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五十一、推しと騎士と子ども達

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「デシレア!大丈夫なのか!?」 

 真っ直ぐデシレアへと走り寄ったオリヴェルは、手にしていた大量の荷物を床に置き、そっとデシレアの頬に触れた。 

「はい。私は何ともありません。ご心配をおかけして、申し訳」 

「君が悪いのではない」 

 ほう、と肩から力を抜いたオリヴェルを、子ども三人がきょとんとした瞳で見つめている。 

「みんな、紹介するわね。この方は、オリヴェル様よ」 

「おい・・んっ・・たま」 

「おうべうしゃま」 

「もしかして、えいゆうさまですか!?」 

 オリヴェル、の発音が難しいのか、懸命に呼ぼうとするマーユとフレヤの後ろから、エディが瞳をきらきらと輝かせて言った。 

「そうよ、エディ。オリヴェル様は、英雄様なの」 

「えいううたま!」 

「名前で呼んでくれると嬉しい」 

 すぐさま真似をしたマーユの頭をデシレアが撫でていると、そう言ってオリヴェルがぽんとエディの頭を軽く叩く。 

「でも、ふそ・・・ふけ・・えと。えらいひとには、ちゃんと」 

「オリヴェル様がいいとおっしゃったのだから、大丈夫よエディ」 

 恐らくは、不遜や不敬と言いたかったのだろうエディは、貴族の子だろうかと思いながらデシレアが言えば、オリヴェルも大きく頷いた。 

「オリヴェルと呼んでくれ、エディ」 

「はい!おりべうさま!」 

 オリヴェルを見つめるエディの目には、憧れが詰まっている。 

 

 可愛い。 

 

 瞳を輝かせてオリヴェルを見つめるエディも、ぎこちないながらもきちんと会話しようとするオリヴェル様も可愛い、とデシレアが微笑みを浮かべていると、膝に乗っていたマーユがオリヴェルにクッキーを差し出した。 

「こえ、どうじょ」 

「あ、ああ。ありがとう」 

 礼を言い受け取ったものの、そのままじぃっと見つめられ、オリヴェルもそのまま見つめ返す。 

「おいちい、ない?」 

 すると、マーユがことんと首を傾げるも、オリヴェルは理解できない様子で、困ったようにデシレアを見遣った。 

「おうべうしゃま?」 

「おりべうさま、たべないのですか?」 

「ああ!俺が食べるのを待っているのか」 

「素敵!オリヴェル様、やっぱり可愛いです!」 

 漸く理解した、と晴れやかな表情を浮かべたオリヴェルに、最高の可愛いいただきました、とデシレアがはしゃいだ声を出せば、マーユもフレヤもきゃっきゃと笑う。 

「俺を可愛いなどと評するのは、君くらいだ」 

「光栄です」 

「はあ。デシレアには敵わないよ」 

「ふふ。それでは、お茶を淹れて来ますね。クリス様、よろしいでしょうか?」 

「もちろん。お願いします」 

 扉付近に立ったままのクリスにデシレアが声をかければ、はっと我に返ったようにソファへと歩いて来た。 

「どうかしたのですか?」 

「いや。噂はあてにならない、もしくは部分的にあてにならないのだと思って」 

「噂とはそういうものでしょう。自分で確認したら、事実とはかけ離れていた、なんてことも多いのではありませんか?」 

「今、正にそれを実感した。冷酷、冷徹なんて、欠片も無い」 

 クリスの実感籠る言葉に、デシレアはふむふむと頷く。 

「オリヴェル様の場合、任務の時とはまた違う、ということもあるのでしょうね」 

 納得です、と言いつつも、デシレアはマーユが倒しそうになったカップをさり気なく直し、フレヤが零したクッキーの屑を布巾できれいに拭き取った。 

「では、少し厨房へ行ってきます。子ども達のこと、見ていてくださいね」 

 クリス、オリヴェルへと視線を送り、デシレアは居間を後にする。 

「でち!?」 

「大丈夫だ。すぐに戻る」 

 その背を追おうとしたマーユを優しく抱き留めオリヴェルが言えば、大きな緑の瞳がオリヴェルをじっと見つめて来た。 

「大丈夫だ」 

「ほんと。信じられない」 

 ゆっくりと安心させるように言う、そんなオリヴェルを見つめ、クリスは間近で見ても実感できない、と大きく首を横に振った。 

 

 

 

「オリヴェル様、私の旅行鞄を持って来てくださって、ありがとうございます。本当に助かりました」 

「いや。聞けば君は、子ども達の着替えの事は心配したそうだが、自分のはどうするつもりだったのだ?」 

 邸にある二ヶ所の風呂場を使い、オリヴェルとクリスがエディと、デシレアがフレヤとマーユと一緒に入って身体を清めた後、しみじみとオリヴェルに礼を言ったデシレアに、オリヴェルが面白みの籠った目を向けた。 

「お察しの通り、すっかり抜け落ちておりました」 

 無駄な抵抗をすることなく、デシレアはあっさりとオリヴェルが予想していた通りだと白状する。 

「やけに素直だな」 

「ほんっとうに、助かりましたので」 

 もしもオリヴェル様が気づいてくれなかったらと思うと、と遠い目になったデシレアに、マーユとフレヤがとんっと勢いよくしがみ付いた。 

「でち!かあい?」 

「まあゆとおそろい!」 

「ええ。お揃い。ふたりとも、とっても可愛いわ」 

 着替えた、清潔で可愛い服が嬉しいのだろう。 

 デシレアがそう言えば、フレヤがたどたどしくもその場でくるりと回り、真似をしようとしたマーユがこてんと尻もちをついた。 

「あう!」 

 びっくりしたのか、そのまま固まってしまったマーユを、デシレアが抱き上げる。 

「びっくりしたのね」 

「びっくい」 

「泣かないの、偉いわ」 

「えあい!」 

 にこにこと笑うマーユの髪を撫で、デシレアはため息を吐いた。 

「未だ大分、濡れているわね。布で拭うだけでなく、髪をもっと早く乾かせる方法があるといいのだけれど」  

 ぴとっとデシレアに張り付いたマーユを片手で抱き、傍のフレヤの髪も撫で、更にはその濡れ羽色の如き黒髪から、雫さえ零れそうな様相のエディを見て、風邪を引きそうだと眉を顰める。 

「どうした?デシレア」 

「デシレア嬢。何か懸念が?」 

 そんなデシレアを見て、クリスとオリヴェルが同時に声を掛けた。 

 掛けた言葉こそ違うが、余りに同時だったので、デシレアは思わず笑いたくなってしまうほど。 

 

 凄い。 

 同時に攻撃、って時にも息ぴったりそう。 

 

「ああ、いえ。髪を早く乾かす方法があれば、と思っ・・・あ。同時に」 

 

 そうよ! 

 ふたつの魔法を同時に使えれば、可能じゃないの! 

 

「何だ?何を思いついた」 

 既に何かを察し、胡乱な目になったオリヴェルと、その横でよく分かっていない顔をしているクリスに、デシレアは自分の思いつきを話す。 

「おふたりとも、風と火の魔法を同時に用いて、心地いいくらいの温風を作ることって可能だったりしますか?」  

「心地のいい温風を作る?いや、それ以前にふたつの属性を一緒に使ったことが無いな。メシュヴィツ公子息はどうですか?」  

「俺も無い。が、やって出来ない事は無いだろう」 

 言葉と同時、オリヴェルは微風を吹かせ、それに熱を加えていく。 

「オリヴェル様、その温風を私の髪に当ててみてください」 

「ああ、分かった」 

「ちょっと待ってくれ!やけどをしたらどうする!」 

 クリスが慌てて止めるも、オリヴェルもデシレアも動じない。 

「それほどの高温ではない。心配ない」 

「ご心配ありがとうございます。ですが、オリヴェル様ですから」 

「っ・・・デシレア嬢。その根拠は、確かに信頼性抜群だ。しかし、初めての試みでもあって」 

 戸惑うクリスの前で、心地のいい温風を生み出したオリヴェルが、デシレアの髪を乾かしていく。 

「もう少し、温度を落とせますか?私はそのくらいでも大丈夫なのですが、小さな子相手なので・・・あ、そのくらいで大丈夫です。そうしましたら、マーユとフレヤ、それからエディの髪を乾かして欲しいのです。このままだと、風邪をひいてしまいそうで」 

「わかった」 

 ふたりの遣り取りを見ていたクリスが、その言葉を聞いて納得と頷いた。 

「なるほど、それでか。ええと、微風を起こしそこに熱を加え・・・っあつっ、あっっつ!・・もっと熱を下げて・・よし、いい感じだ。デシレア嬢、温度を確認してくれるか?」 

「はい。あ、心地いいです。ありがとうございます、クリス様。フレヤ、いらっしゃい」 

「でしー、なに?」 

 デシレアが呼べば、フレヤは素直にとてとてとやって来る。 

「クリス様が、髪を乾かしてくれるの。少し、じっとしていられる?」 

「あいっ」 

 嬉しそうに両手をあげ、ぴょんぴょんと弾むフレヤを座らせると、クリスがおっかなびっくり温風を繰り出す。 

「きもちい!」 

「でち!」 

 心地よさそうに目を閉じるフレヤを見ていれば、髪を乾かし終わったマーユがとことこと走って来た。 

「マーユの髪は、くるくるきれい」 

「くうくう!」 

 歌うように言いながら、デシレアはマーユの、柔らかく、くるくると癖の強い髪を丁寧に梳く。 

「はい、可愛いさんのできあがり!」 

「り!」 

 きゃっきゃと笑うマーユの向こうで、エディが嬉しそうにオリヴェルに髪を乾かして貰っているのを見て、憧れだものね、とデシレアは微笑んだ。 

「乾かし終わったら、フレヤも可愛いさんになろうね」 

「うんっ」 

 これで、子ども達が風邪をひくことも無い、と安心するデシレアを、オリヴェルは慣れた瞳で、クリスは驚きを隠せない瞳で見つめていた。 

 




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