上 下
5 / 51

5.アドルフ第七皇子

しおりを挟む
領都に凱旋して二日目、部屋の中でエミリア姉上と紅茶を飲んでいると、扉が開いて疲れた表情のアデル兄上とベルムント辺境伯が現れた。

「二人共どうしたの? すぐれない顏して?」

「敵の本陣から連れてきた捕虜だが、一人は我が領地と国境をまたいで領地が隣接しているバルドハイン帝国のベレンドルフ伯爵。もう一人は皇族のアドルフ第七皇子だったんだ」

「え! どうして、そんな重要な人物が捕まってるの?」

なぜ辺境での国境の小さな戦いに、バルドハイン帝国の皇子が参加してるんだよ。
でも、僕達三人も戦いに参加していたから、人のことは言えないのか。

アデル兄上は苦い表情で話を続ける。

「敗戦濃厚となってベレンドルフ伯爵は撤退しようしたらしいが、アドルフ第七皇子が逃げることを拒否したらしい。それで言争いをしている内に、我々の兵が敵の本陣の天幕に突入して二人を拿捕したそうだ」

「敵軍の総大将が捕まることは稀ですがな」

ベルムント辺境伯の説明では、小競り合いの戦では敗戦が決まる前に、大将である貴族が先に逃げ出すことが多いという。

そのほうが後々の兵士の身代金や損害賠償について交渉がやりやすいから、逃げる敵将を深追いして捕まえることはしないらしい。

「それで二人は何を困っているの?」

「地下牢にいるアドルフ第七皇子だが、捕虜となったのが不満らしく、自分を殺せと騒いでいるんだ。それで対処に困ってな」

アデル兄上は辟易とした表情を浮かべる。

もしかすると、アドルフ第七皇子は捕虜になったことが悔しくて、自分のことが許せないのかもしれないな。

時間が経てば少しは落ち着くと思うけど……

そんなことを考えていると、僕の対面に座っているエミリア姉上がスッと椅子から立ち上がる。

「こうして皆で顏を突き合わせていても埒が明かないわ。私がアドルフ第七皇子と会ってみるわ」

「それなら僕も一緒に行くよ」

「そうですな。人が変われば回答も変わるかもしれませんしな」

僕、アデル兄上、エミリア姉上、ベルムント辺境伯の四人は、部屋を出て地下にある牢へと向かった。
地下に通じる階段を降りて、魔導ランプの灯りがともる通路を歩いて牢へ向かう。

すると二つの牢に一人ずつ、恰幅のよいの男性と、アデル兄上ぐらいの年恰好の少年が座っていた。

たぶん、大人のほうがベレンドルフ伯爵で、少年のほうがアドルフ第七皇子だよね。

エミリア姉上はスタスタと歩いて、アドルフ第七皇子の牢の前で華麗に礼をする。

「私はクリトニア王国の第一王女、エミリアと申します。あなたがアドルフ第七皇子ですね」

「……ああ、そうだ……」

アドルフ第七皇子はエミリア姉上をチラッと見ると、顏を背けてしまった。

エミリア姉上は勝気な性格が表にでがちだけど、静かにしていれば金髪碧眼の美少女だからね。
もしかするとアドルフ第七皇子は照れたのかもしれないな。

そんなアドルフ第七皇子を気にすることもなく、エミリア姉上はニコリと微笑む。

「どうしてバルドハイン帝国の帝都にいるはずの皇子が、我が王国との国境での戦いに参戦されていたのですか?」

「俺は第七皇子だ。だから武功をたてる必要がある。ベレンドルフ伯爵の領地へ視察に来たついでに、クリトニア王国の国境を脅かしてみようと思ったんだ」

今回の国境での戦いはアドルフ第七皇子が起こしたものだったのか。

第七皇子といえば皇位継承権の順列が低い。
だから武功を焦ったのだろうか……

アドルフ第七皇子は姿勢を正して、ジッとエミリア姉上を見る。

「敗戦した以上、おめおめと生き恥を晒すつもりはない。死んで皇帝陛下に詫びたい」

「皇子がそんな事を言ってはなりません。皇子のために死んでいった兵士達もいるんですよ。本当に戦の責任を取りたいのであれば、帝都へ戻り、皇帝陛下の前に出て敗戦の報告をすることです。あなたの言っていることは、子供の戯言、ただ皇帝陛下から逃げているだけです」

ピシャリと言い放つエミリア姉上の言葉に、アドルフ第七皇子は力なくガクっと項垂れる。

さすがは男勝りの姉上だ、容赦ないな。
僕の出る幕はなかったね。

どうしてアデル兄上とベルムント辺境伯が慄いた表情をしてるんだよ。

アドルフ第七皇子が黙ると、隣の牢にいたベレンドルフ伯爵が立ち上がって柵を握る。

「私を開放してくれ。そうすれば自領に戻って、兵の身代金も、損害賠償も支払おう」

「黙りなさい。あなたがいなくても、この領地に近いバルドハイン帝国側の諸侯があなたの代わりに交渉のテーブルについてくれます」

エミリア姉上に言い負かされたベレンドルフ伯爵は苦々しい表情を浮かべる。

アドルフ第七皇子をここに残して、自分だけバルドハイン帝国へ帰還しようなんて、どこにでも保身が強く、私利私欲にまみれた貴族っているよね。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

傍若無人な姉の代わりに働かされていた妹、辺境領地に左遷されたと思ったら待っていたのは王子様でした!? ~無自覚天才錬金術師の辺境街づくり~

日之影ソラ
恋愛
【新作連載スタート!!】 https://ncode.syosetu.com/n1741iq/ https://www.alphapolis.co.jp/novel/516811515/430858199 【小説家になろうで先行公開中】 https://ncode.syosetu.com/n0091ip/ 働かずパーティーに参加したり、男と遊んでばかりいる姉の代わりに宮廷で錬金術師として働き続けていた妹のルミナ。両親も、姉も、婚約者すら頼れない。一人で孤独に耐えながら、日夜働いていた彼女に対して、婚約者から突然の婚約破棄と、辺境への転属を告げられる。 地位も婚約者も失ってさぞ悲しむと期待した彼らが見たのは、あっさりと受け入れて荷造りを始めるルミナの姿で……?

【完結】地味令嬢の願いが叶う刻

白雨 音
恋愛
男爵令嬢クラリスは、地味で平凡な娘だ。 幼い頃より、両親から溺愛される、美しい姉ディオールと後継ぎである弟フィリップを羨ましく思っていた。 家族から愛されたい、認められたいと努めるも、都合良く使われるだけで、 いつしか、「家を出て愛する人と家庭を持ちたい」と願うようになっていた。 ある夜、伯爵家のパーティに出席する事が認められたが、意地悪な姉に笑い者にされてしまう。 庭でパーティが終わるのを待つクラリスに、思い掛けず、素敵な出会いがあった。 レオナール=ヴェルレーヌ伯爵子息___一目で恋に落ちるも、分不相応と諦めるしか無かった。 だが、一月後、驚く事に彼の方からクラリスに縁談の打診が来た。 喜ぶクラリスだったが、姉は「自分の方が相応しい」と言い出して…  異世界恋愛:短編(全16話) ※魔法要素無し。  《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、ありがとうございます☆ 

【完結】悪気がないかどうか、それを決めるのは私です

楽歩
恋愛
「新人ですもの、ポーションづくりは数をこなさなきゃ」「これくらいできなきゃ薬師とは言えないぞ」あれ?自分以外のポーションのノルマ、夜の当直、書類整理、薬草管理、納品書の作成、次々と仕事を回してくる先輩方…。た、大変だわ。全然終わらない。 さらに、共同研究?とにかくやらなくちゃ!あともう少しで採用されて1年になるもの。なのに…室長、首ってどういうことですか!? 人見知りが激しく外に出ることもあまりなかったが、大好きな薬学のために自分を奮い起こして、薬師となった。高価な薬剤、効用の研究、ポーションづくり毎日が楽しかった…はずなのに… ※誤字脱字、勉強不足、名前間違い、ご都合主義などなど、どうか温かい目で(o_ _)o))中編くらいです。

欲情しないと仰いましたので白い結婚でお願いします

ユユ
恋愛
他国の王太子の第三妃として望まれたはずが、 王太子からは拒絶されてしまった。 欲情しない? ならば白い結婚で。 同伴公務も拒否します。 だけど王太子が何故か付き纏い出す。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ

没落した元名門貴族の令嬢は、馬鹿にしてきた人たちを見返すため王子の騎士を目指します!

日之影ソラ
ファンタジー
 かつては騎士の名門と呼ばれたブレイブ公爵家は、代々王族の専属護衛を任されていた。 しかし数世代前から優秀な騎士が生まれず、ついに専属護衛の任を解かれてしまう。それ以降も目立った活躍はなく、貴族としての地位や立場は薄れて行く。  ブレイブ家の長女として生まれたミスティアは、才能がないながらも剣士として研鑽をつみ、騎士となった父の背中を見て育った。彼女は父を尊敬していたが、周囲の目は冷ややかであり、落ちぶれた騎士の一族と馬鹿にされてしまう。  そんなある日、父が戦場で命を落としてしまった。残されたのは母も病に倒れ、ついにはミスティア一人になってしまう。土地、お金、人、多くを失ってしまったミスティアは、亡き両親の想いを受け継ぎ、再びブレイブ家を最高の騎士の名家にするため、第一王子の護衛騎士になることを決意する。 こちらの作品の連載版です。 https://ncode.syosetu.com/n8177jc/

我儘令嬢なんて無理だったので小心者令嬢になったらみんなに甘やかされました。

たぬきち25番
恋愛
「ここはどこですか?私はだれですか?」目を覚ましたら全く知らない場所にいました。 しかも以前の私は、かなり我儘令嬢だったそうです。 そんなマイナスからのスタートですが、文句はいえません。 ずっと冷たかった周りの目が、なんだか最近優しい気がします。 というか、甘やかされてません? これって、どういうことでしょう? ※後日談は激甘です。  激甘が苦手な方は後日談以外をお楽しみ下さい。 ※小説家になろう様にも公開させて頂いております。  ただあちらは、マルチエンディングではございませんので、その関係でこちらとは、内容が大幅に異なります。ご了承下さい。  タイトルも違います。タイトル:異世界、訳アリ令嬢の恋の行方は?!~あの時、もしあなたを選ばなければ~

別れた婚約者が「俺のこと、まだ好きなんだろう?」と復縁せまってきて気持ち悪いんですが

リオール
恋愛
婚約破棄して別れたはずなのに、なぜか元婚約者に復縁迫られてるんですけど!? ※ご都合主義展開 ※全7話  

本物の恋、見つけましたⅡ ~今の私は地味だけど素敵な彼に夢中です~

日之影ソラ
恋愛
本物の恋を見つけたエミリアは、ゆっくり時間をかけユートと心を通わていく。 そうして念願が叶い、ユートと相思相愛になることが出来た。 ユートからプロポーズされ浮かれるエミリアだったが、二人にはまだまだ超えなくてはならない壁がたくさんある。 身分の違い、生きてきた環境の違い、価値観の違い。 様々な違いを抱えながら、一歩ずつ幸せに向かって前進していく。 何があっても関係ありません! 私とユートの恋は本物だってことを証明してみせます! 『本物の恋、見つけました』の続編です。 二章から読んでも楽しめるようになっています。

処理中です...