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夏休み

41 せっかくの夏休みなのに何故か寂しすぎる。【蓮SIDE】

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「あの、あの、起きてくださいな、レン……」
 
 男なら一度は夢見たことがあるだろう。可愛い恋人に朝、起こされることを。そして美味しそうな朝ご飯の匂いが俺の鼻を擽る……。
 俺はぱちりと目が覚めた。そして目に飛び込んできたのは──

「あの、朝ご飯のスープとパン、用意できています。早く起きてくださいませ」
「あぁ、ありがとうリリス」

 鼻の下がでろーんと伸びる。あぁ、幸せだなぁ。幸せすぎて涙が出そうだ。
 ……ま、この子が本当に俺の彼女なら、の話だけど。

「さ、サクラ! こ、このスープ……マドレーヌおばさまから教わって私が一から作ってみたの。ど、どうかしら……!!」
「ん。リリスのご飯は全部美味しいよ」
「──!!」

 リビングに入った途端これだよ。リビングではリリスが俺の妹──桜の隣に座って、桜の口に料理を運んでいた。そして桜に料理の腕を褒められたのが嬉しいのか、リリスの周りには花が咲いている。
 そう、これが現実。リリスは俺の恋人じゃない。なんと桜なのだ(一応仮ではあるが)。学校の第一学期が終わると一時的に身寄りがなくなった彼女は桜の誘いにより、俺たちと同棲することになった。
 俺はとほほと心の中で肩を落としながら、席に着いた。朝が弱い桜はぼぅっとしながらリリスに口に運んでもらった料理を咀嚼している。その上、口元についた食べ物の滓をリリスに拭いてもらっていた。くそぅ、羨ましいなこんちくしょう~っ!

「もう、サクラ! ちゃんと起きてちょうだい!」
「んん、あと五分……」

 朝ご飯を食べ終わると、桜がリリスの肩に頭を乗せて二度寝を始める。リリスはそんな桜に困ったような反応を見せてはいるが、その表情は実に嬉しそうだ。うっ、砂糖を吐きそう。どうして俺が朝からこんな寂しい思いをしなくてはならないのか。
 するとマドレーヌばあさんもキッチンから戻ってきた。マドレーヌばあさんは俺の隣に座るなり、桜とリリスを微笑ましそうに見ている。

「ひっひっひっ、まさかサクラが婚約者を連れてくるとはねぇ……」

 婚約者(仮)な、婚約者(仮)。まだ正式に婚約してねぇっつの。そうツッコミたかったが、なんだか虚しいのでやめておいた。
 するとそこで新たな乱入者が俺達の食卓を襲撃する──。

「あーんっ! ワタシのサクラぁ! サクラはどこ~!?」

 甲高い声が響いたと思えば、リリスが椅子から転げていた。そんなリリスが座っていた場所を横取りしたのは妖精女王フェアリークイーンのローズ。桜と契約している妖精である。リリス同様、何故かこのローズも桜に首ったけのようだ。

「むぅ。ローズうるさい。声が耳に響く……」
「相変わらず朝はつれないわね~。せっかく美味しい蜂蜜採ってきたのに。仕方ありません、出直すネ!」
「待って」

 桜がローズの腕を掴んで口を開ける。ローズはそんな桜にふるふる震えて上機嫌ですぐに採ってきた蜂蜜をスプーンで桜の口に運んでいた。リリスがそんなローズに眉をつり上げ、桜の頭を自分の胸に押しつける。

「ちょっと! 私の婚約者に何をしてますのこのお花畑女王!!」
「ハァ!? 婚約者? 貴女が? 笑わせるわね! それを言うならサクラと名付けの契約をしているワタシの方が婚約者というに相応しいのでは? ね? サクラ? ワタシの蜂蜜は美味しい?」
「……、朝のストレッチしてくる……」

 なんだか目の前の光景が受け入れられなくなって、家を出た。マドレーヌばあさんから哀れみの目で見られた気がするが見なかったことにしよう。
 家に出ると、俺は宣言通り朝の日課であるストレッチをする。屈折運動やジョギング……その内容はその日の気分でまちまちだ。
 それにしてもどうして桜があんなに女性にモテてしまうのだろうか。普通のラブコメ小説だったら俺が桜のポジションにいるべきなのではないか? なんだか解せないなぁ。
 冷気が俺の頬を撫でる。今は朝なのでこんなに涼しいが、昼になると自然に汗を掻く程度には熱くなる。マドレーヌばあさんの氷魔法で快適には過ごせるものの、夏を感じずにはいられない。

「夏休み、かぁ……」

 そう呟いて、俺は森の木々の間を縫るようにジョギングを始めた。汗を掻くことは非常に気持ちいい。まぁ、本当は家にいたら桜が羨ましくなってくるからってのもあるけど。っつか、桜の朝飯作るのも桜を起こすのも少し前までは俺の役割だったのになぁ……。

 するとそこでどこからか馬の嘶きが聞こえる。俺はハッとして慌てて踵を返した。この馬の嘶きは間違いない、アイツだ! 家に帰ると案の定、翼の生えた白馬から降りるアイツがいる。

「──何しにきたんですか! レックス様!」

 俺が彼に駆け寄れば、レックスは嬉しそうに微笑んだ。さらにこちらに抱きついてこようとするのでそれをすぐに避ける。

「おいレン! 挨拶のハグぐらいはいいではないか!」
「今汗臭いので無理です。それで、今日はなんの御用時で?」
「つれないな。まぁそこが燃えるのだが。それにお前に会いたいというのは用事にはならないのか?」
「…………、」

 ……そう。今の台詞で皆さんもお気づきかもしれませんがこの王子、何故かこの俺に気があるようなんです。いや、俺だってこの王太子視力壊れてんのかな~って疑ってはいるけれど毎日毎日こうやって天馬ペガサスで訪問されちゃ堪らない。
 それにこの王子に毎日来られると俺にとって不都合な事がある。桜だ。桜はこの目の前の男の事が好きなのだ。いや、今は好きだった、というべきか。桜のやつ、一学期が終わるなり髪をバッサリ切って「レックス様の事は忘れるからアンタが幸せにしなさい。むしろ私の推しを幸せにしなかったらぶっとばす」と宣言してきたのだ。故にレックスが訪問する度に桜の視線が非常に怖い。

「まぁ、今日は本当に用事があって来たんだがな。これをお前に」
「! これって……招待状?」

 レックスがやけに手の込んだデザインの封筒を俺に手渡してくる。許可をとって開けてみると、どうやらエボルシオン城からの招待状のようだ。招待状の名目は──舞踏会!?

「えぇ!? な、なんですかこれ!? これって貴族とかのイベントでしょ!?」
「何を言う。お前は余の未来の伴侶になるのだ。参加する資格は十分にある。服は余が贈ってやるから参加してくれないか?」
「えぇぇ……俺、媚売ったりするの苦手なんですけど」
「余の傍に侍っていればよい。父上も喜ぶぞ」
「うぅ」

 文通友達であるアレス国王の嬉しそうな顔を思い浮かぶ。そうするとどうにも断りづらくなってしまう。
 するとレックスはあと三通俺に同じ封筒を渡してきた。

「これはサクラに、これはリリスに、これはローズに渡してくれ」
「! どうしてサクラとローズも? それにリリスさんは気まずいのでは?」
「舞踏会に参加するかどうかはリリス自身が決めることだろう。それに余としてはサクラとローズにはぜひ参加してもらいたい。妖精女王が人間と契約したという大ニュースは貴族達の間で持ちきりになっている。リリスの悪魔騒動で騒いでいる連中を静かにする口実にもなるのだ」
「ろ、ローズってやっぱり凄い妖精なんですね。……分かりました、伝えておきます」
「うむ。よろしく頼むぞ。……では名残惜しいが余はこれで城に戻る。また明日も来る」

 白馬が飛ぶ。俺はレックスが空を駆けていくのを見守っていた。去り方までイケメンかよあいつ。
 ──さて、舞踏会に参加するか否か。俺は四通の招待状に視線を落とすなり、面倒くささとやるせなさが一気に溢れてきてため息を溢した。
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