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第五章 エレナと造られた炎の魔人
103:ヘリオスの過ち
しおりを挟む男は、王になるための厳しい教育を前国王である実の父親から幼い頃より受けてきた。
力こそ正義。武力こそ価値。
何度も何度も繰り返し聞いたその思想が彼の頭を侵食するのにそう時間はかからなかった。そんな彼──ヘリオスが花の二十代に達そうとした頃だ。彼の人生に大きな転機が訪れた。ほんの気分転換のつもりで、視察として街を当てもなく探索していた時のこと、彼は一人の女性に出会った。
その女性こそ、若き日のペルセネである。
一目惚れだった。この女が欲しい。自分の傍に置きたい。ヘリオスは一目見ただけで、強くそう願った。彼女と話していくうちに、彼女の温かく穏やかな性格に凝り固まった自分の心が解けていく心地よさを感じるのだ。初めて抱いた恋心が異常な速さで膨らんでいく。ついには国王就任後、彼は周りの猛反対を押し切ってまで強引にペルセネを娶った。……だが残念なことにヘリオスは他人を思いやること、女性への接し方や口説き方を誰からも教わっていなかったのである。故に、ただでさえハーデスを慕っているペルセネと上手くいくはずがなかった。
やがてノームが産まれたが、やはりヘリオスとペルセネの溝が埋まることはない。ヘリオスは己に背を向け続けるペルセネに憤慨する一方でどうすれば彼女に振り向いてもらえるのか自分なりに考える。そこで彼が導き出した答えは──
──嗚呼、そうか。
──余にはまだ力が足りないというのかペルセネ。
──ならば君の思うままにしよう。より強いシュトラールを築いてみせようではないか。
──という、なんとも勝手な結論であった。そこから数年、ヘリオスは肝心のペルセネとノームには見向きもしないで軍の強化に力を注いだ。それがペルセネの笑顔に繋がると信じて疑わなかった。何故ならそう……武力こそ、“価値”なのだから。その思想こそがペルセネに背を向けられる要因なのだと気づかずに。
その内にヘリオスはより爆発的な兵士の強化を望むようになる。そんな時に提案されたのが“ウロボロス計画”というものだ。ウロボロスというのは生物の体内に入り込み、己の魔力回路を植え付ける蛇の魔獣である。寄生した生物が死ぬまで生命力を吸い取り続け、己の糧にするのだ。ウロボロス計画とはそんなウロボロスの習性を生かして人間の体に強引に魔力回路を植え付けるというものであった。つまりは魔法という便利な力を操る人間がいないのならば造ればいい、ということだ。……しかしそんな計画がそう簡単に成功するはずがなかった。
──『おい、また失敗か! どうなっている! もう実験体になる罪人はいないぞ!』
──『も、申し訳ありません陛下! しかしながら申し上げますと、人間の体は加護もなしに魔力という高次元なエネルギーを循環させるようにできておりません。体力の消費が激しすぎて、すぐに力尽きてしまいます。それに研究班のエルフ達によるとウロボロスは幼体の若々しい生命力を求める傾向があるらしく……』
従者の言葉に、実験がことごとく失敗して苛立っていたヘリオスはピクリと反応する。そしてつい先日、隣国のスぺランサ国王ウォルブに息子が水の勇者に選ばれたのだと自慢されたことを思い出した。と、同時に上手くいっていないペルセネとの夫婦関係にむしゃくしゃして彼女によく似た女性と子を成したことも思い出す。ヘリオスの頭の中でその二つの事項が、繋がってしまったのだ。
──『余の庶子を探せ。母親の名は……確か、ジナーと言ったか。その女は孤児を家族として受け入れるという奇妙なヤツだったはずだ。探せばすぐに見つかるだろう。余の子も含め、その女が抱えている子供は全て攫ってこい』
──『は、はぁ……。まさか陛下、ご自身の庶子を実験体にされるおつもりですか?』
──『なに、元よりあってないような存在だ。構わん。成功したらそいつは余の後継者として城に迎え入れてやる。さすればウォルブのアホ面に一泡吹かせられるだろうよ。いいか、他の子供は我が庶子の実験の成功率を上げるために利用せよ。そのためにわざわざ攫うのだからな』
──『は、承知致しました……』
ヘリオスの言う通り、ジナーの存在はすぐに見つかった。正確には彼女自身は病死しており、彼女が育てていた十三人の子供達を見つけることができたというのが正しいだろう。そうしてその子供達を辺境の実験施設へ攫った。……ウロボロス計画の、実験体として。
だが正直、ウロボロス計画に携わっていた者達は子供を使って実験したとしてもこの計画が成功するとは思えなかった。
──が、その予想を覆して、なんと一人だけいたのだ。無事にウロボロスの魔力回路と共存できた者が。それは紛れもない、ヘリオスの庶子であった。しかもその者は炎の勇者の加護まで与えられたというではないか。そんな耳を疑いたくなるような朗報にヘリオスは早速その少年の元に飛んでくと、それはそれは機嫌が良さそうに笑った。
──『はは、ははは! 見ろ! なんと精悍な子供ではないか! 流石余の血を引き継いでいるだけはある。ウォルブのヤツの悔しそうな顔がありありと想像できるぞ! そうだ、お前に名をつけてやろう。今までの名を捨てるんだ』
その後、ヘリオスは言葉通りその少年に名前をつけた。──サラマンダー、と。
サラマンダーはその後、シュトラール第二王子として城に迎えられることになる。あまりにも突然の炎の勇者の登場に誰もが度肝を抜かれた。サラマンダーを迎え入れた後、ヘリオスはすぐさまペルセネにウロボロス計画の事を話す。サラマンダー以外の子供は失敗したものの、その代わりに勇者という大きな力を手に入れたと喜々として彼はペルセネに語った。しかしペルセネから返ってきたのはヘリオスの求めていた彼女の花のような笑顔ではなかった。
……“拒絶”であった。
その事をきっかけにヘリオスはこんなに尽くしてきた自分を拒絶するペルセネに絶望すると同時にどうしようもない怒りを抱くようになる。そして彼女と同じ色の瞳を持つノームにも冷たい態度をとるようになったのだった……。
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