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第二章 王立学院中等部一年生

64 旅行代わりの討伐一人旅②

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Side:アシェル12歳 夏



二の森に入ると、ホーンラビットは見なくなる。

代わりというわけではないが、一の森ではホーンラビットやゴブリン、フォレストウルフと言った小型の魔物が多いのに対して。二の森ではフォレストベアやオーク、フォレストバファローと言った中型の魔物が多くなってくる。

厳密にはもしかしたら違う学名があったりするのかもしれないが、基本的に魔の森で出てくる魔物の呼び名はフォレストなんちゃらだ。
東の方にある砂漠だとデザートなんちゃらだし、南の方の海だとシーなんちゃらだ。
ホーンとかポイズンなどとついてるのは、そういう特徴がある魔物という意味になる。

ある意味分かりやすい命名だと言える。

「二の森はいいよね。食材がいっぱいいるから節約になるし、金策にもなるしね。」

公爵令嬢なので恐らく実家に言えばお小遣いをもらえるのだろうが、アシェルは冒険者活動で得た報酬と、自身が作った薬を国に卸すことで学院での生活費を稼いでいた。

父アベルから仕送りがどうのと言われたが、授業料やお高い制服達は十分な数を用意してもらっている。
お金の稼ぎ口があるアシェルに使うよりも、来年王立学院に入学することになるメルティーにお金を使って欲しかった。

いくら公爵令嬢と言っても、養子のメルティーではその価値が下がる。

いい嫁ぎ先を探すためにも社交界には頻繁に足を運ぶ必要があるだろうし、そのドレスや装飾品。嫁ぎ先が決まれば持参金など、いくらお金があっても足りないだろう。

出来ればメルティーが嫁ぐ時には、持参金として家に渡すお金ではなく、メルティーの個人資産になるお金や装飾品を持たせてあげたいとも思っている。

生涯に渡ってメルティーやその子供を大事にしてくれる旦那ならいいが、そうでなかった時に個人資産があれば、離婚も一つの選択肢に出来るだろう。
まぁ、メルティーを蔑ろにするような嫁ぎ先だった場合、アシェルを初めアレリオンやアルフォードが黙っているはずがないのだが。

そういえば同じ施設で育った親友達は、結局施設を出た後どうしたのだろうか。
どちらも高校は出たはずだ。でもアシェルは自分の元の名前も覚えていない。

「親友の名前を忘れるなんて薄情な奴だな、前世の私わたしは。男友達の方はあれで、確か顔はいい方だったからなぁ。ちょっとばかりヘタレだったけど、面倒見良かったし、いいお嫁さんもらえそうな気がするよね。女友達の方は創作活動頑張ってるのかな。今世の私アシェルの話をしたら、きっと驚きながら、すっごく楽しんで聞いてくれるよね。……本当にごめんね。名前も思い出せないどころか、本当は顔もあまり覚えてないんだ。大切な家族とも呼べる存在だったのに、薄情だって怒られるかな?でも彼らはきっと怒らないね。今世の私アシェルには必要ない知識だって、笑って許してくれそうな気がする。」

しんみりとした声で呟きながらも、アシェルの足と手は止まらない。
しばらくそのしんみりとした空気を薙ぎ払うように、無言で剣を振るっていく。

「さっきからボアが多いし、大きい個体も増えてきたね。縄張りテリトリーに入ったかな。今はまだ暑いけど、冬になったら皆で牡丹鍋を食べるのもいいね。ノアとトワに早めに野菜のリクエストしておかないとな。急に言っても手に入らないだろうし、ストレージに入れておけば腐らないって便利だよね。食品ロスが少ないのは良いことだよ。」

フォレストボアは一直線に突進してくるので、非常に戦いやすい。

「猪突猛進ってよく考えられてる四文字熟語だと思わない。こっちにもそんな言葉あるのかな?あぁ、でもやっぱり遅いし単調だね。これでも僕、マリクの動きは見えてるんだよ?さすがに、あのスピードにはついていけないけど。長身のエトだけじゃなくて、アークや、ちょっとばかし僕より背が高いだけのデュークにまで、力で押し負けるのだけは本当にいただけないけどね。あぁ、でも力だけじゃなくて魔法も駆使して戦うのなら、負けない自信あるよ。魔法は得意分野だからね。あー僕にもっと筋肉があればなぁ。身体強化かけても相手も同じ土俵だから、根本的な膂力の差は埋まらないんだよなぁ。」

以前、剣術の授業中にデュークから『ムキムキになってどうする。』と言われたことなど記憶の遥か彼方だ。

歳を重ねるごとに差が広がる膂力や筋力の差に、男と女の根本的な違いを見せつけられている気分になる。

「女性のボディビルダーだっているっていうのに、頑張って鍛錬しても線が細いままなんてどうしたらいいんだろうね。従軍医師になりたいからって、騎士団入りを目指してるアル兄様でさえ線が細いままなんだよ?もうこれ、メイディー家の呪いだよね。加護の血筋っていうか、筋肉がつかない呪いの血筋だよ。」

多神教で信仰心の強い世界なのに、そんな神を冒涜するようなことを呟きながら森の中を進む。

「はぁ。手首だって細いままだしさ。先輩の片手で事足りるってどーなの。先輩って多分男性平均か、気持ち小さいかくらいだよね。170cmは越えてる見た目だもんなぁ。先輩がよっぽど大き目の手とかじゃない限り、大体の男の片手で抑え込まれるってことじゃん。わーそれは嫌だなぁ。大体なんで僕が襲われる側なのさ。僕を襲うくらいなら襲わせろ。口説かれるより口説く方が楽しいんだよ。僕を快楽堕ちさせたいなら、もっと経験値上げてから来いっての。下手くそすぎて、どの口が言ってんだって話でしょ。っていうか、なんで男相手に襲ったり口説こうと思うわけ?それが許されるのは二次元だけでしょ。まずそこからだよね。」

気が付けば昨日と同じ愚痴に行き着きながら、ガンガン剣を振るって魔物を倒していく。

「ふふふ、一の森と違って、二の森の方が幾分かしぶといヤツが多いよね。いいよ……もっと僕を楽しませてよ。そのためにしにきたんだから。」

一の森と同じに見えるフォレストベアでも、より瘴気の濃い二の森で沸いたフォレストベアの方が単純に強い。
力やスピード、その皮の硬さだけでなく、絶命に至る一撃を貰った後の抵抗が激しいのだ。

血の雨を降らしながら暴れるフォレストベアを、アシェルは笑いながら翻弄する。

基本的に絶命させるだけの攻撃を首に与えたら、それ以上は攻撃しない。
余計な傷をつけると、ギルドに持ち込んだ時に価値が落ちるからだ。

「あぁ、やっぱりデカいやつは駄目だなぁ。しっかりトドメをさしてあげないとしぶといし、出血量が多すぎる。結局髪まで血まみれじゃないか。」

死に至る最後の一瞬まで、その命の炎を激しく燃やしながら死に抵抗する姿に、その生命力に。アシェルはゾクゾクとするような興奮を感じる。
幼馴染達を戦闘民族だと言った時に、アシェルもだと言われて違うと思ったが、どうも同類だったようだ。

「ん?おかわりが来たみたいだね。大丈夫、君の相手も最後までしてあげるからね。せっかく頑張ってるのに、見向きもされないと悲しいでしょ?」

振り降りてくる血飛沫を浴びた毛皮のついた腕を、後ろに跳んで躱しながら、着地した地面を蹴りそのまま高く跳ねる。

アシェルが居たはずのところに、新たにやってきたフォレストベアの腕が振りかぶられた。

「せっかちなやつは嫌われるよ?もう少しゆっくりしててよね。先客の相手が終われば、ちゃんと君の相手もしてあげるから。」

言いながら、新手の前かがみになった背中に着地し、その首筋に一太刀浴びせる。
浅いその一太刀は致命傷にはならないが、次の一手は毛皮の奥の柔らかい肉を切り裂くことができる。

ついでに先程から近くに他の冒険者の気配がするのでマーキング代わりだ。

最初の一体目は、失血でふらふらしている。
一応腕を振りかぶっているが、これで終わりだろう。
その倒れ込んでくるような腕は避けるまでもなく、アシェルからは外れている。

それをただ立ってみているアシェルが危なく見えたのだろう。

「危ないっ!逃げてっ!!」

という、どこかで聞いたことのあるような叫び声が聞こえてくる。

ドシーンと大きな音を立てて、物言わぬ躯となったフォレストベアが地面に転がった。

新手のフォレストベアが、その後ろ首に傷をつけたアシェルではなく、叫び声の集団をロックオンしたのを感じる。

飛び出してきた剣や杖を構えた5人組は、フォレストベアと睨み合っている。
——いや。杖と弓を構えた後衛の中に混じっている一人はサポーターだ。
それも、いつぞやに見たことのある顔な気がする。

『ストレージ』に物言わぬ躯となったフォレストベアを仕舞い、アシェルは加勢にきたであろう集団に冷たい目を向ける。

「獲物の横取りはご法度だって、ギルドで習わなかったのかな?」

その言葉に、恐らく剣士でリーダーの男が声を張り上げて返してくる。

「はぁ!?この状況で何言ってやがる!そんなで、フォレストベアをヤれるわけないだろ!仲間はどうした!?生きてるなら助けてやるから教えろ!」

その男の言葉に、アシェルのこめかみにピシリと青筋が浮かぶ。

「……ふぅん、君には僕がか弱い傷だらけの女に見えたんだね。そっかぁ、心外だなぁ。——いいから雑魚は、そこで大人しくしててくれる?勝手に動かれても邪魔なんだよね。」

頭にきたアシェルは『拘束バインド』で集団の足を地面に縫い付けた。
今回はあのサポーター君も一緒にだ。

そして五人組に今にも襲い掛かろうとしているフォレストベアの背中に、剣の柄を思いっきり叩きつけた。
これくらいなら傷物にはならないだろう。

グオォォォォとフォレストベアが雄たけびを上げて、攻撃対象をアシェルに変えた。

「なっ!?お前っ!!っ、あ、足が、どうなってんだ!?」

威勢の良い男が尻もちをついて、大声で慌てふためいている。
周囲のメンバーもそれに気づいたようで、どうにか動こうと慌てている中、一人直立の姿勢を崩さなかったサポーター君が口を開いた。

「やっぱり!あの時のアドバイスをくれた貴族様!」

フォレストベアが全身を使ってタックルしてくるのを横に飛んで躱す。

「あぁ、やっぱり君はあの時のサポーター君?ごめんね、もう少しそこで大人しくしてて。」

「はい!」

サポーター君はアシェルが負けるなど全く思ってないようで、キラキラとした瞳を向けてくる。

「ふふふ、可愛い観戦者がいるけど、それと一緒に煩いのがいるから。早く終わらせちゃおうね。」

躱した時に着地した足で、トンッと地面を蹴り身体を捻りながらバク宙するようにして、空へ跳ねる。
通り過ぎて行ったフォレストベアの背に着地しながら、重力の乗った剣を傷をつけておいたその場所に突き立てた。

その衝撃と痛みにフォレストベアは、上体を上げ腕を振り回そうとするが、アシェルは上半身を上げた動作に合わせて足に力を込めて剣を抜き、そのまま後方の地面に着地する。

剣を引き抜いたと同時に、生暖かい血の雨が降り始めたのを感じながら、あとは五人組に近づけないように位置取りしながら踊るだけだ。

「あぁ、やっぱり邪魔だなぁ。サポーター君がいなければ彼らのことなんて、どーでもいいんだけどね。流石にサポーター君に血飛沫が飛んじゃうと可哀想でしょ?だからこっちで僕と遊んでよ。」

血塗れになりながら軽やかに舞い、笑みを浮かべてフォレストベアに話しかけるアシェルに四人の冒険者達は呆然としている。

そして最初の個体と同じように、最後の力を振り絞った後その巨体は地面に転がった。

それをすぐに『ストレージ』に仕舞いこんだアシェルは、五人に歩み寄る。

「貴族様凄いです!」とキラキラした瞳を向けてくれるサポーター君以外は、恐怖の色を隠しもしないでアシェルを見ている。
——あまり負の感情を乗せた瞳で見ないでほしい。

「で、そこの剣士君。“傷だらけの女1人じゃフォレストベアはヤれない”なんて言ってたけど。そんなに僕の戦いは見るに耐えなかったかな?……ん?あぁ、そうだね。全部返り血とはいえ、血塗れの人間は怖いよね。『クリーン』。これで会話してもらえるかな?」

四人の瞳から恐怖の色が消え切ったわけではなかったが、それでも幾分かマシになった気がする。

リーダーと思われる剣士の男が、少し震える声で喋り出した。

「……失礼なことを言ってすまなかった。その……先に拘束を解いてもらえるか?」

「サポーター君が最初に声をかけてくれた時点で解いてるよ。もし手違いでフォレストベアがそっちに突っ込んだら、逃げれないと困るでしょ?」

アシェルがそういうと、四人はそれぞれ「本当だ。」と言いながら足を動かしている。

杖を持った魔法使いであろう少女が口を開く。

「あ、あの!私達この近くで野営するつもりなんですが、もしお一人でしたら一緒にいかがですか??このバインド、無詠唱ですよね!凄いです!!」

前衛の剣士二人と、弓を持った後衛一人は「そんなに凄いのか?」と首を傾げている。

魔力のほとんどない、普段魔法を使わない人間からすれば、生活魔法や魔道具で魔力を使う程度なので分からないのだろう。

「可憐なレディのお誘いはお受けしたいところだけれど、パーティーなんだから皆の意見を聞いてからじゃないと駄目だよ?」

先程までの冷たい視線と声とは打って変わって、にこっと笑って諭すような優しい声で話かけるアシェルに、魔法使いの少女は頬を染める。
恐怖の色が全くなくなったことに、やっぱりイケメンの笑顔は効果抜群だな、なんて思ってしまう。

「僕は、貴族様と一緒の野営は大歓迎です!」

そこにサポーター君がサッと口を挟む。

「その貴族様って止めてよ。冒険者をしている以上、ここでは身分は関係ないからね。アシェルって呼んで。」

「アシェルさんですね。僕はトーマです。助けていただいたあと、あのパーティーを抜けてここに拾ってもらったんです。」

「今度は他の冒険者を助けようとしてくれる、良いパーティーメンバーに巡り合えたようでよかったよ。」

そんなアシェルの言葉に、トーマというサポーター君は「はい!」と笑顔で返事した。

「このパーティーのリーダーをしてるガルドだ。旅は道連れっていうし、一緒に野営をするのは賛成だ。」

リーダーと思われた男はガルドという名前だった。

もう一人の剣士と弓使いも順番に自己紹介してくれる。

「パーティーメンバーで剣士のジンだ。是非、一緒に夜を越してもらえると助かる。」

「弓使いのユウナです。私も一緒に野営をお願いしたいです。」

「あ、申し遅れました。私は魔法使いのアーニャです。アシェルさん、よろしくお願いします。」

「満場一致ならお邪魔させてもらおうかな。どこで野営するかは決めてあるんだよね?」

本来、目印のないまま森の中を歩くのは自殺行為だ。

どこかに野営地を決めて散策していたのだろうと当たりをつけて尋ねれば、アシェルの目指していた川べりで夜を越す予定だったことが分かる。

アシェルに出会ったのは散策に出た帰りだったようだ。彼らの付けた目印を辿りながら少し歩けば視界が開けた。

森から河原になり、川の向こうには三の森が広がっている。
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