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第三章 魔族姫と白髪の聖女編
56:絶望と血の味
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エレナの体力は限界だった。何故なら、ひっきりなしに己の身体を治癒しているから。エレナは今──鎖に繋がれ、壁に張り付けられている。レイナはそれはそれは楽しそうにエレナの身体にナイフで傷をつけていく。エレナには痛みで叫ぶ余裕もなかった。それほど疲弊している。数時間、彼女はレイナに傷つけられては気を失い、また傷つけられてその痛みで覚醒するを繰り返されていた……。
「はぁ、はぁ、うっ……っ、はゅ、ひゅっ、」
「苦しそうね。エレナ・フィンスターニス。可哀想。でもどうせ傷は治っちゃうんでしょう?」
エレナはレイナを睨む。それが気に障ったのか、レイナは眉を顰めてエレナの腹にナイフを突き立てた。エレナの弱弱しい掠れた叫びがその場に響く。口内に血の味が滲んだ。……と、ここでレイナの足を誰かが掴む。
「……っ、おい、それ、以上、そいつを、傷つけやがったら……っ俺が、お前を殺すぞ……っレイナ・リュミエミル……っ!!」
サラマンダーは虫の息だった。弱弱しくレイナの足にしがみつく。レイナは虫を見るような目で彼を見下ろすと、その顔面を思い切り蹴り上げた。
「汚い、近寄らないでくれる? 勇者のくせにもう魔法は使えないゴミ虫ごときが」
「っ、がっ、」
実はこの数時間でエレナと共にサラマンダーも虐げられていた。彼は誰のものかも分からない魔族の血を飲まされてしまったのだ。魔族や魔物の血を飲むことは一応医療行為ではあるが、もしその血に込められた魔力が飲んだ対象の魔力回路に合わないものであれば──魔力回路は暴走、後に破裂する。飲む相手の魔力回路に合う魔力を持ち合わせる確率はその者の家族でなければ低いと言っていい。故に今のサラマンダーは己に合わない魔力を無理やり流され、魔力回路を破壊されてしまっているのだ。だから魔法は使えない。彼は口から大きな血の塊を吐き出す。エレナはそんなサラマンダーを瞳に映した。
「さら、まんだ……」
「っ、ぐ、」
彼は返事をしなかった。限界なのだろう。エレナは唇を噛みしめる。
「……っ、レイナ、貴女は私が嫌いなのでしょう! ならサラマンダーなんかに構わず私だけに目を向けなさい!」
「呆れた。ほんっとにアンタって無類のお人よしなのね。こういう状況でそんな事言える人間ってアンタくらいじゃないかな」
レイナはエレナに突き立てたナイフを掴み、ぐりぐりと捻った。エレナは拳を握りしめ、その痛みに耐えるしかない。血が顎を伝う。視界が曖昧なものになっていく。
「ふふ、それにしてもよくここまで耐えたわねー。そんなに丈夫なのも治癒魔法のおかげなの? まぁいいけど。耐えたご褒美にまた一つ情報をあげちゃいます! 知ってる? 悪魔っていうのはね、魔法とは別に自分だけの特別な能力を持っているの。あたしが所有している能力はね、『再定義』」
「……り、ふぇく……?」
「そうそう。対象者が大切に想っている相手への感情をあたしへのものに再定義できるってこと。ノーム殿下の場合はノーム殿下からアンタへの感情をあたしへの感情ということに再定義したわけ。つまり簡単に言うと今のノーム殿下はあたしを貴女だと思っているの。それについて矛盾になる記憶は強制的に忘却するようになっているわ」
「……さ、い、……ていな能力ね……あなたには、お似合い、うぁっ!!!」
ナイフに肉を抉られ、エレナは痛みに脳内を支配される。レイナはそんなエレナに舌打ちをした。……と、ここでマモンが再びエレナの前に姿を現す。マモンはレイナにやれやれと肩を竦めていた。
「まだやってたんですか。飽きませんか? もう朝ですよ?」
「飽きないわよ。飽きるもんですか。あたしはこういう周りからチヤホヤ愛されて、綺麗ごとに塗れた女が一番嫌いなの。反吐が出るわ」
「はいはいそうですか。それでは時間も近づいてきましたし、サラマンダーを回収しますよ。彼には婚約式で一役買っていただきませんと」
「っ、婚約、式……?」
意識が朦朧とする中、エレナは確かにその単語を拾った。レイナは何かを思い出したような仕草をすると、レイナの頬を掴む。
「そういえばまだ答えていない質問があったわね? ほら、あたし達がどんな目的で~ってやつ。あたし達はこれからアンタの愛しいノーム殿下との婚約式で、出来るだけ大勢の人間を殺す」
「!?」
レイナが言うにはこうだ。シュトラールとスペランサ。二つの王国の恩恵教信者を筆頭に婚約式にはそれはもう大勢の人間が集まる。シュトラールの国王演説や祭事等で使用されるサマルク大広場にて行われるその式の開始と同時にテネブリスの魔族達や捕らえている魔物を放つという。ちなみに魔族達はレイナの能力により彼らの中の魔王の存在をレイナに再定義しているので、レイナに絶対的に服従している状態となっているらしい。エレナはレイナとマモンの求めている未来が想像できなかった。
「そんな、ことをして、一体何を、目指しているの?」
「まだ分からないの? セロ・ディアヴォロス様は憎き絶対神デウスに復讐を誓う御方。でも今のままじゃデウスは地上に現れないわ。デウスの力が強すぎて、顕現しているだけで世界を滅ぼしかねないもの。ならどうしたらデウスは現れるようになるのか。簡単よ。デウスを弱くする。その上で、ヤツ自身が地上に降りざるを得ない状況を作る」
「神の力を、弱くする? そ、そんなこと……」
「できるわよ。そもそもおかしいじゃない。どうして神が勇者や聖女を作ったりして人間を守らなければいけないと思う? 人間なんて放っておけばいいのよ。神様は神様らしく天界で優雅に贅沢に過ごしているだけでいいじゃない。でも神には人間を守らなければいけない。何故なら──人間の信仰心こそが、神の力に直結するから!」
「!」
(じゃあ、レイナ達の目的は……そのデウスの力の源である恩恵教信者達を殺して、デウスの力を弱めるってこと!?)
レイナは気を失っているサラマンダーの前髪を掴むと、その端正な顔を撫でる。
「ふふ。このサラマンダーやウィン様──勇者を信者達の前で痛めつけてやれば、信者達は絶望する。そうしてこう思うの、『嗚呼、デウス様では原初の悪魔に敵わないんだ』って。そうして絶対神デウスの信仰を削いで削いで、殺してやる!」
「っ、貴女、ウィン様って……自分の婚約者でしょう!? 自分が何を言っているか分かっているの!?」
「えぇ。アンタに指摘されなくても分かってるわ。その上で言ってるのよ?」
クスクス笑う彼女にエレナは「正気じゃない」と呟いた。心外だ、と言いたげにレイナは両眉を吊り上げる。
「ふふ、変なの。悪魔のあたしが正気であるはずがないじゃない。……それじゃ、もうアンタとはお別れしなくちゃね」
「っ!」
するとマモンがズラリと並ぶ檻の中で一番大きなものを開けた。そこから現れたのは──三つの獅子の頭に蛇の尾、背中には鷲の翼を生やした怪物──キメラ。キメラはエレナの血の匂いで興奮しているようだった。ダラダラ涎を流し、エレナに熱い視線を送っている。レイナはサラマンダーを担いだマモンと共にエレナに背を向けた。
「それじゃあさようなら、エレナ・フィンスターニス。貴女の想い人はあたしの好きにさせてもらうからどうか安心して死んでくださいな」
檻の中のイゾウとルーが必死にエレナの名を叫ぶ。エレナはひたりひたりと近寄ってくる獣に、全身が恐怖で震えた……。
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