上 下
5 / 32

二、王女と公爵 2

しおりを挟む
 

 

 

「ええっ!?先代公爵閣下・・・お義父様は王弟殿下、なのですか!?」 

「うん、そうだよ。臣籍降下して、もう長いけれど」 

 あっさりと言われ、私は心臓が悲鳴をあげるほど鼓動が速くなるのを感じた。 

 記憶は相変わらず無いけれど、今の私には周囲から教えてもらった知識がある。 

 『エミィは相変わらず真面目だ』とフレデリク様に揶揄われつつ習った経済やその他様々な文化の話、子どもに読み聞かせするように読んでもらった建国の英雄譚、それにまつりごとの組織や実際の内容。 

 そのどれを取っても、この国が国王陛下を中心とした国だということを示していて、私自身、記憶が無いながらも既にそれを強く感じ理解もしている。 

 それほどに、この邸の使用人達の国王陛下への忠義心は凄かったのだが。 

 その国王陛下の弟君が、先代公爵閣下。 

「で、では。国王陛下は、フレデリク様にとって伯父上様にあたる、と」 

「うん、そうなるね。陛下には王女殿下がおひとりいらっしゃるだけだから、子どもの頃から随分と可愛がっていただいた・・・・・まあ、余計な奴はいたけど」 

 最後に呟いた、唾棄するような言葉はよく聞こえなかったけれど、フレデリク様は国王陛下が可愛がっていらっしゃる甥御様なのだと知って、私はだからこその使用人達の忠義心か、と納得しつつも別の意味で気が動転してしまう。 

 

 国王陛下のお子様は、王女殿下がおひとりきり。 

 そしてフレデリク様は、国王陛下も可愛がっているという甥御様。 

 当然だけれど王女殿下は女性、フレデリク様は男性。 

 となれば、導かれる答えなどひとつなのでは!? 

 

「で、では。国王陛下は、その王女殿下とフレデリク様のご縁を望まれたのではありませんか?」 

 この国では女性の即位は認められていない、と習っていた私は、一気に不安が押し寄せるのを感じ、捲し立てるようにそう言った。 

 自分の子どもに継がせることが出来ないのなら、甥と娘を結婚させて、と考えるのは、とても普通なことの気がする。 

  

 可愛がっている、ということは国王陛下はフレデリク様を信頼なさっているのでしょうから、その点からもおふたりの婚姻を望まれるのは必至、ごく当たり前の流れ。 

 そもそも王女殿下と私では月とすっぽんに決まっているのに、何故私が公爵夫人としてフレデリク様のお傍に居るの? 

 ねえ、どうして? 

 お願い。 

 私の記憶、戻って来て! 

 

 混乱しつつ、半泣きでそんな事を思っていると、フレデリク様が私の髪をひと房手に取った。 

 そんな仕草も洗練されていてとても素敵なのだけれど、今はそれどころではなくて、私はじっとフレデリク様を見つめてしまう。 

「ああ、その通り。陛下は王女殿下と僕の婚姻を望まれた」 

「っ」 

 やはり、とひゅっと息を飲む私の耳に続きの言葉が紡がれる。 

「だから、エミィと僕の恋は、大歓迎されたよ。陛下方はもちろん、周囲からもね」 

「へ?」 

「ふふ。言ったでしょ。僕とエミィはいとこ同士だ、って」 

「・・・・・」 

 悪戯っぽく言うフレデリク様は何やらとても楽しそうだけれど、言われた言葉がよく理解できなくて、私は淑女にあるまじき声を発してしまった。 

「エミリア王女殿下。私の愛も忠誠も、生涯貴女ひとりに・・・僕は、確かに君にそう誓った」 

 そして、突然私の前に跪いたフレデリク様にそう言われて私は固まってしまう。 

「王女・・・殿下?私が?」 

 話の流れからそうなのだろうけれど、実感がわかな過ぎて殿下と敬称を付けた私を、フレデリク様が優しく見つめる。 

「そうだよ、エミィ。君は、この国でただひとりの王女殿下なんだ。そして僕は、ひとりの男として君に終生の愛を誓い、ひとりの騎士として君を護り抜くと誓った・・・それなのにあの日、僕は君を護り切れなかった」 

 私が王女である、という事実も驚きだったけれど、何より苦しそうに言葉を紡ぐフレデリク様が心配で、私は身体を低くすると、そっとその手を取った。 

「フレデリク様。その事件の際、フレデリク様は私を抱きかかえて馬を駆け、迅速に治療を受けさせてくださったと聞いています。そのお蔭で私は助かったのです。ですから、そのようにご自分を責めないでくださいませ」 

 記憶の無い私が言っても説得力はない、むしろ言う資格など無いかもしれない、と思いつつも、私は言わずにはいられない。 

「エミィ」 

「それよりも、その時の状況をもっと詳しく教えてはいただけませんか?」 

 私が魔力枯渇を起こす原因となったのは、襲撃を受けたことだとは聞いているけれど、それ以上深く説明をされていない私は、今のフレデリク様を見て、それをきちんと知りたいと強く思った。 

 記憶が無くとも、出来る限り共有したい、寄り添いたい、と。 

「けれど」 

「アデラにも、忘れていられるならその方がいいと言われてしまったのですけれど、でも、私は知りたいのです・・・記憶が戻る、きっかけになるかもしれませんし」 

 フレデリク様の表情が動かないのを見て、最後は思いつきのような発言になってしまったけれど、それでフレデリク様が私に話す気になってくれたのは僥倖だった。 

「分かった。でも、辛くなったら、すぐにそう言うんだよ。途中でもなんでも構わないからね」 

「はい。よろしくお願いします」 

 手を引かれ歩いて、少し離れた庭のベンチにふたり腰掛けそう言ったフレデリク様に頷いて、私は耳を澄ませる。 

「あの日はね。ふたり揃っての公務があって、エミィと僕は一緒に馬車で登城したんだ」 

 そう言って、フレデリク様は、その時を思い出すように遠い目をした。 

 

 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

記憶を失くした悪役令嬢~私に婚約者なんておりましたでしょうか~

Blue
恋愛
マッツォレーラ侯爵の娘、エレオノーラ・マッツォレーラは、第一王子の婚約者。しかし、その婚約者を奪った男爵令嬢を助けようとして今正に、階段から二人まとめて落ちようとしていた。 走馬灯のように、第一王子との思い出を思い出す彼女は、強い衝撃と共に意識を失ったのだった。

記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。

せいめ
恋愛
 メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。  頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。   ご都合主義です。誤字脱字お許しください。

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

夫が「愛していると言ってくれ」とうるさいのですが、残念ながら結婚した記憶がございません

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
【完結しました】 王立騎士団団長を務めるランスロットと事務官であるシャーリーの結婚式。 しかしその結婚式で、ランスロットに恨みを持つ賊が襲い掛かり、彼を庇ったシャーリーは階段から落ちて気を失ってしまった。 「君は俺と結婚したんだ」 「『愛している』と、言ってくれないだろうか……」 目を覚ましたシャーリーには、目の前の男と結婚した記憶が無かった。 どうやら、今から二年前までの記憶を失ってしまったらしい――。

王子妃だった記憶はもう消えました。

cyaru
恋愛
記憶を失った第二王子妃シルヴェーヌ。シルヴェーヌに寄り添う騎士クロヴィス。 元々は王太子であるセレスタンの婚約者だったにも関わらず、嫁いだのは第二王子ディオンの元だった。 実家の公爵家にも疎まれ、夫となった第二王子ディオンには愛する人がいる。 記憶が戻っても自分に居場所はあるのだろうかと悩むシルヴェーヌだった。 記憶を取り戻そうと動き始めたシルヴェーヌを支えるものと、邪魔するものが居る。 記憶が戻った時、それは、それまでの日常が崩れる時だった。 ★1話目の文末に時間的流れの追記をしました(7月26日) ●ゆっくりめの更新です(ちょっと本業とダブルヘッダーなので) ●ルビ多め。鬱陶しく感じる方もいるかも知れませんがご了承ください。  敢えて常用漢字などの読み方を変えている部分もあります。 ●作中の通貨単位はケラ。1ケラ=1円くらいの感じです。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※異世界の創作話です。時代設定、史実に基づいた話ではありません。リアルな世界の常識と混同されないようお願いします。 ※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義です。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。登場人物、場所全て架空です。 ※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?

氷雨そら
恋愛
 結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。  そしておそらく旦那様は理解した。  私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。  ――――でも、それだって理由はある。  前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。  しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。 「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。  そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。  お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!  かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。  小説家になろうにも掲載しています。

転生した悪役令嬢は破滅エンドを避けるため、魔法を極めたらなぜか攻略対象から溺愛されました

平山和人
恋愛
悪役令嬢のクロエは八歳の誕生日の時、ここが前世でプレイしていた乙女ゲーム『聖魔と乙女のレガリア』の世界であることを知る。 クロエに割り振られたのは、主人公を虐め、攻略対象から断罪され、破滅を迎える悪役令嬢としての人生だった。 そんな結末は絶対嫌だとクロエは敵を作らないように立ち回り、魔法を極めて断罪フラグと破滅エンドを回避しようとする。 そうしていると、なぜかクロエは家族を始め、周りの人間から溺愛されるのであった。しかも本来ならば主人公と結ばれるはずの攻略対象からも 深く愛されるクロエ。果たしてクロエの破滅エンドは回避できるのか。

処理中です...