黄金の魔族姫

風和ふわ

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第二章 エレナと落ちこぼれ王子

27:エレナの初めてのテネバ―サリー【前編】

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 ──それは、雪で白く彩るテネブリス城の大広間で放たれたエレナの一言から始まった。

「もうすぐ、ラグナロクかぁ……」

 その頃になるとエレナの食事は私室ではなく、大広間で大勢の魔族と共にするものになっていた。故に、パンの欠片をルーに与えながらのエレナの一言は隣にいた魔王に拾われる。

「ラグナロク? エレナ、なんだそれは」

 魔王はコツコツと肉を咀嚼しながら尋ねた。ちなみに魔王は本来食事を必要としない体質らしいが、エレナと過ごす時間を少しでも増やす為にこうして隣で食事をしているというわけだ。
 魔王はラグナロクに興味があるようだが、エレナは少しだけ質問に答えるべきか迷う。ラグナロクというのはその名の通り“神の統合ラグナロク”による絶対神デウスの誕生を祝う祝祭だからだ。
 元々神というのは何百、何千と数えきれないほど存在していた。しかしある日、デウスの父、絶対神ゼースの提案により神々は一つに統合し、絶対的なこの世の支配者を生み出すことになったのだ。その出来事を人は神の統合ラグナロクと呼び、そこで生まれた神こそが絶対神デウス。故に、恩恵教の活動によって広まったこのラグナロクをその天敵である魔王に説明するのもエレナは変な話だと思ったのである。
 エレナがどう説明すべきかうんうん唸っていると、横から艶めかしい声が入ってきた。

「知ってるわよ~ラグナロク! 人間達が夜に激しく入り乱れる特別な日よね?」
「みだれる??」
「ちょ、ちょちょちょちょストップ! り、リリスさん! パパに変なこと吹き込まないでください!」

 エレナは向かい側に座っていたサキュバス──リリスを睨む。エレナの友人ドリアードにも劣らない豊満な胸と、コルセットで極限まで締め付けたような細いくびれが彼女のチャームポイントだ。彼女の瞳を長く見つめ過ぎてしまえば突然身体に熱が集まり、頭が上手く働かなくなる。これはどうやらサキュバス特有の魅了魔法の効果らしく、彼女のこの魔法にしてやられた男達は数知れずという。また彼女はサキュバスであるが故に対象の好んだ姿に変化できることから人間の国々の諜報員として暗躍しているとエレナは聞いている。そんなリリスはブラッドチェリーのような真っ赤な唇をペロリと舐めると、唇を尖らせて頬杖をつく。

「前から思っていたのだけれど、テネブリスってそういう祝い事とかないのよねぇ。ちょっと寂しいわ。ね? マモン」
 
 リリスは右隣のマモンに視線を流す。マモンは真っ赤なワインを優雅に啜っていた。

「確かにそうですね。いっそのこと、この場で作ってみたらいいんじゃないですか? ほら、もうすぐテネブリス建国記念日ですし。テネブリスだけの文化を作るのも政ですよね」
「テネブリス建国記念日だと?」

 次に飛びついてきたのはマモンのさらに右隣のアムドゥキアスだ。彼もマモンと同じワインを嗜んでいたのだが、その頬はやけに赤い。隣のドワーフのコック長──アドラメルクの肩に腕を回して、傍迷惑な存在と化していた。

「嗚呼、思い出します。あれは、今日のように雪が降った夜……寒さに凍えていたわたくしとアスが陛下と出会った運命の日……」
「まーたその話かよ。つか、首絞めんじゃねぇ!」
「なんですかアドラメルク! お前は陛下と私の運命の出会いを聞きたくないというのですか!?」
「聞き飽きたって言ってんだよ馬鹿野郎!」

 絡み酒のアムドゥキアスにアドラメルクはうんざりしている。エレナはそんな仲のいい彼らに苦笑した。

(ラグナロクでやる事といえば大切な人にプレゼントを贈ったりごちそうを食べたり……。リリスさんの言う通りテネブリスにもそういう日があったら楽しそうなのにな……)

「──パパ、」
「どうした、エレナ」
「作らない? テネブリスの建国を祝う日を。その日になったら、大切な人へプレゼントを贈ったり皆でパーティをしたりするの。都市で働いてくれている人達も、国の端っこでテネブリスを守ってくれている人達も、国中の皆が同時に何かを祝う日って凄く素敵だと思うよ」
「そうか。それは……確かに、幸せな日になるだろうな。そうか、」

 魔王はエレナの言葉を聞くなり、そっと立ち上がった。尊敬する王の突然の行動にその場にいた皆が彼に注目する。

 ──魔王はこの時、『テネブリス建国記念日』を祝祭日とすることを宣言した。



***



建国記念日テネバ―サリー?」
「うん、大切な人にプレゼントを渡したりごちそうを食べたりするお祝いの日なの! 一週間後だから、今はテネブリス各地で屋根とか壁に星型の飾りやリボンでデコレーションしてるんだ」
「ほーぅ」

 エレナ、ドリアード、ノームの三人での茶会にて、エレナは嬉々として昨晩のことを話した。それを聞いたドリアードはほんの少しだけ頬を膨らませる。

「ふーん。じゃあその日は、エレナは森に来てくれないというわけだな」
「勿論来るよ。その日は大切な人にプレゼントを渡す日だからね。ドリアードさんは私の大切な友達だもん」
「た、大切な……友達……!」

 稲妻が己に落ちたかのような顔をするドリアードにエレナはニコニコ頷いた。ドリアードは次第に瞳を潤わせ、つんつんと両手の人差し指をくっつけたり離したりを繰り返す。

「むふっ。そ、そうか……大切な人、か……。愛い奴め、照れてしまうではないかっ。……ふふ、ふふふふふふふ、」
「どうせならドリアードさんもテネブリスに来る? ほら、以前みたいに小さくはなっちゃうけど一応森から離れられるんでしょ?」
「なぬっ!? ……いや、有難い話だがそれはやめておこう。テネブリスの初の祝祭に余計な邪魔者が入ってきては行けないからな。我は一応テネブリスの守護者でもあるし。この大森林の動物達も心配だし……」

 ……と、いうのもドリアードが管理する禁断の森は人間の国々とテネブリスの境界線の役割を果たしている。故にまず一番初めにテネブリスで侵入されやすい場所といえばこの大森林なのだ。もしここに異常があればドリアードはすぐに魔王に報告する手筈になっている。
 エレナはチラリとノームを見た。ちなみに彼の前髪は未だに長いまま。「必ず切るから少しだけ待っていてくれないか」。エレナが彼の素顔を見た翌日、彼はそう言った。それからエレナは彼が自分をもう少し好きになるまで待つことにしている。

「ノームはその日、テネブリスに来れる?」
「……いいのか? 余は部外者だろう」
「いいの。ノームも私の大切な友達なんだから。あ、よかったら私と一緒に魔族達にプレゼントを配ってみない? テネブリスには色んな種族がいるからきっと貴方を飽きさせないよ! 私が案内するから!」
「それは楽しそうだな。母上に聞いてみるよ。きっと許してくれるさ」
「うん!」

 少し前まで魔族を誤解していたノームがそう言ってくれるのはエレナとしても非常に嬉しい変化だった。「やった!」とルーを抱きしめて、小躍りしてしまう。レイもそれに釣られて身体を一回転させていた。するとノームは、何か思ったことがあったのか……。

「──エレナ! すまない! 余はもう帰る! 急用が出来た!」
「え!? ノーム!?」

 そう言って、彼の相棒のグリフォン──レガンに乗って急いで帰っていく。エレナはそんな彼に慌てて手を振って見送りながら、彼の変化に不思議そうにぱちぱちと瞬きを繰り返した。
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