83 / 145
第四章 エレナと桃色の聖遺物
83:共に生きる為の道筋
しおりを挟む部屋の外が騒がしい。リリィをサラから守る為に魔族達が慌てて準備をしているようだ。あと二時間ほどでサラが宣告した時間になる。エレナはリリィから受けた傷の治療もあって安静にしていなさいと私室に追いやられた。ちなみにノームとサラマンダーもリリィを守ると言ってくれたのだが、テネブリスの事情に巻き込みたくなかったので帰ってもらった。勿論二人とも納得はしていないようだったが「これはテネブリスで解決しないといけないことだから」とエレナが言い張って二人をどうにかシュトラールへ帰したのだ。
そして城中がサラの襲撃に備えている中、エレナは必死に本を読み漁っていた。その内容は聖遺物や神話学についてのものだ。もしサラの言う通りにリリィの魔力回路が暴走してしまった時、それを食い止める為のヒントがどこかに眠ってはしないかと縋ったのだ。しかし書物に書いてあるのはそのほとんどが神の統合と、絶対神デウスの偉大さを謳う「四勇聖伝」についての事柄のみである。
(私はリリィとこれからの未来を生きていきたい。でも、その想いだけだったらリリィを傷つけるだけだ……)
(何か方法を見つけなきゃ。リリィの暴走を止める手段を。じゃないと、私にはあの子といる資格がないし、あの子自身にも信用してもらえない……!)
エレナは必死にページを捲るが、やはり手がかりは見つからないまま。このままでは約束の時間までに間に合うわけがない。かといってリリィを引き渡すわけにもいかない。エレナの表情に焦りが浮かぶ。
……と、その時だ。部屋の窓がノックされた。カーテンを開けて見れば、随分と小さくなったドリアードがいた。すぐに扉を開ける。
「ドリアードさん? 森から離れてどうしたの? もしかして、サラさんに動きが?」
「いや、サラは原っぱで大人しくしているよ。監視はアスモデウスに任せてきた。わざわざここに来たのはリリィのことだ。ふと気づいた事があってな」
「気づいた、こと?」
「あぁ。まずは聖遺物の魔力回路の暴走についてだ。聖遺物がサラが言っていた例のように暴走するのは十分にあり得る話だろう。魔力には意思があるというのは知っているな?」
「う、うん。だから魔法を使う時には呪文を唱えるんだよね。明確な命令をしないと、魔力はそれ通りに動いてくれないから」
「そうだ。そしてその魔力が突然深い眠りから起こされると、驚いて本来進むべきではない回路の道筋を進む場合があるのだ。その動きによって魔力回路は乱雑に絡み合い、次第に魔力の巡回が上手くいかなくなる。故に必要以上の魔力が出力されてしまう……。これがおそらく暴走の仕組みだ」
「えっと、要は聖遺物が長年眠っていたせいで魔力の巡回が上手くいかなくなって暴走することがあるってことだね」
「あぁ。それを踏まえて思い出したのだ。リリィはエレナの治癒魔法を受けて心地よさそうにしていたな?」
エレナは眉を顰める。ドリアードの言いたいことがまだ理解できなかったのだ。ドリアードは言葉を続けた。
「思い出すんだ。治癒魔法には魔力回路を整え、強化する効果もある。リリィは複数の属性の魔力回路を持っているので、通常の聖遺物より複雑に回路が絡まっているのだからその効果の恩恵を顕著に受けやすいのではないだろうか」
「っ! つまり私が治癒魔法でリリィの魔力回路を整えてあげれば、魔力も巡回しやすくなってリリィが暴走することもなくなるってことか!」
「そう。それどころかエレナの魔力で巡回を導いてあげるならばリリィの魔力が驚いて外れた道順を進むこともなくなるさ。意外に簡単な話だったんだエレナ。お前はリリィとこれからも共に生きていいのだぞ。むしろお前が傍にいてあげないといけなかったんだ。お前こそ、リリィの暴走を止める力が持っているのだから──!!」
「……っ!!」
エレナは深い息を吐きながら、その場でへたり込む。ポロポロと涙が溢れ、震える腕でドリアードを抱きしめた。ありがとうありがとうと何度も頬ずりする。ドリアードはそんなエレナに愛しそうに微笑んだ。
「さぁエレナ、ひとまずは魔王殿に今の話をしよう。そしてサラにもその話をするんだ。胸をはって、“リリィの傍には自分がいるから心配するな”と言ってやれ!」
「うん!」
エレナは部屋を飛び出した。そして中庭で武器の確認をしている魔王にリリィの暴走を食い止める鍵が自分にあったことを話したのだ。魔王は腕を組んで考える。
「──しかしエレナ。神の魔力回路を操るとなると、今までとは比べ物にならない魔力量が必要になるのではないか。それだけお前の負担が増えるということだ。しかもリリィの暴走は一度だけとは限らない。定期的に起こる可能性もある。その度にお前が無茶をするということだろう」
「何言ってるのパパ! 例え無茶をすることになったとしても、リリィと一緒にいることができるなら私は喜んで無茶をするよ」
悩むまでもないと言いたげなエレナに魔王は彼女の頭を優しく撫でた。
「ならば。もしリリィが暴走したとしてお前が治癒魔法をリリィにかけるとする。その間、リリィを取り押さえる役割は我が引き受けよう。優しいあの子が誰も傷つけないように。……父親として、我もあの子の為に何かしてあげたいのだ」
「……うん。それが家族だもんね!」
そんな魔王とエレナをアムドゥキアスが安堵を含んだ笑みで見守る。
──しかし、その時だ。
「──なに!?」
エレナの身体が飛び跳ねる。いや、地面に跳ねさせられたというべきか。それほどの振動が城中に伝わったのだ。そしてエレナの傍らにいたドリアードが突然苦しみだす。どうしたのかと尋ねれば──
「森で、何かが起こっている!!」
エレナはすぐに森がある方向へ顔を向けた。城門の向こう側で、炎特有の朱色の光が蠢いているのが分かった。同時にリリスが魔王の下へ走ってくる。
「陛下! 大変ですわ! リリィ様が、リリィ様が──部屋にいらっしゃいません!!」
「!?」
その時、エレナはリリィの居場所を一瞬で理解した。そして魔王と共に城を飛び出したのだった……。
***
「婚約破棄してたった今処刑した悪役令嬢が前世の幼馴染兼恋人だと気づいてしまった。」という短編を執筆したのでよかったらそちらもどうぞ。
0
お気に入りに追加
3,060
あなたにおすすめの小説
わたしは婚約者の不倫の隠れ蓑
岡暁舟
恋愛
第一王子スミスと婚約した公爵令嬢のマリア。ところが、スミスが魅力された女は他にいた。同じく公爵令嬢のエリーゼ。マリアはスミスとエリーゼの密会に気が付いて……。
もう終わりにするしかない。そう確信したマリアだった。
本編終了しました。
【完結】たれ耳うさぎの伯爵令嬢は、王宮魔術師様のお気に入り
楠結衣
恋愛
華やかな卒業パーティーのホール、一人ため息を飲み込むソフィア。
たれ耳うさぎ獣人であり、伯爵家令嬢のソフィアは、学園の噂に悩まされていた。
婚約者のアレックスは、聖女と呼ばれる美少女と婚約をするという。そんな中、見せつけるように、揃いの色のドレスを身につけた聖女がアレックスにエスコートされてやってくる。
しかし、ソフィアがアレックスに対して不満を言うことはなかった。
なぜなら、アレックスが聖女と結婚を誓う魔術を使っているのを偶然見てしまったから。
せめて、婚約破棄される瞬間は、アレックスのお気に入りだったたれ耳が、可愛く見えるように願うソフィア。
「ソフィーの耳は、ふわふわで気持ちいいね」
「ソフィーはどれだけ僕を夢中にさせたいのかな……」
かつて掛けられた甘い言葉の数々が、ソフィアの胸を締め付ける。
執着していたアレックスの真意とは?ソフィアの初恋の行方は?!
見た目に自信のない伯爵令嬢と、伯爵令嬢のたれ耳をこよなく愛する見た目は余裕のある大人、中身はちょっぴり変態な先生兼、王宮魔術師の溺愛ハッピーエンドストーリーです。
*全16話+番外編の予定です
*あまあです(ざまあはありません)
*2023.2.9ホットランキング4位 ありがとうございます♪
絶対に間違えないから
mahiro
恋愛
あれは事故だった。
けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。
だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。
何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。
どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。
【完結】甘やかな聖獣たちは、聖女様がとろけるようにキスをする
楠結衣
恋愛
女子大生の花恋は、いつものように大学に向かう途中、季節外れの鯉のぼりと共に異世界に聖女として召喚される。
ところが花恋を召喚した王様や黒ローブの集団に偽聖女と言われて知らない森に放り出されてしまう。
涙がこぼれてしまうと鯉のぼりがなぜか執事の格好をした三人組みの聖獣に変わり、元の世界に戻るために、一日三回のキスが必要だと言いだして……。
女子大生の花恋と甘やかな聖獣たちが、いちゃいちゃほのぼの逆ハーレムをしながら元の世界に戻るためにちょこっと冒険するおはなし。
◇表紙イラスト/知さま
◇鯉のぼりについては諸説あります。
◇小説家になろうさまでも連載しています。
不憫なままではいられない、聖女候補になったのでとりあえずがんばります!
吉野屋
恋愛
母が亡くなり、伯父に厄介者扱いされた挙句、従兄弟のせいで池に落ちて死にかけたが、
潜在していた加護の力が目覚め、神殿の池に引き寄せられた。
美貌の大神官に池から救われ、聖女候補として生活する事になる。
母の天然加減を引き継いだ主人公の新しい人生の物語。
(完結済み。皆様、いつも読んでいただいてありがとうございます。とても励みになります)
この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる