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第五章 エレナと造られた炎の魔人
98:君の誕生に祝福を
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──ウィン・ディーネ・アレクサンダーの誕生祭から数ヶ月後、シュトラール城にて。
「サラマンダー殿下、貴方の誕生に祝福あれ!」
つまらない。サラマンダーは心の中でため息をこぼした。
今日は彼の十五の誕生日。栄えある炎の勇者であり、シュトラール第二王子である彼の誕生をシュトラール中が大々的に祝福した。特に城では真昼から記念パーティーが開かれており、大勢の貴族達が城に押しかける。そんな客人たちを主役であるサラマンダーは出迎えなければならない。自分の誕生祭とはいえ、所詮は媚びやお世辞が飛び交うつまらない貴族社会の行事に過ぎないのだ。
「サラマンダー殿下、貴方の誕生に祝福を! ところで殿下、本日は私の娘も紹介したいのですが……」
サラマンダーがぼうっとしている間にまた次の貴族が彼の前に現れた。父ヘリオスの視線を感じたので、仕方なく適当に挨拶を返す。誰にも気付かれないようにぐっと拳を握り締めた。
──何が祝福だ。反吐が出る! 俺なんか、この世に生まれてきてはいけない存在だというのに。
──それにどうせ祝福したって、俺はもう長くない。そんなものに意味はない。意味は、ない──のに──。
「サラマンダー、殿下」
──その瞬間、サラマンダーの耳がピクリと反応した。
すぐに彼が顔を上げれば、桃色のドレスに身を包むエレナがいるではないか。いつの間に城に来ていたのだろうか。灰色だったサラマンダーの視界が彼女の黄金色だけをしっかり映していた。エレナは護衛のアムドゥキアスと共にサラマンダーにお辞儀をする。
「──同じ志を持つ仲間として、私たちテネブリスは貴方の誕生を祝福します、サラマンダー殿下」
「……、あぁ、感謝する。エレナ・フィンスターニス姫」
彼女とは友人とはいえ、一応ここは公の場。サラマンダーは王太子らしい言葉を返す。これでエレナとの挨拶は終わりだ。まだ挨拶をしていない貴族達がエレナの後ろで待っている。浮き上がったサラマンダーの心が再度どん底へと沈もうとした──その時だった。
エレナがわざとらしく大声を上げる。
「あれ? あれれ~? サラマンダー殿下、顔色が悪いんじゃありませんか?」
「!?」
そんなエレナの言葉をすかさずヘリオスの隣にいたノームが拾い、サラマンダーの顔を覗き込んだ。
「ふむ、確かにサラマンダーは顔色が優れないようだ! これ以上は危険だな! 皆、道を開けてくれ! サラマンダーは今から休息をとらねばならない!」
様子のおかしいノームとエレナにサラマンダーは眉を顰める。そんな彼の手を半ば強引にエレナが引いた。綺麗に割かれた人の道を通って、二人は会場を飛び出す。しかしエレナがサラマンダーを連れて向かった先は休養室でも彼の私室でもなく──なんと裏庭だった。
「エレナ!? お前、どういうつもりだ!?」
「誕生日にあんなつまらないパーティーに参加しなくていいでしょ! ほら、サラマンダー。さっさとレイに乗って! テネブリスに行こう! 後のことはアムとイゾウさんに任せて」
「はぁ? テネブリスに? そ、そんなこと、許されるはずがないだろうが」
「許されるの! サラマンダーは私とテネブリスに行くのは嫌なの?」
「! ……っ、嫌では、ないが……」
むしろつい先ほどまで、どこか遠くへ連れ出してほしいと思っていたところだった。裏庭で待機していたレイの上からエレナがサラマンダーに手を差し伸べてくる。
「ほら、行こうサラマンダー。ノームが時間稼いでいる内に早く早く!」
「~~っ、ああもうっ、馬鹿!」
サラマンダーはエレナの勢いに押されて、ついその手を掴んだ。エレナはにっと口角を上げて彼の手を引く。自然にサラマンダーが後ろからエレナを抱きしめる形になった。サラマンダーの全身に熱が巡る。もうどうにでもなれ、と彼はエレナの腹に腕を回した──。
***
テネブリス城の中庭に到着すれば、さっそくエレナはレイから飛び降り、サラマンダーの手を再度掴む。どうやら彼女はサラマンダーに見せたいものがあるらしい。やけに静かな廊下を駆けて、彼女が足を止めたのは大広間の前だった。くるりとサラマンダーに振り返るものだから、ドキッとしてしまう。
「おい、いい加減ここに連れてきた理由を言え」
「む。連れ出してほしそうな顔してたのはサラマンダーじゃん」
「そ、それは……まぁ、否定しないが……だが、今のお前の顔を見るに他にも何かあったんだろう?」
エレナは「バレた?」と舌を出した。そして大広間の扉が開かれる。そこに広がっていたのは──
【サラマンダー! 誕生日おめでとう!!】
──そう大きく書かれた幕と、大広間に集まった城の魔族達の満面の笑みだった。
サラマンダーはあまりの出来事に唖然とする。すると彼の背中を誰かが叩いた。
「本当は余とエレナの二人で驚かせるつもりだったんだ。だが話を聞いた魔族達が禁断の森の火災を共に鎮めてくれたお前にどうしても礼がしたいというのでな。こんな大がかりなサプライズになってしまった」
エレナとサラマンダーの後を急いで追ってきたのだろうか。いつの間にかノームが嬉しそうにサラマンダーの背後で笑っていた。サラマンダーは魔族達の笑顔をゆっくりと見渡す。その中心にいた魔王がリリィを片腕で抱きながらこちらにやってきた。
「サラマンダーよ。常日頃から私の宝であるエレナとリリィが世話になっている。今夜は思う存分楽しんでくれると嬉しい」
「サラマンダー! いつも遊んでくれてありがとね! リリィ、サラマンダーのことだーいすきだよ!」
そんな魔王とリリィの言葉に上手く返事ができなかった。サラマンダーの頭の中が様々な感情で散らかり始めていたのだ。そこで彼の腕にずっしりとした重みが襲う。ノームがサラマンダーに大きな瓶を手渡してきたのだ。
「では祭りの前にプレゼントを渡しておかねばな。サラマンダー、これは余からの贈り物だ。余が直々に素材を狩った果実酒が入っている。……味わって飲んでくれ」
「兄上……」
サラマンダーは瓶とノームを交互に見る。ノームは驚いている彼の表情に満足そうに頷いた。魔族達からの温かな歓迎と、信頼する兄からのプレゼント。それらに囲まれたサラマンダーの中で湧き上がった感情は幸福に近いものだった。しかしそれと同時に罪悪感が同じだけサラマンダーを襲う。
──先ほどのシュトラールでのものとは違う、心からの祝福。それらは素直に嬉しい。
──しかしだからこそ、その祝福を受け入れることはできない。俺は大罪を犯している。そんな資格はない。
サラマンダーは必死にそう自分に言い聞かせ、「俺なんかの誕生を、祝わないでくれ」と小さく呟く。彼の傍にいたエレナとノームにはその泣きそうな彼の声が届いていた。エレナがすかさず、俯く彼に歩み寄る──。
「──なんか、じゃないよ。貴方の存在は」
「、」
「シュトラールでの親交パーティの時やウィン様の誕生祭の時だって、貴方はいつも自分を蔑むような言い方をしているよねサラマンダー。でもね、私にとって貴方はそんな存在じゃないんだ。サラマンダーは私が困ったらいつも助けに来てくれた。そんな貴方の誕生を、私は祝わずにはいれないんだよ!」
「えれ、な……」
「サラマンダー、貴方の誕生に祝福を。生まれてきてくれて、本当にありがとう!」
「────!」
いつの間にか、サラマンダーの手首には彼の瞳の色である黄金琥珀の腕輪がはめられていた。これはエレナからのプレゼントのようだ。サラマンダーは気づけば涙を流していた。そして心の底から照れ臭そうに、微笑む。今まで必死に拒否してきたその祝福を、生まれて初めてすんなり受け入れることができたのだ。
「──あぁ、ありがとな。エレナ、兄上、皆──俺は今日この日を忘れることはないだろう──」
珍しく素直なサラマンダーに大広間が一気に盛り上がったのは言うまでもなかった……。
「サラマンダー殿下、貴方の誕生に祝福あれ!」
つまらない。サラマンダーは心の中でため息をこぼした。
今日は彼の十五の誕生日。栄えある炎の勇者であり、シュトラール第二王子である彼の誕生をシュトラール中が大々的に祝福した。特に城では真昼から記念パーティーが開かれており、大勢の貴族達が城に押しかける。そんな客人たちを主役であるサラマンダーは出迎えなければならない。自分の誕生祭とはいえ、所詮は媚びやお世辞が飛び交うつまらない貴族社会の行事に過ぎないのだ。
「サラマンダー殿下、貴方の誕生に祝福を! ところで殿下、本日は私の娘も紹介したいのですが……」
サラマンダーがぼうっとしている間にまた次の貴族が彼の前に現れた。父ヘリオスの視線を感じたので、仕方なく適当に挨拶を返す。誰にも気付かれないようにぐっと拳を握り締めた。
──何が祝福だ。反吐が出る! 俺なんか、この世に生まれてきてはいけない存在だというのに。
──それにどうせ祝福したって、俺はもう長くない。そんなものに意味はない。意味は、ない──のに──。
「サラマンダー、殿下」
──その瞬間、サラマンダーの耳がピクリと反応した。
すぐに彼が顔を上げれば、桃色のドレスに身を包むエレナがいるではないか。いつの間に城に来ていたのだろうか。灰色だったサラマンダーの視界が彼女の黄金色だけをしっかり映していた。エレナは護衛のアムドゥキアスと共にサラマンダーにお辞儀をする。
「──同じ志を持つ仲間として、私たちテネブリスは貴方の誕生を祝福します、サラマンダー殿下」
「……、あぁ、感謝する。エレナ・フィンスターニス姫」
彼女とは友人とはいえ、一応ここは公の場。サラマンダーは王太子らしい言葉を返す。これでエレナとの挨拶は終わりだ。まだ挨拶をしていない貴族達がエレナの後ろで待っている。浮き上がったサラマンダーの心が再度どん底へと沈もうとした──その時だった。
エレナがわざとらしく大声を上げる。
「あれ? あれれ~? サラマンダー殿下、顔色が悪いんじゃありませんか?」
「!?」
そんなエレナの言葉をすかさずヘリオスの隣にいたノームが拾い、サラマンダーの顔を覗き込んだ。
「ふむ、確かにサラマンダーは顔色が優れないようだ! これ以上は危険だな! 皆、道を開けてくれ! サラマンダーは今から休息をとらねばならない!」
様子のおかしいノームとエレナにサラマンダーは眉を顰める。そんな彼の手を半ば強引にエレナが引いた。綺麗に割かれた人の道を通って、二人は会場を飛び出す。しかしエレナがサラマンダーを連れて向かった先は休養室でも彼の私室でもなく──なんと裏庭だった。
「エレナ!? お前、どういうつもりだ!?」
「誕生日にあんなつまらないパーティーに参加しなくていいでしょ! ほら、サラマンダー。さっさとレイに乗って! テネブリスに行こう! 後のことはアムとイゾウさんに任せて」
「はぁ? テネブリスに? そ、そんなこと、許されるはずがないだろうが」
「許されるの! サラマンダーは私とテネブリスに行くのは嫌なの?」
「! ……っ、嫌では、ないが……」
むしろつい先ほどまで、どこか遠くへ連れ出してほしいと思っていたところだった。裏庭で待機していたレイの上からエレナがサラマンダーに手を差し伸べてくる。
「ほら、行こうサラマンダー。ノームが時間稼いでいる内に早く早く!」
「~~っ、ああもうっ、馬鹿!」
サラマンダーはエレナの勢いに押されて、ついその手を掴んだ。エレナはにっと口角を上げて彼の手を引く。自然にサラマンダーが後ろからエレナを抱きしめる形になった。サラマンダーの全身に熱が巡る。もうどうにでもなれ、と彼はエレナの腹に腕を回した──。
***
テネブリス城の中庭に到着すれば、さっそくエレナはレイから飛び降り、サラマンダーの手を再度掴む。どうやら彼女はサラマンダーに見せたいものがあるらしい。やけに静かな廊下を駆けて、彼女が足を止めたのは大広間の前だった。くるりとサラマンダーに振り返るものだから、ドキッとしてしまう。
「おい、いい加減ここに連れてきた理由を言え」
「む。連れ出してほしそうな顔してたのはサラマンダーじゃん」
「そ、それは……まぁ、否定しないが……だが、今のお前の顔を見るに他にも何かあったんだろう?」
エレナは「バレた?」と舌を出した。そして大広間の扉が開かれる。そこに広がっていたのは──
【サラマンダー! 誕生日おめでとう!!】
──そう大きく書かれた幕と、大広間に集まった城の魔族達の満面の笑みだった。
サラマンダーはあまりの出来事に唖然とする。すると彼の背中を誰かが叩いた。
「本当は余とエレナの二人で驚かせるつもりだったんだ。だが話を聞いた魔族達が禁断の森の火災を共に鎮めてくれたお前にどうしても礼がしたいというのでな。こんな大がかりなサプライズになってしまった」
エレナとサラマンダーの後を急いで追ってきたのだろうか。いつの間にかノームが嬉しそうにサラマンダーの背後で笑っていた。サラマンダーは魔族達の笑顔をゆっくりと見渡す。その中心にいた魔王がリリィを片腕で抱きながらこちらにやってきた。
「サラマンダーよ。常日頃から私の宝であるエレナとリリィが世話になっている。今夜は思う存分楽しんでくれると嬉しい」
「サラマンダー! いつも遊んでくれてありがとね! リリィ、サラマンダーのことだーいすきだよ!」
そんな魔王とリリィの言葉に上手く返事ができなかった。サラマンダーの頭の中が様々な感情で散らかり始めていたのだ。そこで彼の腕にずっしりとした重みが襲う。ノームがサラマンダーに大きな瓶を手渡してきたのだ。
「では祭りの前にプレゼントを渡しておかねばな。サラマンダー、これは余からの贈り物だ。余が直々に素材を狩った果実酒が入っている。……味わって飲んでくれ」
「兄上……」
サラマンダーは瓶とノームを交互に見る。ノームは驚いている彼の表情に満足そうに頷いた。魔族達からの温かな歓迎と、信頼する兄からのプレゼント。それらに囲まれたサラマンダーの中で湧き上がった感情は幸福に近いものだった。しかしそれと同時に罪悪感が同じだけサラマンダーを襲う。
──先ほどのシュトラールでのものとは違う、心からの祝福。それらは素直に嬉しい。
──しかしだからこそ、その祝福を受け入れることはできない。俺は大罪を犯している。そんな資格はない。
サラマンダーは必死にそう自分に言い聞かせ、「俺なんかの誕生を、祝わないでくれ」と小さく呟く。彼の傍にいたエレナとノームにはその泣きそうな彼の声が届いていた。エレナがすかさず、俯く彼に歩み寄る──。
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「、」
「シュトラールでの親交パーティの時やウィン様の誕生祭の時だって、貴方はいつも自分を蔑むような言い方をしているよねサラマンダー。でもね、私にとって貴方はそんな存在じゃないんだ。サラマンダーは私が困ったらいつも助けに来てくれた。そんな貴方の誕生を、私は祝わずにはいれないんだよ!」
「えれ、な……」
「サラマンダー、貴方の誕生に祝福を。生まれてきてくれて、本当にありがとう!」
「────!」
いつの間にか、サラマンダーの手首には彼の瞳の色である黄金琥珀の腕輪がはめられていた。これはエレナからのプレゼントのようだ。サラマンダーは気づけば涙を流していた。そして心の底から照れ臭そうに、微笑む。今まで必死に拒否してきたその祝福を、生まれて初めてすんなり受け入れることができたのだ。
「──あぁ、ありがとな。エレナ、兄上、皆──俺は今日この日を忘れることはないだろう──」
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