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第一章 非公式お茶会

13 初めての非公式お茶会①

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Side:アシェル4歳 秋



夏が終わり、すっかり空気が涼しくなった秋の日。
季節が冬に変われば5歳になるこの年は、友人同士である母親達の5歳になる子供たちが集められ、“非公式お茶会”をする年だ。
ほぼ一日会場で過ごすらしいので、お茶会という名目の親睦会だともいえる。

10月の初週は年に一度、各地の貴族たちが夜会に参加するために集結する。王宮主催夜会の前日にあたる今日がお茶会の日だった。

「アン兄様、アル兄様、メル。私の格好はおかしくないかな?」

さらさらとした銀髪は片側に寄せて一つに結んでもらった。

白のシャツの首元には深い青のクロスタイ。タイピンとカフスボタンは瞳の色に合わせてアメジストを用いたものにした。

フロックコートと呼ばれる上着とベストは濃紺で、上着の襟の縁にはぐるりと銀色の刺繍が施されている。
スラックスは上着やベストと違い、青味の強い灰色だ。
靴はかっちりとしたショートブーツにした。

会場がまさかの王宮であるため、派手すぎない装飾が入っていたほうがいいのだそうだ。

「うん、よく似合ってるよ。」

「最近は言葉遣いも違和感なくなってきたし、ちゃんと男の子だぞ。」

「アシェ義兄様はかっこかわいいのですわ!」

三人の兄妹からそれぞれ感想を貰い自信が付く。

男装の許可を取ってから約十か月。
一先ずの目標を今日のお茶会参加日に決め、勉強を頑張ってきたのだ。

ドレスと男装時の言葉や仕草の使い分けにも慣れて、体力もかなりついたと思う。
元は護身術程度に習っていた剣術を本格的に習いだし、乗馬も簡単に走る程度なら問題なくなった。
習い始めのころは酷い筋肉痛に悩まされていたものだ。

メルティーは“お義姉様がお義兄様になったから、お義兄様が増えた。”という謎理論で、ドレスの時はお義姉様、ズボンの時はお義兄様と呼んでくれている。

メアリーとの距離感は、とりあえず改善したと思う。

ドレスを着ていると未だに少し怖い視線が飛んでくるが、ズボンで過ごしていれば兄達に注がれる視線と変わりない。言葉もそれなりに交わせるので、特別女の子が苦手な子供嫌いだったのだと思う。

「王宮までお見送りに行ってあげたかったんだけど、ごめんね。」

「いいえ、大丈夫ですよ。第一王子殿下と第一王女殿下がいらっしゃるんですよね?アン兄様とアル兄様に会いに来るのに、家を空けるわけにはいかないでしょう。」

そう、このタイミングで第一王子グレイニール殿下と第一王女アビゲイル姫殿下が我が家にやってくる。
シェリーとアンジェラ王妃が幼馴染だったらしく、その関係もあってか王子と王女は兄達の幼馴染らしい。

お忍びとはいえ王族がやってくるため、邸の中は朝からバタバタとしていた。

「いってらっしゃい、気を付けてな。」

そんな準備の中、初めての社交に出掛けるアシェルを見送りに来てくれていたのだ。

今からメアリーに付き添われて王宮に向かい、また帰りに迎えに来てもらうことになっている。
来客準備がある中でお留守番をさせられないので、メルティーも一緒に馬車に乗り込んだ。

あとは着替えを持たせた侍女が一人、サーニャが付き添ってくれることになった。

「いってまいります。」

わくわくしながら馬車に乗り込み、王宮へ向かった。





ヒューナイト王国の王都は綺麗な円状の城壁に守られていて、東西南北に出入りするための門がある。

円の中央に四角く囲まれた場所が王宮で、中央の立派な王宮と、そこから回廊で繋がった離宮が四隅に建てられている。

王宮から放射線状に街路が伸びており、8つのエリアに分かれている。

北門に向かう街路を12時方向として時計回りに。

貴族向けの王立学院と、王都民の平民向けの学校がある【学院エリア】。
王立学院は全寮制のため敷地は広く、貴族が通うことから学院をぐるっと塀で囲まれている。

外壁沿いに小規模のダンジョンがあり。冒険者ギルドや冒険者向けの店や宿、商業ギルドなどの大きな窓口となる建物がある【冒険者エリア】。
王宮の城壁沿いには王立病院が建っていて、診察から入院、新薬の開発なども行われている。主な患者は怪我をした冒険者だ。

各種工房や工場の並ぶ【工業エリア】。
中には店舗を持たず、工房で直接お客様とやり取りする職人もいるらしい。店舗や工房の二階に住居を備える店も多い。

アシェルたちも住んでいる【高級住宅街エリア】。
貴族たちの住宅が建ち並んでいるが大体は領地に家を持っており、タウンハウスという第二の自宅か、別荘のような扱いの家が並んでいる。普段は使用人しか暮らしておらず、社交界シーズンだけ王都で暮らすという貴族も少なくはない。

【高級商業エリア】はドレスや装飾品から、高級食材や家具、雑貨まで。平民では手が届きにくかったり、全く届かない商品を取り揃える店舗が並んでいる。会員制サロンやオペラ会場、高級レストランもこのエリアにあった。
一角には必要時だけレンタルしているタウンハウスもある。レンタルタウンハウスは、王都でタウンハウスを購入・維持できない下位貴族が、必要に応じて借りるためにあった。

【商業エリア】は庶民向けの店が建ち並んでいる。
商業エリアの真ん中あたりには噴水広場があり、屋台で買った食べ物を広場で食べる人も多いという。大衆向けの食堂や居酒屋もあり、ご飯時は賑わうそうだ。

【住宅エリア】は沢山の民家が立ち並んでいる。
工房やお店兼店舗だったり、住み込みで働いていない限り、平民はこのエリアに住んでいる。

最後に【大聖堂エリア】。
大聖堂と孤児院、魔法庁がある。この三か所と学院関連の職員向けの住宅街もある。

各エリアを分ける街路はまっすぐ広く、東西南北の街路はそれぞれ外壁にある門に伸びている。
城壁、外壁、街路……身近な部分だけでも気味が悪いほど綺麗に分割されている。
世界地図は大きなくくりの領地が、これまた綺麗に区分けされている。

神の御業というやつである。



馬車に揺られて城門を通ってから数分揺られ、王宮の門の前で降りる。
馬車には家紋が入っているため、身分を隠すという趣旨から門で降りるように指示されていた。

そこからは赤い制服を纏った騎士に案内され、北東方向にある離宮のサロンに通された。
離宮の入り口からではなく、王宮と離れの間にある庭園のテラスからだ。

サロンの中では、一つのテーブルには二人の大人が。もう一つのテーブルには子供が四人座っていた。

大人のうち一人は、涼やかなウェーブを描くアイスブルーの髪に、北辺境伯であるウェンディー辺境伯爵家直系のサファイアブルーの瞳——アンジェラ・ナイトレイ王妃。

「ようこそいらっしゃいました。シェリーの子供……で合ってるかしら?事前に聞いているとは思うけれど、このお茶会は非公式なもので、子供同士の交流を目的としているわ。余計なしがらみを無くすためにも家名は名乗らず、名前だけ自己紹介で教えて頂戴ね。多分、名乗らなくても分かってしまうかもしれないけれど……気にせず過ごしてもらえると嬉しいわ。そうそう、わたくしのことはアンジェラと呼んでくださいね。アークのお母様、でもいいわよ。」

椅子に座ったままのアンジェラから、耳にすっと染み込むような声で必要なことが述べられた。
本来であれば王妃様と直接言葉を交わすというだけでも恐れ多いことだが、それを気にするなという事なのだろう。

「この度はお招きいただきありがとうございます。わたくし、メアリーと申します。この子がシェリー様の子、アシェル。もう一人はわたくしの子のメルティーです。こちら夫のアベルから、アンジェラ様へ渡すように預かった手紙です。」

メアリーがカーテシーをして挨拶を述べる中の紹介に合わせて、アシェルとメルティーも礼をする。
サーニャが取り出した封筒はサロンの壁際に控えていたメイドに渡され、アンジェラの手元へ渡った。

「ありがとう。アシェルはお預かりするわ。16時までには解散するから、それくらいにお迎えの馬車で来ていただけると助かるわ。」

「あの……失礼を承知で。子供同士の交流とのことですが、よろしければメルティーも参加させていただけないでしょうか。アシェルの一つ下の4歳になります。」

え、とメアリーの横顔を見る。招待がないのに参加したいなんて、いくら非公式の無礼講をうたわれていても無礼すぎる。
公爵家の娘ではあるが連れ子なため、今後社交界で肩身の狭い思いをする可能性があることは知っている。ので、メアリーは出来れば先入観のないメルティーの友人を作りたいのだと思う。

とはいえ、切羽詰まったような声で発されたこの言葉は心証が悪いだろう。
こんな時に対抗心を燃やさないでほしいと思う。
メルティーに友人を作ってあげたい気持ちは分からなくもないが、そのタイミングは初対面の今ではないことは確かだ。

案の定視界の端では、アンジェラが少し眉根を寄せていた。

メアリーの後ろに立っているメルティーは、何を言い出すんだとばかりにぶんぶんと首を横に振っている。

「アシェルはお預かりするわ。16時にお迎えに来てあげて頂戴ね。」

にっこりと、それでも有無を言わさない強さを持った声が通る。

「し、失礼しましたっ。また16時に伺います。」

慌てて頭を下げたメアリーはメルティーの手を引いて、案内してくれた騎士に付き添われサロンから出ていった。

「お義母様が失礼いたしました。」

アンジェラに向き直り深々と頭を下げる。

「いいのよ。ここでのことを大きくするつもりもないもの。それにしても……本当にシェリーにそっくりね。」

先ほどの作られた笑みとは違うふんわりした微笑みに、ほっと胸を撫でおろした。
ことを大きくするつもりはないというが、ここでアンジェラの印象が悪くなりすぎると、メルティーどころか今後のメアリーの社交界にも影響が出てしまう。

アベルやアレリオン達がシェリーに似ていると言ってくれていたが、身内びいきな発言だと思っていた。
だが、こうやってシェリーの友人から言われるということは、本当に見た目はそっくりなのだろう。

「ありがとうございます。」

「あぁ、そんなに硬くならないで。ここでは皆貴族ではなくて、ただの子供と母親よ。さぁ、あっちのテーブルについてちょうだい。もうすぐ皆揃うと思うわ。」

アンジェラに促され席について間もなく、二組の親子がやってきてお茶会の開会となった。





皆初対面ということで、順番に紹介される。
紹介してくれるのはアンジェラで、順番はサロンに到着した順だった。
このあたりも家格を匂わせない為だろう。

アンジェラの子供、アークエイド。
王家直系の証である漆黒の髪はボブカットで、アンジェラから引き継いだであろうサファイアブルーの瞳は切れ長だ。色白で作り物のように綺麗な顔立ちだが、表情がなく冷たい印象が強い。
紹介された時も少しだけ口元に笑みが浮かんだが、目元の動きがなさすぎて無表情のままのほうがましではと感じた。

エラート。
暗赤色の短髪は襟足のみ長く、小さな尻尾をぶらさげているようだ。彫りの深い目鼻立ちに力強いワインレッドの瞳。子供ながらしっかりした体つきと背の高さ、小麦色の肌が相まって精悍な印象だ。
しかし笑うと子供らしい無邪気な笑みを浮かべており、人懐っこそうだった。
母親は亡くなっているらしい。

サマンサ。
深緑の髪はしっかり結い上げられており、青緑の瞳に少し日焼けした肌。大人の中でも小柄で身体のメリハリも少ない。
童顔なため、まだ未婚だと言われても疑われなさそうな容姿をしている。

サマンサの子供、ノアールとエトワール。
ショートカットの栗色髪に、アスノーム辺境伯爵家直系の証である明るいシトリン色の瞳。
双子の兄ノアールと弟エトワールは黙って並んでいるとそっくりだが、性格は正反対なのだろう。真面目に挨拶したノアールに対し、エトワールの挨拶からは活発そうな印象が与えられた。

次いでアシェルの紹介をされる。

キルル。
狼獣人で白灰の髪と三角の大きな耳にふさふさの尻尾。キリっとした橙色の瞳は縦長瞳孔で獣人の特徴が色濃い。背が高く、全身が筋肉質。ドレスを着ているのに豪快に笑う姿は違和感がある。
純血獣人にはドレスが窮屈で非公式なんだからドレスを着たくないと言っていたが、サロンに入れてもらえなくなるわよ、とアンジェラに却下されていた。

キルルの子供、マリク。
狼獣人と人間のハーフらしいのだが、今はまだ人化の習得が完全に済んでいないらしい。ちゃんと二本足で立っているのに、首から上と手首から先は人間だが、服に包まれた全身は毛皮に包まれていてもこもこしている。
耳と体毛、尻尾は青灰色で、キルルそっくりな橙色の瞳は縦長の瞳孔だった。ハーフなのに縦長の瞳孔ということはテイル公爵家の直系の証がでているということだ。
挨拶中、耳も尻尾もピンとたてられ視線はきょろきょろ動いていたので、すごく警戒心が強いようだった。

フィアフィー
浅緑色の髪は肩までの前下がりボブで青緑の瞳。
貴族女性で髪の毛が肩よりも短いのはとても珍しい。
女性としては背が高めだがキルルよりは低く、女性らしい豊満な身体つきがドレスの上からでも分かってしまう。

フィアフィーの子供、リリアーデとデューク。
二人とも薄緑髪に、シルコット辺境伯爵家直系の証である澄んだエメラルドグリーンの瞳は、目尻の上がった吊り目だ。目付きがきつすぎるわけではなく、アーモンドアイと呼ばれるものだろうか。
双子の姉であるリリアーデは胸下まで伸ばした髪の毛を姫カットにしていて、もし黒髪であれば日本人形のように見えたのだろう。
双子の弟であるデュークは顎先までの長さの前下がりボブだった。
挨拶での印象は、明るく面倒見のいいお姉ちゃんと、落ち着いていてお姉ちゃんを気にかけている弟だ。
リリアーデが“授け子”のため、何か気になったことがあればデュークに聞いてほしいと言われた。


以上、大人4人、子供8人がこの非公式お茶会という名の親睦会の参加者だ。
今回、各地の貴族達が年に一度必ず集まるらしい王宮主催夜会にあわせて開催しているためフルメンバーだそうだ。

今後一か月に一度開催予定だが、王都に住んでいないサマンサ親子、フィアフィー親子は年に一度の参加になると告げられた。

二組の双子と文通をしたい場合はアンジェラが窓口になり、月一のお茶会で受け渡しすることになった。

自由に移動が可能な範囲は、このサロンのある離宮の1階エリア——サロンと続き間になっているソファーのある応接間、廊下を挟んで向かいの書庫。
あとの部屋は着替えなどが必要になれば必要に合わせて案内される。

サロンに面したテラスと目の前に広がる庭園——庭園は広く、花が咲き乱れる庭から、小さな森のようなエリア、草原のような広々としたエリアと、すこしずつ色々な要素が取り入れられている。
不審者の侵入を防いだり子供達が範囲から出ないように、境界になる付近には衛兵が立っているとのことだ。

人払いをしている上に非公式ではあるものの、今のメンバー以外の貴族と出会った場合はマナーを遵守するように言い含められた。

自己紹介が終わったところでテーブルは大人と子供に分かれ、お茶菓子と紅茶が運ばれてくる。
希望でジュースも出してくれるらしい。

アシェルはそっと、同じテーブルに座った子供達を見渡した。

(これだけ直系色がでた子供達が揃ってて、家名を隠した意味って……。)

家名が分からないのはエラートだけだが、その小麦色の肌からしてフレイム地方出身か、コンラート地方出身であることは分かった。
少なくとも親のどちらかは、その地方の血が色濃いはずである。

だが他は紛れもない、王家と四大公爵家か四大辺境伯爵家の直系達だ。
アシェルもその一人である。

この王家と8家は必ず直系の子供に出現する特徴(大体は髪か瞳の色)と“加護持ち”が現れる可能性がある。

加護持ちは一般的な総魔力量を使い切ったあとに倦怠感や失神で動けなくなることなく、潜在魔力の予備タンクから魔力を引き出すことができる。
そのため随所に魔物が溢れるこの世界において、魔力量が多いことは戦力として大きなアドバンテージとなる。

だが無条件に引き出せるわけではなく、“潜在消費”してしまうと各家毎に違った“衝動”が起きる。
その衝動を緩和し潜在魔力を回復させるには、時間だけでなく特定の“回復手段”が必要だった。

メイディー公爵家であれば、衝動は喉の渇きという水分への渇望。
回復手段は加護持ちが作ったマナポーションの服用となる。

そのためメイディー公爵家の子供達は真っ先に錬金術について学び、マナポーションを作れるようになる。そしてそのマナポーションは常に身に着けることになっている。
各家の加護と回復方法についてある程度は周知されているが、一般的に詳しく知られているのは一部だろう。
我が家の加護はかなり回復しやすい部類だと言える。

今現在もアシェルの腰にはポーションの入った試験管状の薬瓶を挿したホルスターが、ベルトのように装着されている。普段使いのモノよりちょっと豪華な刺繍入りだ。
正装には少し武骨だが、メイディー家の者が必ず何かしらの形でホルスターを装着しているのは有名なことだった。

夜会であれば上着やベストに仕込ませることも多いのだが、今回は上着を脱ぐかもしれないのでベルト型のホルスターを選択した。

直系は第一子にその加護が現れることが多いが、現れないこともある。第二子以降にも現れることもあるし、直系の何人に加護が出現するかはその時々だ。
その検査は大抵、王立学院入学前に行われることになっている。

潜在消費までいってしまうとマナポーションだけでは気休めだが、少しは回復を助けるはずだ。

(何人かは直系が多いことに気付いてるよね……。今度からマナポーションは多めに持ってこよう。)
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