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第三章 魔族姫と白髪の聖女編
50:衝撃の事実
しおりを挟むノームに会いに行くのは、午前の自習時間が終わってからにしよう。エレナはそう思っていた。しかし──
「──え、エレナ様!」
珍しくノックもせずにアムドゥキアスがエレナの部屋に飛び込んでくる。
「アム? どうしたの、ノックもないなんて貴女らしくない」
「し、失礼しました! しかしお耳に入れたいことが! な、中庭にグリフォンが──あっ、エレナ様!?」
アムドゥキアスの言葉を最後まで聞かずにエレナは部屋を飛び出した。転げそうになりながらも必死に走る。廊下で出会ったゴブリン達の視線も気にせずに、走る。エレナの口角が自然に上がっていた。一秒でも早く彼に会いたいと全身が叫んで──、
「──よぅ」
中庭には確かにグリフォンがいた。しかしその傍にいたのはエレナが求めていたノームではなかった。彼の弟であるサラマンダーだったのだ。エレナは汗がこめかみを伝うのを感じながら、きゅっと唇を結んだ。サラマンダーはそんなエレナを見て、がしがし頭を掻く。
「そんな分かりやすく落ち込むな」
「ご、ごめんなさい。……っ、サラマンダー殿下はどうしてここに?」
「どうしてっつーか……その様子だとやっぱりまだ知らないみたいだな」
「え?」
サラマンダーは両眉を寄せ合い、目を伏せた。エレナはそんなサラマンダーに胸騒ぎがする。彼の両肩を掴んで、顔を近づけた。
「ノームに、何かあったんですか!?」
「うぉ!? か、顔がちけぇよ! …………これは、お前が知らないままでいるべきではないと思ったから俺はここに来た。エレナ、兄上は────、──」
エレナはサラマンダーからノームの現状を聞かされた途端、言葉を失う。サラマンダーはそんなエレナの震える腕を掴むと、瞳を覗きこんだ。
「これを簡単に信じられる話だとは思っていない。乗れよ。兄上に会わせてやる」
「え、」
「今のあいつは正気じゃない。だがお前に会ったら何か変わるかもしれない。だから来い」
サラマンダーがそのままグリフォンに飛び乗る。エレナは一瞬目を泳がせたが、ぐっと拳を握りしめた。そうしてサラマンダーの後ろに乗せてもらう。グリフォンの翼がテネブリスの空を広がった。アムドゥキアスの叫びがどこからか聞こえた気がするが、エレナはテネブリスに引き返す気にもなれなかった。
***
シュトラール城、中庭。春ということもあって以前訪れた時よりも色鮮やかな花で作り上げられたこの小さな理想郷をエレナは走った。後ろからサラマンダーがそんなエレナを追いかけてくる。足が止まらない。一刻も早くノームに会いたかった。
そして、ついにその瞬間が訪れる。
「──ノーム、」
足が止まる。花びらのライスシャワーに包まれた茶髪に胸が躍った。一カ月ぶりのその美しいネオンブルーの瞳に目が離せなくなる。エレナはノームの名前を叫び、彼の下へ走った。ノームがエレナに振り向く。
「! ……貴女は、」
「ノーム! ひ、久しぶり!」
どんな顔をしたらいいのか分からなかった。エレナは前髪を整えて、ぎこちない笑みを浮かべる。ノームはそんなエレナに目を丸くした。
「……、どうしてここに?」
「サラマンダー殿下からちょっと信じられない話を聞いたの。ノーム、婚約したんだって? しかも相手は──」
「──ノーム殿下!」
エレナはひゅっと息が止まった。心臓がその嫌悪感を表すように暴れ出す。その小鳥のような声にノームの顔が分かりやすく輝いたのを見て──エレナは頭が真っ白になった。
「レイナ、父上との話は終わったのか?」
「ええ。ヘリオス王もあたし達の事を祝福してくれるみたいですわ、ノーム殿下。これで私達──心置きなく婚約できるわね!」
そう言ってノームの腕に自分の腕を絡ませるのはレイナだった。
……そう、エレナがサラマンダーから聞かされたノームの婚約者とはまさしくこの──恩恵教現聖女であり、ウィン・ディーネ・アレクサンダーと既に婚約しているはずの──レイナ・リュミエミルだったのだ……。
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