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第一章 非公式お茶会

11 ねーさまがおーじさま①

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Side:アシェル4歳 冬



メアリーとメルティーがメイディー公爵家にやってきてから1年が経った。

素直で可愛い義妹との関係は良好だ。

兄達も最初はどう接するか戸惑っていたようだけれど、今では私もメルティーも同じように可愛がって愛情を注いでくれている。
メルティーも最初から血の繋がっている兄妹であるかのように、アシェル達を慕ってくれていた。

アベルも今までと同じように愛情を注いでくれる。だが元々忙しくてあまり時間が合わなかったのに、メアリーと一緒に過ごす時間が増えたため、一緒に過ごす時間は少し減ってしまった。
しかし元々アベルにべったりというわけではなかったので、あまり気にならなかった。
家族の為に働いてくれているのは分かっているので、そんなところで我儘を言うつもりもない。

それよりもメルティーが、父親の愛情に飢えてないかという方が気になるくらいだ。
その分はしっかりアシェル達が愛情を注いであげようと思う。

メアリーは——はじめて会った時のように、じっと怖い目でこちらを見続けることは無くなった。
あまり視線を合わせないようにしているようにも感じる。

しかし全く視線が合わないということはなく、やっぱりアシェルをみる視線には時折不快そうな色が宿っていて、嫌われているんだなと感じてしまう。
メルティーと一緒に居るとより一層強く視線を感じ、アベルと一緒にいるとさらに怖い気がする。
メアリーはアベルが大好きだから、子供とは言え女性が好きな相手の傍にいるのが嫌なのかなと思う。

兄達がすることにはあまり興味を示さないのに、アシェルがすることには目聡かった。

アシェルがドレスを仕立ててもらったり、教育を受けることになったりすると、メルティーにも同じようにしてほしいとアベルに訴えるのだ。
義理の家族というのに負い目があるのか、差別をしないでほしいという気持ちの表れかなとも思う。歳も1歳しか違わないし同じ女の子だから、アレリオン達よりもアシェルと比べてしまうのだろう。
ただ、あれもこれも真似っこしようとしてくるのは、監視されているようで嫌だった。

なによりお金がかかる。公爵家という体裁のためにもある程度の贅沢は仕方ないと思っているが、必要ではないドレスを仕立てたりして無駄遣いをするのは良くないと思うのだ。

貴族の生活費は、基本的には領民たちの税金だ。アベルは王宮務めだから領地からとは別にお給金を貰っているが、だからと言って無駄遣いをしていいわけではない。

せめてもの救いは、メアリーが自身の装飾品を贅沢にしようとはしないところだろうか。
公爵夫人として侮られない程度には着飾っているが、身の回りのものは本当に最低限であるように感じる。

せっかく一緒に暮らしているのだから、アベルやメルティーのためにもメアリーと仲良くしたいとは思っている。
ついでに無駄遣いを減らしてもらえると、とっても嬉しい。

のだが、どうしたらメアリーがアシェルに抱いている不快感や対抗心を取り除けるのかが分からなかった。
よくある継母に虐められる物語のように、嫌味を言われたり体罰を受けることは無い。
そのため、距離をとるのも違う気がする。

メアリーがアベルに向ける優しくて信頼感に溢れる視線が欲しいわけではない。メルティーに向ける慈愛の籠った視線が欲しいわけでもない。
アレリオン達に向ける、ほんの少し親しみのある視線が貰えればそれで十分なのだ。

目指すは嫌われ者ではなく、ちょっと挨拶や喋ったりする程度のクラスメイトに向けられる視線だ。

せっかく家族仲がいいのにアシェルとメアリーだけ和解できていないのは、どう見ても今後メルティーの情操教育に影響してくるだろう。

(もしかして子供が……女の子が嫌いなのかしら?自分の産んだ子は可愛いっていうし、メルはお義母様の子でしょ。その上大好きな男性の傍に女がいることで、警戒してるとか?子供相手に大人げないと思うけど。お兄様達は子供だけどもうある程度大きいし、大人っぽいから、ただの子供嫌いの可能性もあるけど。)

ない頭を捻って考え付くのは、子供嫌いという結論だった。子供の中でも特に女の子が嫌いな可能性もある。
前世の孤児院でも、女の子だったから捨てられたという子供もいたのだ。

となると——。

「ねぇ、サーニャ。お母様のお部屋に行ってもいい?メアリーお義母様じゃないほうの。」

「アシェルお嬢様はいつでも入っていいことになっておりますから、大丈夫ですよ。それにしても、お一人でシェリー様のお部屋に伺うのは珍しいですね。」

アシェルを産んで亡くなるまで生母であるシェリーが使っていた部屋は、今もそのままにされていた。
時折兄二人に連れられて訪問し、思い出話を聞かせてくれる部屋だ。

案内されて入ったシェリーの部屋はかなり大きな部屋で、ただでさえ広い邸の部屋を2つ分繋いだような横長の部屋。
シェリーが生きていた時は、この部屋で子育てをしていたそうだ。

中庭が一望できる眺めと、窓際に置かれた大きな寝台。
寝台や家具には埃避けのカバー代わりのシーツがかけられている。

部屋にミニキッチンとお風呂と洗面室、トイレもついていて。今も定期的に掃除が入っているため、どこを見ても綺麗な部屋だ。

部屋には扉がいくつかついており。衣裳部屋とは別に侍女が待機する部屋、医師が寝泊まりする部屋が2つずつあった。

今はこの計4つの空き部屋には、アシェル達の昔使っていた玩具や洋服が詰められている。

勿論全部ではないが、もともとシェリーが思い出にと自身の衣裳部屋に、子供達の着れなくなった洋服や玩具を保管していたのを、母が亡くなってからも続けているのだという。

——ということはだ。

(あった!お兄様達の小さい頃の服!)

綺麗に仕舞い込まれている思い出の中から、違和感なく着れそうなサイズのシャツとベスト、スラックスのセットを拝借する。
なるべく装飾の少ないものを選んだので、普段使いだったものだと思われる。

近くにもっと小さいサイズの服が並んでいるので、恐らくこれはアレリオンが着ていた服で、隣の小さいのがアルフォードの着ていた服なのだろう。

付き添ってくれているサーニャは怪訝そうな顔をしながらも、口出ししてくることはなかった。
危険なことでなければ基本的にやりたいようにさせてくれるのだ。



ワンセットを自室に持ち帰り、サーニャを廊下に追い出した。
不可思議な行動に流石に苦言を呈されたが、すぐに部屋に呼ぶからと押し切った。

サーニャが部屋を出て行ったのを確認してから、さっさとドレスとドロワーズを脱ぐ。
なるべくしわにならないようにソファーの上に広げておいた。

シャツ、スラックス、ベストを着用し、鏡を覗き込む。
貴族令嬢だが、前世は自分のことは自分でやっていたのだ。一人での着替えもお手の物だ。

(うんうん、アン兄様の髪色を銀髪にしたらこんな感じかしら。)

ご令嬢達は乗馬訓練でぴったりめのスラックスをはくのも嫌がる人がいるというが、前世はほぼズボンですごしていたのだ。何の抵抗もないどころか、重たく動きにくいスカートで過ごすよりも楽である。

足捌きや所作はお兄様達を真似すればどうにかなる、と思う。
平民のようだと言われないようにだけ気を付けなくてはならない。

ハーフアップにしてあった髪を解き、アベルがしているように片側の三つ編みにして結ぶ。

毛先が巻かれているので三つ編みにしたが、まだ胸元までの長さなので、アレリオンのようにただ結んでまとめるだけでもいいかもしれないとも思う。

思い出部屋に靴は流石になかったので、ヒールや装飾の目立たない焦茶のものを引っ張り出して履く。

もう一度鏡で全身を確認すると、そこにはどこからどうみても、ちょっと良いところのお坊ちゃんが立っていた。

(さすがお兄様達と同じイケメン遺伝子!わたくしの想像以上に男前だわっ!)

興奮でちょっと赤くなった顔が目に入り、深呼吸して気持ちを静める。

サーニャに怒られるかな、とは思うが、まずは第一関門だ。
メアリーの反応を確かめる前に、この格好で家族の前に出る権利を勝ち取らねばならない。

「サーニャ。」

扉に向かって名前を呼ぶと、コンコンと扉を叩く音と「失礼します。」の掛け声とともにサーニャが部屋に入ってきた。

そしてアシェルの姿を見て——固まった。

支える者の居なくなった扉が、バタンと音を立てて閉まる。

「どう?似合うかしら?」

乳母の珍しい姿を見たなと思いつつ聞いてみる。
自分では似合っていると思っているが、第三者の意見は大切だ。

「その……アシェルお嬢様?……なぜそのような格好を?それにお一人でお着替えになって、髪も結わえられたのですか?」

はしたない!と頭ごなしに怒られはしなかったが、サーニャは困惑している。
今まで一人で着替える姿を見せたことは無いし、着替えを一人で行っただけでも驚くだろうから仕方のないことだ。

「わたくしだってやればできるのよ。」

ふふんと胸を張り、未だに困惑しているサーニャに、何故お兄様の衣装を持ち出して着用したのかの説明をする。
きっと理由がなければ、このまま部屋から出るのは許されないだろう。
今のままだとただの遊びだと思われてしまう。

「ねぇ、メアリーお義母様は未だに、わたくしのことだけ苦手そうじゃない?」

「それは……。」

サーニャは否定の言葉を探しているようだが、その先に言葉は続かなかった。

「でね、考えたのよ。お兄様達には普通に接しているでしょう。メルはメアリーお義母様の子供だから置いといて。もしかしてメアリーお義母様は子供嫌いというか、女の子が苦手なんじゃないかって思うのよ。」

どう?とサーニャを見るが、困ったような顔をしているだけだ。

「もしかしたら、初めてお会いした日に睨んだように見えちゃって、嫌われてる可能性もあるのだけれど……もし女の子が苦手なんだとしたら、男の子の恰好をすれば嫌な気持ちになりにくいでしょう?——子供そのものが苦手だったら、打つ手なしなのだけど。」

「……お嬢様が考えあってそのような恰好をしたことは分かりました。ですが……その格好で旦那様達と一緒に昼食を摂られるつもりですか?」

「えぇ、そのつもりで着替えたわ。」

そう、そろそろお昼ご飯の時間だ。
反応が芳しくなかった場合、耐えがたい空気になるのは間違いない。

だが家族一同で会うのは食事の時間だけなので、タイミングとしては今がベストだと思っている。

夕食は少し豪華な服装になるので、流石に今着ている服で夕食には参加できなかった。

「——承知いたしました。但し。旦那様に叱られても、私はお嬢様を庇えませんからね。お傍にはおりますが、私に頼らないようにだけしてくださいませ。」

もし怒られるとしたら勝手なことをしたアシェルではなく、身支度を整えた侍女に責任が行くのだが、サーニャはちゃんとついてきてくれるらしい。
庇わないといいつつ傍にいてくれるというのは、なんだかんだで守ってくれるつもりなのだと思う。

見栄えが悪かったのだろうか。髪紐を綺麗に整えてくれた。

「ごめんね、ありがとう。」

心配そうな顔をしたサーニャにニコッと笑いかけ、食堂へ向かった。
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