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【没】第五章 エレナと不屈の魔導士たち
98:魔導を求める理由
しおりを挟むマナ鉱石というのは暗く湿った洞窟に生息する“生きた鉱物”で、周囲のものから魔力を吸い取る性質がある。故に魔力が命である魔族達に嫌われており、テネブリスではマナ鉱石の一欠けらでも見つけてしまえばすぐさま粉々に砕かねばならないとされている。そんなマナ鉱石が一体全体どうしてリュカの手元にあるのだろうか。リュカはポツポツ語りだした。
「このエボルシオン魔導学園と隣接しているランツァの森の中に洞窟があるんだ。その洞窟に生息しているバナナモグラの死体と糞の中で見つけた鉱石なんだけど……これ、マナ鉱石って言うの? どうして君がこの魔力が宿る鉱石の名前を知っているの? もしかして君、魔力とか魔法に詳しいの!?」
「あっ」
エレナはしまった、と間抜け面を浮かべた。サラマンダーが頭を抱える。
「俺達は元々魔法や魔導を研究している師匠から入学を勧められてここに来たんだ。そこではその鉱石はそう呼ばれていた。それだけの話さ」
「アンス先生の他にも魔導の研究している御方がいらっしゃったの!? お、お名前は?」
「……ドリアード先生だ」
サラマンダーの出まかせにエレナは黙って頷いた。この事は内緒にね、と釘を刺すとリュカは大袈裟に頷き、エレナとサラマンダーを熱っぽく見つめる。どうやらサラマンダーの嘘のおかげでたった今二人は完全にリュカの心を掴んだらしい。
「嬉しいなぁ、僕の他にも魔導の師匠を持つ弟子がいたなんて! エレンにサテイだっけ? これからよろしくね!」
……先程まであんなによそよそしかったというのに、二人が魔導に通ずる者であると知るとこの変わりようである。よほど彼は魔導の魅力に執心しているようだ。とにかく今はリュカがこのマナ鉱石を使ってどのように身体強化魔法を使用したのか問い詰めるのが最重要だろう。魔族にとってマナ鉱石とは見た途端にその輝きを失うまで砕くものである。それ故にテネブリスでマナ鉱石の研究は進んでおらず、それを利用した魔法の使用など聞いたことが無い。エレナがそれを尋ねるとリュカはあっさりと話してくれた。
「うん、僕はこのマナ鉱石と会話が出来るんだ!」
「…………、」
エレナとサラマンダーが黙って顔を見合わせた。おそらく二人の心は今、シンクロしているだろう。そんな二人に気づかずにリュカは手の平サイズのマナ鉱石に頬ずりした。
「この石はね、最初は凄く小さかったんだよ。でも魔物の血や魔花の蜜を少しずつあげていって、毎日毎日欠かさずに声をかけてあげたら……ある日突然僕の願いを聞いてくれるようになったんだ。ね?」
エレナとサラマンダーは相変わらずリュカを疑っていたが、マナ鉱石がそんなリュカの言葉に反応するかのように輝き出したのだから驚く。その後もリュカの言葉にだけ反応を示すソレに、サラマンダーは眉を顰めた。
「ほ、本当に、魔力と会話をしている……のか?」
「そうだよ! そうだって言ってるだろう! あ、ちなみにこの鉱石の名前はエリザっていうんだ」
「な、名前まで……!」
幸せそうな顔でマナ鉱石に話しかけるリュカにエレナはなんだか笑みがこぼれる。
「確かにマナ鉱石に話しかけようだなんて人、世界中どこを探してもリュカ君以外にいないよ。貴方の好奇心が新しい魔導を開いたんだね! 凄い!」
「!」
そんなエレナにリュカはぽぽぽ、と顔を赤らめた。そうしてぎゅっと唇を噛みしめると、リュカの大きな瞳から涙が零れる。エレナは自分が泣かせてしまったのかと顔を青ざめるが、どうやらリュカのこれは嬉し泣きのようだった。
しかしサラマンダーは未だに腑に落ちない点があった。リュカがどうしてそこまで世間体ではイメージの悪い上に使用すると身体に副作用まである魔導に入れ込むのか分からなかったのだ。リュカはサラマンダーの質問に涙を拭う。
「……僕さ、諦めることが大嫌いなんだ」
リュカは語り出した。エレナとサラマンダーは黙って彼の言葉に耳を傾けた。
リュカは十年前──とある小さな村で暮らしていたらしい。
「村に度々訪れていた恩恵教の神父さんが言っていたんだ。僕ら人間は原初の悪魔に敵わないのだから何をしたって無駄なんだってね。だから悪魔や魔物に怯えながら勇者が揃うのを待つしかないって。……僕は当時小さかったけれど、それは違うって思った。何をしたって無駄なんて、何もしようとしていないくせになんで分かるんだって言い返したよ。人間だって諦めなければ悪魔に勝てるかもしれない、神様に自分の運命を丸投げして戦おうともしていないだけだってね。そしたら……」
「そしたら?」
エレナが続きを促すと、リュカは眉を下げた。
「──魔物への生贄にされちゃった。村は当時、キメラっていう獅子と蛇の混合獣の被害に悩まされていたんだ。神父さんは危ない思想を持つ僕がいるからこの村は神に見放されたんだって言ってた。僕の前にも生贄なんて何人もキメラに捧げているのにね。でも生贄を捧げたところで皆、状況は変わらなかったんだよ。だから僕はおかしいって声を上げたんだ。縄で動けなくされても、必死に村の皆に叫んだ。皆で戦おうって。勝てるかもしれないじゃないかって。でも──」
──『人間が、キメラとかいう化け物に敵うはずがないだろう愚か者』
──『我々は、何も出来ないのだよ。神の力がなければ勇者にも英雄にもなれないんだ』
──幼いリュカに、神父が冷たくそう言い放ったという。そしてその後、たまたまその村に滞在していたアンスによってリュカは救い出されて現在に至るらしい。リュカはぎゅっと自分の胸を抑えた。
「アンス先生は絶望した僕にこう言ってくれた。『人間は何もできないわけではない。諦めない限り、何にだってなれる。その可能性がある。魔導はその可能性の一つだ』って」
リュカは顔を上げ、エレナを真っ直ぐ見つめる。その瞳の奥にはとてつもない熱が滾っているのがエレナには分かった。
「その時僕は誓った。僕は勇者になりたい。何の取柄もない僕が“勇者”になれたら、きっと皆気づくはずなんだ。魔力を持たない自分達でも、戦うことはできるって。何も出来ないと最初から神様や全く知らない他人に自分の未来を任せてしまうのは間違っているって……!!」
リュカの感情に反応するかのように、エリゼが真っ赤に輝く。リュカはエレナの両手を握った。サラマンダーの眉がピクリと反応する。
「──お願い、エレン、サテイ! 僕に協力して。十年かけてこのエリザまで僕は辿り着いたんだ! でもまだ欠点が多すぎる! 魔導に通ずる君達の力を貸してほしい!!」
──そんなリュカの熱い視線にエレナは思わず頷くことしかできなかったのだった……。
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