黄金の魔族姫

風和ふわ

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第五章 エレナと造られた炎の魔人

104:ノームの怒り

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「今のって……」

 エレナはそう呟きながら己の脳内に流れてきた幻覚の男──ヘリオスを見る。彼自身も同じ幻覚を見せられたようで、ヘリオスは顔を真っ赤にしてぶるぶる震えていた。そしてエレナはふと先日のサラマンダーの言葉を思い出す。

 ──『俺は、人を見殺しにした、しかも一人じゃない、十人だっ! う、……くく、なぁ、お前はそれでも俺を優しいと言うのか? 俺のことなんて、何も、なんにも、知らないくせに──っ』
 ──『俺は彼らの言う通り大罪を犯してしまっている。罪は、償わなければいけない。俺の命を懸けてでも……』

(幻覚の中でヘリオス王がウロボロス計画のために攫った十三人の子供が見えたけど……子供達の中にサラマンダーとトゥエル、レブンがいた。つまりトゥエルとレブンの正体はサラマンダーの実のお母さんが引き取った血のつながっていない兄弟だったんだ!)
(きっとサラマンダーが“殺した”と言っていたのはその兄弟達。自分がヘリオス王の庶子であるが故に、ウロボロス計画なんて恐ろしいものに兄弟達を巻き込んでしまったからってことだ。しかも自分だけ生き延びてしまったのだから余計に苦しんだのだろう……。サラマンダー……)

 エレナはずっと彼が抱えてきた重みを感じた。ウロボロスの移植に失敗、それはきっと死を表している。移植に失敗したサラマンダーの兄弟達はウロボロス計画の犠牲になってしまったのだ。サラマンダーは己のせいで一緒に暮らしていた兄弟達が死んだのだと、ずっと自分を責め続けていたのだろうか。
 またエレナはサラマンダーの「人一倍魔力消費が激しい体質」を思い出す。それは十中八九ウロボロスの魔力回路によるものだ。ウロボロスが寄生した生物の生命力を吸い続ける魔獣とするならば彼はエレナやノームと話している時も、誕生祭で嬉しそうに微笑んだ時だって──常に、体内に潜むウロボロスに命を喰われ続けていたというわけだ。ただでさえウロボロスにエネルギーを吸い取られ続けているのだから魔法を使った彼が気を失ったりしたのも今思えば当然と言える。それを理解して、思わず血が出てしまうくらいに唇を強く噛み締める。

 ──するとその時。ノームが動いた。エレナはノームの体が震えていることに気づく。そしてその震えが、もはやヘリオスへの怯えによるものではないことにも。

「以前、母上がウロボロス計画の名を口にしていたことを思い出しました。その時の母上はとても悲しそうな顔をしていた。当時の余は何故母上がその名を悲しそうに呟いたのか分からなかったが、今はっきりした。……今見た幻覚は、きっと事実だ。そうなのですね、父上」
「っ、だっ、だからなんだ! そのおかげでシュトラールは炎の勇者という駒を手に入れることができたのだ! サラマンダーはシュトラールの造られた奇跡であり最高傑作!! 余は、何も間違ってはいない! ペルセネは本当に馬鹿な女だった!!」
「駒? 最高傑作? 母上が馬鹿? ……冗談は大概にしろよ、父上!」
「!!!」

 鈍い衝突音。後に、ヘリオスが地面に尻をついた。ノームを見上げ、唖然とするヘリオス。エレナもハッとなって息を飲みこむ。何故なら──

「の、ノーム殿下!? なんてことを! こ、国王を、!!」

 ……そう。ノームは今、ヘリオスを全力で殴ったのだ。

 死刑になってもおかしくない彼の行動にその場にいた全員が石になる。ヘリオスも殴られた頬と血でにじむ口内をしばらく認識できないでいた。

「な!?!? ……ノーム!! 貴様ぁ!!!」
「貴方が苦しめた母上とサラマンダーの痛みはこんなものではなかったはずです、父上」
「ノーム……」

 ノームの体の震え。それは紛れもなく、目の前のヘリオスへの“怒り”であった。彼は心の底から怒りで震えていたのだ。大好きだった母親を城に閉じ込め続け、弟のサラマンダーにはその心に大きな重荷を背負わせたヘリオスへの、怒り。殴られたことで逆上したヘリオスはノームの胸倉を掴む。しかしノームは彼に怯えない。黙って彼に鋭い瞳を向けるだけだ。……ペルセネと同じ色の。ヘリオスはペルセネにもそんな怒りと軽蔑が籠った目で拒絶されたことを思い出す。

「……っ! その目で、あの女と同じ目で、余を見るな!!」

 感情が爆発したヘリオスの拳がノームに襲い掛かった。しかしノームは軽くそれを受け止める。ヘリオスはあっさりと自分の拳を包むノームの手に彼がもう自分に怯えるだけの子供ではないことを今更ながら思い知った。

「父上、貴方は自分勝手で愚かな人間だ。何事も自分中心に判断し、行動する。もっと周りを見てください。人の立場に立って考えることを知ってください。そんな貴方だから、母上は嫌っていたのです!」
「っ、黙れ、黙れ黙れ!!」
「母上に愛されたかったのなら貴方は彼女自身を見るべきだった。彼女の気持ちを考えるべきだった。分からないのなら話し合って知ろうとするべきだった。ウロボロス計画という過ちに手を出すべきじゃなかった。余は貴方を赦せない。母上だけではなく、余の大切な弟まで苦しめた貴方を。絶対に、赦さない!!!」
「っ……」

 ノームの言葉がようやく届いたのか。ヘリオスはフラフラと後ずさり、そのまま動かなくなった。ノームは拳を震わせ、ギリッと歯を食いしばる。やるせない巨大な感情が彼の中で暴走してしまっているのだろう。それに気づいたエレナはそっとその拳を両手で包んだ。

「ノーム、今はサラマンダーを探さないと」
「っ! ……そうだな。そうだった」

 ……と、その時だ。激しいノックの後にノームの従者であるイゾウが部屋に入ってきた。彼らしくもない慌ただしい様子からして異常事態らしい。

「ノーム様! 大変です! 首都の中心に、巨大なトカゲの化け物が出現しました!!」
「トカゲの、化け物……!?」
 
 エレナとノームはすぐさま顔を見合わせる。ついに悪魔ベルフェゴール達が動き出したのではないかと推測できたからだ。そしてすぐに二人は部屋を飛び出した。イゾウと枢機卿もそれに続く。魔王もまたそれに倣おうとしたが、ピタリと足を止め、未だ動かないヘリオスに振り返る。

「──ヘリオス王よ。貴方は確かに人間として、男性として、夫として、父親として最低なことをしてしまった。その罪は一生消えることはないだろう」
「っ、お前に余の何が分かる。醜いバケモノの、分際で……!!」
「あぁ、何も分からないさ。だが一つだけ言えることがある。……貴方は亡き王妃の“夫”にはもうなれないが、ノームやサラマンダーの“父”には。貴方の中に、あの子達を想う気持ちが一欠けらでもあるというのなら」

 魔王の言葉にヘリオスの目が大きく見開かれた。しかしすぐに彼は視線を落とす。

「……それは、無理だ。余は子の愛し方を知らん。そんなものは、今まで誰にも教わっておらぬ。それこそ余の父にすら、教わっておらぬ……。そんな余が今更父親になれるはずがない……」

 ヘリオスはふと今は亡き父の顔を思い出した。常に自分に厳しい瞳と言葉を向けてきた父。母が若くに亡くなっていたこともあり、幼いヘリオスだって本当はそんな父に愛されたかったはずなのだ。だがいつからだろうか。王になるために、強くなるために心の中でそんな自分自身を殺し続けてきたのは。
 ……ヘリオスはたった今、自分が己の父と同じことをノームとサラマンダーに繰り返してしまっていることに気づいた。
 そんなヘリオスの変化に、魔王は彼に背を向ける。

「知らないなら、これから学べばいい。子供が親から学び成長していくように、親が子供から学び成長することだって沢山ある」
「…………」

 魔王が去っていく。ヘリオスは打たれた頬の痛みをじんわり感じながら、己の手をひたすら見つめていた……。
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