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序章
02:黒い救世主
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「──見よ民達よ! レイナは元々茶髪だったらしいが、つい先日、白髪に変色したそうだ! つまりこれからはエレナの代わりにこのレイナがデウス様の寵愛を受ける! 皆も突然のことで混乱するだろうが、僕はデウス様の御意思を尊重し、レイナを未来のスぺランサ王国の王妃にしようと思う!」
観衆から上がるのはやはり歓声だ。エレナはもはや何も考えたくなくなった。自分の今までやってきたことや存在意義を森羅万象から否定されたも同然だと思った。涙すら出ない。後はもう命散るのみ。もはや笑みすら溢れる。自分への嘲笑だ。
ウィンが観衆に見せつけるようにレイナの頬にキスをする。レイナはそっとエレナの顔を覗き込むと、切なげに眉を寄せた。まるで「私だけは貴女の味方」とでも言いたげに、エレナを哀れむような表情を浮かべて──
「──ウィン様と神様の寵愛をもらっちゃって、ごめんね? 譲ってくれて本当にありがとう!」
「!!!」
「ふふふ。その絶望に満ちた顔、本当に最高! 言っておくけど、アンタが勝手に聖女の座を降りたんだから、私を恨まないでせいぜい潔く死ぬといいわ」
その意地の悪いレイナの言葉がエレナの耳にだけ届けられる。エレナは何も言い返せず、ぐっと唇を噛み締めた。きっとウィンや観衆達はレイナのこんな側面を知らないのだろう。
……と、その時だ。レイナの言葉と同時にエレナのネックレスの宝石が突然輝いた。気づいたときにはレイナの悲鳴が辺りに響く。エレナはハッとした。
「きゅう! きゅきゅーっ!」
「ルー! や、止めなさい!」
「きゃああああ!? な、なんなのよこいつぅっっ!!」
エレナが慌てて制止を求める声を上げるが、レイナの顔面を囓る小動物はどうにも動きを止めそうにない。エレナは最期の力を振り絞り、レイナの顔面からそれを剥ぎ取った。すぐに兵士達がやってきたので、それが攫われないように必死に腕の中に隠す。
「それを渡せ罪人! 貴様、魔獣まで従えていたのか!」
「や、やめて!! この子だけは助けて!!」
しかし、小動物は兵士にあっさりと取り上げられる。エレナも同時に強く拘束された。傷ついた顔面に発狂するレイナを横目にウィンが苦虫を噛み潰したような顔をして、ナイフを片手にエレナの金髪を掴んだ。エレナの髪を切るためだ。
「まさか珍妙な魔獣まで従えているとは。君の処刑の正当性が明確になるばかりだなエレナ。これから君はここで斬首される。この僕が自ら、君の髪を切ろう。……最期に言い残したことはあるか?」
「……あ、あります! ウィンさま……っ、どうか、どうか小さなあの子を! あの子を助けてください……! あの子はいつもは大人しい、いい子なんです!」
酷く枯れたエレナの懇願にウィンの身体がピクリと反応する。エレナの視線は兵士に握りつぶされそうになっている小動物にだけ向けられていた。ウィンは一瞬その冷静な表情を崩すと、国民達に背を向け──エレナの顎を引き上げた。
「……どうして君は、最期まで僕を見ない。どうして僕より自分の信条を優先した?」
「えっ?」
「僕は──君のそんなところが、大嫌いだよ」
ウィンはらしくもなく、泣きそうな顔だった。そして彼は刃物でエレナの金髪を切ろうとする。エレナは目を瞑った。
──が、その時、暴風が吹く!
不自然な竜巻に観衆達の悲鳴が上がった。あまりの風の強さにウィンの身体も吹き飛ばされる。しかし不思議なのは、いの一番に吹き飛ばされそうなエレナに何の影響もないという点だ。周りの阿鼻叫喚にエレナは唖然とする。そうしてエレナはいつの間にか自分の傍らに大きな影が立っていることに気づいた。
「────、」
「……ひっ……」
二メートルはある巨体が、エレナを見下ろす。黒い皮膚でできた首と手足からそれが人間ではないことは分かる。しかし一番彼の存在を際立たせるのはその頭部だ。太い首の上に頭蓋骨が乗っかったような彼の顔にエレナは目を丸くさせる他ない。骸骨には目玉はなく、代わりにその闇の奥深くが赤く怪しく光っている。上部には立派な角が二本、彼のアイデンティティを確立させていた。
観衆から、誰かが叫ぶ。
「──魔王だっ!! 魔王が現れた!」
その声に釣られて、パニックが起こる。皆が自分の命一番にと逃げていく。
騒動の中、エレナは初めて見る魔族の王──つまりは絶対神デウスの天敵その人と相対したまま、腰を抜かしてしまった。魔王は静かにエレナを見下ろすだけだ。そしてようやくエレナと視線を合わせるように屈んだかと思えば、
「──恩を、返しに来た」
地の這うような、低音。エレナはこんな状況だと言うのに聞き心地がいい声だなとぼんやり思ってしまった。魔王が華奢なエレナの身体を優しく横抱きにする。そうしてゆっくり立ち上がった。
「おい! エレナをどうするつもりだ! 魔王め、水の勇者である僕が今この場で鉄槌を下してやる!」
ウィンが剣を抜き、魔王を睨み付けてくる。魔王と相対しても尚、腰が抜けない所は流石だなと思った。魔王がそっとエレナを見つめる。
「我はこの場からお前を連れ去ってしまおうと思っている。……お前の意思を聞きたい」
怖がらせないようにと声を和らげてくれているような配慮を感じた。エレナは紫色の唇をなんとか動かして、意思を示す。
(──もし、まだ私に生きる望みがあるのならば)
「──このまま処刑されたくない! 私を、どうか私を、この場から連れ去ってください!」
「きゅう!」
混乱に乗じて兵士から逃げてきた小動物が魔王の身体を軽快に伝って、エレナの腕の中に戻ってきた。エレナは再び自分の胸に戻ってきた友人に喜び、愛しさを表す。魔王はそんなエレナと小動物を見守ると、自分を睨むウィンに視線を戻した。
「この場から逃げたい。それがこの少女の願いだ。故に我はこの場を去ろう」
「なっ、待て! エレナを連れて行くなぁ──!」
全力で振り回されたウィンの剣は空振りすることになる。ウィンが気づいた時には、既に断頭台には風で吹き飛ばされた兵士達と彼自身しかいなかった──。
観衆から上がるのはやはり歓声だ。エレナはもはや何も考えたくなくなった。自分の今までやってきたことや存在意義を森羅万象から否定されたも同然だと思った。涙すら出ない。後はもう命散るのみ。もはや笑みすら溢れる。自分への嘲笑だ。
ウィンが観衆に見せつけるようにレイナの頬にキスをする。レイナはそっとエレナの顔を覗き込むと、切なげに眉を寄せた。まるで「私だけは貴女の味方」とでも言いたげに、エレナを哀れむような表情を浮かべて──
「──ウィン様と神様の寵愛をもらっちゃって、ごめんね? 譲ってくれて本当にありがとう!」
「!!!」
「ふふふ。その絶望に満ちた顔、本当に最高! 言っておくけど、アンタが勝手に聖女の座を降りたんだから、私を恨まないでせいぜい潔く死ぬといいわ」
その意地の悪いレイナの言葉がエレナの耳にだけ届けられる。エレナは何も言い返せず、ぐっと唇を噛み締めた。きっとウィンや観衆達はレイナのこんな側面を知らないのだろう。
……と、その時だ。レイナの言葉と同時にエレナのネックレスの宝石が突然輝いた。気づいたときにはレイナの悲鳴が辺りに響く。エレナはハッとした。
「きゅう! きゅきゅーっ!」
「ルー! や、止めなさい!」
「きゃああああ!? な、なんなのよこいつぅっっ!!」
エレナが慌てて制止を求める声を上げるが、レイナの顔面を囓る小動物はどうにも動きを止めそうにない。エレナは最期の力を振り絞り、レイナの顔面からそれを剥ぎ取った。すぐに兵士達がやってきたので、それが攫われないように必死に腕の中に隠す。
「それを渡せ罪人! 貴様、魔獣まで従えていたのか!」
「や、やめて!! この子だけは助けて!!」
しかし、小動物は兵士にあっさりと取り上げられる。エレナも同時に強く拘束された。傷ついた顔面に発狂するレイナを横目にウィンが苦虫を噛み潰したような顔をして、ナイフを片手にエレナの金髪を掴んだ。エレナの髪を切るためだ。
「まさか珍妙な魔獣まで従えているとは。君の処刑の正当性が明確になるばかりだなエレナ。これから君はここで斬首される。この僕が自ら、君の髪を切ろう。……最期に言い残したことはあるか?」
「……あ、あります! ウィンさま……っ、どうか、どうか小さなあの子を! あの子を助けてください……! あの子はいつもは大人しい、いい子なんです!」
酷く枯れたエレナの懇願にウィンの身体がピクリと反応する。エレナの視線は兵士に握りつぶされそうになっている小動物にだけ向けられていた。ウィンは一瞬その冷静な表情を崩すと、国民達に背を向け──エレナの顎を引き上げた。
「……どうして君は、最期まで僕を見ない。どうして僕より自分の信条を優先した?」
「えっ?」
「僕は──君のそんなところが、大嫌いだよ」
ウィンはらしくもなく、泣きそうな顔だった。そして彼は刃物でエレナの金髪を切ろうとする。エレナは目を瞑った。
──が、その時、暴風が吹く!
不自然な竜巻に観衆達の悲鳴が上がった。あまりの風の強さにウィンの身体も吹き飛ばされる。しかし不思議なのは、いの一番に吹き飛ばされそうなエレナに何の影響もないという点だ。周りの阿鼻叫喚にエレナは唖然とする。そうしてエレナはいつの間にか自分の傍らに大きな影が立っていることに気づいた。
「────、」
「……ひっ……」
二メートルはある巨体が、エレナを見下ろす。黒い皮膚でできた首と手足からそれが人間ではないことは分かる。しかし一番彼の存在を際立たせるのはその頭部だ。太い首の上に頭蓋骨が乗っかったような彼の顔にエレナは目を丸くさせる他ない。骸骨には目玉はなく、代わりにその闇の奥深くが赤く怪しく光っている。上部には立派な角が二本、彼のアイデンティティを確立させていた。
観衆から、誰かが叫ぶ。
「──魔王だっ!! 魔王が現れた!」
その声に釣られて、パニックが起こる。皆が自分の命一番にと逃げていく。
騒動の中、エレナは初めて見る魔族の王──つまりは絶対神デウスの天敵その人と相対したまま、腰を抜かしてしまった。魔王は静かにエレナを見下ろすだけだ。そしてようやくエレナと視線を合わせるように屈んだかと思えば、
「──恩を、返しに来た」
地の這うような、低音。エレナはこんな状況だと言うのに聞き心地がいい声だなとぼんやり思ってしまった。魔王が華奢なエレナの身体を優しく横抱きにする。そうしてゆっくり立ち上がった。
「おい! エレナをどうするつもりだ! 魔王め、水の勇者である僕が今この場で鉄槌を下してやる!」
ウィンが剣を抜き、魔王を睨み付けてくる。魔王と相対しても尚、腰が抜けない所は流石だなと思った。魔王がそっとエレナを見つめる。
「我はこの場からお前を連れ去ってしまおうと思っている。……お前の意思を聞きたい」
怖がらせないようにと声を和らげてくれているような配慮を感じた。エレナは紫色の唇をなんとか動かして、意思を示す。
(──もし、まだ私に生きる望みがあるのならば)
「──このまま処刑されたくない! 私を、どうか私を、この場から連れ去ってください!」
「きゅう!」
混乱に乗じて兵士から逃げてきた小動物が魔王の身体を軽快に伝って、エレナの腕の中に戻ってきた。エレナは再び自分の胸に戻ってきた友人に喜び、愛しさを表す。魔王はそんなエレナと小動物を見守ると、自分を睨むウィンに視線を戻した。
「この場から逃げたい。それがこの少女の願いだ。故に我はこの場を去ろう」
「なっ、待て! エレナを連れて行くなぁ──!」
全力で振り回されたウィンの剣は空振りすることになる。ウィンが気づいた時には、既に断頭台には風で吹き飛ばされた兵士達と彼自身しかいなかった──。
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