20 / 58
二十、愛妾
しおりを挟む「扇様。本日は、お招きありがとうございます」
「宮家の媛如きでは、なかなかに目にすることの出来ない品を手に入れましたからね。特別に見せてあげましょう、という妾の親切心に感謝するように。付いていらっしゃい」
「はい」
ああ、面倒。
凄く面倒。
とっても、面倒。
でも、腐っても皇様の正妃だから、正式にご招待、なんてされたらお断りも出来ないのよね。
「それにしても。今日の装いも地味というか、何というか、白朝は本当に華の無いこと」
白朝への貶し文句なら幾らでも出て来ると言わぬばかり、扇は揚々と白朝を貶し続けながら、その場へと移動した。
そこで美しく咲き誇っていたのは、最近、異国からの使者がもたらしたという花。
わあ、菜の花。
本当にきれいな黄色よね。
このような色の帯、石工にも合うかしら?
全体を黄色にするのではなくて、少し取り入れるくらいがいいかな。
とすると、合わせる色は・・・・・。
「ふふ。見事な花に魅入られて、声もありませんか?無理もない。宮家如きでは、目にすることも出来ない珍しさでしょうから」
「ああ、いえ。我が家の庭にも、父が菜の花を植えさせていますので。母が喜ぶだろうと、それはもう顔を綻ばせて・・・・・」
母が喜ぶだろうと顔を綻ばせていた父、そしてその父からの贈り物だと庭の一画に造られた花苑へ行った時に見せた、母の満開の笑顔をほっこりと思い出した白朝は、そこまで言葉にしてから、慌てて口を噤んだ。
あ。
まずいわ。
考え事をしていたせいで、本当の事を、ぽろっと。
「まあ、そうなの。和智が、奈菜香藻に」
居丈高に自慢しようとしていた扇は、白朝の言葉にぴしりと固まった。
その手にした団扇が、扇の怒りを表すかのように揺れている。
これは、まずいわ・・・・・。
元々、扇は和智に懸想していたのだが、和智は扇より年下の奈菜香藻を選び、扇の自尊心は大いに傷つけられたものの、後に皇の正妃となったことで見返せたと喜んでいたと聞く。
それでもこうして、和智と奈菜香藻の仲良い話など聞けば、こめかみがぴくぴくするのも、無理からぬ話なのかもしれない。
「あ、あの扇様。こちらの見事な菜の花は、何方からの贈り物ですか?」
「これは、使者からの贈り物です」
「そうなのですね。流石、扇様です」
そっか。
皇の正妃ともなれば、使者が直接贈ってくれるのね。
・・・それにしても、本当にきれい。
美しい花が、風にさやさやと揺れているのを見ていると、心が和むわ。
「嫌な娘ね。皇から贈られたわけではないのか、と内心で笑っているのでしょう」
「え?」
うっとりと菜の花に見入っていると、突然不機嫌に思わぬことを言われ、白朝は反応が遅れてしまう。
「ですが、それは白朝も同じでしょう。若竹を美鈴に奪われてしまったのだから」
扇の言葉に、白朝は花が綻ぶように笑った。
その件は、本当に感謝しています!
若竹皇子となど婚姻しなくて済んで、心の底から喜んでいます!
愚かな行動、ありがとうございます!
「それにつきましては、望む形で決着しましたので、特に何も思うところはございません」
悔いなし、と晴れ晴れと言い切った白朝に、扇が悔し気に口元を歪めた。
「そのような強がりを言わず、取り縋れば可愛いものを。その様子では、未だ若竹の領の執務をするつもりはなさそうね」
「はい。ございません。わたくしが行う、理由もありません」
きっぱりと言い切って、白朝は失礼にならない程度に扇を見返す。
っていうか、未だ私にやらせるつもりでいるの!?
絶対にもう、やることはないというのに。
「白朝。石工は沈む船です。悪いことは言いません。若竹の為に尽くしなさい。そうすれば、若竹もわたくしも、許してさしあげます」
「わたくしは、石工と共に在りたいと思っております」
「本当に可愛げのない」
ため息と共に睨みつけられるも、白朝は微塵も恐怖を感じない。
「はあ。愚かな事。今回、石工は愛妾を連れ帰るというのに」
「え?」
「江矢氏が反乱を起こしているのでしょう?それを鎮めるために石工は派遣された。ふふ。気づいているかしら。この事実から分かるのは、石工は若竹ほど皇子として重要視されていないということ。つまり、若竹の方が上」
ふふふ、と扇が笑い、それはそちらが仕込んだことではないの、こちらは分かっていて乗ったのよ、と思いつつも、白朝は愛妾の響きが頭を駆け巡って上手く言葉に出来ない。
そして、分かっていて乗ったことは、鷹城や扇には秘密なので、黙っていてよかったと思うのも、少し遅れてからのこと。
「反乱の代償として娘を差し出すなど、よくあることですからね。江矢氏の娘が、石工の初めての愛妾となるでしょう・・・あら、若竹と同じね。今度は、白朝はどうするのかしら。ふふふ」
「不条理に館を奪われた訳ではありませんので、特には」
そうか、娘。
石工は、江矢氏との繋がりを強固なものにして来る覚悟だったから、そういうこともあり得るわよね。
それこそ、地方豪族の娘を妻のひとりとして繋がりを持つというのは、石工にとっていい事だと、白朝は頭では判断するも、心がそれを拒絶する。
遅かれ早かれ石工も愛妾を持つのは、覚悟のうえだったじゃないの。
それが、私との婚姻より早く、今になっただけのこと。
・・・でも、あの笑顔をそのひとにも向けると思うと胸が痛い。
それだけで泣けそう。
嫌って言ってしまいそう。
どうしよう。
そんなこと言って困らせて、石工に嫌われたくない。
扇には、気合と気力でにっこりと微笑み返しながら、白朝の心には嵐が吹き荒れていた。
~・~・~・~・~・
いいね、エール、お気に入り登録、ありがとうございます。
10
お気に入りに追加
28
あなたにおすすめの小説
父(とと)さん 母(かか)さん 求めたし
佐倉 蘭
歴史・時代
★第10回歴史・時代小説大賞 奨励賞受賞★
ある日、丑丸(うしまる)の父親が流行病でこの世を去った。
貧乏裏店(長屋)暮らしゆえ、家守(大家)のツケでなんとか弔いを終えたと思いきや……
脱藩浪人だった父親が江戸に出てきてから知り合い夫婦(めおと)となった母親が、裏店の連中がなけなしの金を叩いて出し合った線香代(香典)をすべて持って夜逃げした。
齢八つにして丑丸はたった一人、無一文で残された——
※「今宵は遣らずの雨」 「大江戸ロミオ&ジュリエット」「大江戸シンデレラ」にうっすらと関連したお話ですが単独でお読みいただけます。
剣客居酒屋 草間の陰
松 勇
歴史・時代
酒と肴と剣と闇
江戸情緒を添えて
江戸は本所にある居酒屋『草間』。
美味い肴が食えるということで有名なこの店の主人は、絶世の色男にして、無双の剣客でもある。
自分のことをほとんど話さないこの男、冬吉には実は隠された壮絶な過去があった。
多くの江戸の人々と関わり、その舌を満足させながら、剣の腕でも人々を救う。
その慌し日々の中で、己の過去と江戸の闇に巣食う者たちとの浅からぬ因縁に気付いていく。
店の奉公人や常連客と共に江戸を救う、包丁人にして剣客、冬吉の物語。
【武田家躍進】おしゃべり好きな始祖様が出てきて・・・
宮本晶永(くってん)
歴史・時代
戦国時代の武田家は指折りの有力大名と言われていますが、実際には信玄の代になって甲斐・信濃と駿河の部分的な地域までしか支配地域を伸ばすことができませんでした。
武田家が中央へ進出する事について色々考えてみましたが、織田信長が尾張を制圧してしまってからでは、それができる要素がほぼありません。
不安定だった各大名の境界線が安定してしまうからです。
そこで、甲斐から出られる機会を探したら、三国同盟の前の時期しかありませんでした。
とは言っても、その頃の信玄では若すぎて家中の影響力が今一つ足りませんし、信虎は武将としては強くても、統治する才能が甲斐だけで手一杯な感じです。
何とか進出できる要素を探していたところ、幼くして亡くなっていた信玄の4歳上の兄である竹松という人を見つけました。
彼と信玄の2歳年下の弟である犬千代を死ななかった事にして、実際にあった出来事をなぞりながら、どこまでいけるか想像をしてみたいと思います。
作中の言葉遣いですが、可能な限り時代に合わせてみますが、ほぼ現代の言葉遣いになると思いますのでお許しください。
作品を出すこと自体が経験ありませんので、生暖かく見守って下さい。
東洲斎写楽の懊悩
橋本洋一
歴史・時代
時は寛政五年。長崎奉行に呼ばれ出島までやってきた江戸の版元、蔦屋重三郎は囚われの身の異国人、シャーロック・カーライルと出会う。奉行からシャーロックを江戸で世話をするように脅されて、渋々従う重三郎。その道中、シャーロックは非凡な絵の才能を明らかにしていく。そして江戸の手前、箱根の関所で詮議を受けることになった彼ら。シャーロックの名を訊ねられ、咄嗟に出たのは『写楽』という名だった――江戸を熱狂した写楽の絵。描かれた理由とは? そして金髪碧眼の写楽が江戸にやってきた目的とは?
転娘忍法帖
あきらつかさ
歴史・時代
時は江戸、四代将軍家綱の頃。
小国に仕える忍の息子・巽丸(たつみまる)はある時、侵入した曲者を追った先で、老忍者に謎の秘術を受ける。
どうにか生還したものの、目覚めた時には女の体になっていた。
国に渦巻く陰謀と、師となった忍に預けられた書を狙う者との戦いに翻弄される、ひとりの若忍者の運命は――――
暁のミッドウェー
三笠 陣
歴史・時代
一九四二年七月五日、日本海軍はその空母戦力の総力を挙げて中部太平洋ミッドウェー島へと進撃していた。
真珠湾以来の歴戦の六空母、赤城、加賀、蒼龍、飛龍、翔鶴、瑞鶴が目指すのは、アメリカ海軍空母部隊の撃滅。
一方のアメリカ海軍は、暗号解読によって日本海軍の作戦を察知していた。
そしてアメリカ海軍もまた、太平洋にある空母部隊の総力を結集して日本艦隊の迎撃に向かう。
ミッドウェー沖で、レキシントン、サラトガ、ヨークタウン、エンタープライズ、ホーネットが、日本艦隊を待ち構えていた。
日米数百機の航空機が入り乱れる激戦となった、日米初の空母決戦たるミッドウェー海戦。
その幕が、今まさに切って落とされようとしていた。
(※本作は、「小説家になろう」様にて連載中の同名の作品を転載したものです。)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる