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『男ってのはさ、大抵がええかっこしいだから、上手くおだててくれる女にころっといっちゃったんじゃないの?話聞く限り、相手が相当やりての女みたいだし』 

「うん。まあ、やりてっていうのは合ってるかな。結構遊んでるな、って思ってたから」 

『そんな女に取られちゃったわけだ。婚約までしてたのに。しかも職まで失って』 

 お風呂上がり、凛が用意したビールを美味しそうに飲みながら、さらっと毒を吐いた女幽霊の言葉に、凛は、ぐっ、と息を詰まらせた。 

『何よぉ、図星だからってそんな落ち込まないでも、あんたにだって、またいい星の巡り合わせがあるってもんよ。元気出しな』 

 そう言うと幽霊女はふよふよと浮いて凛の隣へ移動し、背中をばんっと叩いた。 

 幽霊なのに触れるんだ、そういえばお風呂も入ったな、などと凛が思っているうち、幽霊女は再び正面へとふよふよ移動する。 

「気楽に言わないでよ。それと、あんたって言わないで。私には凛って名前があるの」 

『はいはい。あ、あたしは”つや”っての』 

 そう言って、つやはまたぐびっとビールを飲む。 

 最初『これが酒?本当に?だましているんじゃないのかい?だってこんな泡立ってる飲み物なんて初めて見るよ』と、おっかなびっくり口に含んだ人と同一人物とは思われないほど飲み慣れた様子に、凛は何だか嬉しくなった。 

「へえ。なんか似合う。おつやさん、妖艶だもん・・・って、漢字が艶じゃなかったらごめん」 

『漢字かあ。あたしの親が付けてくれたのは、ひらがなだったよ。それが普通だったんだ』 

「そっか。江戸時代とか、何か流れるような文字で名前書いてあるの見た事ある。確かに女性はひらがな多い印象だったな。きれいだよね」 

 博物館で見た昔の手紙を思い出し、凛はひとり頷きながら、焼いた烏賊を齧る。 

『江戸時代、が何だかは知らないけど。文とか出すひとならそうかも。あたしら農民なんて、ひらがなだって書けないのが普通だったけどね。今は違うみたいだね』 

「今は、六歳からみんな学校に行くから読み書きは出来るよ。漢字がどれくらい書けるか、とか、まあ、程度はあるけど」 

 そう言って凛が苦笑すれば、つやも笑った。 

『凛は、あんま優秀じゃない?』 

「突っ込むなあ。でも、そう。だから、大学も行かないで仕事に就いたの」 

 勉強が嫌いだった凛は、高校を卒業した時の、もう勉強しなくていいんだ、という何とも言えない解放感を思い出し、抑えきれない笑みを浮かべてコップの水滴をつつく。 

『いい笑顔。勉強は嫌いだけど、お仕事は好きだった?』 

「うん。だから、また同じ職種がいいと思ってる」 

 自分で言って、これほど前向きになれている自分に凛は驚いた。 

『望みが叶うといいね』 

「ありがと。ね、おつやさんは何をしている人だったの?」 

 前向きになれている理由、それは目の前のつやが話を聞いてくれるからかもしれない、と軽くなった気持ちで凛は尋ねた。 

『あたし?あたしは、妾』 

「え?」 

『ああ、知らない?言葉分からないかな?』 

「それは、分かる、けど」 

 そっか、それで派手な着物なんだ、という感想を持った凛は、実際にお妾さんしているというひとに初めて会った、と見つめてしまい、つやに笑われた。 

『そんな、珍しい生き物見るみたいに見ないでよ。生まれが貧しくてさ。売られるように大地主の旦さんの元へ行かされたのさ。でも、優しい旦さんだったから、あたしは幸せだったと思うよ』 

 そう言って、つやは手にした数珠をいじる。 

「そのお数珠、凄くきれいだよね。何で出来ているの?」 

『これは紅珊瑚だよ。きれいだよねえ。あたしはさ、こういうきれいな物が大好きなんだよ。大地主、って言ったって、旦さんは田舎の、だったけど、大きな街や都へ所要で行く度、土産だって言って、かんざしや着物を買って来てくれたんだ。そりゃあもう、夢のように美しかったよ』 

 懐かしい瞳で言うつやに、凛も笑顔になった。 

「じゃあ、そのお数珠も?」 

『いいや。これは・・・何だろうね。あたしは知らないもんだよ』 

 不思議そうな顔になって言うつやに、凛も首を傾げる。 

「知らないのに持っているの?」 

『ああ。何だろう。でもね、凄くあったかいんだよ、これ持っていると。気持ちが、ってことだけどね』 

 ふんわりと言うつやの表情のやわらかさに、凛もまた温かな気持ちになった。 

「なら、おつやさんの大事なひとがくれたのかもね。覚えていないだけで」 

『かもねえ。でも、あたしのこと大事にしてくれたのなんて旦さんだけだし、それに』 

 ふ、と哀しい表情になって、つやはグラスのビールを空けた。 

『旦さんだって、奥様が一番、だったからねえ』 

 それまで楽しそうに話ししていたつやの、その瞳の哀しみが気になって、凛はグラスにビールを注ぎつつ、余計なこと、と思いつつも質問せずにはいられない。 

「奥さんに、いじめられたりした?」 

 凛の持つイメージでは、この女狐、なんて正妻が言っているのが定番。 

 もっとも、それは小説やドラマのなかで、だけれど。 

『離れとはいえ、同じ敷地内に住んでたからねえ。面白くは無かっただろうけど、いじめられたりってのは無かったよ。それだけでも御の字さね』 

 さばさばと言うつやに、凛は思わず前のめりになった。 

「離れには、ひとりで?」 

『いや。あたし付の女中がいたから、ひとりじゃないよ。離れって言っても、あたしと女中で住むには充分な広さがあったし、厨もご不浄もちゃんと専用のがあったしで、住み心地は良かったね。生まれた家なんて、そりゃあもう、酷いものだったから』 

 つやの表情からそれが本心だと知れて、凛はほっと息を吐く。 

「そっか」 

『なに安心してんだよ、莫迦だね。妾なんて、珍しくも無いだろうに』 

「いや・・・うん。大変だったんだな、って」 

 お妾さんに会うのは初めてです、とは心のなかだけにとどめ、凛はそう言ってグラスを傾けた。 

 



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