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六、王女と毒 3

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「エミィ!」 

 自身に仕える侍女、しかもその主人である私に毒を盛ろうとした侍女であるコーラの前に膝を突いた私に、フレデリク様の咎めるような声が飛ぶ。 

「もう一度聞くわね、コーラ。今回こんなことをしたのは誰かの指示で、コーラがそうせざるを得なかったのは、貴女に指示をした誰かに弱みを握られたからではないの?」 

 フレデリク様の声は尖っていてとても恐ろしいけれど、ここで私が引けばコーラはこのまま罰せられてしまう。 

 そんな事は出来ないと、私はきゅと唇を引き締めた。 

「・・・・・」 

「ねえ、教えてコーラ。貴女の弱みは何かの秘密?それとも守りたい何かなの?」 

「・・・・・」 

「エミィ、無駄だ。こいつに君の優しさは届かない。エミィが命がけでこいつを救おうとしても、何の感情もわかないようだ。残念だったな、エミリア」 

「フレデリク様・・・」 

 私をも侮蔑するような物言いだけれど、見ればその瞳は私に優しく向けられている。 

 

 フレデリク様。 

 もしかしなくても、わざとコーラを挑発してくださっていますね? 

 

 私が目だけで問えば当然と言わぬばかり、何とフレデリク様は僅かな微笑みと共に片目を瞑ってみせた。 

 その余りの華麗さに、私は思わず目を見張る。 

 何というか、その姿は貴公子然としてとてもさまになっていて、控えめに言ってとても素敵でときめいた。 

 出来れば、姿絵にして欲しいくらい。 

 それなのに、フレデリク様は平然としていて何だか悔しい。 

 

 あんな気障な事をしておいて、恥ずかしそうにする素振りも無いなんて、遣り慣れているということ? 

 誰相手に? 

 

「エミリア。もう気は済んだだろう。我儘はここまでだ」 

「っ」 

 それは冷静に考えればきっと私なのだろうけれど、それは記憶を失う前の私だし、と何だかもやもやしている間にも、フレデリク様の芝居は続き、私は今の状況を思い出し姿勢を正した。 

 

 いけない。 

 今はコーラのことなのに、私ってば自己中心的。 

 反省。 

 

 思いコーラを見れば、先ほどまでの諦観は消え、肩が僅かに震えている。 

「フレデリク様」 

「エミリア。君が思うほど、侍女との間に信頼関係は無かったということだ」 

 視線で促され、縋るように名を呼べば、フレデリク様は『よくできました』というように笑顔で頷いて、更に私を貶めるような発言をした。 

「っ・・・っ」 

 その言葉にコーラの肩が震え何か言葉を発しようとするも、唇を噛み締めてしまう。 

「ねえ、コーラ。私に毒を盛ろうとしたのは、誰かの指示なのよね?それとも、貴女自身が望んだの?私に、死んで欲しいと」 

「っ。違います!そんなこと絶対にありません!」 

 もう一息、と問うた私に、コーラは勢いよく顔をあげ強く言い切った。 

「だが実際、エミリアに毒を盛ろうとしたのだろう?それとも、これは毒ではない、と言い切ってみるか?」 

「っ」 

「シクータ。この言葉に聞き覚えは?」 

 

 シクータ? 

 今それを言うということは、それがこの毒の名前なの? 

 

 過去の私はいざ知らず、目覚めて初めて聞いた私は、思わずふるふると首を横に振ってから、はっとなる。 

 

 いけない! 

 今のは、コーラへの問い! 

 

 それを証拠に、フレデリク様が苦笑いしている。 

 

 うう。 

 恥ずかしい。 

 

「シクータは古代からある毒草のひとつで、近年、この国のとある商会がその成分の抽出、粉末化に成功した。薬としても、毒としても」 

 恥ずかしく縮こまる私の耳に、フレデリク様の説明が聞こえる。 

「どうする?これは薬だと言い切ってみるか?」 

「・・・・・」 

「フレデリク様。それは無理があります。私は病ではありません」 

 にやりと笑ったフレデリク様に問い詰められたコーラ。 

 その沈黙のなか、はい、と小さく手を挙げ言ってしまった言葉に、私はまたも後悔した。 

「すみません。そういう問題ではありませんでした」 

 どうも私が参戦すると話がずれることに気づき、黙っていようと意識して口を閉じる。 

「だ、そうだよ。どう言い訳する?」 

「・・・・・」 

 可笑しみの籠った声でフレデリク様がコーラに問う。 

 フレデリク様は私の発言を否定しないけれど、その肯定の仕方がまた居たたまれない。 

 この深刻な場面で私は一体何をしているのか、道化の役なのか、はたまたかき混ぜるだけの厄介者なのかと、どんよりしてしまった。 



~・~・~・~・~・ 

※ シクータとはドクニンジンのことですが、抽出とか粉末化というのは創作です。 

 

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