黄金の魔族姫

風和ふわ

文字の大きさ
上 下
2 / 145
序章

02:黒い救世主

しおりを挟む
「──見よ民達よ! レイナは元々茶髪だったらしいが、つい先日、白髪に変色したそうだ! つまりこれからはエレナの代わりにこのレイナがデウス様の寵愛を受ける! 皆も突然のことで混乱するだろうが、僕はデウス様の御意思を尊重し、レイナを未来のスぺランサ王国の王妃にしようと思う!」

 観衆から上がるのはやはり歓声だ。エレナはもはや何も考えたくなくなった。自分の今までやってきたことや存在意義を森羅万象から否定されたも同然だと思った。涙すら出ない。後はもう命散るのみ。もはや笑みすら溢れる。自分への嘲笑だ。

 ウィンが観衆に見せつけるようにレイナの頬にキスをする。レイナはそっとエレナの顔を覗き込むと、切なげに眉を寄せた。まるで「私だけは貴女の味方」とでも言いたげに、エレナを哀れむような表情を浮かべて──

「──ウィン様と神様の寵愛をもらっちゃって、ごめんね? 譲ってくれて本当にありがとう!」
「!!!」
「ふふふ。その絶望に満ちた顔、本当に最高! 言っておくけど、アンタが勝手に聖女の座を降りたんだから、私を恨まないでせいぜい潔く死ぬといいわ」

 その意地の悪いレイナの言葉がエレナの耳にだけ届けられる。エレナは何も言い返せず、ぐっと唇を噛み締めた。きっとウィンや観衆達はレイナのこんな側面を知らないのだろう。

 ……と、その時だ。レイナの言葉と同時にエレナのネックレスの宝石が突然輝いた。気づいたときにはレイナの悲鳴が辺りに響く。エレナはハッとした。

「きゅう! きゅきゅーっ!」
「ルー! や、止めなさい!」
「きゃああああ!? な、なんなのよこいつぅっっ!!」

 エレナが慌てて制止を求める声を上げるが、レイナの顔面を囓るはどうにも動きを止めそうにない。エレナは最期の力を振り絞り、レイナの顔面からそれを剥ぎ取った。すぐに兵士達がやってきたので、それが攫われないように必死に腕の中に隠す。

「それを渡せ罪人! 貴様、魔獣まで従えていたのか!」
「や、やめて!! この子だけは助けて!!」

 しかし、小動物は兵士にあっさりと取り上げられる。エレナも同時に強く拘束された。傷ついた顔面に発狂するレイナを横目にウィンが苦虫を噛み潰したような顔をして、ナイフを片手にエレナの金髪を掴んだ。エレナの髪を切るためだ。

「まさか珍妙な魔獣まで従えているとは。君の処刑の正当性が明確になるばかりだなエレナ。これから君はここで斬首される。この僕が自ら、君の髪を切ろう。……最期に言い残したことはあるか?」
「……あ、あります! ウィンさま……っ、どうか、どうか小さなあの子を! あの子を助けてください……! あの子はいつもは大人しい、いい子なんです!」

 酷く枯れたエレナの懇願にウィンの身体がピクリと反応する。エレナの視線は兵士に握りつぶされそうになっている小動物に向けられていた。ウィンは一瞬その冷静な表情を崩すと、国民達に背を向け──エレナの顎を引き上げた。

「……どうして君は、最期まで僕を見ない。どうして僕より自分の信条を優先した?」
「えっ?」
「僕は──君のそんなところが、

 ウィンはらしくもなく、泣きそうな顔だった。そして彼は刃物でエレナの金髪を切ろうとする。エレナは目を瞑った。

 ──が、その時、暴風が吹く!
 
 不自然な竜巻に観衆達の悲鳴が上がった。あまりの風の強さにウィンの身体も吹き飛ばされる。しかし不思議なのは、いの一番に吹き飛ばされそうなエレナに何の影響もないという点だ。周りの阿鼻叫喚にエレナは唖然とする。そうしてエレナはいつの間にか自分の傍らに大きな影が立っていることに気づいた。

「────、」
「……ひっ……」

 二メートルはある巨体が、エレナを見下ろす。黒い皮膚でできた首と手足からそれが人間ではないことは分かる。しかし一番彼の存在を際立たせるのはその頭部だ。太い首の上に頭蓋骨が乗っかったような彼の顔にエレナは目を丸くさせる他ない。骸骨には目玉はなく、代わりにその闇の奥深くが赤く怪しく光っている。上部には立派な角が二本、彼のアイデンティティを確立させていた。
 観衆から、誰かが叫ぶ。

「──だっ!! 魔王が現れた!」

 その声に釣られて、パニックが起こる。皆が自分の命一番にと逃げていく。
 騒動の中、エレナは初めて見る魔族の王──つまりは絶対神デウスの天敵その人と相対したまま、腰を抜かしてしまった。魔王は静かにエレナを見下ろすだけだ。そしてようやくエレナと視線を合わせるように屈んだかと思えば、

「──恩を、返しに来た」

 地の這うような、低音。エレナはこんな状況だと言うのに聞き心地がいい声だなとぼんやり思ってしまった。魔王が華奢なエレナの身体を優しく横抱きにする。そうしてゆっくり立ち上がった。

「おい! エレナをどうするつもりだ! 魔王め、水の勇者である僕が今この場で鉄槌を下してやる!」

 ウィンが剣を抜き、魔王を睨み付けてくる。魔王と相対しても尚、腰が抜けない所は流石だなと思った。魔王がそっとエレナを見つめる。

わたしはこの場からお前を連れ去ってしまおうと思っている。……お前の意思を聞きたい」

 怖がらせないようにと声を和らげてくれているような配慮を感じた。エレナは紫色の唇をなんとか動かして、意思を示す。

(──もし、まだ私に生きる望みがあるのならば)

「──このまま処刑されたくない! 私を、どうか私を、この場から連れ去ってください!」
「きゅう!」

 混乱に乗じて兵士から逃げてきた小動物が魔王の身体を軽快に伝って、エレナの腕の中に戻ってきた。エレナは再び自分の胸に戻ってきた友人に喜び、愛しさを表す。魔王はそんなエレナと小動物を見守ると、自分を睨むウィンに視線を戻した。

「この場から逃げたい。それがこの少女の願いだ。故に我はこの場を去ろう」
「なっ、待て! エレナを連れて行くなぁ──!」

 全力で振り回されたウィンの剣は空振りすることになる。ウィンが気づいた時には、既に断頭台には風で吹き飛ばされた兵士達と彼自身しかいなかった──。
しおりを挟む
感想 35

あなたにおすすめの小説

【完結】甘やかな聖獣たちは、聖女様がとろけるようにキスをする

楠結衣
恋愛
女子大生の花恋は、いつものように大学に向かう途中、季節外れの鯉のぼりと共に異世界に聖女として召喚される。 ところが花恋を召喚した王様や黒ローブの集団に偽聖女と言われて知らない森に放り出されてしまう。 涙がこぼれてしまうと鯉のぼりがなぜか執事の格好をした三人組みの聖獣に変わり、元の世界に戻るために、一日三回のキスが必要だと言いだして……。 女子大生の花恋と甘やかな聖獣たちが、いちゃいちゃほのぼの逆ハーレムをしながら元の世界に戻るためにちょこっと冒険するおはなし。 ◇表紙イラスト/知さま ◇鯉のぼりについては諸説あります。 ◇小説家になろうさまでも連載しています。

なりすまされた令嬢 〜健気に働く王室の寵姫〜

瀬乃アンナ
恋愛
国内随一の名門に生まれたセシル。しかし姉は選ばれし子に与えられる瞳を手に入れるために、赤ん坊のセシルを生贄として捨て、成り代わってしまう。順風満帆に人望を手に入れる姉とは別の場所で、奇しくも助けられたセシルは妖精も悪魔をも魅了する不思議な能力に助けられながら、平民として美しく成長する。 ひょんな事件をきっかけに皇族と接することになり、森と動物と育った世間知らずセシルは皇太子から名門貴族まで、素直関わる度に人の興味を惹いては何かと構われ始める。 何に対しても興味を持たなかった皇太子に慌てる周りと、無垢なセシルのお話 小説家になろう様でも掲載しております。 (更新は深夜か土日が多くなるかとおもいます!)

これは未来に続く婚約破棄

茂栖 もす
恋愛
男爵令嬢ことインチキ令嬢と蔑まれている私、ミリア・ホーレンスと、そこそこ名門のレオナード・ロフィは婚約した。……1ヶ月という期間限定で。 1ヶ月後には、私は大っ嫌いな貴族社会を飛び出して、海外へ移住する。 レオンは、家督を弟に譲り長年片思いしている平民の女性と駆け落ちをする………予定だ。 そう、私達にとって、この婚約期間は、お互いの目的を達成させるための準備期間。 私達の間には、恋も愛もない。 あるのは共犯者という連帯意識と、互いの境遇を励まし合う友情があるだけ。 ※別PNで他サイトにも重複投稿しています。

【本編完結】五人のイケメン薔薇騎士団団長に溺愛されて200年の眠りから覚めた聖女王女は困惑するばかりです!

七海美桜
恋愛
フーゲンベルク大陸で、長く大陸の大半を治めていたバッハシュタイン王国で、最後の古龍への生贄となった第三王女のヴェンデルガルト。しかしそれ以降古龍が亡くなり王国は滅びバルシュミーデ皇国の治世になり二百年後。封印されていたヴェンデルガルトが目覚めると、魔法は滅びた世で「治癒魔法」を使えるのは彼女だけ。亡き王国の王女という事で城に客人として滞在する事になるのだが、治癒魔法を使える上「金髪」である事から「黄金の魔女」と恐れられてしまう。しかしそんな中。五人の美青年騎士団長たちに溺愛されて、愛され過ぎて困惑する毎日。彼女を生涯の伴侶として愛する古龍・コンスタンティンは生まれ変わり彼女と出逢う事が出来るのか。龍と薔薇に愛されたヴェンデルガルトは、誰と結ばれるのか。 この作品は、小説家になろうにも掲載しています。

「次点の聖女」

手嶋ゆき
恋愛
 何でもかんでも中途半端。万年二番手。どんなに努力しても一位には決してなれない存在。  私は「次点の聖女」と呼ばれていた。  約一万文字強で完結します。  小説家になろう様にも掲載しています。

嫌われ聖女さんはとうとう怒る〜今更大切にするなんて言われても、もう知らない〜

𝓝𝓞𝓐
ファンタジー
13歳の時に聖女として認定されてから、身を粉にして人々のために頑張り続けたセレスティアさん。どんな人が相手だろうと、死にかけながらも癒し続けた。 だが、その結果は悲惨の一言に尽きた。 「もっと早く癒せよ! このグズが!」 「お前がもっと早く治療しないせいで、後遺症が残った! 死んで詫びろ!」 「お前が呪いを防いでいれば! 私はこんなに醜くならなかったのに! お前も呪われろ!」 また、日々大人も気絶するほどの魔力回復ポーションを飲み続けながら、国中に魔物を弱らせる結界を張っていたのだが……、 「もっと出力を上げんか! 貴様のせいで我が国の騎士が傷付いたではないか! とっとと癒せ! このウスノロが!」 「チッ。あの能無しのせいで……」 頑張っても頑張っても誰にも感謝されず、それどころか罵られるばかり。 もう我慢ならない! 聖女さんは、とうとう怒った。

お嬢様のために暴君に媚びを売ったら愛されました!

近藤アリス
恋愛
暴君と名高い第二王子ジェレマイアに、愛しのお嬢様が嫁ぐことに! どうにかしてお嬢様から興味を逸らすために、媚びを売ったら愛されて執着されちゃって…? 幼い頃、子爵家に拾われた主人公ビオラがお嬢様のためにジェレマイアに媚びを売り 後継者争い、聖女など色々な問題に巻き込まれていきますが 他人の健康状態と治療法が分かる特殊能力を持って、お嬢様のために頑張るお話です。 ※ざまぁはほんのり。安心のハッピーエンド設定です! ※「カクヨム」にも掲載しています ※完結しました!ありがとうございます!

聖女を騙った少女は、二度目の生を自由に生きる

夕立悠理
恋愛
 ある日、聖女として異世界に召喚された美香。その国は、魔物と戦っているらしく、兵士たちを励まして欲しいと頼まれた。しかし、徐々に戦況もよくなってきたところで、魔法の力をもった本物の『聖女』様が現れてしまい、美香は、聖女を騙った罪で、処刑される。  しかし、ギロチンの刃が落とされた瞬間、時間が巻き戻り、美香が召喚された時に戻り、美香は二度目の生を得る。美香は今度は魔物の元へ行き、自由に生きることにすると、かつては敵だったはずの魔王に溺愛される。  しかし、なぜか、美香を見捨てたはずの護衛も執着してきて――。 ※小説家になろう様にも投稿しています ※感想をいただけると、とても嬉しいです ※著作権は放棄してません

処理中です...