークエイドを他所に、グレイニールとアビゲイルは理解しているようだ。
社交界デビューしているのに、アークエイドはアレリオンの女装を見ていないのかと思うが、昼間の正式な場では婚約者候補を連れていたはずだ。
シルコット辺境伯爵家の次女が婚約者になったので、シルフィード・シルコット嬢はタウンハウスで過ごしているらしい。
今はシルフィードを連れて社交界に出ているのだろう。

「アークの色に合わせてるわ。お父様に確認したけど、社交界でアークの護衛をさせたいみたいだわ。来年あたりデビュタントに出ろって言われそうなのよね。」

「嫌そうな顔で言わないでくれ。流石に傷つく。」

そうは言われても、人の多い場所は嫌いなのだ。
依頼を正式に受けたので、今後のことも考えると早めに社交界に出たほうが良いのは確かなのだが。それでも嫌いなものは嫌いだ。

「まぁ、アシェは人が多いのはなんだかんだで嫌そうだものね。男の子で社交界に出るなら楽しめるんでしょうけど……。女の子の社交界なんて、ドロドロしてて楽しくないらしいわよ。シルが言ってたわ。」

「リリアーデ嬢。他にシルが何か言ってたか知ってるかい?私としては、あまりシルに負担をかけたくないのだけれど、どうしても社交界に出ないわけにはいかないからね。」

リリアーデの言葉にグレイニールが反応する。

「話を聞いているって言っても、手紙で少し話しただけですわ。グレイニール殿下にお話しするほどの内容じゃないと思うのだけれど。」

少し困ったように、リリアーデの目がデュークに助けを求めている。

「殿下のことをどうというよりは、社交界の女性の腹黒さとか、そういう愚痴でしたよ。あまり地方では縁のなかったタイプのご令嬢達なので。シルは上手く対応してるみたいです。」

「ありがとう。もしシルが私のことで何か言っていたら、教えてくれると助かる。」

「無いとは思いますが、その時にはお伝えしますね。」

アシェルとノアールはその様子を他人事のように眺めていたいのに、そういうわけにもいかない。

「なんていうか。反応速度って言うか、聞いてる内容って言うか。」

「大丈夫よ、ノア。言いたいことはなんとなく伝わってるわ。お相手になったら、身内にすら軽々と愚痴を吐けなくなるわね。」

「トワなんてアッサリ暴露しそうだもん。まぁ、僕の場合はアビー様に愚痴を吐かれないか心配しないとだけどね。」

やっぱりノアールの意見は、かなり婚約に前向きな発言だ。
両思いなので、さっさと婚約してしまえば良いのにと思ってしまう。

「あら、ノア様。わたくしとのことを考えてくださってるのね。嬉しいわ。」

アビゲイルが頬を染めて、仄かに熱を持った瞳で艶やかな笑みを見せる。
多分これが、恋する乙女の表情というものなのだろう。

「僕だってちゃんと考えてますよ。ただ、返事はもう少し待ってください。やっぱり簡単に踏み切れる話ではないので。」

「えぇ。ノア様がどんな答えを出そうと、わたくしは受け入れますから。ただ、ノア様が答えを出すまで、わたくしはアタックを続けますからね。覚悟しておいてくださいな。」

タイミング良く音楽が変わり音量が上がる。

ダンスタイムに入ったことで、ノアールがアビゲイルにダンスを申し込み踊りに行く。

アシェルの視界の片隅では、グレイニールがリリアーデにダンスを申し込んで踊りに行くところだ。
デュークが止めに入ってるが、アレリオンが「それくらい男が我慢強ければ、ダンスなんて無事に終わるんだから。気にしなくても大丈夫だよ。」とアシェルと同じことを言って宥めていた。

大人達はテイル夫妻と、ナイトレイ夫妻が踊り出している。

「アシェ、俺と踊ってくれないか?」

アークエイドに誘われるが、アシェルは悩んだ末に答えを出す。

「今は嫌よ。先に食事を摂りたいもの。踊ってる間に、三人に食べられちゃいそうって思わない?おつまみコーナーも見てみたいし。」

「ダンスより食欲か……まぁいいか。先に食事でもいいが、ファーストダンスは俺と踊って欲しい。ダメか?」

アークエイド的に今踊るというより、ファーストダンスであることが重要なのだろう。

「それなら良いわ。」

食事のテーブルに向かうとアークエイドも付いてくる。
一緒に過ごしたいということかもしれないが、離れているとそれはそれで不安なのでありがたい。

アレリオンとアルフォードに止められてなければ、しっかり探査魔法サーチを張り巡らせていたし、そのほうが逆に安心できるのだが仕方ない。

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