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二、王女と公爵 2
しおりを挟む「ええっ!?先代公爵閣下・・・お義父様は王弟殿下、なのですか!?」
「うん、そうだよ。臣籍降下して、もう長いけれど」
あっさりと言われ、私は心臓が悲鳴をあげるほど鼓動が速くなるのを感じた。
記憶は相変わらず無いけれど、今の私には周囲から教えてもらった知識がある。
『エミィは相変わらず真面目だ』とフレデリク様に揶揄われつつ習った経済やその他様々な文化の話、子どもに読み聞かせするように読んでもらった建国の英雄譚、それに政の組織や実際の内容。
そのどれを取っても、この国が国王陛下を中心とした国だということを示していて、私自身、記憶が無いながらも既にそれを強く感じ理解もしている。
それほどに、この邸の使用人達の国王陛下への忠義心は凄かったのだが。
その国王陛下の弟君が、先代公爵閣下。
「で、では。国王陛下は、フレデリク様にとって伯父上様にあたる、と」
「うん、そうなるね。陛下には王女殿下がおひとりいらっしゃるだけだから、子どもの頃から随分と可愛がっていただいた・・・・・まあ、余計な奴はいたけど」
最後に呟いた、唾棄するような言葉はよく聞こえなかったけれど、フレデリク様は国王陛下が可愛がっていらっしゃる甥御様なのだと知って、私はだからこその使用人達の忠義心か、と納得しつつも別の意味で気が動転してしまう。
国王陛下のお子様は、王女殿下がおひとりきり。
そしてフレデリク様は、国王陛下も可愛がっているという甥御様。
当然だけれど王女殿下は女性、フレデリク様は男性。
となれば、導かれる答えなどひとつなのでは!?
「で、では。国王陛下は、その王女殿下とフレデリク様のご縁を望まれたのではありませんか?」
この国では女性の即位は認められていない、と習っていた私は、一気に不安が押し寄せるのを感じ、捲し立てるようにそう言った。
自分の子どもに継がせることが出来ないのなら、甥と娘を結婚させて、と考えるのは、とても普通なことの気がする。
可愛がっている、ということは国王陛下はフレデリク様を信頼なさっているのでしょうから、その点からもおふたりの婚姻を望まれるのは必至、ごく当たり前の流れ。
そもそも王女殿下と私では月とすっぽんに決まっているのに、何故私が公爵夫人としてフレデリク様のお傍に居るの?
ねえ、どうして?
お願い。
私の記憶、戻って来て!
混乱しつつ、半泣きでそんな事を思っていると、フレデリク様が私の髪をひと房手に取った。
そんな仕草も洗練されていてとても素敵なのだけれど、今はそれどころではなくて、私はじっとフレデリク様を見つめてしまう。
「ああ、その通り。陛下は王女殿下と僕の婚姻を望まれた」
「っ」
やはり、とひゅっと息を飲む私の耳に続きの言葉が紡がれる。
「だから、エミィと僕の恋は、大歓迎されたよ。陛下方はもちろん、周囲からもね」
「へ?」
「ふふ。言ったでしょ。僕とエミィはいとこ同士だ、って」
「・・・・・」
悪戯っぽく言うフレデリク様は何やらとても楽しそうだけれど、言われた言葉がよく理解できなくて、私は淑女にあるまじき声を発してしまった。
「エミリア王女殿下。私の愛も忠誠も、生涯貴女ひとりに・・・僕は、確かに君にそう誓った」
そして、突然私の前に跪いたフレデリク様にそう言われて私は固まってしまう。
「王女・・・殿下?私が?」
話の流れからそうなのだろうけれど、実感がわかな過ぎて殿下と敬称を付けた私を、フレデリク様が優しく見つめる。
「そうだよ、エミィ。君は、この国でただひとりの王女殿下なんだ。そして僕は、ひとりの男として君に終生の愛を誓い、ひとりの騎士として君を護り抜くと誓った・・・それなのにあの日、僕は君を護り切れなかった」
私が王女である、という事実も驚きだったけれど、何より苦しそうに言葉を紡ぐフレデリク様が心配で、私は身体を低くすると、そっとその手を取った。
「フレデリク様。その事件の際、フレデリク様は私を抱きかかえて馬を駆け、迅速に治療を受けさせてくださったと聞いています。そのお蔭で私は助かったのです。ですから、そのようにご自分を責めないでくださいませ」
記憶の無い私が言っても説得力はない、むしろ言う資格など無いかもしれない、と思いつつも、私は言わずにはいられない。
「エミィ」
「それよりも、その時の状況をもっと詳しく教えてはいただけませんか?」
私が魔力枯渇を起こす原因となったのは、襲撃を受けたことだとは聞いているけれど、それ以上深く説明をされていない私は、今のフレデリク様を見て、それをきちんと知りたいと強く思った。
記憶が無くとも、出来る限り共有したい、寄り添いたい、と。
「けれど」
「アデラにも、忘れていられるならその方がいいと言われてしまったのですけれど、でも、私は知りたいのです・・・記憶が戻る、きっかけになるかもしれませんし」
フレデリク様の表情が動かないのを見て、最後は思いつきのような発言になってしまったけれど、それでフレデリク様が私に話す気になってくれたのは僥倖だった。
「分かった。でも、辛くなったら、すぐにそう言うんだよ。途中でもなんでも構わないからね」
「はい。よろしくお願いします」
手を引かれ歩いて、少し離れた庭のベンチにふたり腰掛けそう言ったフレデリク様に頷いて、私は耳を澄ませる。
「あの日はね。ふたり揃っての公務があって、エミィと僕は一緒に馬車で登城したんだ」
そう言って、フレデリク様は、その時を思い出すように遠い目をした。
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