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四、王女と耳飾り 2
しおりを挟むコーラが毒を仕込む、その瞬間を捉えてフレデリク様に連絡をする。
今、隣の部屋で護衛の方たちと万全の体制で待機してくれているフレデリク様は、私の合図と共に踏み込んでコーラを確保してくれることになっている。
この部屋と隣室とで素早く動き、騒ぎを最低限に抑えることで、コーラ以外にも居るだろう黒幕に通じる連絡係も同時に捕らえる手筈だとフレデリク様は言っていた。
それってつまり、コーラ以外の連絡係も今この時、この辺りで待機しているってことよね。
それで、私が合図をしたらフレデリク様達がこの部屋へ踏み込んで来て、その様子を確認して動くだろうコーラ以外の連絡係を別部隊の騎士さんが捕らえる、と。
コーラが成功するのか、失敗するのか、見極めるために居ると思われる連絡係。
私は当然それが誰だか知らないけれど、私の部屋近くまで来られるとなると、上級使用人の中でも限られているのだから、顔くらい合わせた事はあるのだろうなと思って改めて怖くなった。
自分が住む邸内、しかもすぐ近くに私の死を望む人が居るというのは、精神的になかなかきついものがある。
だめだめ。
今はとにかくコーラの身柄を確保して、事情を聴き出すことを考えないと。
首を振って際限なく落ち込みそうになる意識を戻し、コーラを見つめる。
絶対に、失敗出来ない。
騒ぎをどれだけ抑えられるかは、初手を担う私がどれだけ迅速に、且つ的確に動けるかにかかっているとあって、私はとても緊張してしまう。
毒を仕込む瞬間を狙ってコーラを押さえて、同時にフレデリク様に連絡。
そして、フレデリク様が来るまでコーラが自害などしないようにしておいて、フレデリク様達が証拠を押さえたら、その後はコーラから事情を聴けるようにして。
段取りを考えつつ、私は今も何処かで結果報告を待っているのだろう黒幕を思った。
コーラを操って、私を亡き者にしたいと願う人達。
それはつまり、自分達は安全圏に居てのうのうとしているということ。
『ずうずうしい、身の程を弁えない、無能なくせに執念深い奴等』
フレデリク様曰く、私を狙うのはそういう人々らしい。
そして、こういった事、私を狙う犯行も初めてではないらしい。
流石に命まで奪おうと動き出したのは最近になってからの数回らしいが、嫌がらせなどは『それはもうしょっちゅう』だったとフレデリク様がそれはそれは嫌そうな顔で言った。
『聞いて愉快な話でもないし、全部話せばとてつもなく時間がかかりそうだから、エミィが無理に知る必要も無いけれど、知りたいというのなら話すよ』
『私にも関係あることだもの。聞きたいです』
苦い顔でそう言ったフレデリク様に私が無理を通すように言えば、益々苦い顔になりつつも頷いてくれた。
『じゃあまあ。とりあえず、今回知っておいたほうがいいと思う部分だけ、話そうか』
本当に仕方ないから話す、と言わぬばかりのその表情は、私が記憶を失う切っ掛けとなった事件について話すのを渋った時と同じで。
もしかして、私が魔力枯渇を起こした事件の犯人も彼等ということなのかしら?
私を殺して得たいもの。
私は国王陛下唯一の子だというから、王位継承権絡みとか?
そういえば、王位継承権ってどうなっているのか聞いたこと無いわ。
でも、魔力枯渇の原因となったのは、王都を襲った魔術を消すためだったって言っていたわよね。
なら、その時の狙いは王都だったってこと?
となると、今回の件とは無関係?
分からない。
ともかくはっきりしているのは、今現在私が殺されようとしているということ。
どういう繋がりで私をそれほど憎むのか分からないけれど、私が王女という立場であることが関係しているのだと思った私は、真剣にフレデリク様と向き合い、まるで内緒の話をするかの如く極至近距離で顔を寄せ合って。
《エミィ。愛しているよ》
「っ!」
私を亡き者にしようと画策し、コーラを操る黒幕。
今は顔も思い出せないその人たちのことを苦く思い出し、フレデリク様との会話を脳内で再生しようとしていた私は、唐突に聞こえたフレデリク様の囁きに飛び上がるほど驚いた。
《僕のエミィ。僕は君が本当に大切なんだ。だから、君の笑顔を奪う者は何人たりとも許しはしない》
聞こえ続けるフレデリク様の声が優しい。
フレデリク様。
今、私はその言葉に答えることが出来ない。
それを分かっていて、フレデリク様は囁き続ける。
《エミリア。君を大切に想う人達はたくさんいる。けれど僕がその筆頭だと、忘れずにいて。僕はいつも、君の一番近くに居るから》
あたたかな声が、ささくれた心に染み渡る。
まるで分かっていたみたいに。
コーラの動向を見つめるうち、黒幕の自分への憎しみについてなど考えてしまった私の意識を、フレデリク様は一気に自分へと引き寄せてしまった。
「ねえ、コーラ。わたくし、フレデリク様が大好きなの」
「へっ・・あ」
どうしても口に出したくて、にっこり笑ってそう言った私の唐突さに、コーラは茶器を落とさないばかりの驚きを見せる。
こういうところも、らしくない。
王族や高位貴族の傍近く仕える侍女は、主人がどういう行動、言動を取ろうとも動揺を表に出すことはしない。
例えどれほど内面で動こうとも、表情に出すことはしないもの。
相当、追いつめられているのね。
フレデリク様の囁きに集中力を取り戻した私は、見た目幸せな若妻そのものの様相で小さく息を吐き、夫を想う微笑みを浮かべたまま、ゆっくりと本の頁をめくった。
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