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五、王女と黒幕 6

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「え?ええと、それはどういう」 

 アンデル前公爵夫人は、ベルマン伯爵家の正当な令嬢では無かった、と私の耳は確かに聞き、それはどういうことなのかと思いもする。 

 けれど、正当ではないというその不穏な言い方からも、この話が更に複雑化しながら進んで行くのだと予期出来て、正直もうお腹いっぱい、と私は遠い目になってしまう。 

  

 いえ、とっても重要なお話だと分かってはいます。 

 分かってはいるのですが、何ともその、私の頭ではもう情報処理が間にあいません。 

 これって、記憶が無いことだけが原因ではないような気がします。 

 うう。 

 

 

「ああ、エミィ。そのきゅるんとした瞳、凄く可愛い。そうだよね。記憶も無いのに、色々話を聞かされても困るよね。でも、この情報は今後、絶対に知っておいた方がいいから、頑張ろうか」 

「はいぃ」 

 何か分かる。 

 フレデリク様は、私にとても甘くて優しいし、思いやりある方だけれど、だからこそ、私のためにならないことはしないし、妥協しない。 

 つまり、この家系に関する話は、今後の私にとって必要不可欠な情報だということ。 

 この先、知っているのと知らないのとでは、立場が大きく変わるようなことにも繋がるのだろうと、それだけは今の私にも分かる。 

 記憶が無い故に、絶対学ぶべきことのひとつなのだと。 

 

 ええ、頑張ります。 

 知りたいと言ったのは、そもそも私ですから。 

 

 もしあの時、私が知ること学ぶことを放棄したのなら、フレデリク様は私の知らない所ですべて処理してくれたに違いない。 

 それはそれで楽だったかもしれないけれど、そうなればコーラの事情を聴くなどということもできないし、私は後で自分がとんでもない人形だったと嘆くことにもなっただろう。 

 この、一連の事件の黒幕である元側妃と、それに連なる人々。 

 記憶を失くす前の私が良く知っていたであろう彼等の背景を、フレデリク様が朗々たる声で説いて行く。 

「まず、アンデル前公爵夫人は、当時のベルマン伯爵の娘だったが、母親は夫人ではなく市井の平民だった」 

「ああ、なるほど。庶子だったのですね。ですが、それだとベルマン伯爵の血筋は継いでいますよね?」 

 フレデリク様は、わざわざベルマン伯爵家の正当な娘ではなかった、という言い方をした。 

 けれど、例え庶子だろうと血を継いでいるのなら、正夫人の子として届け出るなり、養子とするなりすれば、それで事足りるのでは、とフレデリク様を見た私は、何というか、後悔した。 

「普通は、そう思うよね」 

「え、ええ。そう・・だと、思います」 

 何がそんなに楽しいのか、と思うほどに嬉しそうに話すフレデリク様に、今一つ、貴族、王族としての知識が不安な私は、考えつつ答える。 

 

 そうよね!? 

 婚外子だって、実子としてきちんと手続きする方法があるって習ったのは、そういうことよね!? 

 家を継げるかどうかは別として! 

 

「うん。この場合、ベルマン伯爵が本当に、血統上も本物の伯爵だったなら、それで何も問題ない。婚外子だって、実子とすることは可能だからね。まあ、嫡子とは別次元の存在だけれども。うん。エミィは本当によく学んでいるね」 

 フレデリク様は、私の考えが間違えていないと頷き、それはもう嬉しそうに私の頭を撫でた。 

 なんだか、子どもになった気分。 

「フレデリク様。今の言い方ですと、まるでベルマン伯爵が血統上本物ではなかったように聞こえます」 

 その頭の撫で方が本当に小さな子どもに対するようで、何だか不服に思った私がその手から逃れれば、またもフレデリク様が嬉しそうに笑う。 

「本当にエミィは鋭い。大好きだよ。そうだね。ベルマン伯爵は血統上本物では無かった、つまり本筋の人間では無かったんだよ」 

「本筋では無かった、とは?」 

 説明に不要と思われる言葉は戯言として流した私に、フレデリク様が不意に顔を寄せた。 

「っ」 

「うん。ベルマン伯爵は、婿だったんだ。しかも、分家でもなんでもない、純粋なる他家からの入り婿。つまり、正当なベルマン伯爵家の血を有していたのは、奥方の方だったということ・・・ふふ。エミィ、赤くなって可愛い」 

「そ、それでアンデル前公爵夫人はベルマン伯爵家の正当なご令嬢ではない、というお話に繋がるのですね」 

 突然顔を寄せられて、驚くより早く熱くなった頬をつつかれ、私はきろりとフレデリク様を睨む。 

「そうだよ。それどころかね、それ以前に誕生していたベルマン伯爵の長子である男子も、夫人の子ではなかった。しかもその母は、アンデル前公爵夫人を産ませた女性とは別の女性。共通点は、市井の平民ってことかな」 

「ええと、つまり。ベルマン伯爵家のご兄妹は、ふたりとも正当な血筋である夫人の子ではなく、それぞれ母親も違う異母兄妹だと?」 

「うん。そうなるね」 

「伯爵夫人にお子様は?」 

「ふたりの間に子はいない。それもそのはず、白い結婚だったそうだ」 

 フレデリク様の話を聞いて、私は絶句した。 

 入り婿で、白い結婚で、婚外子をふたりも持つ。 

 それは相当の事態だと、記憶の無い私の奥底から叫びが聞こえて来そうな案件。 

「凄いですね。その、ベルマン伯爵家の入り婿の方は、それほどに優秀な方だったのですか?」 

 貴族の入り婿となる。 

 その価値、立場はそれぞれ違うだろうけれど、今聞いたような状況を許されるなど、余程優秀で、没落しかけた家を持ち直したくらいしか考えつかない。 

「いいや。とてつもなく浮気性で、上辺だけ取り繕うのが上手い怠惰な男だったそうだ。夫人は、より早くその本性を見抜き、白い結婚を申し渡したらしい」 

「なるほど。そのまま、離縁されるつもりだったのですね」 

 納得、とぽんと手を叩いた私に、フレデリク様が、正解、と言いつつ私の手を握った。 

 何故? 

「その通り。だが、離縁が成立するまでの三年の間に、ふたりも婚外子を持ったわけだ。他は何の功績も無いのにね。入り婿の立場で、相当な愚者だな」 

「はあ。なんか、凄いです」 

「本当に凄いよな。ヨーランの実父は、その異母兄だっていうんだから」 

「え」 

 

 なんか、また凄い話来ました。 

 

 今度こそ頭大混乱、これ以上無理な気持ちで、私は、うんうんと頷くフレデリク様を見つめた。 

 

 
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