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【没】第五章 エレナと不屈の魔導士たち
94:決別
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「エレナ、嗚呼、僕のエレナ……。約束したからな。ずっと傍にいるって……」
「っ、ちょ、離してください! ウィン様は私のこと婚約破棄したんですよね!? それならばもう一緒にいるなんて出来る訳がないでしょう!」
「だから、僕は君を手放したつもりはないと言っているだろう。君なら僕がいちいち言わなくても僕の意図を分かってくれると思っていた。それに君がテネブリスで魔王や魔族達に媚びているのもスペランサ王国の為なのだろう。分かってるんだエレナ。僕は全て君のことを分かっている……!」
「っ、ふざけ、ないで!! 私はテネブリスに媚びているわけじゃない! テネブリスは私の大切な故郷で、魔族達は大切な家族です!」
エレナは勢いよくウィンの頬を打つ。ウィンの瞳がこれでもかというほど大きく見開かれた。己の頬を抑え、唖然とする彼と距離をとるエレナ。エレナの真っ青な顔にウィンは言葉を失った。
「……何故、そんな顔を僕に向けるんだエレナ。そんな、恐怖に引き攣った顔を……」
「貴方が怖いからに決まってます。私はもうウィン様の婚約者でもなんでもないんです。婚約破棄されたあの日から、貴方は私にとって“他人”でしかありません!」
「っ、なにを、言って……っ。だから、あの婚約破棄は建前上必要だったんだ。それに君がスペランサに戻って来てくれれば全て上手くいくんだよ。グリッドウルフに噛まれた枢機卿を救ったり、セロ・ディアヴォロスが出現した時に傷ついた僕ら勇者や民達を癒した君はいまや信者達に“黄金の女神様”とまで謳われるようになった。僕にはそんな君が必要なんだ! 君を婚約破棄し、処刑しようとした件について信者達は僕と父上に酷く怒っている。僕らのせいで黄金の女神の恩恵を受けられなくなる、とね。だから君が、僕の妻になってくれさえすれば……っ!!」
ウィンがじりじりとエレナに近寄ってくる。エレナは思わず後ずさった。
……しかし、その時だ。震えるエレナの身体をそっと包み込む者がいた。
「──エレナに、何をしている!」
「っ、! ノーム!」
力強くノームの胸に引き寄せられたエレナはその温もりに酷く安堵した。今のウィンはエレナにとって恐怖の対象でしかなかったのだ。自分の胸で縮こまるエレナにノームはきつく眉を顰める。
「ウィン殿下、エレナが怖がっている。どういうつもりだ」
「……っ、君には前に話しただろう。僕はエレナを取り戻そうとしただけだ」
「取り戻す? エレナと婚約を破棄したのは貴方自身だろう。自業自得だ。エレナはもう貴方の下には戻らない。エレナは余の恋人であり、結婚も誓った仲だ。彼女は余が幸せにする!」
「ノーム……っ、」
ノームはこれ以上にないほど優しい手つきでエレナの頭を撫で、強く抱きしめた。引き攣ったエレナの顔が、一瞬で綻ぶ。そんな彼女の幸せそうな顔を見て──ウィンは、頭が真っ白になった。膝が崩れ落ちる。
「嘘だ……エレナが、僕以外を好きになるなんて、あり得ない。僕は、僕はエレナに、愛されてるんだ……っ! エレナは幼い頃からずっと僕の傍にいてくれた! 僕のことを放っておけないと言ってくれた! 君は、僕の全てなんだ! 頼む、僕の下へ戻ってきてくれ、エレナ……っ。君はノーム殿下ではなく僕と結婚しなくてはいけないんだ! 黄金の女神である君が、僕には必要で……っ」
そう号泣するウィンにエレナは眉を下げた。何を言っていいのか分からず、言葉が迷う。しかしノームの温もりに勇気づけられ、拳を握りしめた。
「──ウィン様は処刑の時、私が貴方自身を見ていないと言っていましたね」
「っ、」
「だけどそれは貴方にも言えることでしょう。処刑前だって、今だって貴方はエレナ自身ではなく、“白髪の聖女”や“黄金の女神”しか求めていないではないですか。そんな貴方を私は愛せません。愛せるわけが、ないんです!」
ウィンが目を剥く。エレナは今まで“白髪の聖女”として、“スペランサの未来の王妃”として縛られてきた哀れな自分とはこれを機に決別すると決めたのだ。
「ウィン様、今の私には肩書など関係なく、“ただのエレナ”を──私自身を愛してくれる家族と恋人がいます! 私をわざわざ公の場で婚約破棄した貴方を、今まで私に無関心な態度を取ってきた貴方を、私の能力だけを求める貴方を、どうして私が愛さなければいけないのですか? もう貴方が私を縛り付ける権利はないのです」
そっとノームを見上げる。彼のネオンブルーの瞳がキラキラと輝きながらエレナを見つめ返す。そんな彼にこんな状況だというのにエレナの顔に笑みが咲いた……。
「ウィン様がどんな壮大な勘違いをしているのかは分かりませんが、私の故郷は既にスペランサではなくテネブリスです。そして私が愛しているのは貴方ではなくこのノーム・ブルー・バレンティア殿下です。この先私がスペランサの王妃候補及びウィン様の婚約者に戻ることは絶対にありえません!」
「……っ! ち、違う! 僕は、君自身を、ちゃんと愛していて……聖女なんかでなくとも君が好きなんだ……っ、」
「……。では、ウィン様は私に一度でもその気持ちを伝えてくれたことはありますか?」
ウィンの言葉が詰まる。エレナは唇を噛みしめた。
「私は、もう貴方の言葉を信じることが出来ません……」
「──、──」
ウィンが膝を崩したまま、放心する。エレナは踵を返すと、ノームと共に歩き出した。
「──さようなら、スペランサ王国。これからは“同じ同盟の一員”として、よろしくお願いしますね……」
その後、エレナは足早に裏庭へ向かう。ノームはずっと俯いている彼女にどう声を掛けていいのか分からなかった。ひとまずエレナをテネブリス城へ送ろうとレガンの鎖を外すが──
「っ、エレナ?」
──エレナがノームに後ろから抱き付いてきたのだ。彼女がこうも積極的にノームに触れてくるのは珍しいことだった。いつもはノームから触れている分、ノームの心臓が暴れ始める。思わずレガンの鎖を放り投げて、身体を翻した(レガンは不満そうな鳴き声を上げた)。エレナはノームの逞しい胸に頬ずりする。
「……エレナ、大丈夫か?」
「うん。大丈夫。それどころかちょっとスッキリしたかも」
へにゃりと微笑むエレナにノームも釣られて笑った。
「これからウィン殿下の動向に注意しておこう。サラマンダーやイゾウ、魔王陛下にもこの事を話していいか? 余の目の届かない所でウィン殿下がお前に近づかないためにも」
「うん。パパやテネブリスの皆には私から話しておくよ。ありがとう、ノーム。貴方が傍にいてくれたから、私は自分の気持ちをウィン殿下に伝えることができたんだよ」
「っ、そうか」
エレナの心からの笑顔にノームは顔に熱が集まる。らしくもなく照れてしまったのだ。慌てて赤くなっているであろう顔を手で隠そうとするが、エレナがにんまりしてその手を阻む。
「あっ、ノームもしかして照れてる? ちょっと新鮮かも! いつも照れるのは私の方だし」
「~~っ、ばかっ。見るな。男の照れ顔など恥ずかしいっ」
「恥ずかしくないよ! 私にとっては世界で一番愛しいよ!」
「~~~~っ!!」
ノームの顔が湯気が出てくるのではないのかと心配してしまうほど真っ赤に染まった。エレナはそんな彼の両頬を両手で覆うと、その瞳を覗きこむ。
「……ね、ノーム。今日は真っ直ぐにテネブリスに帰らずにちょっと寄り道してくれる?」
「そ、それはいいが……お前はいいのか? リリィや魔王殿が待っているだろう」
「うん。ちょっとくらい大丈夫だよ。それよりも今はノームともっと一緒にいたいんだ」
次々と愛しいことを言う恋人にノームは理性が吹っ飛びそうになった。しかしなんとか必死にそれを守り抜くと、心の中で悶えながらもエレナを抱きしめる。己の真っ赤な顔が落ち着くまで、そうしているつもりらしい。それを見ていたレガンは目の前で繰り広げられる二人のやりとりに「余所でやれよ」ともう一度不満の一鳴きを上げるのだった……。
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「だから、僕は君を手放したつもりはないと言っているだろう。君なら僕がいちいち言わなくても僕の意図を分かってくれると思っていた。それに君がテネブリスで魔王や魔族達に媚びているのもスペランサ王国の為なのだろう。分かってるんだエレナ。僕は全て君のことを分かっている……!」
「っ、ふざけ、ないで!! 私はテネブリスに媚びているわけじゃない! テネブリスは私の大切な故郷で、魔族達は大切な家族です!」
エレナは勢いよくウィンの頬を打つ。ウィンの瞳がこれでもかというほど大きく見開かれた。己の頬を抑え、唖然とする彼と距離をとるエレナ。エレナの真っ青な顔にウィンは言葉を失った。
「……何故、そんな顔を僕に向けるんだエレナ。そんな、恐怖に引き攣った顔を……」
「貴方が怖いからに決まってます。私はもうウィン様の婚約者でもなんでもないんです。婚約破棄されたあの日から、貴方は私にとって“他人”でしかありません!」
「っ、なにを、言って……っ。だから、あの婚約破棄は建前上必要だったんだ。それに君がスペランサに戻って来てくれれば全て上手くいくんだよ。グリッドウルフに噛まれた枢機卿を救ったり、セロ・ディアヴォロスが出現した時に傷ついた僕ら勇者や民達を癒した君はいまや信者達に“黄金の女神様”とまで謳われるようになった。僕にはそんな君が必要なんだ! 君を婚約破棄し、処刑しようとした件について信者達は僕と父上に酷く怒っている。僕らのせいで黄金の女神の恩恵を受けられなくなる、とね。だから君が、僕の妻になってくれさえすれば……っ!!」
ウィンがじりじりとエレナに近寄ってくる。エレナは思わず後ずさった。
……しかし、その時だ。震えるエレナの身体をそっと包み込む者がいた。
「──エレナに、何をしている!」
「っ、! ノーム!」
力強くノームの胸に引き寄せられたエレナはその温もりに酷く安堵した。今のウィンはエレナにとって恐怖の対象でしかなかったのだ。自分の胸で縮こまるエレナにノームはきつく眉を顰める。
「ウィン殿下、エレナが怖がっている。どういうつもりだ」
「……っ、君には前に話しただろう。僕はエレナを取り戻そうとしただけだ」
「取り戻す? エレナと婚約を破棄したのは貴方自身だろう。自業自得だ。エレナはもう貴方の下には戻らない。エレナは余の恋人であり、結婚も誓った仲だ。彼女は余が幸せにする!」
「ノーム……っ、」
ノームはこれ以上にないほど優しい手つきでエレナの頭を撫で、強く抱きしめた。引き攣ったエレナの顔が、一瞬で綻ぶ。そんな彼女の幸せそうな顔を見て──ウィンは、頭が真っ白になった。膝が崩れ落ちる。
「嘘だ……エレナが、僕以外を好きになるなんて、あり得ない。僕は、僕はエレナに、愛されてるんだ……っ! エレナは幼い頃からずっと僕の傍にいてくれた! 僕のことを放っておけないと言ってくれた! 君は、僕の全てなんだ! 頼む、僕の下へ戻ってきてくれ、エレナ……っ。君はノーム殿下ではなく僕と結婚しなくてはいけないんだ! 黄金の女神である君が、僕には必要で……っ」
そう号泣するウィンにエレナは眉を下げた。何を言っていいのか分からず、言葉が迷う。しかしノームの温もりに勇気づけられ、拳を握りしめた。
「──ウィン様は処刑の時、私が貴方自身を見ていないと言っていましたね」
「っ、」
「だけどそれは貴方にも言えることでしょう。処刑前だって、今だって貴方はエレナ自身ではなく、“白髪の聖女”や“黄金の女神”しか求めていないではないですか。そんな貴方を私は愛せません。愛せるわけが、ないんです!」
ウィンが目を剥く。エレナは今まで“白髪の聖女”として、“スペランサの未来の王妃”として縛られてきた哀れな自分とはこれを機に決別すると決めたのだ。
「ウィン様、今の私には肩書など関係なく、“ただのエレナ”を──私自身を愛してくれる家族と恋人がいます! 私をわざわざ公の場で婚約破棄した貴方を、今まで私に無関心な態度を取ってきた貴方を、私の能力だけを求める貴方を、どうして私が愛さなければいけないのですか? もう貴方が私を縛り付ける権利はないのです」
そっとノームを見上げる。彼のネオンブルーの瞳がキラキラと輝きながらエレナを見つめ返す。そんな彼にこんな状況だというのにエレナの顔に笑みが咲いた……。
「ウィン様がどんな壮大な勘違いをしているのかは分かりませんが、私の故郷は既にスペランサではなくテネブリスです。そして私が愛しているのは貴方ではなくこのノーム・ブルー・バレンティア殿下です。この先私がスペランサの王妃候補及びウィン様の婚約者に戻ることは絶対にありえません!」
「……っ! ち、違う! 僕は、君自身を、ちゃんと愛していて……聖女なんかでなくとも君が好きなんだ……っ、」
「……。では、ウィン様は私に一度でもその気持ちを伝えてくれたことはありますか?」
ウィンの言葉が詰まる。エレナは唇を噛みしめた。
「私は、もう貴方の言葉を信じることが出来ません……」
「──、──」
ウィンが膝を崩したまま、放心する。エレナは踵を返すと、ノームと共に歩き出した。
「──さようなら、スペランサ王国。これからは“同じ同盟の一員”として、よろしくお願いしますね……」
その後、エレナは足早に裏庭へ向かう。ノームはずっと俯いている彼女にどう声を掛けていいのか分からなかった。ひとまずエレナをテネブリス城へ送ろうとレガンの鎖を外すが──
「っ、エレナ?」
──エレナがノームに後ろから抱き付いてきたのだ。彼女がこうも積極的にノームに触れてくるのは珍しいことだった。いつもはノームから触れている分、ノームの心臓が暴れ始める。思わずレガンの鎖を放り投げて、身体を翻した(レガンは不満そうな鳴き声を上げた)。エレナはノームの逞しい胸に頬ずりする。
「……エレナ、大丈夫か?」
「うん。大丈夫。それどころかちょっとスッキリしたかも」
へにゃりと微笑むエレナにノームも釣られて笑った。
「これからウィン殿下の動向に注意しておこう。サラマンダーやイゾウ、魔王陛下にもこの事を話していいか? 余の目の届かない所でウィン殿下がお前に近づかないためにも」
「うん。パパやテネブリスの皆には私から話しておくよ。ありがとう、ノーム。貴方が傍にいてくれたから、私は自分の気持ちをウィン殿下に伝えることができたんだよ」
「っ、そうか」
エレナの心からの笑顔にノームは顔に熱が集まる。らしくもなく照れてしまったのだ。慌てて赤くなっているであろう顔を手で隠そうとするが、エレナがにんまりしてその手を阻む。
「あっ、ノームもしかして照れてる? ちょっと新鮮かも! いつも照れるのは私の方だし」
「~~っ、ばかっ。見るな。男の照れ顔など恥ずかしいっ」
「恥ずかしくないよ! 私にとっては世界で一番愛しいよ!」
「~~~~っ!!」
ノームの顔が湯気が出てくるのではないのかと心配してしまうほど真っ赤に染まった。エレナはそんな彼の両頬を両手で覆うと、その瞳を覗きこむ。
「……ね、ノーム。今日は真っ直ぐにテネブリスに帰らずにちょっと寄り道してくれる?」
「そ、それはいいが……お前はいいのか? リリィや魔王殿が待っているだろう」
「うん。ちょっとくらい大丈夫だよ。それよりも今はノームともっと一緒にいたいんだ」
次々と愛しいことを言う恋人にノームは理性が吹っ飛びそうになった。しかしなんとか必死にそれを守り抜くと、心の中で悶えながらもエレナを抱きしめる。己の真っ赤な顔が落ち着くまで、そうしているつもりらしい。それを見ていたレガンは目の前で繰り広げられる二人のやりとりに「余所でやれよ」ともう一度不満の一鳴きを上げるのだった……。
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