黄金の魔族姫

風和ふわ

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第一章 エレナの才能開花編

14:捨てられたドラゴン

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「ドリアード様、ここは?」
「まぁまぁ。とにかくついてこい」

 その後、エレナはドリアードの言われるままに森を進んでいた。木々の間を潜り抜け、浅い湖を渡る。辿り着いた先は不格好な大木だった。どこか不自然に膨らんで見えるその大木をエレナは見上げる。

「この木は……」
、よくやった! 例の者を解放せよ!」

 ドリアードの言葉と共に、大木の繊維がほどけていく。エレナが目を丸くさせている間に、大木は十数本の木々へと分解され、その中心に湖色の美しい塊を見つけた。周りの木々が意思を持っているかのように、その塊から離れていく。

樹人エントだ。我の僕で、いつも我を助けてくれる。それで今回はある者を守る様に命令していたのだが……」
「そ、それって──!!」

 ──

 エレナの声と共に、ソレが動いた。丸い瞳がエレナを映す。まるで本物の湖のように、体が動く度に光が反射して美しく皮膚が輝いていた。樹人から解放されたドラゴンは大きく羽を広げ、伸びをする。そしてルーを餌だと思っているのか、涎を垂らしてドリアードに懇願するような瞳を向けた。危険を察知したルーがエレナの宝石の中に慌てて隠れる。

「よしよし、いい子で隠れていたか」
「ぎゃーう」

 ドラゴンは随分とドリアードに懐いているようだった。その大きな頭部をドリアードに擦りつける。ドリアードはドラゴンの頭を撫でた。そうして、唖然とするエレナにドラゴンの右翼を指して見せる。

「見ろエレナ。こいつの翼を」
「え? ……あっ!」

 エレナは言われるままにドラゴンの片翼を見た。そして気付く。その片翼の皮膜が酷く損傷していることに。燃えた跡だろうか、焦げた様に黒く変色していた。

「ドリアード様、この子の翼はどうしたんでしょうか」
「大方親にやられたのだろう。ドラゴンの親子関係はシビアだからな。ドラゴンは通常三匹の卵を産むとされるが、ドラゴンの母親が育てることができるはせいぜい二匹。故に母親が二匹以上の子を産んだ場合は身体が小さかったものから捨てていくという。追いかけてこないように翼を焼かれ、この子はこの森に落ちてきたのだ」
「!」

 ドラゴンが首をしなりと曲げ、俯く。縦に長い瞳孔が浮かぶその瞳が、潤いを帯び始めた。そうして目尻からポロポロと大粒の涙が零れる。鳴き声もなんとも悲痛で、エレナも鼻の奥がつぅんと痛んだ。

(卵から必死に生まれることができたと思ったら生まれるなり母親に見捨てられ、なんとか慣れない翼を使って母親を追いかけたら攻撃されたなんて……)

 このドラゴンがこの森に落ちてきたのは丁度一週間前だとドリアードは言う。ドラゴンは治癒能力は魔族の中でも高い方だとは言うが、生まれたての子ドラゴンはまだ治りが遅いようだ。しかも免疫機能が未熟な為、このままでは翼の傷から腐っていくか病気になってしまう可能性が非常に高いという。

「……しかし我に出来るのはこうして魔物からこやつを守ってやるだけだ。癒すことは出来ない。そこでエレナ、其方の出番だ」
「私が、この子を癒すということですか?」
「うむ。ちとドラゴン相手の治癒魔法はきついかもしれない。しかし其方にはテネブリス城に帰る手段がないのだろう? 其方がこの子を癒せば背中に乗って帰ることが出来るぞ」
「た、確かに……」

 しかし「はいそうですか。それならさっそくやりましょう」という話でもなく。ドリアードが「ひとまず自分の好きなようにやってみよ」と言うので、エレナはドラゴンに近づいてみた。ドラゴンが警戒するようにエレナを睨む。エレナはなるべく姿勢を低くして、柔らかい声で話しかける。言葉は通じないだろうが、ドラゴンは相手の感情を微かに読み取ることも出来るとどこかの書物で読んだことがあるので、それに懸けてみる。

「大丈夫だよ。私はあなたを傷つけたりしない。あなたを見捨てたりしない」

(むしろ、同じ捨てられた立場だ。お母さんもいないし、婚約破棄されて、私の代わりも現れて……正直、この子を自分と重ねてしまっている。だからこそ、私はこの子を助けたい)

 ──そんなエレナの言葉と感情を受け取ったのか、ドラゴンはエレナへ威嚇するのをやめた。翼で身体と頭部を覆い、ただただ怯えている。しかしエレナを拒否したりはしない。
 エレナはドラゴンの反応に微笑した。優しく、彼の額を撫でてみる。鱗に沿うように指を滑らせれば、ドラゴンは徐々に気持ちよさそうに首を翼から露出させてきた。

「ぎゃう……」
「そう。私はあなたと仲良くなりたいと思ってる。今からあなたの翼を私の魔法で治したい。OK?」
「ぎゅ……」

 大袈裟なジェスチャーと言葉でなんとか意思を伝えれば、ドラゴンは傷ついた翼をそっと地面に下ろした。エレナが見やすいようにしてくれたのだ。エレナは「ありがとう」とドラゴンの額に自分の額を宛がうと、すぐにそちらに近づく。
 翼の火傷はとても痛々しかった。すっかり焦げて黒く硬直している部分と、じゅくじゅくと白い膿のようなものが疼いている部分があった。膿が溢れているところは細かい水ぶくれが広がっており、非常に痛痒そうである。エレナはこれを自分が本当に癒せるのかどうか分からなくなった。とりあえず、光魔法を使用した時のように呪文を唱えてみる。
 ちなみに魔法を発動させる際に呪文を唱えることは発動者の、魔力をどう扱いたいかという想像イメージをぶれさせない為に非常に重要なものとなる。また魔力には意思があるので、正確かつ短い命令がなければ発動者が思いもしなかったような結果になる可能性が高いのだ。

「確か治癒魔法の呪文は癒せヒームだっけ……。よし、行くぞ!」

 エレナは深呼吸をして、ドラゴンの負傷部分に手を掲げる。そして──

「──癒せヒーム!! っっい!!!!」

 呪文を唱えた途端、エレナの全身に激痛が走った。意識が遠のく。視界が真っ白になったと思えば反転して闇に包まれる。そしてその時、一瞬だけ──

(……誰? 貴方は、誰なの?)

『……。……、エレナよ。──、』

 黒い男が見えた。男、というには些か若すぎるかもしれない。エレナよりも年上だろうが青年と言うのが妥当だろう。青年がエレナを悲しそうに見つめて何かを言っている。しかしそれが何か聞こえない。青年は漆黒の髪に赤く輝く目に、鼻の高い美形だ。エレナはそんな彼の容姿にどこか既視感を感じたが、そのまま意識の海に溺れてしまった──。
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