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第四章 エレナと桃色の聖遺物
79:魔王の婚活大作戦【後編】
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次の手は「お見合い大作戦」だ。
これまたそのままのネーミングで、アムドゥキアス達が王妃に相応しいと認めた女性と魔王をお見合いさせるというものだった。人選はリリスだ。最初は「ぜひ私が王妃候補に!」と名乗り出た彼女だが、アムドゥキアスとアスモデウスの竜人兄弟がそれを断固却下した。故に彼女は大人しくサキュバスの人脈を活かして、魔王に相応しい女性探しを買って出たのだ。
アムドゥキアスがエレナとリリィを朝早くから追い出すことに成功し、さっそくリリスが選んだ女性と魔王の見合いが大広間にて始まる。
まず一人目は若いエルフの女性で、その美貌には竜人兄弟も納得するレベルだ。その上、エルフ族特有の知性も兼ねているようで、リリスの人選の良さにアムドゥキアスは拍手を送った。
大広間で長いテーブルを挟み、対面するエルフの女性と魔王。それを見守るアムドゥキアス、アスモデウス、リリスはそのシュールさにどんな顔をしていいのか分からなかった。エルフの女性は頬を赤らめて魔王を見ている。魔族にとって魔王とは尊敬に値する人物である上にその膨大な魔力は魅力的なものだろう。故に彼女のこの反応は当然とも言える。しかし……
「──では、魔王様のお話もお聞きしたいですわ。魔王様は趣味などお持ちでしょうか?」
「あぁ。趣味とは己が好んで行うことだったな。それに準ずるならば、我の趣味はエレナとリリィを抱きしめることだろうか。愛らしい娘と息子の温もりは何者にも変えられない幸福だろう」
「……。……は、はぁ……」
アムドゥキアスとアスモデウスは顔を見合せた。その答えは少しズレていますよ、陛下。そう教えてあげたいが、対談中にいちいち指摘するのも無粋だろうと何も言えない。しかしここでひくりと唇を引き攣らせつつも、相手の女性は粘った。絶賛婚活女子の技術が炸裂する。
「えっと、それでは……その、陛下の好物はなんでしょう?」
「エレナがテネバーサリーの際に我にくれた手作りケーキだ。……すまない、訂正しよう。我が子らの手作り料理全てだ……!!」
「へ、陛下の好きな言葉は……」
「エレナの『パパダイスキ』だ。最近はリリィも我をパパと呼んでくれるようになった故、リリィの『パパ』という二文字も大変愛らしい」
「え、えーっと、そのぅ……こ、好みの女性のタイプとか……」
「やんちゃでいつ見ても飽きない可愛らしさがあり、嘘の付けない素直な子だ」
──む、惨い。惨過ぎる……。
一連のやり取りにアムドゥキアスは目頭を押さえる。なんとかエレナやリリィと関連させない気の利いた質問をしても魔王はそれを押しのけて我が子自慢である。そんな自分の失態に気づかない天然魔王にアスモデウスはため息を吐きながら、対談を中断した。エルフの女性は既に涙目であった……。
──結局、二人目以降の女性達も抜け殻と化して帰っていった。自分の話題を持たない魔王は見合いをしても、エレナかリリィの事柄しか話せないのである。結婚相手には“一番”に愛されたいというのが普通だろうが、魔王の一番は既にいることが明らかであるので大抵の女性は引いてしまう。そんな見合いが上手くいくはずもなく時間だけが残酷に過ぎていく。
──しかしそこでついに、救世主が現れた。
リリスが選んだ全員の女性との見合いが終了した直後、玉座の間の扉が勢いよく開かれる。現れたのはエレナとリリィだった。
「──パパ! 話は聞いたよ! 私達のママを探してるって本当なの!?」
「!?」
エレナとリリィの後ろにはアスモデウス。どうやら彼が帰城した二人に事情を話してしまったようだ。エレナは足早に魔王の側へ歩み寄ると、戸惑う魔王を抱きしめる。魔王はキョトンとした。
「ごめん! 私の言葉でパパを混乱させちゃったよね。確かに私は母親に憧れてる。でも、今は母親が居なくても幸せだよ。だって、貴方がいるから! 私達は十分幸せなんだよ。むしろ幸せすぎてお腹いっぱいなくらい! ね? リリィ」
「っ、エレナ……!」
「うん! リリィも、パパがいてくれるから毎日が楽しいよ。パパがリリィを撫でてくれる時、ふわふわぁ~ってするし。リリィもお腹いっぱい~!!」
「リリィ……!!」
魔王は堪らず二人を抱きしめる。二人も彼の熱い抱擁ににっこりだ。貴重な一日という時間を掛けたというのに非常にあっさりとしたオチである。しかしこれで胃が痛くなる心配もなくなったアムドゥキアスとアスモデウスはほっと胸を撫で下ろした。一件落着したならば、この話はもう終わり。アムドゥキアスはくいっと眉を吊り上げると、服が泥だらけであるエレナとリリィに対して「教育係モード」を発動させた。
「ところでエレナ様にリリィ様、お二人はなぜそんなに服が汚れているのですか?」
「うっ!? こ、これは……っ! せっかくだからと思って女の子になったノームの胸を揉ませてもらおうとしたら、拒否された拍子にこうなっちゃって……!!」
「何を訳の分からないことを言っているのですか。ほら、さっさと着替えてきてください! ああもう、髪にも土がついているではありませんか……。お二人とも、今日の夕飯は身体を清めてからですからね!」
「えー!! お腹すいたのにぃ!」
「教育係モード」のアムドゥキアスにエレナとリリィはたじたじである。するとそこで、リリィが何かを察したような表情を浮かべた。そしてアムドゥキアスを指さし、一言。
「──ママ?」
「は?」
「シトリがね、ママはよくガミガミ怒って怖いものだとも言ってたの! つまりリリィとエレナのママは……アムドゥキアスだったんだねっ!」
「っ!!」
このリリィの鋭い推測には魔王とエレナもハッとしてアムドゥキアスを見た。アスモデウスとリリスが盛大に噴き出す。アムドゥキアスはわなわな震えて顔を赤らめた。魔王がそんな彼の肩を掴む。
「アムドゥキアス、お前が、ママだったのか……? つまりお前は我の妻……?」
「へ、陛下ぁ!! お気を確かに! よりにもよってここで、時々出てくる天然ボケを発揮しないでください!! エレナ様とリリィ様は期待を込めた目で私を見ない! 馬鹿なこと言っていないで早く着替えて!! あと、アスモデウスとリリスは後でぶん殴るから覚悟しておけ」
「──はーい! アムママもこう言ってるから、着替えようかリリィ」
「うん! 着替えるー!!」
「え、エレナ様! その呼び方も禁止ですっ! なんですかアムママって!!」
クスクス笑いながら大広間を出ていく悪戯っ子二人。アムドゥキアスはそんな彼女らに思わず芽生えそうになった母性を必死に抑えつつ、ため息を溢した。夕飯の支度をし始める魔族達を眺めながら、魔王に視線を移す。
「──それで陛下、本当のところ今回突然王妃を迎えようとした理由はなんなのですか。貴方は自分の都合だけでこんな強行する御方ではありません」
「アムドゥキアス。お前は我を相変わらず買いかぶり過ぎだ。今回も我の我儘でお前達を振り回したのだ。……すまなかったな。どうしても我はあの子達に──、」
魔王はそこで言葉を止めた。その表情筋のない顔に哀愁が漂う。アムドゥキアス、アスモデウス、リリスはそんな彼の雰囲気にどこか嫌な予感がした。
「陛下?」
「……。……いや、なんでもない。本当に今回は我のただの我儘なんだ。すまないな」
──我はあの子達に、親がいない悲しみを背負ってほしくなかったのだ。
──いつの日か、我が我でなくなった時のために、あの子達に母親を遺しておきたかった。
魔王はその言葉を心の奥底に閉じ込める。大切な部下に心配をかけさせたくないと思ったのだ。魔王の目に宿る赤い瞳がユラユラとやや不安げに蠢いていた……。
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まず一人目は若いエルフの女性で、その美貌には竜人兄弟も納得するレベルだ。その上、エルフ族特有の知性も兼ねているようで、リリスの人選の良さにアムドゥキアスは拍手を送った。
大広間で長いテーブルを挟み、対面するエルフの女性と魔王。それを見守るアムドゥキアス、アスモデウス、リリスはそのシュールさにどんな顔をしていいのか分からなかった。エルフの女性は頬を赤らめて魔王を見ている。魔族にとって魔王とは尊敬に値する人物である上にその膨大な魔力は魅力的なものだろう。故に彼女のこの反応は当然とも言える。しかし……
「──では、魔王様のお話もお聞きしたいですわ。魔王様は趣味などお持ちでしょうか?」
「あぁ。趣味とは己が好んで行うことだったな。それに準ずるならば、我の趣味はエレナとリリィを抱きしめることだろうか。愛らしい娘と息子の温もりは何者にも変えられない幸福だろう」
「……。……は、はぁ……」
アムドゥキアスとアスモデウスは顔を見合せた。その答えは少しズレていますよ、陛下。そう教えてあげたいが、対談中にいちいち指摘するのも無粋だろうと何も言えない。しかしここでひくりと唇を引き攣らせつつも、相手の女性は粘った。絶賛婚活女子の技術が炸裂する。
「えっと、それでは……その、陛下の好物はなんでしょう?」
「エレナがテネバーサリーの際に我にくれた手作りケーキだ。……すまない、訂正しよう。我が子らの手作り料理全てだ……!!」
「へ、陛下の好きな言葉は……」
「エレナの『パパダイスキ』だ。最近はリリィも我をパパと呼んでくれるようになった故、リリィの『パパ』という二文字も大変愛らしい」
「え、えーっと、そのぅ……こ、好みの女性のタイプとか……」
「やんちゃでいつ見ても飽きない可愛らしさがあり、嘘の付けない素直な子だ」
──む、惨い。惨過ぎる……。
一連のやり取りにアムドゥキアスは目頭を押さえる。なんとかエレナやリリィと関連させない気の利いた質問をしても魔王はそれを押しのけて我が子自慢である。そんな自分の失態に気づかない天然魔王にアスモデウスはため息を吐きながら、対談を中断した。エルフの女性は既に涙目であった……。
──結局、二人目以降の女性達も抜け殻と化して帰っていった。自分の話題を持たない魔王は見合いをしても、エレナかリリィの事柄しか話せないのである。結婚相手には“一番”に愛されたいというのが普通だろうが、魔王の一番は既にいることが明らかであるので大抵の女性は引いてしまう。そんな見合いが上手くいくはずもなく時間だけが残酷に過ぎていく。
──しかしそこでついに、救世主が現れた。
リリスが選んだ全員の女性との見合いが終了した直後、玉座の間の扉が勢いよく開かれる。現れたのはエレナとリリィだった。
「──パパ! 話は聞いたよ! 私達のママを探してるって本当なの!?」
「!?」
エレナとリリィの後ろにはアスモデウス。どうやら彼が帰城した二人に事情を話してしまったようだ。エレナは足早に魔王の側へ歩み寄ると、戸惑う魔王を抱きしめる。魔王はキョトンとした。
「ごめん! 私の言葉でパパを混乱させちゃったよね。確かに私は母親に憧れてる。でも、今は母親が居なくても幸せだよ。だって、貴方がいるから! 私達は十分幸せなんだよ。むしろ幸せすぎてお腹いっぱいなくらい! ね? リリィ」
「っ、エレナ……!」
「うん! リリィも、パパがいてくれるから毎日が楽しいよ。パパがリリィを撫でてくれる時、ふわふわぁ~ってするし。リリィもお腹いっぱい~!!」
「リリィ……!!」
魔王は堪らず二人を抱きしめる。二人も彼の熱い抱擁ににっこりだ。貴重な一日という時間を掛けたというのに非常にあっさりとしたオチである。しかしこれで胃が痛くなる心配もなくなったアムドゥキアスとアスモデウスはほっと胸を撫で下ろした。一件落着したならば、この話はもう終わり。アムドゥキアスはくいっと眉を吊り上げると、服が泥だらけであるエレナとリリィに対して「教育係モード」を発動させた。
「ところでエレナ様にリリィ様、お二人はなぜそんなに服が汚れているのですか?」
「うっ!? こ、これは……っ! せっかくだからと思って女の子になったノームの胸を揉ませてもらおうとしたら、拒否された拍子にこうなっちゃって……!!」
「何を訳の分からないことを言っているのですか。ほら、さっさと着替えてきてください! ああもう、髪にも土がついているではありませんか……。お二人とも、今日の夕飯は身体を清めてからですからね!」
「えー!! お腹すいたのにぃ!」
「教育係モード」のアムドゥキアスにエレナとリリィはたじたじである。するとそこで、リリィが何かを察したような表情を浮かべた。そしてアムドゥキアスを指さし、一言。
「──ママ?」
「は?」
「シトリがね、ママはよくガミガミ怒って怖いものだとも言ってたの! つまりリリィとエレナのママは……アムドゥキアスだったんだねっ!」
「っ!!」
このリリィの鋭い推測には魔王とエレナもハッとしてアムドゥキアスを見た。アスモデウスとリリスが盛大に噴き出す。アムドゥキアスはわなわな震えて顔を赤らめた。魔王がそんな彼の肩を掴む。
「アムドゥキアス、お前が、ママだったのか……? つまりお前は我の妻……?」
「へ、陛下ぁ!! お気を確かに! よりにもよってここで、時々出てくる天然ボケを発揮しないでください!! エレナ様とリリィ様は期待を込めた目で私を見ない! 馬鹿なこと言っていないで早く着替えて!! あと、アスモデウスとリリスは後でぶん殴るから覚悟しておけ」
「──はーい! アムママもこう言ってるから、着替えようかリリィ」
「うん! 着替えるー!!」
「え、エレナ様! その呼び方も禁止ですっ! なんですかアムママって!!」
クスクス笑いながら大広間を出ていく悪戯っ子二人。アムドゥキアスはそんな彼女らに思わず芽生えそうになった母性を必死に抑えつつ、ため息を溢した。夕飯の支度をし始める魔族達を眺めながら、魔王に視線を移す。
「──それで陛下、本当のところ今回突然王妃を迎えようとした理由はなんなのですか。貴方は自分の都合だけでこんな強行する御方ではありません」
「アムドゥキアス。お前は我を相変わらず買いかぶり過ぎだ。今回も我の我儘でお前達を振り回したのだ。……すまなかったな。どうしても我はあの子達に──、」
魔王はそこで言葉を止めた。その表情筋のない顔に哀愁が漂う。アムドゥキアス、アスモデウス、リリスはそんな彼の雰囲気にどこか嫌な予感がした。
「陛下?」
「……。……いや、なんでもない。本当に今回は我のただの我儘なんだ。すまないな」
──我はあの子達に、親がいない悲しみを背負ってほしくなかったのだ。
──いつの日か、我が我でなくなった時のために、あの子達に母親を遺しておきたかった。
魔王はその言葉を心の奥底に閉じ込める。大切な部下に心配をかけさせたくないと思ったのだ。魔王の目に宿る赤い瞳がユラユラとやや不安げに蠢いていた……。
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