10 / 32
三、王女と偽造された遺書 1
しおりを挟むあら?
あの人、何をしているのかしら?
確か、この部屋を担当してくれている侍女さんのひとりよね?
最早菜園と化しているこの部屋のバルコニーで、鉢植えにしてもらった花々やハーブに今日も元気ねと声をかけ、それぞれの様子を見ながら水をあげた私は、暫く癒されてから部屋に戻ろうと笑顔で歩き出したものの、その異様な雰囲気に窓際で動きを停止した。
私は未だ戻らないと思っているのだろう。
私の視線の先で、ひとりの侍女さんがきょろきょろと辺りを見回しながら、美しい文様が彫り込まれた文机の引き出しを閉めている。
華奢で優美な造りの把手に触れる手は震え、顔色は真っ青。
その見るからに尋常ならざる姿に笑顔も引っ込み、私は眉間にしわを寄せた。
あれって、侍女さんが開けていい引き出しではないような。
記憶は無いけれど、これまで色々なことを教えてもらっている私は、あの文机は私の個人的なもので、掃除はしてもらうけれど、引き出しの中については私が管理し、侍女さんは中の物に触ることはおろか、開けることも許されていない、と聞いている。
それに、明らかに周りを気にするその態度が気になって、私は侍女さんが部屋を出るのを確認してから戻り、文机の引き出しを確認した。
「新しい手紙?」
そこには、先日確認した時には無かった手紙らしきものが増えていて、私は首を傾げる。
「侍女さんからの手紙かしら?でも、そんなことも無い、わよね」
呟きつつ封を開いた私は、その内容を理解した瞬間、ぎょっとして目を見開いてしまった。
「え!?これって、私の遺書ってこと・・・っ?」
未だ、この国の文字を充分には読めない私だけれど、拾い読みしたところによれば間違いなくそう取れる。
その事実に思わず大きな声で叫びそうになった私は、何とか悲鳴を飲み込んだ。
これは、まだ私が気づいていない、と思わせた方がいいに違いない。
それに、あの侍女さんが今も廊下で耳をそばだてているかもしれないと思い、私は何とか息を整えた。
「と、とにかく、フレデリク様にご相談しないと」
動揺する心を沈めるよう、私は文机の前に立ったまま”私の遺書”を握り締め、もうすぐ来てくれる筈のフレデリク様を待つ。
「失礼します。エミリア様、フレデリク様がお越しに・・・っ。エミリア様っ、どうなさったのですか!?」
「エミィがどうかしたのか!?」
やがてこんこんと優しく扉が叩かれ、反射のように何とか返事はしたものの、アデラが扉を開けたときも私は同じ状態で固まっていたために、アデラもフレデリク様も驚かせてしまう結果となった。
ふたりが騒然となったのも、無理は無い。
後で聞いたところによれば、扉を開けた先で、私が何かを握り締めたままあらぬ方を見つめ、直立不動で立ち尽くしてというのだから何かあったと思うのが普通というもの。
けれどその時廊下にあの侍女さんの姿を見た私は、咄嗟に手にしたものを背後に隠し、顔に笑みを張り付けて取り繕った。
「ごめんなさい。少し大きな虫がいたものだから、驚いてしまって」
言いつつ、私はアデラに目で指示をして扉を閉めてもらった。
閉まる扉の向こうでは、侍女さんが安心したような顔になって去って行ったから、上手く誤魔化せたのだと思う。
「エミィ。大丈夫なのか?大きな虫など、怖かっただろう。鉢植えに居たものが、部屋に入りでもしたか」
ご自分で対処してくださるつもりなのか、そう言いつつフレデリク様が私の髪を撫で、部屋を見回す。
「エミリア様。さあ、こちらに」
アデラはクッションを整えると、そう言って優しく私をソファへと誘った。
「ごめんなさい。虫なんていないの」
出来るだけ声を落として言った私に、ふたりとも真剣な表情になる。
「エミリア。何があった?」
そして私の隣に座ったフレデリク様に、先ほど発見した”私の遺書”を見せれば、その顔がみるみるうちに怒りを帯びた。
「何なのでございますか?」
普段、侍女の鑑のようなアデラが、お茶の用意にその場を去ることもしないどころか、フレデリク様の様子に痺れを切らしたように発言する。
「あれはね。”私の遺書”よ。私の文机に仕込まれていたの。というか、仕込み終えたところを見てしまったのよ」
「なっ」
意外過ぎたのだろう。
私の言葉に、アデラが絶句した。
「これによれば、エミィは僕ではない男を愛したけれど結ばれない、それを嘆いて自ら死を選ぶのだそうだ。筆跡までエミィに似せていて、腹立たしいことこのうえない」
「今の私には、この国の文字をこんなにすらすら書くことすらできませんのにね」
私が記憶喪失となったことは、一部の人間にしか知らされていない。
つまり、今回の首謀者は、取り分け親しいひとではないということが私の気持ちを軽くして、”私の遺書”を読み上げ心底不快そうに言ったフレデリク様にも自嘲気味にそう言う余裕があった。
「では、エミリア様に危険が!?このお屋敷のなかで!」
けれどアデラは違ったようで、真っ青になりながらも、悲鳴のような声でそう言うと私を護るように寄り添う。
「ああ。そういうこと、だろうな。エミリア。これを仕込んだ侍女の名前は分かるか?」
遺書という言葉を使いたくない様子のフレデリク様は、唾棄するように”これ”と、”私の遺書”をひらひらさせた。
「はい。確か、コーラ、という名だったと思います」
アデラの下に付いて私の世話をしてくれているひとりである彼女の名を言えば、アデラが驚きに目を見開く。
「コーラが、でございますか?」
「ええ。残念ながら」
この邸、公爵家で働くには、下働きをするにも確かな身元が必要で、それが侍女ともなれば、高い素養と忠誠心さえも求められる。
つまり、公爵家に仕える侍女、それも女主人付きといえば、身元も素養も忠誠心も選り抜きの者達。
そのなかでいわば裏切り者が出た、しかもアデラにしてみれば、己が厳選した者なのだからその衝撃も一際だろうと、私はアデラへと身体の向きを変えた。
11
お気に入りに追加
81
あなたにおすすめの小説
記憶を失くした悪役令嬢~私に婚約者なんておりましたでしょうか~
Blue
恋愛
マッツォレーラ侯爵の娘、エレオノーラ・マッツォレーラは、第一王子の婚約者。しかし、その婚約者を奪った男爵令嬢を助けようとして今正に、階段から二人まとめて落ちようとしていた。
走馬灯のように、第一王子との思い出を思い出す彼女は、強い衝撃と共に意識を失ったのだった。
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
夫が「愛していると言ってくれ」とうるさいのですが、残念ながら結婚した記憶がございません
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
【完結しました】
王立騎士団団長を務めるランスロットと事務官であるシャーリーの結婚式。
しかしその結婚式で、ランスロットに恨みを持つ賊が襲い掛かり、彼を庇ったシャーリーは階段から落ちて気を失ってしまった。
「君は俺と結婚したんだ」
「『愛している』と、言ってくれないだろうか……」
目を覚ましたシャーリーには、目の前の男と結婚した記憶が無かった。
どうやら、今から二年前までの記憶を失ってしまったらしい――。
王子妃だった記憶はもう消えました。
cyaru
恋愛
記憶を失った第二王子妃シルヴェーヌ。シルヴェーヌに寄り添う騎士クロヴィス。
元々は王太子であるセレスタンの婚約者だったにも関わらず、嫁いだのは第二王子ディオンの元だった。
実家の公爵家にも疎まれ、夫となった第二王子ディオンには愛する人がいる。
記憶が戻っても自分に居場所はあるのだろうかと悩むシルヴェーヌだった。
記憶を取り戻そうと動き始めたシルヴェーヌを支えるものと、邪魔するものが居る。
記憶が戻った時、それは、それまでの日常が崩れる時だった。
★1話目の文末に時間的流れの追記をしました(7月26日)
●ゆっくりめの更新です(ちょっと本業とダブルヘッダーなので)
●ルビ多め。鬱陶しく感じる方もいるかも知れませんがご了承ください。
敢えて常用漢字などの読み方を変えている部分もあります。
●作中の通貨単位はケラ。1ケラ=1円くらいの感じです。
♡注意事項~この話を読む前に~♡
※異世界の創作話です。時代設定、史実に基づいた話ではありません。リアルな世界の常識と混同されないようお願いします。
※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。
※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義です。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。登場人物、場所全て架空です。
※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!
楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。
(リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……)
遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──!
(かわいい、好きです、愛してます)
(誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?)
二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない!
ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。
(まさか。もしかして、心の声が聞こえている?)
リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる?
二人の恋の結末はどうなっちゃうの?!
心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。
✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。
✳︎小説家になろうにも投稿しています♪
そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?
氷雨そら
恋愛
結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。
そしておそらく旦那様は理解した。
私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。
――――でも、それだって理由はある。
前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。
しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。
「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。
そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。
お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!
かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。
小説家になろうにも掲載しています。
転生した悪役令嬢は破滅エンドを避けるため、魔法を極めたらなぜか攻略対象から溺愛されました
平山和人
恋愛
悪役令嬢のクロエは八歳の誕生日の時、ここが前世でプレイしていた乙女ゲーム『聖魔と乙女のレガリア』の世界であることを知る。
クロエに割り振られたのは、主人公を虐め、攻略対象から断罪され、破滅を迎える悪役令嬢としての人生だった。
そんな結末は絶対嫌だとクロエは敵を作らないように立ち回り、魔法を極めて断罪フラグと破滅エンドを回避しようとする。
そうしていると、なぜかクロエは家族を始め、周りの人間から溺愛されるのであった。しかも本来ならば主人公と結ばれるはずの攻略対象からも
深く愛されるクロエ。果たしてクロエの破滅エンドは回避できるのか。
不機嫌な悪役令嬢〜王子は最強の悪役令嬢を溺愛する?〜
晴行
恋愛
乙女ゲームの貴族令嬢リリアーナに転生したわたしは、大きな屋敷の小さな部屋の中で窓のそばに腰掛けてため息ばかり。
見目麗しく深窓の令嬢なんて噂されるほどには容姿が優れているらしいけど、わたしは知っている。
これは主人公であるアリシアの物語。
わたしはその当て馬にされるだけの、悪役令嬢リリアーナでしかない。
窓の外を眺めて、次の転生は鳥になりたいと真剣に考えているの。
「つまらないわ」
わたしはいつも不機嫌。
どんなに努力しても運命が変えられないのなら、わたしがこの世界に転生した意味がない。
あーあ、もうやめた。
なにか他のことをしよう。お料理とか、お裁縫とか、魔法がある世界だからそれを勉強してもいいわ。
このお屋敷にはなんでも揃っていますし、わたしには才能がありますもの。
仕方がないので、ゲームのストーリーが始まるまで悪役令嬢らしく不機嫌に日々を過ごしましょう。
__それもカイル王子に裏切られて婚約を破棄され、大きな屋敷も貴族の称号もすべてを失い終わりなのだけど。
頑張ったことが全部無駄になるなんて、ほんとうにつまらないわ。
の、はずだったのだけれど。
アリシアが現れても、王子は彼女に興味がない様子。
ストーリーがなかなか始まらない。
これじゃ二人の仲を引き裂く悪役令嬢になれないわ。
カイル王子、間違ってます。わたしはアリシアではないですよ。いつもツンとしている?
それは当たり前です。貴方こそなぜわたしの家にやってくるのですか?
わたしの料理が食べたい? そんなのアリシアに作らせればいいでしょう?
毎日つくれ? ふざけるな。
……カイル王子、そろそろ帰ってくれません?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる