推しと契約婚約したら、とっても幸せになりました

夏笆(なつは)

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四十八、回想の地と消えた婚約者 ~オリヴェル視点~

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「この辺りも大丈夫そうだな。魔の復活なんざ、国王の杞憂だったか」 

「ああ」 

 まあそうだよな、とでも言いたげなディックの言葉に頷き、オリヴェルは大きく息を吸ってその場を見渡した。 

 森を抜け、海へと続く平地。 

 かつてその半分は砂浜で、更にその半分は海の一部であったなど、最早知る術も無い。 

 ここで繰り広げられた魔との闘いにより、大地と海は大きく変容し、地質さえも変わってしまった。 

 今も目を閉じれば瞼の裏に、天をも焦がす紅蓮の炎と、魔を次々と呑み込む巨大な水龍が見える。 

 そして低く響く、魔の断末魔の声。 

  

 ああ。 

 あの時、俺はここで。 

 

 激闘だった。 

 天啓を受けたとはいえ、人の身である自分には過酷な闘いだった。 

 それでも、人の世のため、世界のためと闘った。 

 

 デシレア。 

  

 浮かぶのは、やや能天気な婚約者の笑顔。 

 何時いかなる時も自分を全肯定するデシレアは、この場で闘った、その時の自分の姿を見て何と言うだろうか、とオリヴェルは思う。 

 

 悪鬼の如く。 

 

 思えば今も、魔の青い血と混ざりあった人の血の赤、そしてむせ返るような匂いがよみがえり、拭い切れない自分への嫌悪が湧く。 

 オリヴェルは、魔法を誰よりも巧みに扱う。 

 故に、魔法師団を預かり、魔王との闘いにも臨み、倒した。 

 その事に悔いは無い。 

 しかしそれは、尋常でない力を持つということ。 

 

 デシレアは、俺を恐怖するだろうか。 

 

 あの、純粋に自分を見つめる瞳に嫌悪が宿ると思うだけで、身が震える。 

『オリヴェル様が怖いなんて、絶対にありません!勝手に決めつけないでください!』 

 しかし、それと同時、そう言ってぷりぷり怒るデシレアも思い浮かんで、オリヴェルがふっと和んだ時、聖女エメリの嬉しそうな声が辺りに響いた。 

「こうして見てみると、森との境界は見事に残っていて、ああ守り切ったんだ、って思えて誇らしいわね」 

「そうだな。魔の復活も無いようだし、安心して父上に報告が出来る」 

「ふふっ。わたくしたちが完全勝利したのですもの、当然ですわ。では、祈りを捧げましょうか」 

 そう言って、聖女エメリは海に向かって祈祷を始める。 

「・・・この地で、犠牲となりし人の子の魂よ。その身は既に朽ち果て、最早この地には無い。戻ることなく光へと向かい歩んでゆくことこそ、汝らの至福であると知れ・・・」 

 謳うように聖女が紡ぐ、祈りの言葉。 

 

 戻ることなく、か。 

 迷うことなく、ではないのか。 

 これではまるで・・・戻らず進め、魔となって戻るな、と聞こえる。 

 

 以前幾度も聞いた筈のそれを、上辺は鎮魂を願いながら、その実己の世の安定を願っているのではないかと感じたオリヴェルは、無意識に大地に膝を突き、そのまま額づいた。 

 

 ああ。 

 大地も、とても静かだ。 

 

 あの時強く感じた、唸るような大地の強い怒りも鎮まり、穏やかな風が地表を流れて行く。 

 

 どうか皆、安らかに。 

 

 そのまま聖女エメリの祈りを聞き終え身体を起こしたオリヴェルの目に、デシレアから託された花束を、今正に海へ投げようとしているディックの姿が目に入った。 

「ディック。少し待ってくれ」

「ん?オリヴェル、お前が投げるか?」 

 近づいたオリヴェルにディックが問うも、オリヴェルはゆっくりと首を横に振る。 

「いや。ただ、見届けたい」 

 デシレアとは、また日を改めて来るつもりのオリヴェルが言えば、そうかとディックが花束を海へと投げ込む。 

「おい。投擲ではないのだぞ」 

 まるで槍でも投げるかのように花束を投げたディックにオリヴェルが苦言を呈せば、ディックも困ったように眉を寄せた。 

「いやだって、ここ浜だぞ?そっと置いたって、砂まみれになるかもしれないだろうが」 

 確かに、崖から投げるのと違い、浜からでは上手く波に乗せるのは難しい。 

「だからと言って、デシレアの用意した花束を」 

「まあまあ、そう言うなや。良かったじゃねえか。今度は嬢ちゃんと来るんだろ?舟でも出して、沖で花束を投げればいいって分かったんだから。むしろ感謝しろ、って。な?」 

「はあ。ディック、お前・・・・っ」 

《報告!でし・・・うぐっ》 

 あくまでも軽妙な態度のディックに、気楽に言い切るな、と言いかけたオリヴェルは、切羽詰まったかるかんの念話を受け取り、瞬時に顔を引き攣らせた。 

《かるかん!?どうした!?》 

「かるかん!何があった!?デシレアは無事なのか!?今何処にいる!?」 

「オリヴェル、何があった!?」 

 最早、密かに念話、などという心境ではいられず突然叫んだオリヴェルの、その形相に何かあったのだと察知したディックが、いつもの飄々とした表情をがらりと変えた。 

「デシレアに、何か危険が迫っている」 

「なっ。場所はどこだ?」 

「それが、途中で念話が途絶えて」 

「使い魔か。探知出来ないのか?」 

「今やっている!」 

 必死にかるかんとの念話を再開しようとするオリヴェルの元へ、王子カールと聖女エメリもやって来た。 

「何事だ?」 

「それが、嬢ちゃんの身に危険が迫っているようなんだが、使い魔との念話が不能になったとかで」 

「オリヴェル。使い魔の元へは瞬間移動できると言っていただろう?そこへ行けば」 

「そんなっ。何があったか分からないのに、オリヴェルひとりで行くなんて危険だわ。わたくしは反対よ」 

 聖女エメリの叫ぶような声にも反応せず、オリヴェルは念話を試みる。 

「・・・・・駄目だ。完全に気配が消えた。恐らくは、魔力封じされている」 

「魔力封じ。ってこたあ、事故じゃあねえ、と」 

 オリヴェルの言葉に、ディックが厳しい表情になった。 

「そういうことだ。兎に角、俺は行く。カール、離れる許しを」 

「もちろんだ。経過は、宿の方へ連絡を。僕は、そこで待機しよう」 

「感謝する」 

「おい、オリヴェルちょっと待て!俺も行くに決まってんだろ!」 

 言ったと同時に走り出したオリヴェルに、ディックが慌てて付いて行く。 

「待って!」 

 それを遮ったのは、他を圧倒する聖女エメリの鋭い声。 

「貴方達は、選ばれし英雄なのよ?貴方達に何かあった方が、問題になるのではなくて?デシレアさんだって、責任を問われることになるわ」 

「しかしエメリ。レーヴ伯爵令嬢に危険が迫っているのだから、早く対処しないと大変なことになるだろう?迅速な対応は必須だ」 

 真剣な王子カールの言葉に、しかし聖女エメリは首を傾げた。 

「そうかしら。今この時に危機なんて、出来過ぎていると思わない?この件、デシレアさんの狂言かもしれないわね」 

「しかしエメリ、何のために?」 

「オリヴェルの関心を引くためよ。わたくし達との同行を拒まれたから、それで」 

「デシレアは、そんな事しない。思い付きもしない」 

 思慮深い顔つきで言った聖女エメリに、低く呟くように言うと、オリヴェルは一礼して再び走り出した。 

  

 デシレア! 

 俺が、君をひとりにしたから・・・・・! 

 

 走り続ける森の一本道。 

 迷うことはなくとも、はぐれたら必ず迎えに行くと約束した道。 

 今、この道の何処かでデシレアが恐怖しているかもしれないと思えば、オリヴェルは平静でなどいられない。 

「オリヴェル!気持ちは分かるが、少し冷静になれ。嬢ちゃんが身に着けていた物とか、何か落ちていないかも確認しろよ!?無闇に走るな!」 

「デシレアは今日、装飾の類を何も身に着けていない!慰霊なのだからと、そう言って」 

「なら、魔力は!?嬢ちゃんが防御の魔法を使ったかも知れないだろう!その形跡、探れないのか!?お前得意だろうが!」 

「っ!ディック、感謝する!」 

 魔力の形跡を探る。 

 そのため、全力で走りながらもオリヴェルは、デシレアの魔力の片鱗を探す。 

「っ!」 

「っと、オリヴェル!急に止まんな!って、ここか?ここに、嬢ちゃんの魔力残滓感じんのか?」 

 そして突然立ち止まったオリヴェルに、余り魔法を得意としないディックが油断なく辺りを見渡す。 

「デシレアの魔力では無い。だが、ここでかるかんが俺に念話を送った、その魔力残滓を感じる」 

「辿れるか?」 

 神妙なディックの言葉に、オリヴェルは力なく首を横に振った。 

「いいや。ここで完全に、途絶えている」 

「オリヴェル、しっかりしろ。嬢ちゃんは、お前が助けに来るのを待っているんだぞ?俺も、幾らでも協力するから。早く嬢ちゃんを見つけてやろう、な?」 

 オリヴェルの両肩を掴み、その目を覗き込んで言うディックに、オリヴェルもしっかりと頷く。 

「悪い、弱気になった。兎も角一度、宿に戻ろう」 

「ああ。目撃情報が無いか、万が一、嬢ちゃんが一度戻ってはいないかを確認して、すべてはそれから、だな」 

「しかし、何故ここで。いや、ここだから、なのか」 

 鬱蒼とした森の一本道。 

 人通りなど無いに等しいこの場所で、デシレアひとり攫うなど容易なことだったろうと、オリヴェルは唇を噛む。 

「最初から嬢ちゃんを狙ったのか、何か事件に遭遇しちまったのか」 

「俺が、離れなければ・・・デシレア、無事でいてくれ」 

 小さく祈るようなオリヴェルの呟きが、森の木々の騒めきに溶けて消えた。 

 

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