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二十、愛妾

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「扇様。本日は、お招きありがとうございます」 

「宮家の媛如きでは、なかなかに目にすることの出来ない品を手に入れましたからね。特別に見せてあげましょう、という妾の親切心に感謝するように。付いていらっしゃい」 

「はい」 

 

 ああ、面倒。 

 凄く面倒。 

 とっても、面倒。 

 でも、腐っても皇様の正妃だから、正式にご招待、なんてされたらお断りも出来ないのよね。 

  

「それにしても。今日の装いも地味というか、何というか、白朝は本当に華の無いこと」 

 白朝への貶し文句なら幾らでも出て来ると言わぬばかり、扇は揚々と白朝を貶し続けながら、その場へと移動した。 

 そこで美しく咲き誇っていたのは、最近、異国からの使者がもたらしたという花。 

 

 わあ、菜の花。 

 本当にきれいな黄色よね。 

 このような色の帯、石工にも合うかしら? 

 全体を黄色にするのではなくて、少し取り入れるくらいがいいかな。 

 とすると、合わせる色は・・・・・。 

 

「ふふ。見事な花に魅入られて、声もありませんか?無理もない。宮家如きでは、目にすることも出来ない珍しさでしょうから」 

「ああ、いえ。我が家の庭にも、父が菜の花を植えさせていますので。母が喜ぶだろうと、それはもう顔を綻ばせて・・・・・」 

 母が喜ぶだろうと顔を綻ばせていた父、そしてその父からの贈り物だと庭の一画に造られた花苑へ行った時に見せた、母の満開の笑顔をほっこりと思い出した白朝は、そこまで言葉にしてから、慌てて口を噤んだ。 

 

 あ。 

 まずいわ。 

 考え事をしていたせいで、本当の事を、ぽろっと。 

 

「まあ、そうなの。和智わちが、奈菜香藻ななかもに」 

 居丈高に自慢しようとしていた扇は、白朝の言葉にぴしりと固まった。 

 その手にした団扇が、扇の怒りを表すかのように揺れている。 

 

 これは、まずいわ・・・・・。 

 

 元々、扇は和智に懸想していたのだが、和智わちは扇より年下の奈菜香藻ななかもを選び、扇の自尊心は大いに傷つけられたものの、後にすめらぎ正妃むかいめとなったことで見返せたと喜んでいたと聞く。 

 それでもこうして、和智と奈菜香藻の仲良い話など聞けば、こめかみがぴくぴくするのも、無理からぬ話なのかもしれない。 

「あ、あの扇様。こちらの見事な菜の花は、何方どなたからの贈り物ですか?」 

「これは、使者からの贈り物です」 

「そうなのですね。流石、扇様です」 

 

 そっか。 

 すめらぎ正妃むかいめともなれば、使者が直接贈ってくれるのね。 

 ・・・それにしても、本当にきれい。 

 美しい花が、風にさやさやと揺れているのを見ていると、心が和むわ。 

 

「嫌な娘ね。皇から贈られたわけではないのか、と内心で笑っているのでしょう」 

「え?」 

 うっとりと菜の花に見入っていると、突然不機嫌に思わぬことを言われ、白朝は反応が遅れてしまう。 

「ですが、それは白朝も同じでしょう。若竹を美鈴に奪われてしまったのだから」 

 扇の言葉に、白朝は花が綻ぶように笑った。 

 

 その件は、本当に感謝しています! 

 若竹皇子わかたけのみことなど婚姻しなくて済んで、心の底から喜んでいます! 

 愚かな行動、ありがとうございます! 

 

「それにつきましては、望む形で決着しましたので、特に何も思うところはございません」 

 悔いなし、と晴れ晴れと言い切った白朝に、扇が悔し気に口元を歪めた。 

「そのような強がりを言わず、取り縋れば可愛いものを。その様子では、未だ若竹の領の執務をするつもりはなさそうね」 

「はい。ございません。わたくしが行う、理由もありません」 

 きっぱりと言い切って、白朝は失礼にならない程度に扇を見返す。 

 

 っていうか、未だ私にやらせるつもりでいるの!? 

 絶対にもう、やることはないというのに。 

 

「白朝。石工は沈む船です。悪いことは言いません。若竹の為に尽くしなさい。そうすれば、若竹もわたくしも、許してさしあげます」 

「わたくしは、石工と共に在りたいと思っております」 

「本当に可愛げのない」 

 ため息と共に睨みつけられるも、白朝は微塵も恐怖を感じない。 

「はあ。愚かな事。今回、石工は愛妾を連れ帰るというのに」 

「え?」 

「江矢氏が反乱を起こしているのでしょう?それを鎮めるために石工は派遣された。ふふ。気づいているかしら。この事実から分かるのは、石工は若竹ほど皇子として重要視されていないということ。つまり、若竹の方が上」 

 ふふふ、と扇が笑い、それはそちらが仕込んだことではないの、こちらは分かっていて乗ったのよ、と思いつつも、白朝は愛妾の響きが頭を駆け巡って上手く言葉に出来ない。 

 そして、分かっていて乗ったことは、鷹城や扇には秘密なので、黙っていてよかったと思うのも、少し遅れてからのこと。 

「反乱の代償として娘を差し出すなど、よくあることですからね。江矢氏の娘が、石工の初めての愛妾となるでしょう・・・あら、若竹と同じね。今度は、白朝はどうするのかしら。ふふふ」 

「不条理に館を奪われた訳ではありませんので、特には」 

 

 そうか、娘。 

 石工は、江矢氏との繋がりを強固なものにして来る覚悟だったから、そういうこともあり得るわよね。 

 

 それこそ、地方豪族の娘を妻のひとりとして繋がりを持つというのは、石工にとっていい事だと、白朝は頭では判断するも、心がそれを拒絶する。 

 

 遅かれ早かれ石工も愛妾を持つのは、覚悟のうえだったじゃないの。 

 それが、私との婚姻より早く、今になっただけのこと。 

 ・・・でも、あの笑顔をそのひとにも向けると思うと胸が痛い。 

 それだけで泣けそう。 

 嫌って言ってしまいそう。 

 どうしよう。 

 そんなこと言って困らせて、石工に嫌われたくない。 

 

 扇には、気合と気力でにっこりと微笑み返しながら、白朝の心には嵐が吹き荒れていた。 

 

~・~・~・~・~・ 

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