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第3章 ホープ編

第21話:ニコルの目的

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「あはっ! あははは!! 自分のお友達に腕を噛まれるのはどんな気分かしら? ホープゥ!」
「クソッッ!」

 森の中、ホープもまた全力で駆けていた。背後には、目の赤い狼に似た魔物の群れがこちらを追ってくる。その一際大きい個体、おそらく群れのボスにニコルが乗っていた。
 久々の幼馴染との再会とは思えない最悪な状況。ホープは舌打ちをした。

「ニコル! てめぇ! いい加減目を覚ましやがれ! さっきも、村の子供を襲っただろう! なんで……なんで急に、そんな風になっちまったんだよ!! 本当の、お前はそんなんじゃ──!!」
「本当の私?」

 ニコルが嘲笑交じりにそう呟く。それと同時にリスの魔物がホープの足に噛みついてきた。
 ホープはそのまま、顔面から転倒する。追い詰められた。

「何を言っているの、ホープ。これが、これこそが本当の私よ。今までの私はこの世で一番尊い人を忘れていた、ただの偽物。何も知らない貴方には分からないでしょうけど……」
「この世で一番、尊い人……?」
「そう。貴方にはその人のために死んでもらわないと。今の貴方は風魔法を授かっていないらしいけれど、ゲームのシナリオがどう動くか分からないから一応ね」

 風魔法、ゲーム、シナリオ。
 次々と意味の分からないことを言うニコルに混乱するホープ。

 ニコルはそんなホープなんかお構いなしに、手で空を真横に切った。同時に漆黒の刃がホープの頬を掠め、背後の木をスパッと真っ二つにする。切り離された部分が音をたてて倒れた。

「ふふ。いい切れ味でしょう? 闇魔法ってこんなこともできるのよ」
「闇魔法を授かったのか、お前……。なんでだよ!! 誰かを助ける魔法がいいって言っていたじゃないか!! あんなに自信満々に、自分は治癒魔法を授かるんだって、自慢、していたじゃないかよ……!! なんで、そんなに簡単に、人を傷つけられるんだよ……っ」
「それはニコルの台詞であって、私の意思じゃないわ」
「わけわかんねぇよ!! ニコルは、お前だろ……!?」

 ホープはポタポタ涙を溢して叫んだ。ニコルは説明するのが面倒といいたげに、ため息を溢す。

「うるさいわね。説明しても無駄だから死んでくれる?」

 ニコルの手が振り上げられる。ホープはがっくりとうなだれて、彼女の漆黒の刃に切り刻まれるその時を待つことしかできなかった。もう、どうでもよかった。

「さようなら。ホープ」



 その言葉と共に、鋭い闇の刃がホープの身体を切り裂こうと、風のように迫る──!!



護れアミュナ!!」

 白い盾が輝く。ホープは我に返り、すぐに身体を右へ滑らせた。
 闇の刃は盾を砕き、今の今までホープがいた場所を通り過ぎ、やがて空気に溶けていく。

「ホープ、大丈夫!?」
「あ、貴女は……!! どうして、」

 声は上空から聞こえた。ホープがそちらを見れば、ディアがグリフォンに乗ってこちらに降りてきているのが見える。

 ディアは村の傍で待機していたグリフォンの一頭に乗り、空からホープを探していたのである。
 先程、ニコルが刃で木を切った時、不自然に樹木が倒れたことで、ディアがこの場所にホープがいると気づいたのだ。

「ニコル! 村を襲っている魔物達を止めなさい!」
「はぁ? なーんでアンタに命令されて従う必要があるの?」
「こんなことをしなくても、を叶える方法がきっとあるわ!」
「!!」

 ニコルの眉がピクリ、と吊り上がる。ディアは彼女の目を真っ直ぐ見つめた。

「貴女がクリス様を目の敵にしているのはジンの天敵だから、でしょう!? ジンはどのルートを辿っても死亡してしまうキャラクターだから、貴女はそんな彼を救おうとしている!」

 ニコルは何も言わなかった。どうやら図星のようだ。

 「黎明のリュミエール」の攻略対象の一人、魔王のジン。
 彼は彼自身のルートでさえ、自分の闇魔法によって身を亡ぼすことになる。しかし、来世で主人公の生まれ変わりに恋をする転生エンドこそが唯一の救いなのだ。
 
 おそらくニコルはジンが推しなのだろう。ディアがクリスを守るように、彼女も彼女なりにどうしようもないジンの運命を救おうとしている。
 それに気づいたからこそ、ディアはニコルを敵だとは思えなかった。ニコルの気持ちは痛いほど分かる。

「もう、殺すだとか傷つけたりしないで! そんなことしなくてもきっと方法はあるよ。それを一緒に考えよう、ニコル!」

 ディアはそっと手を差し出す。ニコルの視線がディアの手に向かう。恐る恐るディアが彼女に近づけば、ニコルがそっと手を伸ばしてきた。安堵して、思わず笑みがこぼれる。

「ニコル! 分かってくれたのね! ありが──」
「そんなわけないでしょ? 馬鹿なの?」

 ドシュッッ!!
 ディアの視界に血が飛び散った。見ると。自身の手のひらがぱっくりと裂けている。ポタポタと手から血が滴り落ち、地面に水玉模様を作っていた。
 それを理解してから、激痛が走る。

「~~~~~~ッッ!!!!」

 思わず、叫びそうになる。けれど、唇を噛み締めて耐えた。だが痛みでショックを受けているディアの頬に強烈なビンタが打ち込まれた。ディアはそのまま容赦のない追撃にされるがまま、転倒する。

「ふざっけんなよ!! アンタはクリス推しだからそんなことを簡単に言えるんだ!! いくらこの世界が現実だとしても、もし何かの拍子にシナリオの強制力が働いてしまったら!? 否定はできないでしょう! 私は安心したいの。あの人を確実に幸せにしたい」

 ぐしゃぐしゃと己の漆黒の髪を掻きむしり、ディアに唾を飛ばすニコル。
 彼女は痛みと打たれた動揺で固まっているディアを見下ろし、ほくそ笑む。

「そのためには──この世界を壊さないといけない。主人公の故郷も攻略対象キャラ達も全部壊して、シナリオそのものを修復不可能な状態まで破壊する。だからこそこの村の魔法陣を全部ぶっ壊して孤立させたんだけど……」

 まさかアンタがここに来てくれるとはね。あんな怖い思いまでしたくせに。
 そう言ってディアを嘲笑するニコルには、乙女ゲームの主人公の面影もなかった。最推しを救いたいという、同じ志を持っているはずなのに、真逆の考えを持つ彼女にディアは恐怖した。

「鬱陶しいのよ、アンタ」

 ニコルがディアの髪を乱暴に掴む。ディアは「やめて!」と悲痛の叫びをあげるが、彼女が止めるはずがない。反対の手には、不気味な闇が帯び、徐々に鋭い爪のような形状になる。
 ニコルがその爪をディアの首に宛がう。切られた痛みが走った。この闇も、刃だ。

「ニコル、お願い! やめて! その身体で、その顔で、人を傷つけないで!!」
「うるさいわよ! ばぁーかッッ!!」

 ニコルの爪が、ディアの皮膚に、迫る!!
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