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第二章 王立学院中等部一年生
77 学院祭初日④
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Side:アシェル13歳 冬
魔法と魔術の論文展示の隣の教室が、薬草と錬金術の論文展示の教室となっていた。
その教室の扉を潜ると、銀色のふわふわの髪が目に入る。
「アル兄様も展示物を出していたんですね、知りませんでした。」
「おーアシェ。休憩中か?言わなくてもどうせ見に来るだろ。」
アシェルに名前を呼ばれたアルフォードは、近づいてきたアシェルをぎゅっと抱きしめる。
アシェルもぎゅっと抱きつき返して、お互いにチュッと頬にキスをして離れた。
学院祭初日からわざわざ論文発表を見に来ているという、数少ない生徒達が一瞬ざわつく。
「もちろんです。しかも、アル兄様がいるということは、現物有りますよね?」
きらきらとした瞳で見つめられたアルフォードは、仕方ないなと溜息を吐く。
「今日味見するのは、必ず論文を読んでからな?あと、魔力は絞らずにさっさと解毒すること。いいな?」
「やったぁ!アル兄様、大好き!愛してる!!」
上がったテンションのままにアルフォードの首に抱き着いて、またチュッと頬にキスをする。
そしてその首から離れた足で、そのままアルフォードの書いた論文に眼を通しに行く。
「これは海洋系の魔物素材の……。こっちの植生は確かアスラモリオンのほう。この組み合わせは……。」
「うーん、愛してるのは絶対俺じゃなくて、論文と薬の方だろ。」
論文の展示にかじりついたアシェルの姿に苦笑したアルフォードは、アークエイドとマリクに向き直る。
「んで、殿下たちはアシェのお守り役かな?大丈夫だと思うけど、多分今から論文書いた奴らが押し寄せるからな。お守りのつもりがないなら、さっさと他のところ見て回ったほうがいいぞ。」
「お守りって言うか、一緒に周ってるー。」
「それはどういう?」
「間違いなく、アシェの感想を聞きたい奴らが集まるし、そいつらは現物を持ってくる。アシェは片っ端から味見していくだろうから、多分今日の学院祭が終わるまではこの展示室から出ねぇと思うぞ。」
アルフォードの言葉に、アークエイドもマリクも思わず懐中時計を見る。
まだ16時前だ。今日の学院祭終了まであと2~3時間程度あるのだが、恐らくアルフォードが言うことは正しいのだろう。
先程の術式を見ていた時とは違い、何やらメモまで取りながら論文を考察している。
「んー俺は周りたいところもないし、べつにいーかなー。」
「俺もだ。」
「じゃあ、アシェのことは任せたからな?俺は最後までは居れないから。最悪、殿下の部屋があるスペースの廊下に転がしといてくれ。」
大事な妹の扱いはそれでいいのかと、アークエイドは心の中で突っ込んだ。
イザベルから預かったアシェルの部屋の鍵を持ってはいるが、それはアルフォードは知らないはずである。
近くまで戻れば自分で部屋に帰るし、オートロックなら安心だとでも思っているのだろう。
「アルフォード先輩の部屋に連れてくのはだめなのー?」
「アシェが嫌がるからな。使用人達が居るから。」
「そんなに嫌がるのか?」
「殿下は見てるだろ、毎日俺のところに来てるアシェを。まぁ、色々あるんだよ。それに、イザベルが居たらあそこまでなってねぇよ。最悪、イザベルとその母親が居たら、他の使用人がうろちょろしてても何も言わないんだけどな。」
「あー。アシェはあんまりお世話されるの好きじゃないよねー。うちでもそーだったもん。」
思い出したように言うマリクに、アルフォードとアークエイドの視線が刺さる。
「……アシェは他所のお宅に伺ったことは無いはずだが?」
少なくともアルフォードは、メルティーからそんな話を聞いた覚えはない。
そんな一大イベントであれば、学院に居るとはいえ手紙で知らせてくれるはずだ。
「夏休みに来たよー。かーさんが、ちゃんと休むまで寮に帰ったらダメーって。一緒に連れて帰ったの。もっと暴れたかったって拗ねてたけど、とーさんから珍しい話を聞いて、機嫌治ったみたい。」
「……とりあえず、なんか危ないことしてたんだな。ありがとう。」
「いえいえー。礼なら、かーさんに言ってくださいねー。かーさんじゃなくて、俺が止めても止まらなかったと思うから。」
「分かった。」
そんな夏休みの強行軍がやんわりと兄の耳に入ったことなど知らず、アシェルは論文を読み終えて戻ってくる。
「アル兄様、論文を読んできました。質問はこのメモにあるので、絶対後日、僕に答えを書いて渡してくださいね。今聞きたいのは、エイの毒は即効性ですか?遅効性ですか??あとこれ、味見って言うよりも外傷に振りかけて使ったり、刃や矢じりに仕込むタイプですよね。」
「即効性だな。そしてアシェの言うとおりだから、飲んだりするなよ?まぁ、そういうわけで、外傷に仕込むことを目的に作ってある。特に対人戦の戦闘時に有用だ。」
アシェルの質問に答えながら、アルフォードはアシェルが『ストレージ』から取り出したティースプーンに、自作の“毒薬”を垂らしてやる。
「なるほど。ありがとうございます。」
そういってニッコリ笑ったアシェルは、燕尾服を脱いでシャツの腕を捲った。
『ストレージ』に燕尾服を仕舞いこむ代わりにダガーを取り出し、何の躊躇いもなくその白い肌に滑らせる。
「アシェ!?」
「きれーな肌なのにー。」
じわりと滴る紅色が溢れ出したのを見て、『ストレージ』に使ったダガーを仕舞う。
「何驚いてるの?血なんて見慣れてるでしょ。アル兄様、それ下さい。」
「はいはい。いいか、すぐに解毒しろよ。論文読んだなら分かってるだろうが、稀とは言え人前で吐きたくないだろ。」
「もー分かってますよ。じっくり堪能するなら、僕だって自分の部屋じゃないと嫌だもん。」
驚いている幼馴染二人を置き去りに。アシェルはティースプーンに乗せた薬液と、自身の血液が混ざるようにスプーンを押し付けながら塗り込んでいく。
「……どうだ?」
「うん、これは凄いですね。アル兄様が調合したなら、エイ毒の元も持ってますよね?あとで少し貰えますか??元のと比べてみないことにはだけど、コレはかなり痛いし気分悪くなりますね。このひりつくような痛みはエイのやつよりも、トウガラシの実が材料にあったから、そっちのですね。」
「そうだよ。割といい出来だろ?」
「流石アル兄様です。護身用の短剣なんかにつけておけば、ご令嬢でも身が守りやすくなりそうです。」
「確かにな。魔物相手じゃあまり効果ないかもだが、非力でも切りつけさえすれば痛みを与えられるからな。ただ、問題はその強い痛みの成分がどれくらい残るかだよな。乾燥すると効果が落ちちまうから、結局護身用の短剣につけっぱなしってわけにはいかないんだよな。」
「なるほど。確かに、咄嗟にコレを塗ってからってわけにはいきませんもんね。矢じりだったら矢筒に仕込めばどうにかなりそうですけど。」
「じゃあ、鞘に細工するとかどうだ。」
「それなら——。」
血の滴る傷口を二人で眺めながら、感想を述べあい考察を重ねる銀髪の兄妹に置き去りにされた幼馴染の二人は、どちらからともなく口を開く。
「すごいねー。」
「アシェが毒薬でも味見するのは知ってたが。」
今やったのは果たして味見なのだろうか。
「毒って分かってるのを試すためなのに、ちゅーちょなく切ったよねー。アシェのこと大好きなおにーさんが心配してないし。」
「あぁ、躊躇いなくいったな。二人とも当然の顔をしているあたり、アレがメイディー家では普通なんだろうな。」
「ふつーってなんだろうねー。」
そうこうしているうちに、サクッとアルフォードの作った毒薬を味見し終えたアシェルが、『創傷治癒』と『クリーン』を唱えて捲った袖だけ戻し、二人の元へ戻ってくる。
「アル兄様の作った薬は凄かったよ。っていっても、こればかりは伝わらないよね。」
「さっぱりー。」
「試したくはないしな。で、なんか続々と人が集まってるが、もしかして現物があれば全部味見するのか?」
ほぼ確信をもってアークエイドが聞けば、アシェルがもちろん、と満面の笑みを浮かべた。
「ねーアシェ。ご飯食べてるときに言ってた『味見でお腹いっぱいになる』ってもしかしてコレのことだったのー?」
「ふふ、何のことかな。」
悪戯っぽく笑ったアシェルの顔に、自由時間になったその時からこのことが予定に組み込まれていたことを知る。
そのまま次の論文と製作者に話を聞きに行くアシェルを二人は見送る。
「確信犯だな。味見の吐き気も考慮して、俺達の毒見だけしてたんだな。」
「絶対そーだよね。」
教室に入った時よりも、何故か各論文の前に立つ生徒が増えている。
アルフォードの言った通り、アシェルの意見を聴くために集まってきたのだろう。誰が連絡を入れたのか分からないが。
いくつかアルフォードも試していない薬剤があったのか、順番ではなく飛び飛びに論文を見に行き一緒に味見して、製作者とあーでもない、こーでもないと語り合っていたりする。
口にしているものが良薬なのか毒薬なのかは解らないが、時折苦しそうな顔をするのに、その瞳の輝きだけは消えていなかった。
「……この世界だけは、知りたいと思わないねー。」
「だな。」
結局二人がぽつぽつと会話しながら見守る中、アシェルは全ての論文発表者と会話し、味見を繰り返し語り合っていた。
アルフォードは名残惜しそうに途中退室している。
そしてアシェルが展示物の全てを周るころには、すっかり外は真っ暗になっていた。
「満足したか?」
ほくほくとした笑顔で戻ってきたアシェルに、アークエイドは短く尋ねる。
アシェルを待つ二人は論文発表者が待機する用の椅子を譲られ、座って待っていた。
「うん、楽しかったよ。結局、僕に付き合わせてごめんね。明日からは特に行きたいところもないし、二人の行きたいところに付き合うからね。」
「気にしないでー。俺は人の少ないところでゆっくりできて満足。」
「ふふ、ありがとう。」
『ストレージ』から燕尾服を取り出し羽織る。室内は問題ないが、流石に寮まで寒いだろう。
「傷や吐き気は大丈夫なのか?」
三人で寮までの道を歩きながらアークエイドが尋ねる。
もうとっくに18時をまわっており、今日の学院祭は終了していても学生の熱気はまだ残っている。
「うん。今日は魔力の大盤振る舞いしたからね。それに毒薬ばかりじゃなくて、ちゃんと良いお薬や、医療の助けになる薬も多いからね?……まぁ、結局効果効能を追い詰めると、ちょっと行き過ぎてるのもあったりするんだけど。」
良いモノを追い求めるが故の弊害だろう。
だが、それはあくまで研究段階なので気にしなくてもいいのだ。
実際に使用できるように調整して世に出せばいいのだから。
「加護があっても、魔力の使い過ぎには注意しないとだよー?あれ、すごーく嫌な感じだもん。」
加護判定の時のことを思い出したのか、マリクの尻尾が怯えるように股の間に縮こまる。
アークエイドも思い出したのか、苦虫を噛み潰したような表情になった。
「ふふ、僕の場合、喉が渇くだけだからね。逆に飲みすぎて後が辛くないようにしないといけない方が大変かも。喉が渇いてるから、ごくごく飲みたくなっちゃうんだよね。」
「いーなー。俺もそーゆーのが良かった。」
「こればっかりはどうしようもないからね。」
そんな話をしながら歩いて、寮に辿り着く。
「二人ともお腹空いてる?少し待ってくれたらご飯出すけど。」
「空いてるー。アシェのご飯食べたいっ。」
「行く。」
「じゃあ、一緒に晩御飯食べよう。明日からも頑張らないといけないからね。」
その日はアシェルの部屋で晩御飯を食べ解散した。
寝支度を整えたアシェルは、今日満たされた知識欲に大満足で眠りについたのだった。
魔法と魔術の論文展示の隣の教室が、薬草と錬金術の論文展示の教室となっていた。
その教室の扉を潜ると、銀色のふわふわの髪が目に入る。
「アル兄様も展示物を出していたんですね、知りませんでした。」
「おーアシェ。休憩中か?言わなくてもどうせ見に来るだろ。」
アシェルに名前を呼ばれたアルフォードは、近づいてきたアシェルをぎゅっと抱きしめる。
アシェルもぎゅっと抱きつき返して、お互いにチュッと頬にキスをして離れた。
学院祭初日からわざわざ論文発表を見に来ているという、数少ない生徒達が一瞬ざわつく。
「もちろんです。しかも、アル兄様がいるということは、現物有りますよね?」
きらきらとした瞳で見つめられたアルフォードは、仕方ないなと溜息を吐く。
「今日味見するのは、必ず論文を読んでからな?あと、魔力は絞らずにさっさと解毒すること。いいな?」
「やったぁ!アル兄様、大好き!愛してる!!」
上がったテンションのままにアルフォードの首に抱き着いて、またチュッと頬にキスをする。
そしてその首から離れた足で、そのままアルフォードの書いた論文に眼を通しに行く。
「これは海洋系の魔物素材の……。こっちの植生は確かアスラモリオンのほう。この組み合わせは……。」
「うーん、愛してるのは絶対俺じゃなくて、論文と薬の方だろ。」
論文の展示にかじりついたアシェルの姿に苦笑したアルフォードは、アークエイドとマリクに向き直る。
「んで、殿下たちはアシェのお守り役かな?大丈夫だと思うけど、多分今から論文書いた奴らが押し寄せるからな。お守りのつもりがないなら、さっさと他のところ見て回ったほうがいいぞ。」
「お守りって言うか、一緒に周ってるー。」
「それはどういう?」
「間違いなく、アシェの感想を聞きたい奴らが集まるし、そいつらは現物を持ってくる。アシェは片っ端から味見していくだろうから、多分今日の学院祭が終わるまではこの展示室から出ねぇと思うぞ。」
アルフォードの言葉に、アークエイドもマリクも思わず懐中時計を見る。
まだ16時前だ。今日の学院祭終了まであと2~3時間程度あるのだが、恐らくアルフォードが言うことは正しいのだろう。
先程の術式を見ていた時とは違い、何やらメモまで取りながら論文を考察している。
「んー俺は周りたいところもないし、べつにいーかなー。」
「俺もだ。」
「じゃあ、アシェのことは任せたからな?俺は最後までは居れないから。最悪、殿下の部屋があるスペースの廊下に転がしといてくれ。」
大事な妹の扱いはそれでいいのかと、アークエイドは心の中で突っ込んだ。
イザベルから預かったアシェルの部屋の鍵を持ってはいるが、それはアルフォードは知らないはずである。
近くまで戻れば自分で部屋に帰るし、オートロックなら安心だとでも思っているのだろう。
「アルフォード先輩の部屋に連れてくのはだめなのー?」
「アシェが嫌がるからな。使用人達が居るから。」
「そんなに嫌がるのか?」
「殿下は見てるだろ、毎日俺のところに来てるアシェを。まぁ、色々あるんだよ。それに、イザベルが居たらあそこまでなってねぇよ。最悪、イザベルとその母親が居たら、他の使用人がうろちょろしてても何も言わないんだけどな。」
「あー。アシェはあんまりお世話されるの好きじゃないよねー。うちでもそーだったもん。」
思い出したように言うマリクに、アルフォードとアークエイドの視線が刺さる。
「……アシェは他所のお宅に伺ったことは無いはずだが?」
少なくともアルフォードは、メルティーからそんな話を聞いた覚えはない。
そんな一大イベントであれば、学院に居るとはいえ手紙で知らせてくれるはずだ。
「夏休みに来たよー。かーさんが、ちゃんと休むまで寮に帰ったらダメーって。一緒に連れて帰ったの。もっと暴れたかったって拗ねてたけど、とーさんから珍しい話を聞いて、機嫌治ったみたい。」
「……とりあえず、なんか危ないことしてたんだな。ありがとう。」
「いえいえー。礼なら、かーさんに言ってくださいねー。かーさんじゃなくて、俺が止めても止まらなかったと思うから。」
「分かった。」
そんな夏休みの強行軍がやんわりと兄の耳に入ったことなど知らず、アシェルは論文を読み終えて戻ってくる。
「アル兄様、論文を読んできました。質問はこのメモにあるので、絶対後日、僕に答えを書いて渡してくださいね。今聞きたいのは、エイの毒は即効性ですか?遅効性ですか??あとこれ、味見って言うよりも外傷に振りかけて使ったり、刃や矢じりに仕込むタイプですよね。」
「即効性だな。そしてアシェの言うとおりだから、飲んだりするなよ?まぁ、そういうわけで、外傷に仕込むことを目的に作ってある。特に対人戦の戦闘時に有用だ。」
アシェルの質問に答えながら、アルフォードはアシェルが『ストレージ』から取り出したティースプーンに、自作の“毒薬”を垂らしてやる。
「なるほど。ありがとうございます。」
そういってニッコリ笑ったアシェルは、燕尾服を脱いでシャツの腕を捲った。
『ストレージ』に燕尾服を仕舞いこむ代わりにダガーを取り出し、何の躊躇いもなくその白い肌に滑らせる。
「アシェ!?」
「きれーな肌なのにー。」
じわりと滴る紅色が溢れ出したのを見て、『ストレージ』に使ったダガーを仕舞う。
「何驚いてるの?血なんて見慣れてるでしょ。アル兄様、それ下さい。」
「はいはい。いいか、すぐに解毒しろよ。論文読んだなら分かってるだろうが、稀とは言え人前で吐きたくないだろ。」
「もー分かってますよ。じっくり堪能するなら、僕だって自分の部屋じゃないと嫌だもん。」
驚いている幼馴染二人を置き去りに。アシェルはティースプーンに乗せた薬液と、自身の血液が混ざるようにスプーンを押し付けながら塗り込んでいく。
「……どうだ?」
「うん、これは凄いですね。アル兄様が調合したなら、エイ毒の元も持ってますよね?あとで少し貰えますか??元のと比べてみないことにはだけど、コレはかなり痛いし気分悪くなりますね。このひりつくような痛みはエイのやつよりも、トウガラシの実が材料にあったから、そっちのですね。」
「そうだよ。割といい出来だろ?」
「流石アル兄様です。護身用の短剣なんかにつけておけば、ご令嬢でも身が守りやすくなりそうです。」
「確かにな。魔物相手じゃあまり効果ないかもだが、非力でも切りつけさえすれば痛みを与えられるからな。ただ、問題はその強い痛みの成分がどれくらい残るかだよな。乾燥すると効果が落ちちまうから、結局護身用の短剣につけっぱなしってわけにはいかないんだよな。」
「なるほど。確かに、咄嗟にコレを塗ってからってわけにはいきませんもんね。矢じりだったら矢筒に仕込めばどうにかなりそうですけど。」
「じゃあ、鞘に細工するとかどうだ。」
「それなら——。」
血の滴る傷口を二人で眺めながら、感想を述べあい考察を重ねる銀髪の兄妹に置き去りにされた幼馴染の二人は、どちらからともなく口を開く。
「すごいねー。」
「アシェが毒薬でも味見するのは知ってたが。」
今やったのは果たして味見なのだろうか。
「毒って分かってるのを試すためなのに、ちゅーちょなく切ったよねー。アシェのこと大好きなおにーさんが心配してないし。」
「あぁ、躊躇いなくいったな。二人とも当然の顔をしているあたり、アレがメイディー家では普通なんだろうな。」
「ふつーってなんだろうねー。」
そうこうしているうちに、サクッとアルフォードの作った毒薬を味見し終えたアシェルが、『創傷治癒』と『クリーン』を唱えて捲った袖だけ戻し、二人の元へ戻ってくる。
「アル兄様の作った薬は凄かったよ。っていっても、こればかりは伝わらないよね。」
「さっぱりー。」
「試したくはないしな。で、なんか続々と人が集まってるが、もしかして現物があれば全部味見するのか?」
ほぼ確信をもってアークエイドが聞けば、アシェルがもちろん、と満面の笑みを浮かべた。
「ねーアシェ。ご飯食べてるときに言ってた『味見でお腹いっぱいになる』ってもしかしてコレのことだったのー?」
「ふふ、何のことかな。」
悪戯っぽく笑ったアシェルの顔に、自由時間になったその時からこのことが予定に組み込まれていたことを知る。
そのまま次の論文と製作者に話を聞きに行くアシェルを二人は見送る。
「確信犯だな。味見の吐き気も考慮して、俺達の毒見だけしてたんだな。」
「絶対そーだよね。」
教室に入った時よりも、何故か各論文の前に立つ生徒が増えている。
アルフォードの言った通り、アシェルの意見を聴くために集まってきたのだろう。誰が連絡を入れたのか分からないが。
いくつかアルフォードも試していない薬剤があったのか、順番ではなく飛び飛びに論文を見に行き一緒に味見して、製作者とあーでもない、こーでもないと語り合っていたりする。
口にしているものが良薬なのか毒薬なのかは解らないが、時折苦しそうな顔をするのに、その瞳の輝きだけは消えていなかった。
「……この世界だけは、知りたいと思わないねー。」
「だな。」
結局二人がぽつぽつと会話しながら見守る中、アシェルは全ての論文発表者と会話し、味見を繰り返し語り合っていた。
アルフォードは名残惜しそうに途中退室している。
そしてアシェルが展示物の全てを周るころには、すっかり外は真っ暗になっていた。
「満足したか?」
ほくほくとした笑顔で戻ってきたアシェルに、アークエイドは短く尋ねる。
アシェルを待つ二人は論文発表者が待機する用の椅子を譲られ、座って待っていた。
「うん、楽しかったよ。結局、僕に付き合わせてごめんね。明日からは特に行きたいところもないし、二人の行きたいところに付き合うからね。」
「気にしないでー。俺は人の少ないところでゆっくりできて満足。」
「ふふ、ありがとう。」
『ストレージ』から燕尾服を取り出し羽織る。室内は問題ないが、流石に寮まで寒いだろう。
「傷や吐き気は大丈夫なのか?」
三人で寮までの道を歩きながらアークエイドが尋ねる。
もうとっくに18時をまわっており、今日の学院祭は終了していても学生の熱気はまだ残っている。
「うん。今日は魔力の大盤振る舞いしたからね。それに毒薬ばかりじゃなくて、ちゃんと良いお薬や、医療の助けになる薬も多いからね?……まぁ、結局効果効能を追い詰めると、ちょっと行き過ぎてるのもあったりするんだけど。」
良いモノを追い求めるが故の弊害だろう。
だが、それはあくまで研究段階なので気にしなくてもいいのだ。
実際に使用できるように調整して世に出せばいいのだから。
「加護があっても、魔力の使い過ぎには注意しないとだよー?あれ、すごーく嫌な感じだもん。」
加護判定の時のことを思い出したのか、マリクの尻尾が怯えるように股の間に縮こまる。
アークエイドも思い出したのか、苦虫を噛み潰したような表情になった。
「ふふ、僕の場合、喉が渇くだけだからね。逆に飲みすぎて後が辛くないようにしないといけない方が大変かも。喉が渇いてるから、ごくごく飲みたくなっちゃうんだよね。」
「いーなー。俺もそーゆーのが良かった。」
「こればっかりはどうしようもないからね。」
そんな話をしながら歩いて、寮に辿り着く。
「二人ともお腹空いてる?少し待ってくれたらご飯出すけど。」
「空いてるー。アシェのご飯食べたいっ。」
「行く。」
「じゃあ、一緒に晩御飯食べよう。明日からも頑張らないといけないからね。」
その日はアシェルの部屋で晩御飯を食べ解散した。
寝支度を整えたアシェルは、今日満たされた知識欲に大満足で眠りについたのだった。
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