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第二章 王立学院中等部一年生

91 カミングアウト③

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Side:アシェル13歳 冬



ノックもせずに応接間の扉を開くと、男性陣の視線が突き刺さる。
その視線を無視してスタスタと歩いて、元々座っていた椅子に腰かけたアシェルは口を開いた。

「これで信じて貰えるかしら?」

一緒に戻ってきたリリアーデとイザベルも椅子に座る。

「待ってくれ、混乱してる。」

「アシェと同じ色した、大人のお姉さんが替え玉で出てきた、って言われても驚かないかもしれない。」

「なぁ、その胸本物?谷間できてっ!?」

不躾なことを聞くエトワールの頭に、ノアールのチョップが入る。
そんな双子にクスリと笑い、少し揶揄ってみる。

「正真正銘本物よ。触ってみる?」

下からもち上げるようにして胸を強調して見せれば、顔を真っ赤にした双子が下を向く。
どうも、あまりこういったことに耐性がないらしい。

揶揄う様子を見ながら、エラートが一人、ようやく現実を受け入れた。

「あーうん。アシェだな。今の遊んでるのみたら、なんかしっくりきた。」

そんな中事情を知る面々の感想はそれぞれだ。
と言うよりも、アークエイドとデュークはお説教モードに移行してしまった。

「アシェ、そういうのは冗談でも言うな。しかも、触るって言ったら本気で触らせるだろ?」

「そういうはしたないことを、男に向かって平然と言うな。なんでリリィといい、アシェといい。もう少し恥じらいや慎みを持て。」

「アシェル様の言うことやることに、いちいち反応してたら身が持ちませんよ。」

「アシェ、すっごくきれーだねー。」

「綺麗よね。あのワンピース、すっごくアシェに似合ってるもの。ちょっと良いところのディナーとかに着ていくと、すっごく良さそうだわ。」

一人綺麗に着飾った状態で、制服とお仕着せ姿の面々に囲まれている。
しかも焼き肉パーティーをしたので、バーベキューコンロがある中で、キャンプ用の折り畳み椅子に腰かけている状態だ。

「納得してもらえたかしら?解ってもらえたのなら、もう着替えたいのだけれど。」

アシェルだけ凄まじく場違いな格好だ。

「えー勿体ないわよ!そうだ、アシェってその高さのヒールでも踊れるの?アシェが女性側を踊るのを見てみたいわ。」

「踊れるわよ。でも……今?」

幸い、皆綺麗に食べきってくれている。クリーンをかけてストレージに仕舞えば、とりあえずどうにかなるだろう。洗って倉庫に仕舞うのは、あとでイザベルにお願いすることになるが。
一台くらいは野営用に、ストレージに入れっぱなしも良いかもしれない。

「えぇ、駄目かしら?片付けが大変??」

少ししょんぼりとしたリリアーデの姿に、アシェルは『クリーン』を広域にかけて、コンロと折り畳みテーブルを『ストレージ』に仕舞いこんでいく。
ついでに自分が座っていた椅子も。

「とりあえず、これでスペースは確保したけれど。リリィは男性パートは踊れないでしょう?誰にパートナーを頼めば良いのかしら?」

皆を見下ろす形になったので、一応補足も入れておく。

「ちなみに。ヒールのお陰で、デュークと同じくらいの身長はあるわよ。」

「僕と……それ、僕がアシェと組んだら、絶妙に踊りにくい奴じゃないか。」

男女の身長差は適度にある方が踊りやすい。離れすぎや近すぎは踊りにくいのだ。

「ふふ、そうね。踊りたいなら踊るわよ?でもまぁ……エトにお願いしようかしら?さっき、すっごく失礼なこと言って、わたくしをアシェルだと認識したでしょう?」

にっこりとエラートに笑みを向ければ、びくりとその肩が跳ねた。

「殺気向けんなっ。あぁ、悪かったって。」

仕方ないとエラートが立ち上がったところで、イザベルが音楽をかけた。
どこにこんな設備があるのだろうか。

他の面々も、キャンプ椅子を折りたたんで応接セットの方へ避難する。

「一曲踊っていただけますか?」

「喜んで。」

エラートの手に手を重ね、ステップを踏む。
エラートは基本に忠実で相手の様子を見ながら、しっかりとリードしてくれる踊りだ。

ダンスの授業で極まれにしか踊らない女性パートだ。

アシェル達が踊り始めたのに合わせて、デュークはリリアーデと、マリクはイザベルと踊り始める。

「それにしても……本当に女だったんだな。」

「正直、わたくし自身、産まれてくる性別を間違ったんじゃないかしらって思ってるから。……手合わせで、女だからって手加減したら容赦しないからね?」

一番懸念していたことの釘を刺しておく。
エラートは性別を知ったら、無意識にでも手加減しかねないからだ。

「するわけねぇだろ。あの実力あって女とか……。身体強化のみの戦いで、アシェに負けるわけにはいかねぇよ。」

「ふふ、それが聴けて良かったわ。本当は体術も取りたかったんだけど、流石にバレるかなって思ってやめたのよね。」

「いや、大丈夫じゃねぇか?アシェは掴みかかるより、受け流して相手のミス誘うタイプだろ。身体強化を上手く使えてねぇやつなら、アシェの敵じゃねぇしな。」

「そっかぁ……来年は体術取るのもありかしら。考えておくわ。」

授業自体は出たいと思っていたし、体術を取ればアークエイドと同じスケジュールが増える。一考の価値はあるだろう。

それに、今でも男女の身体の差——メイディー家の筋肉がつきにくい呪いの方な気がするが——幼馴染達との力勝負ではどうしても負けてしまう。
それならば、対抗できる技術を少しでも身に着けておきたい。

曲が終わりを告げ、礼をする。

終わったと思ったら、次はマリクに誘われて踊り出す。
イザベルはエトワールと踊り始め、リリアーデがノアールと踊っている。

「アシェ、すっごいきれーだねー。」

「ふふ、ありがとう。少し大人っぽすぎる気がするけれどね。」

マリクの踊りは、大きく動き回るような踊りだ。
アシェルが付いていけるギリギリで、目一杯楽しんでいる。

「そうかなー。アシェは男の時でも大人っぽいよー?」

「褒めてくれてるのかしら。ありがとう。」

「どっちの姿でも、アシェはアシェだからねー。多分みんなもそー思ってるよー。」

ふにゃっとマリクが笑顔で言ってくれた言葉に、胸がぽかぽかと暖かくなる。

「そうね。皆優しいものね。」

「うん。みんなアシェのこと好きだからねー。」

「わたくしも、皆のことが好きよ。」

マリクの好きはアシェルと同じ好きだ。
だからなんの躊躇いもなく、好きだということが出来る。

「このワンピースじゃお花は咲かないねー。」

「そうね。踊るためのドレスではないから仕方ないわ。マリクの踊り方なら、スカートが綺麗に広がると思うのだけれど。」

「ふわってなるの、きれーで好きなんだよねー。」

「わたくしも、綺麗な花が咲き誇るのを見るのは好きだわ。」

二人で笑いながら踊っているうちに曲が終わりを告げ、一礼して離れる。

次のお誘いはアークエイドだ。

イザベルはエラートと、リリアーデはもう一度デュークと踊り出した。

「真っ先にエトを指名したな。」

不機嫌そうな声と、嫉妬の色を混ぜた瞳はどこか熱っぽい。
アークエイドは大きく綺麗に踊っているように見せながらもリードが上手い。
さすが王子様は踊り慣れているだろうし、教育もしっかりされているのだろう。

「まさか、それで嫉妬ってするものなの。さすがに独占欲が強すぎないかしら?」

いつもよりかなり近くなった目線は、少し首を伸ばせばキスが出来そうな距離だ。

「仕方ないだろ。こればかりは、頭で解っててもどうしようもないんだ。綺麗に着飾ったアシェを、他の奴に盗られたみたいで嫌だった。」

「盗られるって……。そもそもわたくしは、アークのものになった記憶はないのだけれど?」

「知ってる。でも、こんなに魅力的な姿を見せて、他の奴がアシェのことを好きにならないかが心配だ。なぁ、どうしたら俺のことを好きになってくれる?」

身体を寄せ合って踊っているからか、皆と一緒に居るのに今日はやけに饒舌だ。
皆といれば誰かが補足したり先に喋るので、あまりアークエイドが話すタイミングがないのだが。

「わたくしもアークのことは好きだけれど、アークの好きとは違うもの。そしてアークの好きは、わたくしの知らないものよ。知らないものを教えることはできないわ。」

「俺はこのままアシェのことを、攫って襲いたいくらい好きなんだがな。」

「女の姿だとしても、わたくしが襲われるのは嫌ですわ。」

「くくっ、やっぱり気にするのはそこなんだな。」

「当然だわ。」

結局いつものようなやり取りをしたところで曲が終わる。

それ以上の申し込みは無かったので、応接セットのソファに腰を降ろした。
イザベルが音楽を止め、冷たいアイスティーを全員に配ってくれた。

「ベルも座りなさい?」

幼馴染達はいつものように、王都組と辺境組に分かれて向かい合わせに座っている。
五人は座れるソファなので、王都組の方を詰めれば普通に座れるのだが。

「いいえ、私は侍女ですので。お食事の間は失礼させていただきましたが、本来はここが私の持ち場です。」

イザベルはこう言い出したら聞かないので、座らせるのは諦める。

「リリィは満足したかしら?」

「えぇ、凄いわ。すっごく綺麗に踊るんだもの。」

「リリィより上手だったな。」

「もうっ、ダンスは得意じゃないのよ。いいでしょ、デューク相手なら足を踏まなくなったんだから。」

その言葉にあれ?と首を傾げた。

「さっきノアと踊ってなかったかしら?」

「しっかり踏まれたよ。デュークとは良い感じに踊ってるから気にしてなかったけど。リリィ相手に、あまりリードは関係ないみたい。」

「関係ないな。如何にリリィの次の動きを予測して踊るかだ。」

デュークの答えに皆で苦笑する。
リードをしても、そのリードにリリアーデがのってくれないのなら、リードしてないのと一緒だ。お互いの動きを合わせるダンスで、デュークは修業をしてるんじゃないかろうか。

「それはそうと、皆、わたくしの話に付き合ってくれてありがとう。今日は女だって見せるために女装したけれど、明日からはまたいつも通りの男装姿だから、よろしくお願いするわ。あと、女扱いしないで欲しいわ。」

「まぁ、アシェはいつも男らしいし、それは良いけど。女扱いされたくないなら、なんで俺達に教えてくれたんだ?今までも問題なかったし、言わなくても良かったんじゃねぇの?」

エラートの至極真っ当な意見に、アシェルは返事する。

「隠したままも考えたのだけれど。最近マリクとアークが、わたくしの性別を知ってるってことが分かって。半分が知ってるなら教えても良いかなって思ったのよ。ついでに、アークの告白を保留というか、断ってるから、最近ずっと口説いてくるのよね。男同士でイチャついてるって、皆に思われたくなかったのよ。」

さらっとアークエイドから告白されたことが話され、シルコットの双子とイザベル以外の目がアークエイドに向けられる。

「仲いいなとは思ってたけど。王族だから一目惚れだよな?だから今までアシェと一緒に居ることが多かったのか。」

「書庫でも今みたいに、二人でぴったりくっついて座ったりしてたもんね。そっかぁ、全然気付かなかったや。」

「いや、誰か勝手に告白を暴露されたアークを思いやってやれよ。しかも振られてるんだぞ。本人の口から聞いてないのにいいのか?これ。」

「よーやく言ったんだねー。でも、アークには悪いけど、断られてて良かったかもー?アシェにお薬作ってもらえなくなると困るからー。」

アシェルも、アークエイドとは仲が良いと思っていたし近くにいるのが当たり前だった。
幼馴染達もそう思っていたのだろう。
一つだけ聞き捨てならないことがあるが。

「もしアークとお付き合いしていても、マリクの薬はわたくしが作るわよ?他の人間に任せるわけないじゃない。」

「えーでも、それって人族は駄目なんじゃないのー?俺としては、薬がないと困るからうれしーけど。」

「アークは駄目って言うかもだけれど、わたくしには関係ないことよ。仮に付き合っていたとしても、実験や創薬を邪魔するならすぐ捨てるわ。」

イザベルがアークエイドに憐れむような眼を向ける。

「なぁ、アーク。お前、アシェの錬金以上にならないと、多分付き合ってすらくれないぞ。実験よりアークと会う時間を作りたいって思わせるの、無理じゃね?」

「言うな、エト。これまで割と好きだと伝えたのに、最近ようやくだってことが伝わったんだ。心が手に入るように頑張るさ。」

エラートとアークエイドの会話の向かい側で、シルコットの双子はしみじみと呟く。

「うちのシルがグレイニール殿下の求婚を断った理由が、身近にスプラッターな治療対象が居なくなるのが嫌、だったのよね。なんだか近いものを感じるわ。」

「シルは医療班で傷の治療をするのが生き甲斐だったからな。殿下も、月一の討伐隊の救護班として同行を許す、ってのは苦肉の策だったんじゃないか。それでも渋々頷いただけだしな。あれは約束を反故にした途端、アシェみたいなこと言って、殿下を捨てて帰ってきそうで怖いな。」

「なんかその話聞いてると、僕が悩んでることがすごくどうでもいいことのような気がしてくるね。アシェやリリィ達の妹のように、こだわりがあるわけじゃないから。まぁ、僕が貰う方っていうのもあるんだろうけど。」

「俺はノアがどういう選択しても、ちゃんと傍で支えるからな。」

「うん、ありがとう、トワ。」

「まぁそんなわけで、そろそろお開きにしましょう?そろそろ戻らないと、使用人達が心配するわよ?」

時計を見ると、そろそろ22時になろうかという時間だ。
いつもは21時過ぎには解散していたので、きっと帰りの遅い主を心配しているだろう。

時間を知った幼馴染達は、慌てて挨拶をして寮の自室へと帰っていく。

部屋の近いアークエイドとリリアーデとデュークはゆっくりめだ。
使用人が直接この部屋を訪ねやすい、というのもあるのだろう。

「ねぇ、アシェ。寝支度を整えたらこっちにきても良いかしら?うちに呼んでも良いんだけれどデュークと一緒の寝台だから、流石に三人で寝ると狭いかなって思うのよね。」

扉の近くで見送りをしているアシェルはうーんと悩む。

「つまりパジャマパーティーで、昼間言ってたことを詳しく聞きたいって事ね?」

「そういうことよっ。良いかしら?他の日の方が良い??」

「わたくしはべ——。」

「駄目だ。」

ギュッと後ろからアークエイドに抱き着かれた。
ヒールでいつもより背が高くなっているので、抱き合うだけでアークエイドの顔が耳元にくる。

「駄目って……別に良いでしょう?」

「寝間着で人前に出るな。あと、まかり間違ってもリリィの部屋に行って、デュークと三人で寝るとか止めろよ?」

「僕がお断りだよ。それなら使用人室か応接間で寝るからな。っていうか、それで付き合ってないの?本気で言ってる??」

「アークのことは好きだけど、皆のことを好きなのと同じ好きだもの。特別な好きが解らない限り付き合うつもりはないわよ。」

「はぁ、訳が解らない。……アーク、今度話聞くからな。そんで、リリィ。話すならまた今度、昼間にしろ。」

デュークに腕を引っ張られたリリアーデは渋々頷く。

「もう……じゃあ、今度時間作って、話を聞かせて頂戴ね。おやすみなさい。」

「邪魔したな。おやすみ。」

「うん、二人ともおやすみ。」

「おやすみ。」

「おやすみなさいませ。」

パタンと扉が閉まる。

「ねぇ、もういいでしょう?離してちょうだい。」

「離したくない。」

まわされた腕にギュッと力が入る。

「アシェル様、私はお邪魔なようなので、本日はこれで下がらせていただきますね。応接間はそのままにしておいてくださいませ。明日の朝片付けますので。寝坊だけなされませんように。」

アークエイドに視線を向けられたイザベルは巻き添えをくう前に礼をし、さっさと扉から消える。

「え、ちょっと、ベル!?」

「よくできた侍女だな。」

「だって、わたくしの自慢の侍女ですもの……ってそうじゃないでしょっ。」

チュッと耳元でリップ音がする。

「ねぇ、今日月曜日なのだけれど?」

「仮に明日休んだところで、アシェの学習具合なら全く痛くないだろ。」

するっとスリットの隙間から手が入ってきて太腿を撫でてきた。
その優しい触り方に、ゾクゾクとした快感が湧き上がってくる。

媚薬が効いてる中どろっどろに溶かされたせいか、アークエイドが触ると自分の感度が高まっている気がする。
以前もそう思っていたが、先日抱き潰されたあとからは余計にそう感じるようになった。

「んっ。そうだけど。マリクの発情期に合わせて休むし、それまでは出来るだけ、んぅ。」

グイっと頭をまわされ、強引に口付けされる。
チュッチュと何度も、その唇の感触を味わうように啄まれる。

「ねぇ。せめて寝台に行ってくれる?ヒールで立ちっぱなしはしんどいんだけど。」

「言葉使いが戻ってるぞ。」

ひょいっと抱き抱えられ、寝室まで連れていかれる。

「わたくし、で話すの面倒なんだもの。普段通りの僕じゃ嫌?」

「嫌じゃないが……この格好だと、違和感が凄いな。でも、いつものアシェの方が安心する。」

「じゃあ、別に良いでしょ。」

寝台の縁に降ろされ座らされる。
ミュールを脱がずに寝台に上がりたくないし、配慮してくれたのだろう。
恐らく脱げということだろうなと身を屈めようとしたら、アークエイドに邪魔をされ、熱の籠った瞳で見つめられる。

「他の奴の前で肌を晒してほしくないのに、アシェによく似合ってるデザインなのが悔しいな。」

「ベルとリリィが選んでくれたからね。これくらいじゃないと、女だって認識させられないと思ってんじゃない?」

「かもな。」

そう言ったアークエイドはスッとしゃがんだ。
一体どうしたのだろうか。
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