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第五章 エレナと造られた炎の魔人
108:絶望から怠惰へ
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目の前に積まれた家族や友人の死体の山。エレナはそれを見て、絶望していた。
(救えなかった。何も、救えなかった。ノームも、パパも、リリィも、サラマンダーも、何もかも失ってしまった。……私のせいだ。治癒魔法という力を持っていながら、救えなかった私が殺したも同然なんだ)
──『そうだ、お前のせいだよ、エレナ』
エレナの独り言に対して、悪魔の囁き声が聞こえてくる。振り向けば、そこにいたのは悪魔……ではなく、エレナが愛してやまないノームだった。どういうわけか彼の半身は目を覆い隠したくなるほどの大火傷を負っている。
「ノーム、その火傷どうしたの!? い、今すぐ私が治して……」
『無駄だ。もう既に余は死んでいる。……お前には、余を救えなかったのだ』
「っ!!!」
エレナは唖然とした。さらなる絶望によって固まるエレナへノームは優しい微笑みを向け、彼女を抱きしめる。ノームの体は本当に冷たかった。エレナは言葉が出てこず、ただただ涙を流すことしかできない。そんなエレナの両手に、固いものが握られる。……先ほどまでエレナが握っていたナイフだ。
『エレナ、お前は余を殺した。サラマンダーも殺した。魔王もリリィも殺して、テネブリスも滅ぼした。お前には救う力があったというのに、救えなかった。ならばお前が殺したも同然であるな?』
「あ、ああ、ああ……」
『はは、逃げたいか? こんな悪夢から。誰よりも優しいお前のことだ、今の状況は身を切るよりも苦しいだろう。悲しいだろう、辛いだろう……。ならばエレナ、これで楽になればいい。人間は弱い生き物だ。だからこそ、逃げてもいいんだ。これは仕方のないことなんだよ。生きている限り、お前はこの苦しみから逃げられない。さぁ、共に全てを怠惰しよう。全てを救おうとした、愚かで愛しい余のエレナ……』
「あき、らめ、る……?」
エレナはノームから受け取ったナイフを見つめ、震える。逃げてもいい。そんなノームの甘い囁きが脳内で反芻されていた。そして、エレナは……。
「そっか。しょうがないよね。だって、私、弱いから。逃げても、いいんだよね……。この、悲しみや、苦しみから……」
──そう呟きながら、自分でも驚くほどの勢いでナイフを己の心臓に突き刺した!
***
「終わりましたか」
ベルフェゴールはため息を溢す。彼の足元には静かになった魔王とエレナが横たわっていた。既に二人に掛けられたベルフェゴールの呪いは解除されている。しかし二人は呪いが消えた後も気が狂ったように己を傷つけ続け、今こうして虫の息になっていた。呪いが解かれた後に傷つけられた体は勿論その不死の効果を得ない。故に重傷を負ったままの彼らは放っておけば直に死ぬだろう。
「エレナ・フィンスターニス。貴女には期待していたんですけどねぇ。意外にあっさりと怠惰したものだ。やはり人間は脆弱な生き物ということか」
「…………」
「……フン。まぁいいでしょう。目障りだった聖女と魔王が同時に消えたのだから、セロ様もそれはそれはお喜びになることは間違いない。吾輩も冥利に尽きるというもの」
しかしその言葉とは裏腹にベルフェゴールはらしくもなく舌打ちをした。自分がどういうわけか己の呪いに屈したエレナに絶望していることに気づいたからだ。……自分で呪いをかけておきながら。
──『シルバー、人間は強いぞ。俺やお前が思ってるより、ずっとな』
「……ッちっ。また、ですか。ベルゼブブのことを笑えませんね」
……と、そこで不意に微かな記憶がベルフェゴールの脳内で再現される。頭を抱えた。つい最近になって、彼はどうやらこんな風に何かを思い出すことが増えた。どうやらベルゼブブのように生前の記憶が蘇ってきているようだ。
「それもこれも、全て貴女のせいですよエレナ・フィンスターニス。貴女は……あいつにそっくりだ」
ベルフェゴールはもう一度エレナを見下ろす。しばらく待っても、彼女の傷ついた体は動かない。それを見届けた彼は苦々しい表情を浮かべながら今度こそこの場を去ろうとした。
──が。
(救えなかった。何も、救えなかった。ノームも、パパも、リリィも、サラマンダーも、何もかも失ってしまった。……私のせいだ。治癒魔法という力を持っていながら、救えなかった私が殺したも同然なんだ)
──『そうだ、お前のせいだよ、エレナ』
エレナの独り言に対して、悪魔の囁き声が聞こえてくる。振り向けば、そこにいたのは悪魔……ではなく、エレナが愛してやまないノームだった。どういうわけか彼の半身は目を覆い隠したくなるほどの大火傷を負っている。
「ノーム、その火傷どうしたの!? い、今すぐ私が治して……」
『無駄だ。もう既に余は死んでいる。……お前には、余を救えなかったのだ』
「っ!!!」
エレナは唖然とした。さらなる絶望によって固まるエレナへノームは優しい微笑みを向け、彼女を抱きしめる。ノームの体は本当に冷たかった。エレナは言葉が出てこず、ただただ涙を流すことしかできない。そんなエレナの両手に、固いものが握られる。……先ほどまでエレナが握っていたナイフだ。
『エレナ、お前は余を殺した。サラマンダーも殺した。魔王もリリィも殺して、テネブリスも滅ぼした。お前には救う力があったというのに、救えなかった。ならばお前が殺したも同然であるな?』
「あ、ああ、ああ……」
『はは、逃げたいか? こんな悪夢から。誰よりも優しいお前のことだ、今の状況は身を切るよりも苦しいだろう。悲しいだろう、辛いだろう……。ならばエレナ、これで楽になればいい。人間は弱い生き物だ。だからこそ、逃げてもいいんだ。これは仕方のないことなんだよ。生きている限り、お前はこの苦しみから逃げられない。さぁ、共に全てを怠惰しよう。全てを救おうとした、愚かで愛しい余のエレナ……』
「あき、らめ、る……?」
エレナはノームから受け取ったナイフを見つめ、震える。逃げてもいい。そんなノームの甘い囁きが脳内で反芻されていた。そして、エレナは……。
「そっか。しょうがないよね。だって、私、弱いから。逃げても、いいんだよね……。この、悲しみや、苦しみから……」
──そう呟きながら、自分でも驚くほどの勢いでナイフを己の心臓に突き刺した!
***
「終わりましたか」
ベルフェゴールはため息を溢す。彼の足元には静かになった魔王とエレナが横たわっていた。既に二人に掛けられたベルフェゴールの呪いは解除されている。しかし二人は呪いが消えた後も気が狂ったように己を傷つけ続け、今こうして虫の息になっていた。呪いが解かれた後に傷つけられた体は勿論その不死の効果を得ない。故に重傷を負ったままの彼らは放っておけば直に死ぬだろう。
「エレナ・フィンスターニス。貴女には期待していたんですけどねぇ。意外にあっさりと怠惰したものだ。やはり人間は脆弱な生き物ということか」
「…………」
「……フン。まぁいいでしょう。目障りだった聖女と魔王が同時に消えたのだから、セロ様もそれはそれはお喜びになることは間違いない。吾輩も冥利に尽きるというもの」
しかしその言葉とは裏腹にベルフェゴールはらしくもなく舌打ちをした。自分がどういうわけか己の呪いに屈したエレナに絶望していることに気づいたからだ。……自分で呪いをかけておきながら。
──『シルバー、人間は強いぞ。俺やお前が思ってるより、ずっとな』
「……ッちっ。また、ですか。ベルゼブブのことを笑えませんね」
……と、そこで不意に微かな記憶がベルフェゴールの脳内で再現される。頭を抱えた。つい最近になって、彼はどうやらこんな風に何かを思い出すことが増えた。どうやらベルゼブブのように生前の記憶が蘇ってきているようだ。
「それもこれも、全て貴女のせいですよエレナ・フィンスターニス。貴女は……あいつにそっくりだ」
ベルフェゴールはもう一度エレナを見下ろす。しばらく待っても、彼女の傷ついた体は動かない。それを見届けた彼は苦々しい表情を浮かべながら今度こそこの場を去ろうとした。
──が。
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