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第二章 王立学院中等部一年生
82 学院祭とキルルのお願い②
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Side:キルル39歳 冬
「揃ったね。それじゃあ話す前に防音するよ。空気を震わす音よ。風の囁きよ。我が言の葉を守り給え『防音』。」
今日のメンバーが揃ったのを確認して、アベルが詠唱した。
これでキルル、アベル、アンジェラの居る、王城にあるアベルの執務室での会話は廊下まで聞こえない。
「それで、もしアシェが“うん”と言えば、うちの子に任せてくれるのかい?」
キルルがどう切り出したものかと悩んでいると、アベルが切り出してくる。
「あたしはお願いする立場だから、それは勿論と言いたいところだけども……。本当にいいのかい?確かに頼めたらと思ってたけど……。」
「まぁ、父親として複雑な心境ではあるけれどね。でもキルルの見立てでは、アシェには抵抗なさそうなんだろう?全く。男女ともに閨教育を施した覚えはないんだけどね。医療は人体を知ることだから、興味を持ってもおかしくはないけれど。」
キルルは密偵から聞いた情報から、アシェルがかなり場慣れしているか性的な知識は豊富だと感じていた。あれで閨教育をしていないのかと、密かに驚く。
父親であるアベルの反応が、複雑な心境と言いつつもあっさりしていることにも。
どうにもメイディーの感覚は、どこかズレていて解らない。
「娘の色恋なんて詳しく知りたくないだろうから割愛するけれど……抵抗はなさそうだったね。どちらかというと男同士の方を気にしてたんだけど。ヒューナイトでは有りだった気がしたのはあたしだけかい?」
ビースノート帝国では同性婚が出来ないが、ヒューナイト王国はかなり色々と寛容な国だ。
成人済みなら種族性別を問わず、届け出さえ出せば婚姻を結ぶことが出来ると記憶している。
それに答えたのはアンジェラだった。
「我が国では同性婚も可能よ。かなり複雑な術式と膨大な魔力を使えば、男性でも妊娠できるようにもできるわ。まぁお金も手間もかかりすぎるから、余程の場合にしか使われない魔術だけれどね。そうじゃなかったら息子の一目惚れ相手を、表向き三男で育てさせたりなんてしないわよ。」
少しだけアベルを咎めるような声色だが、言われた当の本人は穏やかに微笑んでいる。
「そうは言ってもね。私から勧めた訳ではなくて、あの子が自発的に男装すると言ってきたんだよ?非公式お茶会のこともあったし、殿下の側に居させるには都合が良いと思ったんだけどね。見染められるなら別に男装でなくてもよかったかもしれないが、当時はそれが最良だと思ったんだよ。」
「全く……。アベルもそうだけど、メイディーは王家を甘やかしすぎじゃないかしら?アベルがモニアにべったりだったように、貴方の子供達までうちの子にべったりになるとは思ってなかったわ。その都合が良かったのは、アークの護衛にするのに都合が良かったのでしょう?」
呆れたように言うアンジェラに、アベルは何でもないことのように答える。
「私が陛下の御身を心配するのは当たり前のことだろう?元からアシェには、アークエイド殿下の護衛をさせるつもりだったからね。現に傍に居ても違和感ないだろう?アルの場合、婚約者候補だから良いようなものの。やはり常に傍に居るには少し心許ないからね。」
「わたくしは、アベルがシェリーにそっくりなあの子に、そんな危険なことさせるなんて思ってなかったのだけれどね。」
「どんな姿でも子供達は可愛いよ。私達は体質的にも家の役割的にも、適役だからするんだよ。そのための努力は怠っていないし、実力もあるつもりだよ。間違いなく私も子供達も、自分の手の届かないところで大切なモノに手を出される方が嫌だからね。」
「その可愛い子供にマリクの相手をさせるって、本気で言ってるのかい?何度も言うようだけど、発情期の獣人は欲求も力もコントロールが効かないんだ。」
そう。マリクの発情期に関することが、この集まりの本題だ。
「本来なら抑制剤でコントロールできるのに、混血用の物は効かないし、獣人用の物は人間の部分に負担が強くて使えないからね。私の薬でも効果が無かったし。やはり個別に処方するには、その発情期の間に状態を見て調薬して、投与して改良して……それを繰り返すしかないんだよ。悪いけど、私は獣人の発情期に付き合う気はないからね。」
アベルは今まで、いくつか薬を処方してくれた。
しかし何を飲んでも効きは悪く、その有り余る欲求は魔物の討伐で無理やり発散させていたのだ。
その時期にキルルの発情期が被っていた期間もあった。
キルルも発情期で辛いのだが、キルルには抑制剤のお陰で理性がある。
だが、抑制剤の効きの悪いマリクは本能に引っ張られすぎてしまう。
「それなら娼婦の一人でもあてがって、その間に診て調薬すればいいんじゃないのかい?アシェルなら大丈夫だろうけど、下手したら純潔じゃなくなっちまうんだよ?人間は。特に人間の貴族はその辺りを気にするんでしょ?」
獣人は割とその辺りは緩いというか、伴侶がいない者同士で発情期に交わることは多々ある。その時にわざわざ避妊を考えて性行為には及ばない。
雌はそのために普段から避妊薬を飲んでいるし、普段から性行為をスポーツ感覚でこなす者もいるくらいだ。
だが人間はそうではないと、この国に嫁いだキルルは知っている。
処女であることや、年齢が若い個体を配偶者にしたがることも。女性が普段、避妊薬を口にしていないことも。
「まぁ、気にする人は気にするけど、何をもってして純潔とするんだろうね。」
アベルが良く分からないことを口にする。
それにすかさず答えたのはアンジェラだ。
「はじめてなら破瓜の印があるでしょう?」
「あるかどうかは人それぞれだよ。初体験でも出血はない場合もあるし、経験済みでも粘膜が傷ついて出血することもある。一般的には処女膜が破れて出血が何て言われるけどね。未経験でも、普段激しい運動をしていたりすれば既に処女膜がないこともある。まぁ、細かいことは医術的なことになるから割愛するけれどね。というわけで、自己申告以外に何をもって純潔を証明するんだろうね。」
答えを持たず押し黙った二人を、アベルはにこやかなまま見つめている。
「それに、アシェに経験があるからって、アークエイド殿下は諦めてはくれないだろう?諦めてくれるのなら喜ばしいんだけどね。」
「アベル……王族の愛はしつこいのよ。貴方もずっと見ていたから知ってるでしょう?嫉妬はするかもしれないけれど、そんなことで諦めたりしないわよ。」
アンジェラが、はぁと大きなため息を吐く。
きっと当時のことを思い出したのだろう。
「まぁ、そんなわけで。もしアシェが力不足か同意の上で奪われるなら、それはそれで良いんじゃないかな、というところだね。恐らくそのリスクを承知で、身体に噛み傷が出来るのも、睡眠不足になるのも承知で、アシェは頷くと思うよ。あの子は誰よりも研究熱心で知識に貪欲だ。その上、天賦の才があるからね。」
「アベルの頭の中でさえどうなってるんだって思うのに、そのアベルが言う天賦の才ね。息子達じゃなく、娘のことだけはやたらとべた褒めするわよね。疑うわけじゃないけど……本当にアシェルにマリクのことを頼んで、体質に合う抑制薬は出来ると思うかい?あたしは息子が可愛いけど、アシェル達のことも可愛いんだよ。息子の為にリスクを背負わせるのは——。」
何度も三人で話してきたはずなのに、キルルは決心がつかない。
アシェルが受けてくれるかどうかという問題もだが、アベルは受けると信じて疑っていないようだ。
アークエイドがアシェルを好きなことも知っている。
アンジェラは選ぶのはアシェルだし、婚姻までのことは関係ないという。
だからといって、じゃあお願いします、とも言いにくい案件なのだ。
「キルル。」
アベルの声にヒヤッとしたものが混じり、キルルは口をつぐんだ。
「何度も言ってるだろう。アシェの大切なモノの一つへの治療行為を、アシェが出来ないのは嫌がると。アシェにとって幼馴染達は、私にとっての陛下やシェリー、そして君達と同じなんだから。」
アベルの口調がまたいつもの柔らかいものに戻る。
「アシェが断った時は考えてあげるから、まずはアシェに頼んでみなさい。どれだけリスクがあっても、目の前に被験者と治療、その創薬をぶら下げられて断ることはまずないと思うけどね。君の調べでは、猛毒も媚薬も躊躇いなく服用しているんだろう?私にもない発想で錬金を行うからね。出来上がる薬が楽しみだね。」
にこっと笑ったアベルに、もう何を言っても無駄だと知る。
本当に、何故こうもメイディーの人間の感性は人とズレているのか。
そのズレた感性の人間が、どこか羨むように言うアシェルの感性は、どれくらい周囲とズレているのだろうか。
キルルには一生かけても理解できないのかもしれない。
「分かった……。正式にメイディー公爵家、アシェル・メイディーに依頼を出すわ。依頼内容は狼獣人と人間のハーフ、マリク・テイルに使用できる発情期の抑制剤の開発と投薬。本人の状態については、最終的に五体満足にしてくれるなら煮るなり焼くなり好きにしておくれ。目標は本来の発情期の抑制剤同様、本人の思考が可能になること。その判断は、衝動的に雌に襲い掛からないこと、自慰行為による欲求の発散が可能になることを基準とする。……これでどうかしら?」
キルルの言葉をさらさらと羊皮紙に書き連ねながらアベルは頷いた。
「メイディー公爵家当主アベル・メイディーが、キルル・テイル様のご依頼、確かにお聞きしました。指名のアシェル・メイディーが対応を断った場合、私アベル・メイディーがその任を引き継ぐことを誓います。」
自身が言った言葉も羊皮紙に書いていく。
そして、それをキルル、アンジェラに見せる。
「双方の内容が正しく契約書に書かれていることを、アンジェラ・ナイトレイが確認いたしましたわ。二人の署名を。」
アンジェラに促され、キルルとアベルが万年筆に魔力を通しながら署名する。
それを確認したアンジェラが「『契約』。」と唱えると、羊皮紙の四隅に書かれていた術式が、キラキラとした光を放ちながら溶けるように消えた。
これで今回の依頼についての契約魔法が完了した。
「娘に手紙を書くので、それをキルルからの依頼内容と共に同封してくれるかい?あと、必要そうな素材も一式預けるから、アシェが了承したらソレを渡してあげておくれね。」
最後にアベルがそう言って、部屋にかけていた防音の魔法を『解除』した。
それを合図に三人の密談は終了したのだった。
「揃ったね。それじゃあ話す前に防音するよ。空気を震わす音よ。風の囁きよ。我が言の葉を守り給え『防音』。」
今日のメンバーが揃ったのを確認して、アベルが詠唱した。
これでキルル、アベル、アンジェラの居る、王城にあるアベルの執務室での会話は廊下まで聞こえない。
「それで、もしアシェが“うん”と言えば、うちの子に任せてくれるのかい?」
キルルがどう切り出したものかと悩んでいると、アベルが切り出してくる。
「あたしはお願いする立場だから、それは勿論と言いたいところだけども……。本当にいいのかい?確かに頼めたらと思ってたけど……。」
「まぁ、父親として複雑な心境ではあるけれどね。でもキルルの見立てでは、アシェには抵抗なさそうなんだろう?全く。男女ともに閨教育を施した覚えはないんだけどね。医療は人体を知ることだから、興味を持ってもおかしくはないけれど。」
キルルは密偵から聞いた情報から、アシェルがかなり場慣れしているか性的な知識は豊富だと感じていた。あれで閨教育をしていないのかと、密かに驚く。
父親であるアベルの反応が、複雑な心境と言いつつもあっさりしていることにも。
どうにもメイディーの感覚は、どこかズレていて解らない。
「娘の色恋なんて詳しく知りたくないだろうから割愛するけれど……抵抗はなさそうだったね。どちらかというと男同士の方を気にしてたんだけど。ヒューナイトでは有りだった気がしたのはあたしだけかい?」
ビースノート帝国では同性婚が出来ないが、ヒューナイト王国はかなり色々と寛容な国だ。
成人済みなら種族性別を問わず、届け出さえ出せば婚姻を結ぶことが出来ると記憶している。
それに答えたのはアンジェラだった。
「我が国では同性婚も可能よ。かなり複雑な術式と膨大な魔力を使えば、男性でも妊娠できるようにもできるわ。まぁお金も手間もかかりすぎるから、余程の場合にしか使われない魔術だけれどね。そうじゃなかったら息子の一目惚れ相手を、表向き三男で育てさせたりなんてしないわよ。」
少しだけアベルを咎めるような声色だが、言われた当の本人は穏やかに微笑んでいる。
「そうは言ってもね。私から勧めた訳ではなくて、あの子が自発的に男装すると言ってきたんだよ?非公式お茶会のこともあったし、殿下の側に居させるには都合が良いと思ったんだけどね。見染められるなら別に男装でなくてもよかったかもしれないが、当時はそれが最良だと思ったんだよ。」
「全く……。アベルもそうだけど、メイディーは王家を甘やかしすぎじゃないかしら?アベルがモニアにべったりだったように、貴方の子供達までうちの子にべったりになるとは思ってなかったわ。その都合が良かったのは、アークの護衛にするのに都合が良かったのでしょう?」
呆れたように言うアンジェラに、アベルは何でもないことのように答える。
「私が陛下の御身を心配するのは当たり前のことだろう?元からアシェには、アークエイド殿下の護衛をさせるつもりだったからね。現に傍に居ても違和感ないだろう?アルの場合、婚約者候補だから良いようなものの。やはり常に傍に居るには少し心許ないからね。」
「わたくしは、アベルがシェリーにそっくりなあの子に、そんな危険なことさせるなんて思ってなかったのだけれどね。」
「どんな姿でも子供達は可愛いよ。私達は体質的にも家の役割的にも、適役だからするんだよ。そのための努力は怠っていないし、実力もあるつもりだよ。間違いなく私も子供達も、自分の手の届かないところで大切なモノに手を出される方が嫌だからね。」
「その可愛い子供にマリクの相手をさせるって、本気で言ってるのかい?何度も言うようだけど、発情期の獣人は欲求も力もコントロールが効かないんだ。」
そう。マリクの発情期に関することが、この集まりの本題だ。
「本来なら抑制剤でコントロールできるのに、混血用の物は効かないし、獣人用の物は人間の部分に負担が強くて使えないからね。私の薬でも効果が無かったし。やはり個別に処方するには、その発情期の間に状態を見て調薬して、投与して改良して……それを繰り返すしかないんだよ。悪いけど、私は獣人の発情期に付き合う気はないからね。」
アベルは今まで、いくつか薬を処方してくれた。
しかし何を飲んでも効きは悪く、その有り余る欲求は魔物の討伐で無理やり発散させていたのだ。
その時期にキルルの発情期が被っていた期間もあった。
キルルも発情期で辛いのだが、キルルには抑制剤のお陰で理性がある。
だが、抑制剤の効きの悪いマリクは本能に引っ張られすぎてしまう。
「それなら娼婦の一人でもあてがって、その間に診て調薬すればいいんじゃないのかい?アシェルなら大丈夫だろうけど、下手したら純潔じゃなくなっちまうんだよ?人間は。特に人間の貴族はその辺りを気にするんでしょ?」
獣人は割とその辺りは緩いというか、伴侶がいない者同士で発情期に交わることは多々ある。その時にわざわざ避妊を考えて性行為には及ばない。
雌はそのために普段から避妊薬を飲んでいるし、普段から性行為をスポーツ感覚でこなす者もいるくらいだ。
だが人間はそうではないと、この国に嫁いだキルルは知っている。
処女であることや、年齢が若い個体を配偶者にしたがることも。女性が普段、避妊薬を口にしていないことも。
「まぁ、気にする人は気にするけど、何をもってして純潔とするんだろうね。」
アベルが良く分からないことを口にする。
それにすかさず答えたのはアンジェラだ。
「はじめてなら破瓜の印があるでしょう?」
「あるかどうかは人それぞれだよ。初体験でも出血はない場合もあるし、経験済みでも粘膜が傷ついて出血することもある。一般的には処女膜が破れて出血が何て言われるけどね。未経験でも、普段激しい運動をしていたりすれば既に処女膜がないこともある。まぁ、細かいことは医術的なことになるから割愛するけれどね。というわけで、自己申告以外に何をもって純潔を証明するんだろうね。」
答えを持たず押し黙った二人を、アベルはにこやかなまま見つめている。
「それに、アシェに経験があるからって、アークエイド殿下は諦めてはくれないだろう?諦めてくれるのなら喜ばしいんだけどね。」
「アベル……王族の愛はしつこいのよ。貴方もずっと見ていたから知ってるでしょう?嫉妬はするかもしれないけれど、そんなことで諦めたりしないわよ。」
アンジェラが、はぁと大きなため息を吐く。
きっと当時のことを思い出したのだろう。
「まぁ、そんなわけで。もしアシェが力不足か同意の上で奪われるなら、それはそれで良いんじゃないかな、というところだね。恐らくそのリスクを承知で、身体に噛み傷が出来るのも、睡眠不足になるのも承知で、アシェは頷くと思うよ。あの子は誰よりも研究熱心で知識に貪欲だ。その上、天賦の才があるからね。」
「アベルの頭の中でさえどうなってるんだって思うのに、そのアベルが言う天賦の才ね。息子達じゃなく、娘のことだけはやたらとべた褒めするわよね。疑うわけじゃないけど……本当にアシェルにマリクのことを頼んで、体質に合う抑制薬は出来ると思うかい?あたしは息子が可愛いけど、アシェル達のことも可愛いんだよ。息子の為にリスクを背負わせるのは——。」
何度も三人で話してきたはずなのに、キルルは決心がつかない。
アシェルが受けてくれるかどうかという問題もだが、アベルは受けると信じて疑っていないようだ。
アークエイドがアシェルを好きなことも知っている。
アンジェラは選ぶのはアシェルだし、婚姻までのことは関係ないという。
だからといって、じゃあお願いします、とも言いにくい案件なのだ。
「キルル。」
アベルの声にヒヤッとしたものが混じり、キルルは口をつぐんだ。
「何度も言ってるだろう。アシェの大切なモノの一つへの治療行為を、アシェが出来ないのは嫌がると。アシェにとって幼馴染達は、私にとっての陛下やシェリー、そして君達と同じなんだから。」
アベルの口調がまたいつもの柔らかいものに戻る。
「アシェが断った時は考えてあげるから、まずはアシェに頼んでみなさい。どれだけリスクがあっても、目の前に被験者と治療、その創薬をぶら下げられて断ることはまずないと思うけどね。君の調べでは、猛毒も媚薬も躊躇いなく服用しているんだろう?私にもない発想で錬金を行うからね。出来上がる薬が楽しみだね。」
にこっと笑ったアベルに、もう何を言っても無駄だと知る。
本当に、何故こうもメイディーの人間の感性は人とズレているのか。
そのズレた感性の人間が、どこか羨むように言うアシェルの感性は、どれくらい周囲とズレているのだろうか。
キルルには一生かけても理解できないのかもしれない。
「分かった……。正式にメイディー公爵家、アシェル・メイディーに依頼を出すわ。依頼内容は狼獣人と人間のハーフ、マリク・テイルに使用できる発情期の抑制剤の開発と投薬。本人の状態については、最終的に五体満足にしてくれるなら煮るなり焼くなり好きにしておくれ。目標は本来の発情期の抑制剤同様、本人の思考が可能になること。その判断は、衝動的に雌に襲い掛からないこと、自慰行為による欲求の発散が可能になることを基準とする。……これでどうかしら?」
キルルの言葉をさらさらと羊皮紙に書き連ねながらアベルは頷いた。
「メイディー公爵家当主アベル・メイディーが、キルル・テイル様のご依頼、確かにお聞きしました。指名のアシェル・メイディーが対応を断った場合、私アベル・メイディーがその任を引き継ぐことを誓います。」
自身が言った言葉も羊皮紙に書いていく。
そして、それをキルル、アンジェラに見せる。
「双方の内容が正しく契約書に書かれていることを、アンジェラ・ナイトレイが確認いたしましたわ。二人の署名を。」
アンジェラに促され、キルルとアベルが万年筆に魔力を通しながら署名する。
それを確認したアンジェラが「『契約』。」と唱えると、羊皮紙の四隅に書かれていた術式が、キラキラとした光を放ちながら溶けるように消えた。
これで今回の依頼についての契約魔法が完了した。
「娘に手紙を書くので、それをキルルからの依頼内容と共に同封してくれるかい?あと、必要そうな素材も一式預けるから、アシェが了承したらソレを渡してあげておくれね。」
最後にアベルがそう言って、部屋にかけていた防音の魔法を『解除』した。
それを合図に三人の密談は終了したのだった。
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