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二十一、襲撃
しおりを挟む「白朝媛様!お疲れ様でした」
扇との気の乗らない面会を終えた白朝を出迎えたのは、いつもと変わらない笑顔の加奈。
使用人待機用のその場所で、やきもきと待っていたのだろう加奈と南雲が、無事な白朝の姿を見てほっとしている様子が伺え、白朝は温かな気持ちになった。
「さて、ご面倒なお役目はこれにて終了でございます。白朝媛様。この後のご予定は、どのようになさいますか?舞の練習も大事ですが、筝でも奏でて気晴らしすることを、加奈はお薦めいたします」
殊更に明るく言う加奈の後ろで、いつもと違う白朝の様子にこちらも気づいたのだろう、南雲も気づかわし気に白朝を見つめている。
「ありがとう、ふたりとも」
扇との面会は、いつも疲れる。
加奈も南雲も連れて行くことは叶わない、扇との面会。
主と離される不安もあるのだろうふたりが、白朝の姿を認めると、不安に険しくなっていた顔が、途端にほっとしたものに変わり、そして主を元気づけるべく場を明るくする。
そんなふたりといると、白朝も自然と笑顔を取り戻すのが常なのだが、如何せん今日は石工の愛妾問題があって、白朝は気持ちを浮上させることが出来ず、どうしても沈んだ顔になってしまう。
「媛様?今日は、いっとう、嫌な思いをされましたか?」
「それとも何か、ご心配なことでも?」
気づかわし気に声を潜めて言うふたりに笑いかけようとして出来ず、白朝は兎も角帰ろうと、どんよりとした気持ちのまま邸への道を歩く。
桜宮家の屋敷と、扇の屋敷とは目と鼻の、とは言わないまでもかなり近い。
とはいえ、宮家の媛である白朝は、本来であれば輿での移動となるのだが、白朝は歩くことが好きだった。
思えばこれも、扇が白朝を気に入らない点のひとつで、雪舞には賛同される事項のひとつでもある。
でも、汚れないよう、きちんと気をつけているし。
何より、石工がいいと言ってくれたから、問題無しよね。
若竹は扇と同じ意見で、媛が歩きを好むとは世も末、と蔑んでいたが、石工は自身も馬を駆る方を選ぶだけあって、白朝の考えに同調してくれた。
『護衛さえきちんと付ければ、公でない時は、好きにしたらいい。俺もそうしているしな。似た者夫婦と言われるだけだろう。儀式や何かの時は仕方ない。ふたりで諦めて輿に乗ろう』
そう、冗談めかして言った石工の瞳は、悪戯っぽく輝いていた。
石工。
一緒にいると楽しくて、たくさん色々な事を一緒にしてくれて、凄く幸せで。
石工と居るようになってから私が明るくなった、ってお父様もお母様も嬉しそうに笑っていらして。
・・・・・・でも。
石工が愛妾となる方を連れ帰ったら、そんな楽しい時間も少なくなるのね。
「お姉様!」
愛妾を前に毅然としていられるか、変わらず石工に笑い掛けられるか、と、またどんよりと白朝が考えに沈みかけた時、前方より元気な声がして、莎緒媛が乗っていた輿からぴょんと飛び降りるのが見えた。
「莎緒」
「お姉様!偶然お会いできるなんて、莎緒はうれし・・・・きゃああっ!」
「っ!・・・莎緒!」
「媛様!」
喜色満面で白朝へと駆け寄り、今にも白朝に抱き付こうとしていた、その白朝と莎緒の間を一本の矢が通り抜け、びいいいん、という重い音と共に傍にある木に突き刺さった。
そして、それを合図のように、わらわらと現れる武器を持ったならず者と思しき者達。
「おふたりとも、私の後ろに」
すぐさま南雲が白朝と莎緒を背に庇い、襲撃者と対峙すれば、莎緒の護衛も南雲と並び立つ。
「媛様。離れないでくださいませ」
そして加奈も、ふたりを護るよう、辺りを警戒しながらすぐ前に立った。
「お姉様」
「莎緒。後ろにも気をつけて。私達が人質になれば、南雲たちは戦えないわ」
「はい」
青い顔をしながらも、莎緒は白朝の目を見てしっかりと頷きを返す。
未だ八歳ながら、流石芙蓉宮家の媛と言われる態度に、従姉として、白朝は誇らしい気持ちになった。
「白朝媛様を渡してくれれば、誰も傷つけることはしない」
「本当だ。ただ、連れて行くだけだ。白朝媛様にも、傷を負わせたりはしない」
「これは、当然の権利の元の行動なんだ」
「誰の命だ」
口々に言う襲撃者に、南雲の鋭い声が飛ぶ。
「そ、そもそも、白朝媛様がさぼっているのがいけないと」
「舞も、若竹皇子様と舞わないのがいけないと聞いた」
白朝が悪い、行いを正すだけだと言い募る襲撃者たちは、武器を手にしながらも、その扱いに慣れた様子は無い。
そのことを白朝は、訝しく思う。
さっきの矢は、正確だった。
でもこの人達の力量では、そんな事は無理だろうし、第一、弓を持っている者がいない。
つまり、誰かが矢を放って合図をし、その誰かは来ず、この人達だけが来た、ということ?
なら、その弓を持っているのは。
最初の矢は、力強く正確に飛んだ。
しかし、襲撃者たちの様子を見るに、その矢を放った者はこの中にいない。
となれば、と矢が飛んで来た方を見た白朝は、木の影に隠れるようにしてこちらを窺う者がいることに気が付いた。
あれは。
扇様の傍仕えの男・・・たしか、枝田氏の出身。
目を眇めて確認した白朝の視界の先で、その男が忌々し気にこちらを見ている。
「全員捕縛だ。宮家の媛を襲うなど、即刻打ち首でも文句は言えぬから覚悟しておくのだな」
「そんな!おれたちはただ、白朝媛様が我儘を言うから、って」
「言い訳は、役所で役人に言うんだな。ほら、それも寄こせ」
言いつつ、南雲は慣れた手つきで襲撃者たちの武器を奪い、その身体を縛り上げていく。
「待ってくれ!」
「こんなのおかしい!」
「何もおかしくない!白朝媛様が我儘だと?どの口が言うのだと、お前等の主人に・・・ああ、もう会うことも無いだろうから、言えぬか」
「ひっ」
冷え冷えとした南雲の声が辺りに響き、その瞳に睨まれた襲撃者たちが、声にならない声をあげて後ずさる。
唇だけが笑みの形に弧を描いたその表情には、言い知れぬ凄みがあって、白朝も圧倒されてしまった。
南雲、凄いわ。
本気になると、桁違いというか。
南雲が味方で良かったと思いつつ、白朝は当たりを見渡す。
襲撃者は、もういないかしら。
枝田氏の男は・・・逃げてしまったみたいね。
南雲の圧倒的な強さの前に、数だけは揃えていた襲撃者が、あっというまに全員縄打たれた。
「凄い・・・格好いい」
その後も、きびきびと無駄のない動きを続ける、そんな南雲を見つめ、莎緒がうっとりとした瞳でそう呟く。
「確かに。でも、莎緒の護衛だって・・・って・・莎緒?さーお」
気安く同意した白朝は、しかし莎緒がぽうっとなっているのに気づき、その顔の前でいらひらと手を振ってみれば、そっとその手をどかされた。
「お姉様、邪魔。南雲が見えないわ」
ああ。
ひとが恋に落ちるところ、初めて見たかも。
でも、南雲の身分では叔父様が許さないでしょうね。
その前に南雲の気持ちも大事にしたいし。
幼くとも女人は、女人。
正に、その風情で南雲を見つめる莎緒を可愛いとも思い、決して易くはないその道のりに、白朝は複雑な思いになった。
~・~・~・~・~・
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