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第二章 王立学院中等部一年生

76 学院祭初日③

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Side:アシェル13歳 冬



まず話し合うのは、どこに行くか、何をするかだ。
八人もいれば大所帯な上、リリアーデがメイド服、残る男性陣は執事服である。
かなり目立つ。

「俺、いけるんなら、14時からの第三演習場でやる闘技場に行きたいんだよな。」

エラートに詳しい話を聞けば、エントリーした生徒達が模擬戦を行いトップを決めるらしい。
今日が体術、明日が剣術だけの授業と同じ内容での模擬戦。各学年混合で模擬戦ができるのが魅力だそうだ。
——槍術は受講者が限られるので、普段から合同らしい。

一般公開の四日間は、テイム済みの魔物との模擬戦闘が行われるらしい。
生徒達が遠慮なく魔法や武器を叩き込んで戦う中で、一般参加の領主や騎士が目ぼしい人材の発掘をするのが目的らしい。
対人戦には興味はないが、魔物との戦闘は楽しいかもしれない。

「それに出るなら着替えないとでしょ。今のうちにカナに許可を頂いておいたらどうかしら?模擬戦の間だけって。流石に駄目とは言われないと思うわよ。」

リリアーデのアドバイスを受け、エラートがカナリアの元へ確認に行き、許可を貰えたとすぐに戻ってきた。

「わたくしは何か食べて回りたいわ。商店街の方に屋台みたいなのも出てるのよね?」

「あ、俺もそれ興味ある。ノアも食べるだろ?」

「僕も食べたいけど……少ししたら抜けても良い?……アビー様のところに顔出そうかなって。」

少し照れたように言うノアール。その言葉を否定する者は誰も居ない。

「アビー様はきっと喜ぶと思うよ。そういえばノア達は生徒会の仕事はないの?」

アシェルが気になって聞けば、アークエイドが答えてくれる。

「毎日生徒会室に来てなかったか?……一年生は今年は仕事がない……というよりも、自由時間が出来たら校内を適当に回るのが仕事だ。そうじゃなければ、予定休憩時間がラスト一時間の出し物に、三人とも参加できるわけないだろ。」

確かに、予定よりかなり早く終わったとはいえ。本来であれば休憩時間や交代などは事前に決めるはずなのに、全く考慮されていなかった。
こんな状態では生徒会執行部の仕事があっても難しいか、クラスの出し物の参加を辞退しなければいけなかったはずだ。

「とりあえず食べ歩きいこー?あれだけじゃ足りないよー。」

マリクの言葉に一同頷き、商店街エリアを目指した。





校舎の南西方向にある商店街エリアは、今日は沢山の屋台が出ていて賑わっていた。

夏祭りを彷彿とさせるような屋台がずらっと並んだ感じではなく、どちらかというと、お花見などで屋台と飲食スペースを同時に出しているような感じだ。
貴族は食べ歩きをしたくない人もいるので、その辺りに配慮されているのだろう。

全くそんなことを気にしない八人は、立ち食いしやすいように出来た屋台飯を色々と買い込んでは食べていく。
同じものをいくつか買っても、最初の一口はアシェルが担当だ。

「いいよ。」

アシェルが口をつけたものは、必ずアークエイドに渡る。
今日も当たり前のように串焼きをアークエイドに手渡した。
皆は思い思いにアシェルの持った茶封筒のような袋の中から、串焼きを取ってかぶりついていく。

「アシェは要らないのー?」

「うん、多分だけで、お腹いっぱいになっちゃうからね。皆がご飯に満足したら、その後抜けて行きたいところがあるんだ。」

マリクの質問に答えていると、グイっと左腕を引かれた。

「見てみて、アシェ!たこ焼きがあるわ!!そうよね、タコがいるんだもん。たこ焼きだってあるわよね。あれ食べましょ?あと、今度作って頂戴!」

リリアーデに腕を引かれた先で、3パックのたこ焼きを購入する。

「作ってって……まぁ、馴染の工房に頼めばプレートは用意できるかな?すぐには無理だからね。」

たこ焼きは材料よりも、あの半円の沢山空いたプレートの用意が必要だ。
アシェルがいずれたこ焼きを作ってくれると分かったリリアーデは、やったぁと嬉しそうに跳ねる。

「んっ、はふはふ……ん……いいよ。中が熱いから、火傷しないように気を付けて食べてね。」

皆がハフハフ食べてる姿が可愛くて、ついクスリと笑ってしまう。
久しぶりに食べるたこ焼きはなかなか美味しくて、アークエイドの持っているトレイからもう一つ貰った。

そんな感じで目についたものを食べ歩いていると、時間だからとエラートが抜けエトワールは観戦に行くという。
それに合わせてアビゲイルを訪ねるためにノアールも抜けた。

「どーする?」

「わたくしは他のクラスの出し物もみたいわ。」

「僕は研究発表の方かな。」

リリアーデはデュークと他のクラスの出し物を見に行くことになった。

アシェルはアークエイドとマリクを連れて、目星をつけていた教室へ向かう。

「二人とも僕と一緒で良かったの?好きなところ見てきていいのに。」

「俺はもーおいしーものいっぱい食べたから、満足。」

「特にない。でも学院祭には居ないといけないんだ。それならアシェと周る。」

「アークは仕事がなければ寮に帰ってそうだね。」

そんなことを話しながら歩き、目当ての教室の扉を潜る。

「ここは?」

「魔術学専攻と魔法学上級の生徒達が、合同で授業内容の発表とかしてるところ。ちなみにこの後は隣の教室の、薬草学と錬金術の生徒達が合同でやってる論文発表を見に行く予定。」

うきうきと端から一つずつ、じっくりと内容を確認していく。
そんなアシェルと一緒に、アークエイドとマリクも発表されている術式や、その解説や考察を見ていく。

「へぇー、おもしろそーなのも沢山あるねー。」

「確かに。これなら消費魔力を抑えて威力も上がる。」

魔術学専攻も、魔法学上級も。高等部から受講できる講義で、下位授業を優秀な成績で修めた上に希望者のみの講義になる。
そしてこの二つの講義は、片方だけではなく大体がどちらも受講している。つまり、本当に魔法が好きな人達がこの研究発表をしているのだ。

魔法を使うのにはイメージ力と一定量の魔力があれば、誰でも使うことが出来る。

だがそこで術式の理解力が高ければ、更に威力は高くなり、消費魔力量も抑えることが出来る。さらに術式をスクロールにしてしまえばイメージ力も必要なくなる。

この術式のイメージを省略し、誰にでも魔法の発動を行いやすくしたものが詠唱だ。
詠唱の文言は、使う魔法のイメージを起こしやすいものになっている。

「あぁ、なるほど。確かにこれなら置き換えられる。それで空いたところにコレを。でもそれなら……。」

腕を組み口元に手を当てながら、真剣に論文を読みブツブツと言うアシェルを、二人は邪魔せずに見守る。

もうアシェルの頭にはアークエイドとマリクの存在は残っていない。
その頭を占めるのは、目の前のパズルのように精密に組まれた術式という、新たな知識だけだ。

「ねー、アシェが何言ってるか分かるー?」

「分かるわけないだろ。これでも十分完成されたものに見える。」

「やっぱりー?ここかもってところはあるけど、じゃーどーすれば?ってのは分かんないんだよねー。」

ブツブツと言いながら満足いくまで一つの発表をじっくり見たアシェルが、次の論文へ移動する。
そしてまたブツブツと言いながら、あーでもないこーでもないと一人で言っている。



「そういえば、夏休みにソロのアシェと魔の森で会ったんだな。」

二人も論文には目を通すが、アシェル程一つの論文だけで時間を潰せるわけではない。
あっという間に一通り確認した二人は、アシェルの姿が見える壁際で待つことにする。

ふと思い出したようなアークエイドの言葉に、マリクはそうだよー、と笑う。

「アシェの血の匂いがしたから見に行ったら、ほんとーにアシェが居てびっくりしたよー。」

ピクリとアークエイドの眉が上がる。

「……血の臭い?」

「うん。クリーン使ったら、ほっぺにちょっと傷が出来ちゃってたー。あ、でもちゃんとヒールで治してたよー。」

「返り血を浴びたままだったんだな……。ちなみに、魔の森のどこで会った?」

アークエイドは二の森でのアシェルの強行軍をずっと見ていたが、かすり傷だとしても一撃を貰うような危ういことは無かった。
パーティーで出かける際も、目当ての素材というか、食材は十分に二の森までで集まるので、リスクを冒さず安全圏で戦闘を行っているだけだ。

それにマリクはキルルと一緒だったと聞いている。
熟練の冒険者でもあるキルルが、弱いエリアにマリクを連れていくとは考えにくい。

「三の森の真ん中へんだよー。ストレス発散って言ってたー。かーさんが、三の森はアシェとは相性が良いけど、他の皆は危ないかもしれないから入らない方がいいよーって。入るなら気を付けなさいーって。」

なんでもないことのように、ふにゃっと笑いながら言うマリクの言葉に、アークエイドは頭を抱えたくなる。
流石に又聞きでは叱れないので、本人が口を滑らせたらしっかりとお説教しなくてはいけない。

「一人で三の森まで入ったのか。全く……。」

「アシェは強いからだいじょーぶ。かーさんがさー。ストレス発散なら、後で治せば俺を本気でボコボコにしていーとか言ったんだよー。酷くないー?」

アシェルの本気だと、幼馴染は全員ただのサンドバッグになり果ててしまう。
それを想像したのか、しゅんとマリクの耳と尻尾がうな垂れた。

「それは……嫌だな。」

「でしょー?それなら、魔物相手にしたほーがマシだと思うよー。多分俺ら相手じゃ本気でヤれないでしょー、アシェは。」

「まぁな。」

二人はアシェルを見つめる。
いつも澄ました微笑みを浮かべている表情は、今はうきうきとした好奇心を隠しもせず、熱心に食い入るように術式と論文を読み込んでいた。

それは新しい素材や珍しい素材を手にした時と同じ表情で、笑顔の仮面を張り付けていない、一番無防備な姿だ。

幼馴染達は、アシェルと仲が良いと自信を持って断言できる。
だが、あの無防備な状態のアシェルの中に入り込むことが出来る者は、誰一人としていないとも。視界にも思考にも、他人は一切入り込めないのだ。
あの状態のアシェルと会話をしていたとしても、それは見えない壁の向こうからの言葉で、手の届く距離にいるのに違う世界にいるようにすら感じてしまう。

「アシェの見ている世界を、俺達が知ることは出来るだろうか。」

「さぁねー。俺達は割と近い景色は見えても、同じのは無理じゃないかなー。」

「……だよな。」

そのまま二人は黙って、アシェルが満足するまで見守る。
その瞳に映した世界を想像しながら。



「——これは、空気中の窒素に働きかけることで、威力を増してるのか。でも、それだとココは……。いや、違うな。こっちの術式の方が補助してるのか。これはスターターだね。——うん。これも術者の性格が見えてくるような術式だね。少しばかり柔軟な思考になれば、もっと凄いものが出来そうだ。」

教室の中をじっくり練り歩き、様々な術式に触れ考察することを終えたアシェルは、うっとりしたように、ほぅっと小さく息を吐く。

どれも素晴らしい発想と緻密な計算がされた術式で、ついつい時間を忘れて見惚れてしまった。

「二人ともごめんね、待たせちゃったよね?他のところ周ってもいいよ、って伝えておけば良かったね。」

出口近くに佇む幼馴染二人に声を掛ければ、大丈夫だと返される。

「楽しそーに見てたねー。」

「うん。既存の販売されているスクロールに書かれている術式の改良とか、新しい発想のやつとか。あれ見てると、僕も何かやりたくなってくるよね。でも、どっちかというと、この後いく教室の方が本命なんだよね。……ねぇ、本当に二人とも、好きなの見に行っても良いんだよ?次のところって、二人はあまり楽しめないと思うんだよね。」

なんせ薬草や薬についてのレポートの展示会だ。
しかも、タイミングが良ければ薬の実物と製作者が居る可能性がある。

アシェルにとっては期待値の高い展示だが、正直幼馴染達は誰一人この展示に興味はないだろう。

今見た場所も次の場所も、文化祭と言うよりも学会のような展示だ。

「別に気にしなくていい。」

「そーそー、俺らは好きでアシェについて周ってるだけだからねー。」

「そう?じゃあ次のところ行こうか。」
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