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第一章 非公式お茶会

2 二人の優しいお兄様達

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Side:アシェル3歳 冬



「アシェルお嬢様、御夕飯の時間でございますよ。」

ぼんやりした頭に優しい聴きなれた声が入ってくる。

「お嬢様、坊ちゃま達がお待ちになっていますから早く起きてくださいませ。」

優しく起こそうとしてくれる声——乳母のサーニャに返事をしなくてはと思うが、瞼も口もなかなか開いてはくれなかった。

「お嬢様、失礼し——。」

「アシェルーまだ寝てんのか?もう晩ご飯だぞ!」

バンッと扉を開く音が響き、サーニャの声を遮って明るい少年の声が響く。と同時に、ベッドに寝転ぶアシェルに重たい熱源が飛び込んできた。

「ぐみゅっ。」

自身よりはるかに重たい体重をかけられ、情けない声が出ると同時に覚醒する。
息苦しくて話せないので、手足をじたばたと動かしてもう起きたよとアピールした。

「アルフォード坊ちゃま!アシェルお嬢様が潰れてしまいます!!」

じたばたしているとサーニャが重たい熱源——アルフォード・メイディーを引き剥がしてくれた。
ぜーはーと荒い息を吐きながら、自分そっくりの色味を持つ4歳上の兄を睨みつける。

「あるにーたまっ!あしぇをころしゅきでしゅかっ!」

感情のままに喋るとサ行がとても残念な感じになってしまった。

目の前には何が楽しいのか、ニコニコと満面の笑みを浮かべたアルフォードの姿。

父や長兄と同じ透き通るようなアメジストの瞳は、父親似のぱっちり垂れ目だ。
アシェルとそっくりな青味のかかった銀髪は、父よりも少し強い癖っ気で耳の高さでポニーテールになっている。ふわっとしたポニーテールが動くたびにゆらゆら揺れる。
色白な肌とその見た目で、快活そうな言動がなければ女の子と言われても誰も疑わないであろう美少年だ。

——個人的な感想をいうと、色味や性格から。長兄がぱっちり垂れ目で、次兄が吊り目だったらさぞかし似合っていただろうと思う。

「おはよーアシェ。よく眠れたか?ほら、もう晩飯出来てるから食堂行くぞ。」

「ひゃぅっ。」

アルフォードはアシェルが怒っているのを全く意に介さず、ひょいっと抱き上げ一階にある食堂へと歩き出した。
抱っこしてもらえるのは嬉しいが、一気に視線が高くなりすぎてちょっと怖い。

「……あしぇはまだおこってるぅ……。」

「ごめんごめん、かわいー寝顔だったからつい抱きついちゃった。」

むすっとむくれた姿も可愛いなーなんて頬擦りしながら、アルフォードはご機嫌だ。

「もぅ……。」

「機嫌直してよ、可愛いアシェルレディ。今日のデザートはチョコレートケーキって料理長が言ってたぞ。早く食べたいだろ?」

「ちょこれーとけーき!!」

今まで怒ったふりをしていじけてた気持ちはどこへやら。
大好物のチョコレートケーキに脳内が占められ、にやにやがとまらない。

「しっかりご飯食べて、ケーキも食べような。」

「うんっ!」

一瞬で機嫌を直したアシェルに再度頬擦りをしながら、アルフォードが食堂までやってきた。
扉はアルフォードが開けなくても、メイドがさっとやってきて開けてくれる。

「おはようアシェル。ご飯は食べられそうかい?」

食堂に入ると先に着席していたアレリオンが声をかけてくれる。
名前はアシェルだったり、愛称のアシェだったりと色々だが、どうも自分の名前を覚え間違えないように配慮されているような気もする。
まだ舌っ足らずで自分のことをアシェとしか言えないので、そこから考えての恐らくではあるが。

すたすたと歩いたアルフォードは、アシェルをアレリオンの隣の椅子に座らせ、アシェルを挟むようにして席に着く。

まだ小さいアシェルに世話を焼いてくれる兄二人のいつもの席順だ。

左右から、食べやすいようにお肉を切ってくれたり、スープを上手く飲めないときは口に運んでくれ、口元を汚してしまった時にはナプキンで汚れを拭いてくれる。
一人で上手く食べれた時は、「よくできたね。」「えらいぞ。」と頭を撫でながら褒めてくれる。
激甘に甘やかされながらのお食事タイムだ。

「うんっ!ごはんたべて、けーきたべるの!」

両手を握りしめ意気込むアシェルを見た二人は、そっくりな笑顔でくすくす笑った。





「ごちそーしゃまでした。」

バランスのいい食事と、大好きなチョコレートケーキで満たされたお腹に幸せを噛みしめる。

不意にアレリオンの顔がぐっと近づいてきて、アシェルの口元を丁寧に拭ってくれた。
真っ白なナプキンが離れていくと、小さく「よし。」とつぶやく声が聞こえる。

口の周りを汚していたようだ。
食事中は上手に食べることに必死なのでそこまで気にならないが、改めて口元を拭われると。淑女として美男子の顔が近づいてきた照れと、精神年齢大人として恥ずかしい気持ちと、体年齢に引っ張られた情緒が感じる嬉しさで顔が真っ赤になる。

そんなアシェルを見て、アレリオンは満足そうな笑顔を浮かべている。

「今日のご飯もケーキも美味しかったね。後で料理長にお礼を言っておかなきゃね。」

「だな。そういえば……アン兄、父上は今日帰ってこれない日だっけ?」

父は王宮で宮廷医務官長として働いている。
医師という仕事柄、夜勤があり帰ってこれない日も勿論ある。しかし帰ってこれる日には夕食が始まる前か、間に合わなくても食べ終わるまでには帰宅していた。
父を待たずに食事を始めるのは、まだ小さいアシェルが早く寝れるようにだ。

「それが……今日は何も聞いてないんだよ。特に手紙も来てないみたいだから、何かあったのかな。」

さっきまで優しい笑みを浮かべていたアレリオンの表情が曇る。
それに釣られてアルフォードも眉根を寄せた。

基本的に真面目できっちりした性格の父だから、余程のことがない限り何かあれば一報はいるのだ。
その一報がないということは、父の身に何か起きたのではないかと心配してしまう。

いつもは優しくて頼れる兄二人も、まだ9歳と7歳だ。

周りに沢山の大人はいるけれど、皆使用人。
つまり身分的にアシェルたちは雇い主側だ。業務内容以外のことで頼ったり不安を見せるわけにもいかない。

本来であれば夫人が女主人として、家政を取り仕切り邸を切り盛りするものらしい。のだが、残念ながらメイディー公爵家には女主人がいない。

今は二人の兄が、アシェルの乳母で侍女長のサーニャと執事長のウィリアムと力を併せて屋敷を切り盛りしてくれていた。
3歳のアシェルでは邪魔になりこそはすれ、役に立つことはないだろう。

そんな上に立つものとしての責務を負っている二人は、弱音を吐いたり、眼に見える形で不安を表すことはほとんどない。
言える相手は、普段は家にいない父親相手だろうか。

記憶と年齢を合算すれば十分アシェルの精神年齢は大人なのだが、情緒は身体年齢に引きずられるようだ。
困り顔の兄達を見ていると、それだけで不安になってしまう。

「よし、とりあえずあと30分ほどここで待ってみようか。もしかしたら少し遅くなってしまっただけかもしれないし。アシェ、まだ眠くない?」

ちらりとアンティークな置時計を見ながらアレリオンが尋ねてくる。

「うん、あしぇもおとーたままつわ。」

にこっと目の前で微笑んだアレリオンが頭を撫でてくれる。
アシェルの背後ではアルフォードがメイドに、アシェル用のジュースと兄達用の紅茶を淹れるように指示していた。

のんびりと三人でお茶をしながら——アシェルはジュースを飲みながら——兄達が今日の授業について話している内容に耳を傾ける。

どの座学がどこまで進んだかから始まり、剣術、ダンス、魔法に錬金、薬草学——etc.。

それぞれの基礎どころか、ようやくこの世界の文字を理解し始めたばかりのアシェルには理解できない内容が多かった。

(何とか絵本を読んでもらって文字がアルファベットっぽいことは分かってきたけど。まだ本をスムーズに読めるほどじゃないのよね。前提になる基礎知識がないだけで、こんなにも意味不明に聞こえるのね。)

早く沢山本を読んで勉強して、大好きな兄達とお喋りできるようになりたいなと思った。

ジュースをすすりながら、楽しそうに話す兄達の会話を聞いて過ごし、毛色の違うイケメン二人に見蕩れる。
こんなに小さいときから美形なのだ。優しくてイケメンな兄達には、きっととんでもない美少女がお嫁さんに来るに違いない。と一人うんうんと頷いた。

優しい兄達は間違いなくシスコンだが、その愛情を受け取るアシェルも間違いなくブラコンだろう。
願わくばブラコンなアシェルのことも受け止めてくれる、懐の大きいお嫁さんを希望だ。



————理解できない兄達の話の中身について考えるのを止め、しょうもない妄想に耽ってしまった。



ふと時計を見上げると、30分はとうに過ぎて一時間が経とうとしていた。

小さなあくびを噛み殺しながら、今日はもうお父様には会えないままかな、何かあったのかな。と心に暗い影を落とす不安を、頭を振って振り払う。

「あぁ、ほったらかしにしてごめんなアシェ。もう眠たいだろ。」

「もういい時間だね、サーニャにお風呂に入れてもらっておいで。」

二人の兄に頭を交互に撫でられ、その気持ちよさに思わず瞼が下がりそうになる。

心地よい眠気に逆らっていると、執事長のウィリアムがすっと食堂に入ってきて口を開いた。

「お坊ちゃま方、お嬢様。馬車の音が聞こえてまいりましたので、旦那様がお帰りになったかと思います。お出迎えはどうされますか?」

細身で壮年のウィリアムは、父が不在の時はアレリオンに必ず指示を仰いでくれる。
細やかなところにも気の利く、メイディー公爵家自慢の出来る執事だ。

「私とアルフォードは出迎えよう。……アシェも一緒に父上におかえりなさいを言うかい?」

先程までの眠そうな様子を気遣ってか、アレリオンはアシェルの意志を尊重してくれる。

「いくっ!」

ここまで頑張って起きていたのだ。お父様に会うためならあとちょっとくらい頑張れる。

「じゃあ行こうか。」

色味もパーツもほとんど似てない二人の兄達は、そっくりな優しい笑みを浮かべアシェルの手を引いてくれた。
こんなふとしたところで間違いなく家族である実感が湧いて、胸の中がぽかぽかと温かくなる。

幸せな気持ちのまま兄達や使用人達と一緒に、玄関の扉が開くのを待った。
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